追加シナリオ1◇星の海-1


 岩礁に打ち寄せる波の音が、静かに響いている。
 穏やかにエメラルドグリーンに輝く浅瀬の海は底の白い砂まで透き通り、足元を時折、鮮やかな色の魚が泳ぎ過ぎていく。のんびりと揺れる小舟の中に寝そべる釣り人は、釣り糸を垂れた棹を確かめることも忘れて、ヤシの葉の日よけを被ったまま寝入っているようだ。
 「…ニコロ」
舟ごと揺さぶられても、釣り人は目覚める気配がない。
 「ニコロってば。起きろ」
日よけを取り払うと、眠りこけていた若者が眩しそうに手を翳しながら渋々と目を開ける。
 「…なんだよ、ロードか。どうしたんだよ」
 「どうしたじゃない。もう引き潮になってるぞ」
呆れたように言いながら、彼は日よけを舟の中に投げて、自分も乗り込んだ。潮の深さは、膝まで捲り上げたズボンの裾を濡らさない程度まで浅くなっている。
 大きく欠伸をした赤毛の若者は、肩を揉み解しながらまだ半分寝ぼけたような顔だ。ロードが櫂をとりあげ、舟を漕ぎ出すのを見ているうちに、ようやく頭が回り始めたようだった。
 「そういやお前、何でここにいるの」
 「気づくの遅いだろ…今更かよ」
言いながら、操る櫂に力を込めた。岩礁を避けて浅い海を滑っていく舟の先には、ヤシの木の茂る島がある。
 「お前の実家から届け物を頼まれたんだよ。」
 「へえ? わざわざこんなとこまで? そりゃご苦労なこった」
 「全くだ。」
ここは、定期船の航路からも外れ、地元の猟師たちも近づかない、ポルテの港町のはるか沖合いにある岩礁地帯の中だ。ここに人が住んでいることを知っている者は少なく、わざわざ訪れる者となれば、さらに稀だ。
 小舟を島の前にある小さな浜辺に乗り付けると、ニコロは棹を持ってひょいと飛び降りた。舟が大きく揺れ、波飛沫が跳ねる。島には、ヤシを組み合わせて作った小さな小屋が立っていた。ニコロの姿を見て、中から青い眼の少女がひょいと顔を出し、はにかんだような笑みを浮かべた。ニコロより二、三歳くらい年下――だろうか。腰まで垂らした長い薄い色の髪や、海の上に暮らしているにしては白い肌は、この岩礁に住む他の人々と同じだ。少女は、ニコロと懇意にしているという少女、アニだ。この小島で一緒に暮らしているらしい。
 「釣れた?」
 「あーまぁ、ぼちぼち、かな。ロードがなんか持ってきたって?」
 「うん。おみやげ、届いてるよ」
少女はちらりとロードを見たが、なぜかすぐに視線を伏せてしまう。はじらうような笑みは、まるで花のようだ。
 「そっかーどれどれ。何が届いているかな…」
ニコロはアニの肩に手を回しながら小屋の中に入っていく。ロードは、舟が流されないよう浜辺に引き上げてから、ニコロの小屋に向かった。作りたてのような質素な小屋の中にはまだ敷物もなく、天井を葺いているヤシの葉は少しばかり青臭い匂いがした。
 届け物は、ニコロの母親と妹からの衣類や食料、祖父からの釣り道具などだった。
 「あーあー、おふくろはまたこんなもの」
笑いながら、彼は荷物を解いて次々と物を取り出している。
 「見ろよ、缶詰だって。缶詰。おふくろのやつ、俺が無人島でサバイバル生活でもしてると思ってんのかね」
 「お前、こないだその格好のまま家に帰っただろ? だからだよ」
ロードは小屋の入り口に立って、ニコロの姿を見下ろした。ぼさぼさの髪と、日焼けして真っ黒になった顔、それに、粗雑な織りの腰布だけを纏っている。どう見ても、無人島でサバイバル生活を送っている格好だ。
 「さすがにそんなんじゃ、勘違いされるって」
 「んなこと言ってもな。ここじゃこれで十分だよ、なあ?」
アニのほうを振り返って同意を求めるが、少女は苦笑するばかりだ。マルセリョートの周りに暮らす人々は、海の上の家や、岩礁地帯に点在する小さな島を含めて二百余人。その中でもずば抜けてズボラな格好なのは間違いない。
 「陸のほうは相変わらずか?」
 「ああ、相変わらず。」
 「そっかー。じゃあ、じいさんは酒場で、親父は船に乗ったまんま、おふくろと妹は港で働いてるってことだな」
 「お前のお母さん、一度ここに来てみたいって言ってたぜ」
 「はは。んじゃ、おふくろ寝かす部屋も作んないとなー」
それまで黙っていた少女が、すっくと立ち上がった。
 「あ、あの。畑、見てくるね」
それだけ言って、裏口から逃げるように出て行く。ロードは小さく首を傾げた。
 「…おれ、何か悪いこと言ったかな」
 「ん? んーいや、相手がお前だと緊張するんじゃないか」
 「…何で?」
 「いやまぁ。なんつーかほら…お前の親父さん、ここの"長"らしいじゃん? だから」
ロードは、腕組みをしたまま視線を家の外の海のほうに向けた
 「…あんまり意識したことなかったな」
 「ここの人らにとっちゃ、王様か、それ以上みたいな扱いだぜ。」
 「ふーん…」
静かに波の打ち寄せる狭い砂浜の向こうには、岩礁を形成する幾つかの小さな島々が連なっている。背後で、ニコロは、缶切り代わりに入れられていた折りたたみの万能ナイフを見つけて、面白そうにいじくり回していた。
 「――ニコロ、お前ずっとここで暮らすつもりなのか」
 「んーまあな。なんか気に入っちまってさ。それに、アニもいるし。あいつは陸じゃ暮らせない女だから」
 「ずいぶん、あっさり言うんだな」
小さな笑い声。
 「そうかな。お前こそ、ここで暮らさないの?」
 「は?」
ロードは、思わず眉を寄せて振り返った。
 「無理に決まってるだろ。こんな何もないとこ」
 「…そっか」
ニコロは残念そうな声だった。
 「だったらさー、たまには来てやれよ。親父さん、いつも寂しそうだから」
 「そう、…なのか?」
 「避けられてるっていうのは違うと思うけど、偉い人らしいからさ。身の回りの世話なんかしてるシンさん以外の連中は、敢えて近づかない感じなんだよな。オレなんかは余所者だし、わりと気さくに話しちまってるけど…」
言いよどむような僅かな間。
 「…ニコロ、もしかして、ハルの役目のこと聞いた?」
 「ああ、まあ…成り行きでな。最初は信じられなかったけど…」
ロードは、額に手を当てた。だが、ここに暮らす以上、知るのは時間の問題だった。
 「他の人には言わないでくれよ、アゴスティニさんとか」
 「分かってるよ。噂でも広まったら、ここでのんびりアニと暮らせなくなっちまう。」
大真面目な顔で言った赤毛の若者は、膝についた砂を払って立ち上がった。
 「今日は泊まってくのか? 船はどこにおいてきたんだ」
 「そのつもりだ。近くまで釣り船に送ってもらったから、明日の昼までには目印の岩に戻らないと置いて帰られる。ああ、泊まるとこは気にしないでくれ。シンさんに声かける」
 「もうちょっとゆっくりしてけばいいのにさあ」
 「こちとら、お前みたいに釣りで一日潰せるほど釣り好きじゃないんだよ」
そんなことを話して笑いあいながら、二人は並んで小屋の外に出た。そよぐヤシの葉の間から漏れてくる日差しが眩しい。陸はもう秋の終わりだが、海を渡る風はいまだ夏の盛りのようだ。暖かい海のお陰で気温が下がらないのだろう。
 ニコロの家のある島は細長く三日月のような形をしていた。ヤシの木立の間には小さな畑があり、アニがせっせと水をまいている。
 「あれは、何を作ってるんだ」
 「亜麻だよ? 織物作るらしい」
と、ニコロ。
 「ここの島は亜麻、隣の丸い島が芋、んで、あっちのほうの尖った岩山みたいなとこで豆だったかな、作ってる。このへんのちっこい島はそれぞれ職人島だな。」
 「へえ。そうやって暮らしてるのか」
 「物々交換っつーか、職業分担だな。オレは釣りしたり、ロープ作ったりしてる。ああ、あとたまに舟も作るかな? ま、だからおふくろが心配するような大変な生活してるわけじゃねーんだ。必要最低限なものはあるしさ」
そんなふうに生き生きと喋るニコロは、陸にいて、船乗りになるべきか悩んでいた頃とは随分違っていた。
 「…お前は、ここが合ってるのかもな。」
 「そういうお前は?」
ロードは、ちょっと肩をすくめて腰からナイフを一本抜くと、頭上のヤシの実めがけて放り投げた。カシッ、と音がして、実を繋ぎとめていた部分が切断される。と同時に、ナイフは弧を描いて、左手の中に戻ってきた。ヤシの実は、真っ直ぐに足元に落ちる。
 「あれ、お前それ、腕輪…昔と逆だよな」
 「ああ。」
と、彼は左腕に嵌めた腕輪を見やる。「前は右で投げて右で受けてたけど、それだと同時に一本しか使えないから、右で投げて左で受けるようにしてみたんだ。」
 「なんか、どんどん魔法使いみたいになってくなぁ」
 「実際、これも魔法の一種らしい。詳しいことは分からないけどさ」
足元に落ちたヤシの実を拾い上げ、ずしりとニコロの両手に載せる。
 「…ま、お前はお前で、陸でやることがあるってことだな」
 「そうらしい。少なくとも今はね」
ナイフを腰のベルトに収納しながら、ちらりと海のほうを見やる。
 「じゃあ、ちょっとハルに挨拶してくる。」
 「ってお前、居場所わかんの?」
 「視えてるから問題ない。」
手を振って浅瀬を歩き出すロードの後ろで、ニコロは不思議そうに首をかしげている。だが、こればっかりは"視える"としか言いようがない。"創世の呪文"の輝きは、はるか遠くからでもはっきりと視える。"賢者"が宿すその一部も、同じように風景の中で強烈に輝いていた。



 ハルは、白い岩の積み重なる岩山の麓にいた。海面に反射した光が、背後の岩とハル自身に揺らめきながら反射している。彼は熱心に足元の波間から何かを探して拾い上げているようで、こちらには気がついていないように見えた。
 綺麗な顔だな、と、ロードは思った。
 青い眸を持つ整った横顔は、一部は自分に良く似ていながら一部は全く違うもので、奇妙に触れがたく、何故だか不思議な気分になってくる。
 しばらく黙ったまま見つめていると、やがて、ハルが気づいて顔を上げた。真剣だった表情が一気に崩れる。
 「ロード! びっくりした、いつ来たの?」
 「さっきかな。ニコロのとこに用があって――」千里眼に等しい眼を持っているくせに案外近くは見えていないんだな、などと思いながら尋ねる。「何してるんだ?」
 「うん、鉱石集めをね。この辺りは金属を含む岩が多いんだよ。ほら見てて」
集めた石を手の平に積み上げると、それらが次々と泥のように融解していく。手の上から零れ落ちた灰色の雫は、波間に落ちると白い湯気をたてながら冷えて固まっていく。
 「うわ、ちょ…」
 「ね?」
にっこり笑って差し出した手の平の上には、金色に輝く一塊の金属片が載っている。
 「…熱くないのか、…それ」
 「うん、全然。ほら」
と、ロードの手の上に金属片を載せる。確かに熱くはない。ほんのりとしたぬくもりがあるくらいだ。
 「フィオに、杖を作ってあげようと思ってるんだ。」
 「杖?」
 「魔力を伝えると形が変わるやつをね。杖って魔女っぽいでしょ? 昔、テセラにも作ってあげたことがあるんだ。あの時は髪留めだったけど、フィオだと…何がいいかな。」
楽しそうにそんなことを言いながら、出来上がった金属片を岩の間に置く。もう随分集まっているようだ。そのテセラとの間に何があったののかは、もう忘れている――あるいは、思い出さないようにしているふうに見える。
 「そういや、俺のこのナイフも作ったんだっけ? そういうのが得意なんだな」
 「僕の魔法は、特性が物質変化だから冶金術に応用がしやすいんだ。ガラスの器でも彫刻でも、どんな細かいのだって作れるよ」
 「ふーん」
ロードは、少し離れた浜辺からハルが波間に屈んで岩を選んでいるのを眺めていた。何か話したいが、二人きりだと、何から話せばいいのか良く分からない。仕方なく、無難そうな言葉を切り出した。
 「今日は、…いい天気だよな」
 「うん。この辺りはあんまり雨が降らないね。」
 「レヴィやフィオは、たまに来てる?」
 「前にロードと一緒に来た時から後だと、三、四回来てたかな。フィオの飛ぶ魔法はまだ巧くいってないけど、他はずいぶん上達したね」
 「最近、このへんの<影憑き>は?」
 「だいたい片付けたよ。陸のほうも随分減っただろう?」
 「ああ。レヴィや"王立"の連中に呼び出されて手伝わされる回数は、だいぶ減ったよ。」
 「あはは、本来なら僕が行かなきゃならないのに、手伝わせちゃってごめんね」
 「いや、まあ。いいんだけどさ…」
 「そういえば、ロード、最近戦い方を変えたって? レヴィが言ってたよ」
顔を上げたハルは、ちらりと、ロードの腕輪を見る。
 「さっきニコロにも言われた。色々試してみてるんだ」
 「ふうん? 僕でよかったら、相談に乗るよ」
そう言って立ち上がると、雫を落としながら波間から砂浜のほうに戻って来る。
 「でも…そっちの仕事は?」
 「だいたい集まったから、今日はこのくらいにしておくよ。急ぐものじゃないし、せっかくロードが来てるんだしね」
集めた岩の欠片を波打ち際から離れたところに積み上げて、彼は、浅瀬を歩き出した。ロードも後ろに続く。足を止めたのは、岩礁の形作る小さな島の、ヤシの茂る木陰だ。木立の向こうは何もない青い水平線が一面に広がっている。
 「それで、ロードはどんな風にしたいの?」
 「あー、…その前にさ、前にやってた<影憑き>を倒す魔法、もう一回見せてくれないかな。ほらあの、一気に何体倒してたやつ」
 「ん?」
ちょっと考え込んだハルは、海のほうに向き直り、おもむろに手を翳す。「こういうやつ?」波の一部が切りとられて、細い刃のような形になって浮かび上がる。
 「それそれ。どうやってるのかって思って」
 「これは…」刃が回転して、ハルの手元に引き寄せられる。
 「まず物質変化の力で水を固めて氷にして、操作系の魔法で浮かせて操ってる感じかな。触ってごらん、硬いよ」
 「…ほんとだ。氷になってる」
 「元が岩なら、もともと硬いから変化させる必要がなくて楽なんだけどね」
言いながら、ハルは軽く指を振った。宙に浮かんだ氷の刃の一本が、頭上のヤシの実に中ほどまで突き刺さる。
 「そして僕には<真実の眸>があるから、近距離なら自分の四方すべて死角なく狙えるんだ。背後や頭上でもね」
 「なるほど。…おれには無理ってことが分かった」
ハルは、きょとんとした顔になった。
 「ロード、もしかして僕の真似したかったの…?」
 「あーいや、そういうわけじゃ! ただ、ヒントになるかって思っただけで…」
大慌てで両手を振ったロードを見て、ハルはくすくす笑っている。思わず、顔が赤くなるのを感じた。
 「参考にしてもらえるなんて嬉しいな。つまりロードは、一度に複数の標的を狙ってみたいのかな」
 「…まあ、そう。今だと、一本ずつ投げるしかないから」
 「なるほどね」
ハルは、片手をあごに当て、ロードの右手をまじまじと見つめている。
 「ナイフを的に当てる時は、魔石の力は使ってないんだよね」
 「加速させるくらいかな。特に軌道修正はしてない」
 「それなら、目標に命中させる正確なイメージは、体が覚えてるはずだね。試してみようか」
言いながら、ロードの脇に近づいて、腰のベルトからナイフを一本引き抜く。
 「持ってみて。」
 「…これでいいか?」
 「そう。で、あの正面のヤシの木に向かって"投げる"イメージをしてみるんだ。腕の力を使わずに投げる。」
 「え? それって――」
 「そう。魔力を使って投げるってことだね」
ロードは、思わずハルを降り返った。
 「そんなの出来るわけないだろ。おれ、魔法使いじゃないし」
 「それは、そう思い込んでるからだ。今だってナイフを引き戻す時は複数同時に出来てる。だとすれば、一本で出来るようになれば、同時に複数投げられるようになるよ」
 「でも、呪文とかそういうのは何も…」
 「形は重要じゃない。やりたいことを正確にイメージして魔力を使えればいいだけだよ。肉体の反射も思考言語の一形態だからね」
 「……。」
 「ロードは、今まで特に意識せずに魔石の力を使ってきたんだよ。最初の頃のフィオと同じだね。理屈が分かれば、応用できるようになる」
難しい顔で手元のナイフを睨みつけているロードを見て、ハルはちょっと肩をすくめた。
 「焦る必要はない。ゆっくり練習すればいいと思うよ」
 「…そうする。ありがとう」
ぼそぼそと呟いて、彼はナイフをベルトに元通り収納した。
 海面に反射する光が木々に綾を織り成し、揺らめいている。振り返ると、ハルは眩しそうに目を細めて、どこか遠い場所を見つめていた。
 「何、見てるんだ?」
 「うん、沖合いを船が通ってるなって思って。珍しい航路だ。西のほうへ行くみたいだね…」
同じ方向に視線を向けてみたが、ロードには、青い水平線があるばかりだ。
 「おれには何も見えないな…」
ちらりと、ハルのほうに視線をやる。「世界の修復のほう、相変わらず忙しいのか?」
 「いや。今のところ、そこまで大きな問題は見つかっていないよ。何箇所か歪みがあったけど、それはレヴィが直してくれた。彼がいて助かったよ。空間制御の魔法を使える魔法使いは、ほとんどいないからね」
 「へえ。その魔法って、ハルも使えないのか?」
 「一応は使えるよ。でも魔力消費が大きい術ばかりだから、得意じゃないとあまり効率が良くない。彼みたいにそれを得意とする魔法使いは、とても珍しいんだよ。」
 「昔は、レヴィのお師匠さんのランドルフさんと仕事してたんだよな」
 「うん…途中までは、テセラも一緒にね。でも僕がこの役目に就いた頃にはもう、二人の仲があんまり良く無かったから、仕事以外の話はほとんどしなかったな。三人一緒に行動することなんて滅多に無かったし…今が不思議な感じだ…」
遠い視線が、微かな哀愁の色を帯びた気がした。
 僅かな沈黙。
 「…今日は新月かな」
呟いて、ハルは声と表情を明るく切り替えて降り返った。
 「ロード、今日は泊まっていくの?」
 「一応。シンさんとこに」
 「だったら、今夜、またここにおいで。ここから見る星は凄く綺麗なんだ」
 「…判った」
立ち去りかけて、ふと降り返った時、ハルはまだ、海の向こうに視線を向けていた。何を見ているのだろう。さっき話していた船だろうか、それとももう別の何かを見つけたのだろうか。
 <真実の眸>は、この世界の全てと、世界の外から来たものさえ見通す力だ。その視界は事実上の無限大だから、一体何を見ているのかは、想像もつかなかった。――その時は。


前へTOP次へ