<本編3>

 7


 扉を潜ると、そこは常夏と言ってもいい青空の下。さっきまでいた西の果てと打って変わった明るい日差しと空の色に目が眩みそうになる。
 マルセリョートの白い砂浜の上に踏み出し、波の音を耳にしたとき、ロードはどこかほっとするのを感じた。良く知った世界の中で、心の奥にわだかまっていた重たい緊張が嘘のように溶けてゆく。何も解決していないはずなのに、肩の上に圧し掛かっていたものが取り払われたように感じるのだ。
 レヴィは、波打ち際に立っている白い髪の男のほうに向かって荒っぽい足取りで近づいていく。
 「ハル! 補足できたか?」
男が振り返り、二人を見て微笑む。
 「もちろん。今追いかけてるよ。――どうしたんだい? その格好は」
 「"視て"たんなら判ってんだろ? こんな屈辱、久し振りだ」
ふてくされたように言いながら、レヴィは靴をぽいと砂の上に脱ぎ捨てて、濡れた靴下を足から引っぺがす。「見失うなよ。あいつ、ただの魔法使いじゃねぇ」
 「そうみたいだね。僕も迂闊だったな。普通の方法じゃ発見出来なかったわけだ。」
 「というと?」
 「人間じゃない。結論から言うと――おそらく、<影>だ」
 「影?」
ロードの脳裏に、以前ここで合間見えた恐ろしい二人組みのことが過ぎった。アガートとハルガート。死に瀕した獣の体に憑依する”影憑き”と違い、それ自身で一個の生命体のように動くことの出来る、意志と知能を持つ存在。あの時点では、なすすべもなく蹂躙されるしかなかった。
 「けど<影>は、光の中には出て来れない。以前テセラが呼び出した時には、テセラが光を遮る魔法をかけて守ってたんだぜ? あの野郎はどうやってるんだ」
 「恐らく、自分自身で守っているんだろうね。」
 「自分で? まさか。」
レヴィは半信半疑だ。「んな器用なことが出来る<影>がいるのか? 魔法を使える? …いや、確かに魔法は使ってたな。ぼくらを飛ばした…けど…」彼は頭を抱えて、小さく唸る。入れ替わりに、ロードが口を開いた。
 「信じにくいけど、おれが見たものとは一致する。あいつは魔石らしきものを持っていなかった。小さな光が見えただけ…あの光、言われてみれば確かに<影憑き>の心臓と同じだった」
 「そう。だから<影憑き>と同じ方法で探さなければ見つからない。まさか完璧に人間に成りすました<影>が昼日中の町を出歩いているなんて思いもしないから。ただ、それにしてはおかしなところもある…」
ハルは、まだ頭を抱えているレヴィのほうを見た。
 「レヴィ。君が対峙とた時に感じたものを思い出してほしい。何でもいい。どんなふうに感じた?」
 「どんなもこんなも。見た目はただの人間だったし、頭のイカれた魔法使いだとしか思ってなかった。ぼくとは会話しなかった。接触時間は殆ど無い」
 「ほう」
 「で、何の前フリもなくこっちの思考が中断されて。あとはご存知のとおり、どこだか分からない場所に吹っ飛ばされてこのザマさ」
彼は、濡れたシャツの裾をつまんで肩をすくめる。
 「思考ってことは、レヴィは、"鴉"に何か魔法を使っていたんだね? どんな魔法を、どの順番でかけたんだい」
 「最初にロードに声をかけたときにロードにかかってる魔法を妨害して、同時にあいつが逃げないように周囲に"壁"を作っておいた。」
 「それだけ?」
 「ああ。」
 「ふうん」
ハルは難しい顔で顎に手をやった。「…レヴィの得意な魔法ばかりだ。それを強制的に中断させて割り込みをかけられるとすると…精神感応系の魔法かな?」
 「精神感応?」
 「相手と精神を同調させることによって、何に注意を向けているか、どう感じているのかを察する魔法。使える魔法使いは多いが、個人差は大きいね。下町の占い師から、その力だけで国を作ったような人もいる」
 「心が読めるってことなのか」
と、ロード。言ってから、はたと気づく。「…そういえば、あいつ、おれが考えてることがわかるみたいな口ぶりだった」
 「けど、他人の考えを察するなんてのは魔法じゃないだろ」
レヴィは食い下がる。「洗脳するとか、人の心を壊すとかなら兎も角」
 「西の方で、"鴉"の言うことを信じている駆け出し魔法使いが増えている理由が、それだとしたら?」
 「……。」
自分で言った言葉なのに、レヴィは、ハルに指摘されるまでそこに気づいていなかったようだ。みるみる表情が強張っていく。
 「…魔法で? 冗談だろ」
 「高度な精神感応系の魔法は、あんがい成功率が低いものなんだよ」
ハルの落ち着いた声が、波の音に乗って聞こえてくる。「だから最初に不安や恐怖を煽り、心に隙間を作る。そうすれば成功率は上がる。あとは繰り返しかけつづけることで強化することが出来る。古来から良く使われてきた方法だ。最も、良い方の使い方もある。たとえば深刻なトラウマを抱えた人を立ち直らせるのに使われた場合、とかね」
 「レヴィの魔法を中断させたっていうのは?」
 「それは最も簡単な、成功率の高い魔法の一つ。相手の心の中まで踏み込む必要はないからね。意識の表面をなぞるだけで構わない。魔法を汲み上げている思考言語に干渉すれば、本人の意識しない領域で魔法は中断される」
 「…相性は、最悪だな。」
レヴィは苦々しい顔をしている。
 「そう。対魔法使いでは最強クラスの魔法属性だ。問題は、それ以外の魔法を使ってきたこと――」
 「空間転移だよな。並みの魔法使いじゃ発動させるのさえ難しい魔法じゃなかったっけ?」
ロードが口を挟む。
 「そう。魔法特性があれば別だけど、"鴉"の魔法特性が精神感応のほうだとすると、空間を操る魔法のほうはそれとは別になる。」
 「光から身を守ってる魔法もあるぜ。"暈"は、光源制御の中でも面倒くさいやつのはずだ」
 「……そうだね」
大きな波が足元まで届き、足の先にわずかに触れて去って行く。日差しは暖かいのに、濡れたシャツのせいか、背中は涼しいままだ。
 「レヴィ、ロード、"鴉"との接触との後、いったん消えた君たちが次に現われた場所は、どこだったと思う」
 「どこ? あの沼地? さあ、初めて行く場所で全く判らなかった」
 「消えた地点から三十クレーム北だった」
 「な、…」レヴィが唖然とする。「三十?! おい、それ山脈ひとつ跳び越すくらいの距離だぞ。空間転移なんて、精々…」
だがハルの表情は、それが間違いではないと物語っている。レヴィは片手を頭にやった。
 「…少なくとも三系統は上位魔法まで使えて、ぼくらと同等かそれ以上の魔力を扱えるってことか。何だよそれ。何でそんなもんが、この世界にいる? いつから? テセラと戦った時には…。」
 「いずれにせよ、一対一じゃ分が悪いね」
短く言って、ハルは、再び海のほうに視線を向けた。
 「僕は、しばらく奴の動きを監視する。二人は出来るだけ奴の正体を探って欲しい。もしどこかで出くわしても絶対に単独で交戦しないこと。…心配いらない、君たちは一人じゃない」
 「そうだな。ま、四人もいれば何とかなんだろ」
 「何で四人なんだよ」
と、ロード。
 「ん? ヒルデも入れたほうがいいか?」
 「いや、……そういう意味じゃなくて」
はあ、と一つ溜息をついてから、ロードは、生乾きの髪をくしゃくしゃとかき回した。「ま、いっか。…どうせ、おれも巻き込まれるに決まってる」
 「よく言うぜ、当事者のくせに」
ぼそりと呟く傍らの黒髪の魔法使いの言葉は無視して、彼は続けた。
 「で正体を探るって話だけど、聞き込みで手に入る情報はこれ以上は集まらなさそうなんだよな…。先にフィオのところの避難民とか、食料が足りない問題とかもどうにかしたいし」
 「ああ、そっちはぼくのほうで何とかしておく。つーか、お前を追いかける前にシルヴェスタには寄ったんだ。それでお前がふらっと出て行ったことを知って、慌ててハルに追跡するよう頼んだってわけ」
 「…言っとくが、ご本人様が向こうから出てくるなんて思ってなかったからな?」
 「知ってるよ。けど絶対に引き当てると思ってた。お前はそういう運回りだから。」
 「……。」
 「実際、そうだからね」
くすくす笑ったあと、ハルは、少し真顔になる。「でも冗談じゃなく気をつけたほうがいいかもしれない。"鴉"がロードに接触してきたのは事実なんだから」
 「気をつける、ったって…」
 「とりあえず、やってもらいたいことはある」
言いながら、レヴィは泥まみれの上着を肩にひっかけた。「塔に来てくれ」



 扉を潜ると、次に現われたのは巨大な塔の内部。上から下まで不規則な吹き抜けの中に、各階ごとの回廊が木の枝のように張り出している。山の上にある塔の外は、既に真冬のはずだったが、塔の内部は回廊のあちこちに設置された太陽石の仄かな輝きのお陰で明るく、暖かい。
 「まずは着替えだな。リスティに見つからないうちに…」
歩き出そうとした途端、下の回廊から女性の声が飛んでくる。
 「レヴィ!」
 「っやべ、言ってる先から…」
塔の主は首をすくめると、大慌てで鴉の姿に変身して舞い上がる。自分の部屋に隠れようというのだ。ぽかんとしている置き去りのロードめがけて、長いスカートをたくしあげながらリスティが階段を駆け上ってくる。
 「ロードさんまで、そんな泥だらけの格好で…あの子、一体何したんです?」
 「いや、これはレヴィのせいじゃなくて…」
 「風邪をひくといけないわ。こちらへ、着替えを用意しますから」
ここでは、誰も、塔の主でさえも、彼女には逆らえないのだ。見た目はともかく、実際はレヴィと1歳しか違わないというのに。ロードは苦笑いしながら後に続く。
 着替えを終えて中二階の食堂のあたりへ降りていくと、見計らったようにユルヴィが現われた。手に、沢山の本や書き物を抱えている。
 「レヴィさんから話は伺ってきましたよ。ついに"鴉"を見つけられたそうですね」
 「まあな。まだ、大したことは判ってないけど。…で、その本は?」
 「レヴィさんに調べるよう言われていた過去の記録ですよ」
そう言って、ユルヴィは手にしていたものをテーブルの上に広げた。「ざっと千年前ものです。…写しですけどね」
 広げられた本の中身は、新しい紙の上にやや不鮮明な文字が、インクのにじみや虫に食われて空いた穴も一緒になって踊っていた。複製の魔法を使ってページごと転写したらしい。
 「凄い古文書じゃないか。よく残ってたな」
 「私も驚きました。この塔の蔵書は、想像以上ですよ。でも、…それだけじゃないようで。」
そう言って、ユルヴィは中二階から塔の中心を取り巻くようにして作られている書棚を見上げた。「この塔自体が、そもそも、こうした記録を残すための蔵書庫として作られた可能性があるんです。」
 「というと?」
 「まだ正確なところはわかっていませんが…ランドルフ様の書き残してくださったメモを頼りに塔の最古の蔵書を探しました。それが、この本です」
抱えてきていた写しの本の一冊を目の前に広げる。
 「扉に、こう書かれているんです。"我が子らに、消え行く人の世の知の遺産を伝えんと欲す"。…記名者は、当時の"風の賢者"ルーアン」
 「ルーアン?」
 「四代前の風の賢者です。ちょうど千年前、この塔を設計・建築した人物」
確か、建築家の"賢者"がいた、という話は、以前にもレヴィから聞いたことがあるような木がする。ロードは眉をひそめて、古びた文字を見やった。なんとなく判る単語もあるが、昔の言葉過ぎて、ロードには文章の意味が分からない。
 「…で、どうしてこの人のことを?」
 「千年前、というところに引っ掛かったんですよ。"鴉"が言いふらしていたという伝承めいたものにも"千年前"という言葉が入ってたらしいじゃないですか。魔女アルテミシアと闇の軍勢の戦い、地形が変わるほどの大規模な気候変動」
 「それとエベリアに残ってる謎の城に、"海の賢者"の祭壇…か。なるほどな。そもそも、千年前に一体、何が起きたのか」
 「そこです。この塔に残ってる記録でさえ、最初期の頃のものは断片的なんです。それともうひとつ不可解なことに気がつきました」
ユルヴィは、別の巻物状にした紙を広げる。年表のようだ。
 「判った限りの"風の賢者"の名前と在職年を表にしてみたんです。まだ途中なんですが、おかしなところがあって…」
 「おかしなところ?」
 「さっきのルーアンのあと、この塔が"賢者"の住まいとして使われだしたのが百年近く経ってからのようなんです。その間、賢者が不在だったのか、別の場所に住んでいたのか…」
 「え、そうなのか? ってことは、当時は別の場所に住んでいたとか?…ルーアンは、次の"賢者"について書き残していないのか」
 「何もないんです。おかしいんですよ、まるで誰かが故意に記録を消したようになっていて。ルーアンの次にあたるのは、わずか二年しか在職しなかった女性賢者、のはずなんですけれど」
ユルヴィは、巻物の中ほどを指した。塔の建設者であるルーアンが職を退いた後、数年の空白が出来ている。そこが、二年で賢者の座を退いた賢者の入るべき場所のようだ。
 「継承に問題があったんじゃないか。千年前ってのは大きな気候の変化があった時期なんだろ? 何かの事件で、なりたての"賢者"が命を落として引き継ぎが巧くいかなかった、とか」
 「可能性はありますね。誰でもなれるわけではない"賢者"なのに、たった二年で引退するとは思えないですから。」
 (もしくは、正式な賢者になってなかった? あっちの世界でのイングヴィのように? それが千年前の出来事の原因だとしたら、その当時のほかの二人の賢者はどうなってたんだろう)
系図を見下ろしたまま、ロードは口元に手をやって考え込んだ。二人だけでも、世界の維持は何年かは可能だろう。だが、三人のうち一人でも、寿命の前に死を迎えるような状況だったとしたら、残りの二人も無事では済まない気がする。
 「ユルヴィ、他の賢者の継承に関する記録はここには無いのか? 海でも森でもいい」
 「それが…、探しているんですが、見つかっていないですね。ここは塔全体に保管の魔法がかかってますから、外の世界よりは物の保存がいいんですが、それでも流石に千年も前となると…」
 「じゃあ、このルーアンって人の記録は」
 「それは沢山ありますね。主に設計図…ああ、そうだ」
彼は思い出したように、傍らの本の山から一枚の紙を取り出した。「これを見つけたんです。下書きみたいですが、似てると思いませんか?」
 それは設計図のようだった。二つの丘の間に、挟まるようにして作られた"祭壇"。――と、その図の上に書かれている。ロードは息を呑んだ。
 「…エベリアの城」
 「やっぱりそうですよね。ということは、その城もルーアンが建てたものかも。」
 「千年前に? …いや、賢者の寿命って長いんだっけ。そのルーアンって人が何百年生きてたかは知らないけど、賢者を辞める前に建てたんだろうな」
 「そうです。おそらくは"海の賢者"のために。ということは――」
 「――千年前の"海の賢者"の状況については、エベリアで調べたほうがいい、ってことかな」
 「ですね。それはもう、ロードの村の学者さんがやっていると聞きました」
ロードは頷く。
 「あっちはそもそも文字が読めないから、ガト先生に任せるしかないな」
 「森は…森の賢者については、正直、記録の当てがありません。ランドルフ様の書き残した内容でも、二代前までしか辿れませんでした。」
 「そうか…。フィオに聞いても分からないだろうし、あそこの小屋に書き物なんて無かったしなあ…。」
沈黙が落ちる。
 静けさに、ふと我に返る。
 「あれ? そういや、レヴィは」
さっき着替えるために部屋に逃げ込んだところまでは見ていたが、そのあと、下に降りてきた様子がない。
 「レヴィさんなら、あのあと直ぐシルヴェスタに取って返されましたよ」
 「え?! おれは? 置き去り?」
 「何も仰ってませんでしたが。何か、やり残したことでも?」
 「…いや。強いて言うなら、フィオとヒルデに心配されないかってことなんだけど、ま、レヴィが向かったんなら、ここにいることは伝えて貰えるだろうし、いいか。」
森での問題は何とかする、とレヴィは言っていた。それなら、自分がやるべきことは、ユルヴィと協力して”鴉”の正体に関係しそうな情報を集めることだろう。
 ふいに、ユルヴィは表情を崩した。
 「ヒルデがお世話になるようになって、もう半年以上になりますね。妹は迷惑をかけていませんか」
 「ああ、全然。ただ、ずっとこのままじゃマズいとは思ってる。そろそろ自分のやりたいことを見つけてくれてもいい気がして」
 「…そう、ですね」
ユルヴィは少し渋い顔になる。「外の世界への憧れと、勢いだけで飛び出してしまったようなものですから。ロードの好意に甘え続けるわけにもいかないですよね。次に会った時に話してみます」
 「ユルヴィのほうは? ここでの生活にはもう馴れたのか」
 「ええ。私は、ここが合ってるみたいですね。」言いながら、塔を見上げる。「この蔵書の整理だけでも、たぶん、一生をかけても終わらないでしょう。人間の、短い一生ではね。」
 「一生をかけられる仕事が見つかるのっていいな」
 「何言ってるんですか、ロードもそうでしょう? 私なんかより、ずっとすごい仕事だと思いますが」
 「おれは…どうかな。ちゃんと務められるどうかも分からないし、本当に継げるのかどうかも…って、何笑ってるんだよ」
 「何でもないですよ。」
真顔に戻って、彼はロードを見た。
 「とりあえず、しばらくは私に付き合ってもらえますか? 明日は、レイゲンスブルグの王立図書館へ行くつもりなんです。」
 「…ノルデンの王都に?」
 「以前、リドワン様…リドワンさんに貰った例の資格のお陰で、出入り自由になったので」
 「ああ、あのナントカ紋章か」
王室付きの主席魔法使い、リドワンに便宜を図ってもらえる印だとかいう話だが、ロードにはそのあたりのノルデンの詳しい事情はよく分からない。ただ、そのお陰でユルヴィが気まずい思いをせずに済んでいるのなら、有り難いことだと思った。
 「で? 何を調べるんだ」
 「魔女アルテミシアのことですよ。ノルデンの千年前の伝承といえば、彼女です。それと、千年前のノルデンの伝承の中には賢者の話が出てくるんですが…その部分を、改めて調べてみたくて」
 「成程。興味あるな、つき合わせてもらうよ」
言ってから、ロードはふと、思いついた。
 「…そういえば、あの”鴉”、ノルデンには出没していないんだよな?」
 「そう聞いています。ただ、国境付近では何度も目撃されているとか。国内では噂になっているようです…」ユルヴィは少し沈んだ表情になった。「…どうも、一部では混同されているようなんですよね。直接レヴィさんを知ってる人じゃなければ無理も無いんですが。」
 「そいつは面倒だな」
 (戦火を煽れる場所にしか現われない…ってことか。それとも、この国の魔法使いのトップが、直接レヴィを知っているから? アステリアでは、どうなんだろう)
レヴィが現われてすぐ、二人まとめて遠くへ吹っ飛ばされたことも気になっていた。戦うことも出来たはずだが、そうしなかったのは、正体を知られたくなかったからなのか、それとも何か別の理由があったからなのか。
 「お話はおしまいですか?」
見計らったように、リスティがお茶とお茶菓子を乗せた盆を運んでくる。焼きたてのスコーンの良い香りが辺りに漂う。
 「休憩にいかがですか」
 「わあ、ありがとうございます…!」
ユルヴィはぱっと明るい笑顔になり、弾んだ様子で盆を受け取る。そういえばユルヴィはリスティに好意を寄せていたんだったな、と今更のように思い出す。余計なことかもしれない、と思いつつ考えてしまう。一生ここで暮らす、というさっきの言葉は、…つまり、そういうことなのだろうか?


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