<本編3>

 16


 大通りは相変わらずの人ごみだったが、<王立>の建物のある通りに入ると喧騒からは少し遠ざかる。相変わらず目がちかちかする真っ白な建物の入り口の階段を登ると、ロードは、辺りを見回した。顔見知りの魔法使い…というわけでもないが、見覚えのある魔法使いはいないかと思ったのだ。レヴィのほうはというと、初めて入るアステリアの魔法機関の玄関を興味深そうに眺め回している。きれいに磨き上げられてはいるが飾りっ気も何もなく、絵の一つも飾られていない。
 「なんだかアッサリ入れるんだな、こっちは。ノルデンと違って」
 「まあね。警備が厳重だったのは一度だけだ。普段はこんな感じで――」
 「見学の方ですか?」
話していると、白ローブの魔法使いが近づいて来る。まだ若い、学生のような雰囲気の魔法使いだ。
 「いや、スウェンさんに会いに。いますか? 今。」
 「院長は…今、取り込み中で…」
ちらりと二階を見上げたとき、後ろから先輩格らしき魔法使いが声をかけた。
 「その人は通していいって言われてる。案内して」
 「あ、そうなんですか。判りました。」
 「……。」
前にヒルデと一緒に来た時と同じだ。用事も何も聞かれない。一体、ここでの自分の扱いはどうなっているのだろう、と思いながらロードは後に続く。
 『こっちは楽でいいな、許可だのなんちゃら紋章だのが要らなくて』
レヴィの声が風に乗せて話しかけてくる。案内の魔法使いに聞こえないよう、わざわざ魔法を使ってロードだけに聞こえるように話しているのだ。
 二階に上がり、通されたのは、以前ここへジュリオの素性を調べに訪れた時と同じ簡素な書斎の前だった。
 「どうぞ、こちらです」
部屋の前でそれだけ言って、学生風の魔法使いはそそくそと去って行く。扉を開けてくれるとか、部屋の中に入るまで見届けるとかいう"儀式"はない。レヴィは面白そうな顔でそれを見送っていた。
 ロードは、扉をノックして返事を確かめるとそれを開けた。
 「失礼します」
部屋の主は、以前と同じように机の前に立っていた。ちらりとレヴィのほうに視線をやると、何故か少し驚いたような顔をした。
 「そちらは初対面だな。紹介してもらえるかな?」
 「レヴィです。出身はノルデンの北のほうで、おれの友達…」
 「嘘でも親友って言えよそこは」
横からレヴィが肘で突く。
 「…腐れ縁です」
 「そうか。」
スウェンは笑みを浮かべて二人にソファを勧める。「そろそろ来る頃だとは思っていた。生憎と、連れてくる相手の予想は外れていたが。」
 「そろそろ、って…」
 「エベリアの火災の報告までは受け取っている。シャロットには、引き続きエベリアと君の村を監視するように命じていた。何か起きる予感があったものでね。そして数日前、太陽の輝きが短時間だが消えるという現象が観測された。」
 「……。」
 「君は、いつだって渦中にある。”どうして”なのかは知らないが。」
白いローブを翻し、男は向かいのソファに腰を下ろす。そして、じっとロードたちを見つめた。「今回は、どんな話を?」
 レヴィが、話は任せたというようにちらりとロードに視線をやる。どこから話したものかと悩みながら、ロードは、ゆっくりと口を開いた。
 「アステリアでは伝統とか伝承とかはあまり重視されないと思いますが、…その、スウェンさんは魔法全書というものを知ってますか」
 「勿論。今ある魔法学の祖だからな、流石にそれは、うちの付属学校でも教えているよ」
 「その本を書いた魔法使いを倒したいんです。あ、いや、正確に言うと阻止したい? …捕獲でいいのか。エベリアにいるんです。そいつが太陽の輝きを完全に消してしまう前に、何とかしないと――」
 「……。」
 「すいません。意味が分からないですよね。えーっと…」
 「…”暗黒時代”の再来、か」
 「え?」
驚いて顔を上げると、スウェンは、一度も見せたことのないような険しい顔つきになっていた。「エベリアで見つかったラティーノ語碑文の解読結果か。あの町が焼かれたのは調査の中断を狙ったということだな?」
 「いきなりそこまで話を飛ばせるのか。疑問にも思わないんだな」
クッションの手すりの部分に身をもたせかけながら、黒髪の魔法使いがぼそりと呟いた。「どうして判った? こいつが千年前の話をしてるってこと」
 「アステリアの魔法使いが伝承に詳しくない、というのは誤解だ。たった百年前にノルデンから分離した兄弟国なのだから」
そう言って、スウェンは薄く笑みを浮かべた。耳の、特徴的な房飾りが揺れる。「しかもこの地方の領主を助けて建国させたのは、当時の<王立>主席魔法使いだった男だ。」
 「……。」
意味を理解するまで、数秒かかった。理解しまうと、その衝撃はじんわりと広がってくる。
 「つまり、…知っているってことですね? <王室付き>が設立された本当の理由を、スウェンさんも」
 「ということは、君たちのほうも知っているわけだ」
白ローブの魔法使いは頬に指をやっておどけた口調になった。「驚いたな。まさか本当に、あの頑固な<王室付き>のリドワン・ド・ラルシュを篭絡したのか?」
 「篭絡とは人聞きが悪い。あっちにも協力を要請しただけだ」
と、レヴィ。「そのリドワンがあんたを推薦してきた。リューナスの知らない魔法を探しているのならあんたに聞け、とさ。」
 「成程。うちはノルデンの魔法機関の次、というわけか」
 「いや、そういう意味じゃ…それに、シャロットさんには先に協力を」
 「冗談だよ。――そうだな、千年の歴史、伝承、魔法使いの質と量、確かに全てノルデンが上だ。現状は。だが、」
足を組みなおしながら、男は何か思案するようにしばし考え込んだ。スウェンの脳内でどんな思考が繰り広げられているのかは外からは分からない。しかし、この聡明な男の中では、説明するまでもなく様々な情報の断片が組み合わされて、現状を把握しつつあるようだった。
 「――”はじまりの魔法使い”リューナスが暗黒時代を引き起こした原因、というのは確かなのか」
 「原因?」
 「先ほど君が言った言葉を解釈するとそうなる。太陽の輝きを消す。千年前と同じ災いの再来。違うのか?」
 「原因かどうかは…千年前に何が起きたのか、全て知っているわけではないんです。ただ、奴が世界の法則を書き換えられること、”創世の呪文”に干渉できるらしいことは確かです。エベリアで何かしようとしていることも」
 「なるほど。千年を生きる人ならざるもの、か。魔法使いというのも極めると厄介なものだな。その最強の魔法使いをどうにかして阻止したい、そういうことか」
 「そういうことです」
 「アステリアの主席魔法使い殿は何と?」
 「ノルデンの魔法は伝統寄りだから、新しい魔法体系の話はアステリアで聞けと。他に当てがあるから準備しておく…と」
 「当て、…か。ああなるほど、あれを出すつもりか。組み合わせはどうするつもりかな」
 「組み合わせ?」
 「結果を聞きにあちらに戻るのだろう? ならばいずれ判る。…君たちが必要とするものは理解した」
立ち上がって、スウェンは後ろの棚に近づいた。
 「アステリアの魔法学は元々、ノルデンの攻撃的なやり方に反発して生まれた新しい体系だ。防御を特に重視し、扱える魔力の少ないものでも身を守れるよう、つまり生存率を高めるための教育することを特徴としている。そのための手段がこれだ」棚から取り上げたのは、<王立>の魔法使いたちが使っているのを見たことのある、魔石をはめ込んだ杖のようなものだった。
 「それは…<影憑き>との戦いで使ってるやつですよね」
 「魔道具と呼んでいる。いわば魔法の補助具のようなものだ。打ち出せる魔法の種類はごく限られるが、魔法の起動までの手順を単純化し、少ない魔力消費で効果を出せるよう設計されている。この数十年でようやく軌道に乗った」
 「へえ、それがあると並みの魔法使いでも”それなり”にはなる、ってことか? …防御特化で」
 「そうだ。もちろん攻撃の方向に振ることも出来るが…その一例が、西のほうで使われている”大砲”だ」
 「鉛球を打ち出してる、あれ?」
 「そう。あの道具も、この杖と基本原理は変わらない。新時代の、新しい魔法体系の一つ。いずれ魔法は簡略化され、より多くの人が手軽に扱えるようになっていくだろう。今よりも、もっと」
 「ちょっと貸してくれ」
レヴィが出した手に、スウェンはいとも簡単に杖を置く。受け取ったレヴィはそれを眺め回し、ひっくり返したり近づけたり、ためつすがめつしている。
 「ふーん…こいつは面白いな。道具として形とイメージを固定することで、思考言語を省略してるってことか」
 「わかるのか?」
 「当たり前だ。お前のそのナイフと一緒だよ。ハンマーはクギをぶったたくもの。コップは口につけて飲むもの。用途の決まった”道具”なら、どう使うかなんてイチイチ細かく分解してイメージする必要がない。前に説明しただろ? オレンジを剥くのに魔法でどうするか。いわばオレンジ剥き器なんだよ、こいつはな」
 「その通り。」スウェンが小さく頷く。「ロード君、ナイフを投げるときに何を考えている? 的に当てるのに必要なものは?」
 「何って、…特に何も。的に当てることくらいですよ、多分。あとは体で覚えてるから」
 「それと同じだ。純粋に魔法でナイフを投げようとすると、細かく色々と考えなくてはならない。具体的なイメージを形作ることも難しい。しかし体を使って覚えていることは、もっと単純だ。」
 「…うーん、なんとなくは判るんですが」
ロードは、自分の手を見下ろした。ナイフを投げて的に当てるのも、その軌道を修正するのも、特に意識することなく自在に制御できる。けれど手を触れていない物体や、離れた場所にある特定のものを動かそうとすると、いつも失敗してしまう。具体的なイメージと言われても、どうイメージすればいいのか分からないのだ。
 「つまり、それがアステリアの魔法体系? 道具を使えと?」
 「より正確には”思考を単純化しろ”ということだ。理想は、何も考えずに魔法を使える状態。どんな熟練の魔法使いであっても発動までには思考による遅延が生じる。が、体を動かして発動させるような魔法にはそれがない。しかも体の動きは、事前に予測して妨害することが非常に難しい。ということは ――」
レヴィの黒い目が光った。
 「―― 物理で殴れと」
 「おい、レヴィ…」
 「冗談だ。半分だけな」
杖をくるりと回してスウェンのほうに返しながら、彼はにやりと笑う。「攻撃は最大の防御なり、だ。アステリアの魔法ってのは末恐ろしいもんだな」
 「…ごめん、おれ、よく判ってないんだけど」
 「だからさ。お前がナイフを投げるのは、魔法じゃないから魔法と同じように中断させられないってことだよ。ぼくや他の魔法使いの魔法が妨害されて不発に終わっても、お前の攻撃だけは邪魔されない」
 「けど、防御はしてくるだろ? 壁を作るとか。おれが同時に操れるナイフなんてせいぜい数本だし、そんなのでどうにかなるなら、ハルがとっくに――」
 「あー判ってないな。ほんっとお前、妙なとこで察しが悪いっつーか魔法の才能があるようで無いっつーか」
言いながら、両手を上着のポケットに突っ込む。
 「しょうがないだろ」ロードはむっとする。「魔法の使い方なんて、まともに教わったの最近なんだぞ。それも触りだけ」
 「だっけ? まぁいいや。そのへんはおいおい説明する。で、まとめるとだ。そのおっかない道具、扱える奴はあと何人いる?」
レヴィと、スウェンの視線が合う。
 「戦闘に参加できる魔法使い、という意味で聞いているのなら、精鋭は既にエベリア近辺に展開している。」
 「あの派手なねーちゃんたちか。ま、確かになかなかのヤリ手っぽかったな。」
 「お望みならば、あと何人か召集することも出来る。私も加わることは可能だ。」
 「なら、その準備をしといてくれ。たぶんもう猶予はない。奴が動く前に止めるのなら」
 「承った」
二人が立ち上がり、部屋を出て行きかけたとき、後ろからスウェンが声をかけた。
 「ロード君」
足をとめ、振り返る。
 「初めてポルテの港町で会った時、君は私に聞いたな。三賢者のことと」
 「…聞きましたっけ、そんなこと。」
 「あの時、私は”それは伝説だ”と答えた。だが本当は、あの時から疑っていた。君は、その末裔か何かなのではないかと。不思議な眼の力――それに君の出身地は、海に近かった――。」
あまりに唐突だったので、ロードは思わず目をしばたかせた。その表情を見て、スウェンは苦笑いする。
 「馬鹿な空想だと思うだろう?」
 「あ、いや…その」違うと言えば違うが、大はずれというわけでもない。「…多分、そのうち判ると思いますよ」
 「……?」
 「明日までに準備しといてくれよな!」
レヴィが後ろからロードの腕を掴み、扉の方に引っ張っていく。扉が開かれ、廊下ではない別の場所に繋がっているのを知った時、一瞬、スウェンは何か言いたげな顔になった気がしたが、扉は、声が聞こえる前に閉じられていた。



 目の前に、見慣れた台所がある。
 「あら、お帰りなさい」
そして、リスティとヒルデがいる。
 「なんだ、リスティも来てたのか」
 「そりゃあね。塔で待ってても誰も帰ってこなさそうだったんだもの。ここで待っていて正解でしょ?」
お皿を片手に、レヴィとよく似た黒髪の女性が微笑む。「どうせおなかすいてるんでしょ。今、おやつを持ってくるわね」
 そういえば、台所には香ばしいいい香りが漂っている。よく塔で嗅ぐのと同じ匂い。間もなくリスティが持ち出してきたのは、大皿一杯に焼き上げたスコーンの山だった。レヴィが歓声を上げる。
 「手を拭いてからよ! それとレヴィ、先に上着を脱ぎなさい。ポケットの中に隠さないように」
 「はいはい。ったく、いい加減子供扱いは止めてくれよな」
脱いだ上着をリスティに渡しながら、レヴィは素早くスコーンをひとつ取って口に放り込んだ。リスティが抗議しようと口を開きかけるより早く、奥からヒルデが盆を持って表れる。
 「お茶、淹れて来ました。どうぞ」
言いながら、ロードの前にカップを置く。
 「ありがとう」
視線が合った時、彼女は、なぜか何か言いたげな顔をした。だがそれも一瞬のことで、すぐにふいと視線を逸らしてしまう。代わりにリスティが言葉を繋いだ。
 「巧くいったんですか? ノルデンの偉い魔法使いの方とのお話は」
 「ああ。そのあとアステリアの偉い奴とも話してきたし、両方問題なかった。ま、ほとんどロードのお陰だけど」
 「おれの? 何もしてないけど」
 「……。」
レヴィは口にスコーンを詰め込んだまま、じっと彼を見つめる。
 「…何だよ、その顔」
 「何でもない。ま、お前のそーいうところは、今に始まったところじゃないし…。」
 「どういう意味だ?」
 「それはともかく。」
彼は強引に話題を変えた。「エベリアから何か連絡は? この村の学者の様子は?」
 「特にありません」
と、ヒルデ。「ガト先生のところには、念のためということで連絡役の<王立>の方がひとり残っています。先生は相変わらず。解読作業はもうほとんど終わったみたいなんですが、何かまだ調べたいことがあるとかで」
 「いつもの先生だな」
ロードは苦笑する。「学校はどうなってる?」
 「しばらくお休みになりました。国境のほうが騒がしいこともあるし、エベリアの放火犯がまだ逃げていて、軍が探してるってことになってます」
 「それなら良かった。この辺りまで巻き込まれることは無いと思うけど…。」
高位の魔法使い同士の衝突がどのような惨状を引き起こすかは、既に、いやというほど経験済みだった。
 「リスティ」
ふいにレヴィがまじめな口調になる。「多分、数日以内にエベリアは戦場になる。危険だと思ったら、ポルテに繋いだ扉からここらの人間を塔に避難させろ。あそこなら数百人くらいは余裕で入る」
 「まあ、レヴィ! それは――」
 「あそこはぼくらの家だ。そうだろ?」顔を上げ、彼は目配せしてみせる。「家の外が嵐の時、自分ちに旅人を避難させるなんてのは、当たり前のことだろ。」
 「…いいのね」
 「ああ。隠れてられる時代もそろそろ終わりなのかもな。ま、それはそれで仕方が無い」
お茶を飲み干すと、彼は椅子の背にかけていた上着を取り上げて立ち上がる。
 「ロード。ちょっと表来い。さっきのスウェンとかいう奴の言ってた話をお前にもわかるよう実践で説明する」
 「実践…って…」
眉を寄せ、良く分からないまま後に続く。背後から、女性たちの心配そうな視線が追って来るのを感じながら。
 家の前に出ると、レヴィは大きく深呼吸してから振り返った。
 「さて、と。それじゃ始めようか。」
 「始めるって、何を」
 「お前の、そのナイフ投げがどうやればリューナスにほえ面かかせられるかって話だよ。」
ロードは腰のナイフに手をやって、その手元のほうを見た。
 「これが…どうやって?」
 「とりあえず、…そうだな」
辺りを見回し、レヴィは、家の前に置かれていた板を取り上げて、適当な木の枝にひっかけた。それから、オリーブの小枝を拾い上げてロードの足元に放り投げた。
 「その枝を板に当ててみろ。手を使わずな。出来るだろ?」
 「魔法で、ってことか? けど…」
 「失敗したらどうなるかってのは気にしなくていい。範囲指定の失敗はぼくのほうで修正する。」
 「……。」
ロードは、足元の小枝に視線を向けた。
 (掴みあげて…)
それから、目標の板のほうに視線をやる。
 (投げる)
小枝が勢い良く浮かび上がり、明後日の方向に向かって吹き飛ばされる。あわてて軌道を修正するものの、空中でほぼ直角を描いて急落したかと思うと板の表面を掠めて地面に転がった。思わず手で顔を覆いたくなるような惨状だ。板の側に立っていたレヴィが顔をしかめている。
 「…お前、ほんっと、魔法のほうは制御最悪だよな」
 「悪かったな。だから言ったのに」
 「まあ、いい。今ので大体判ったろ。魔法で”投げる”時に自分が何を考えているか。どんなイメージを描くか。」
転がった枝を拾い上げると、レヴィは、それを投げて寄越した。
 「今度はそれ、手で持って投げてみろ。ナイフだと思って」
 「…前にハルに教えてもらったときの練習でもやったよ」
 「なら、その時に理解しておくべきだったな。いいから、やってみろ。」
レヴィに促されるまま、渋々とロードは枝を無造作に放り投げた。小枝は、きれいな放物線を描いて真っ直ぐに飛び、こつん、と軽い音をたてて板の真ん中に命中する。
 「今、何考えてた」
 「何って。だから、何も考えてな――」
 「実際に手で持って投げるのと、手で持たない時の違いは?」
 「そんなの、全然違うじゃないか」
 「少しは考えろ。頭の中でイメージしてたものが何なのか。お前が今、枝を投げた、それも”魔法”なんだとしたら?」
ロードは腕組みをして考え込んだ。時間がゆっくりと過ぎていく。その間、急かすこともなく、レヴィはただじっと待ってくれている。
 「…手に触れないときは、具体的な動作をイメージしてた。手に持って投げるときは、特に何も考えなかった」
 「どうして何も考えなくてもいいんだ?」
 「そりゃあ、体で覚えてるっていうか、自然に出来るだろ。歩くのとか、息をするのとかと同じだ」
 「だろう? ナイフは投げるもの。ティーカップは口につけて飲むもの。道具を目にした瞬間、使い方も、力の加減も、ぜんぶ無意識に制御できる。イチからイメージを作り上げる必要がない。さっきスウェンの言ってたアステリアの魔法体系っていうのは、そういうことなんだ。あの”杖”は閃光を生み出す道具だった。魔石に触れて杖を翳せば先端部分の反射鏡から真っ直ぐに光が放たれる、そういう仕組みの道具だと認識させることで、ただそれだけの用途に特化して、前提となる手順も思考も省かせるようになっていた。馴れる必要があるのは、その道具がどういう効果を持つかという”お約束”だけだ。それは従来の魔法の使い方とは全く違う。思考言語をもっと単純化した、言うなれば脊髄反射的な…そうだな、名づけるなら本能的言語とでも言うべきシロモノだ。思考と肉体の反射なら、反応速度は後者のほうが早い」
 「……。」
 「ぼくの魔法の発動までの速度はテセラに追いつけなかった。リューナスがテセラ以上の手だれなら、競り勝てないのも当然だ。けどお前なら、その”身体で覚えた”使い方なら、あいつの速度に追いつけるかもしれない」
 「おれは…」
 「お前はもう、十分に使えるんだよ。ただ”出来ない”と思い込んでるだけだ。」
何を言われているのかは判っていた。勝てるとしたら、その切り札となるのは、優れた魔法使いである他の誰でもなく自分だということ。
 「そんな顔すんなよ」
自分の前髪を掻き上げながら、レヴィは困ったように笑った。「何もお前一人で特攻しろっつってるワケじゃないんだ。勝ち目が見えてきたんだ。少しは嬉しそうな顔しろよ?」
 「…ごめん」
 「何で謝るんだよ。じゃ、ぼくはしばらく休んでる。もしまだ分からないことがあったら聞きにきてくれ。」
レヴィが家の方に向かって歩き出す。落ち葉を踏む音が遠ざかっていく間、ロードは、的にしていた板を見つめたまま立ち尽くしていた。


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