<本編3>

 15


 「――以上の証拠を持って、<主席魔法使い>リドワン・ド・シャールをここに告発するもので――」
何かを読み上げる朗々としたその声は、途中で、勢い良く開かれた扉の音に掻き消された。
 「ようやく見つけたぞ、リドワン」
室内にいた全員が振り返る。部屋の両脇に並ぶのは階段状の席、豪華な天井の下、そこにはいかにも貴族然とした人々が整列していた。リドワンは、部屋の中心で演説台を前に立っていた。その席に向かい合うようにして、部屋の壇上に見たことのない赤いローブの老人が、特徴的な帽子を被って腰を下ろしている。魔石は身につけていないが、この場で最も立場が高いのは他の誰でもなくその老人だ、とロードは思った。
 けれどレヴィは、そんな場の雰囲気など全く読むことなく足元の真っ赤なじゅうたんの上を真っ直ぐに目的の人物に向かって踏み込んでいく。これにはさすがのリドワンも苦笑している。
 「城にまで侵入してくるか。流石にもう少し空気を読んで貰いたいところだが」
 「そんな暇あるかよ。あんたに用事があるんだ、バカげた裁判ごっこは三秒で終わらせろ」
 「こっ、この闖入者どもを捕らえろ!」
喚きたてる上ずった声がどこかから飛んだ。部屋の両脇の席にいた色とりどりのローブに身を包んだ貴族らしい男たち、あるいは軍人らしき人々が腰を浮かせ、騒ぎたてはじめている。
 「衛兵は?! 何をしている!」
 「外にいた連中は、ぜんぶ城の外に放り出されてる」と、ロード。「それか、伸びてるよ。だいぶ手加減はした…つもりだけど」
 「魔法使いは!」
 「配下の者たちには、手を出すなと伝えました」
ロードの後ろから、結局ここまで案内してくれることになった黒い髭の魔法使いが粛々として答える。
 「おのれ、裏切ったのか!」
 「おい、うるさいぞ」
レヴィが睨むと、金切り声で喚いていた貴族が口をつぐんだ。いや、強制的につぐまされたのだ。音声を遮断する魔法か何かを使われたらしく、口をパクパクさせながら喉元に手をやる。残る貴族たちは半狂乱になっているが、部屋の奥の壇上にいる赤いローブの老人だけは微動だにしない。この状況下においても全く動揺していない様子で、興味深そうに灰色の眸でじっと闖入者たちを眺めている。何人かの魔石を持つ貴族たちと軍人が、その老人の側に駆け寄っていく。不審者たちがよからぬ動きをしたら守ろうというのだ。
 この場において、最も守られるべき存在。王宮の奥の重要会議に出席する最重要人物。ロードの脳裏に、ある可能性が閃いた。この人物は、もしかすると――
 「リドワンさん!」
ロードは入り口から叫んだ。
 「千年前の悲劇を繰り返さないために…、それがこの国の魔法機関の存在する意味だって言いましたよね」
ぴくり、とリドワン、そして壇上の老人の表情が動く。
 「今がその時です。力を貸してください」
 「ふ」
老人の口元に、何ともいえない笑みが広がっていく。
 「ソルグリム!」
 「はい」
呼ばれて、ロードの隣にいた魔法使いが返事した。それがこの男の名前らしい。リドワンは、ローブを翻すと大股に歩き出す。
 「緊急召還を許可する。大至急、動ける者を集めろ。」
 「わ…わかり…ました」
 「待てリドワン、貴様は――」
 「良い」
壇上の老人が、鷹揚な声で遮った。「彼らの権利だ。<王室付き>の独自行動を承認しよう。貴殿らの成功を祈っている」
 扉をくぐろうとしていたリドワンは足を止め、片手を胸に当てて優雅に一礼すると、先を行くレヴィの後に続いた。



 扉をくぐって辿り着いた先は、リドワンの自室だった。レヴィは特に意識したわけではないのだろうが、ここで正解だったようだ。背後の扉が閉まるなり、リドワンは猛烈な勢いで喋り出した。
 「全く、貴様らときたら。冷や冷やするどころではないわ」
言いながら、着ていた上等なローブを脱いで乱暴にソファのほうに投げると、かわりに壁にかかっていたいつもの<王室付き>の動きやすいローブをとりあげる。「しかも王城に入り込むとは。我が国の中枢に。人の家に土足で上がりこむにもほどがある! そのためにド・シャールに特使紋章を持たせたというのに、これでは何の意味もないではないか。せめて面会許可くらいはとってもらいたいものだ」
 「だから今回は時間なかったっつってんだろ。」
レヴィが言い返す。「ぼくのせいで疑われてんなら、あとでフォローしてやるよ。ったく、なんちゃら会議だのなんちゃら紋章だの、何かの許可だの、この国は何でこう面倒くさいんだ。」
 「二人とも、そんな話してる場合じゃないだろ。…ここに来た目的を先に話さないと。」
リドワンの動きが止まった。
 「…それだ。このわしに協力を要請してくるとは、一体どういう状況なのだ? 先日、太陽の光が一瞬消えたと騒ぎになっていたが、それと関係しているのか」
 「正解です」
 「端的にいうと、勝てるかどうか微妙な奴が千年ぶりに戻ってきて”創世の呪文”に干渉してきてる。っつー状況だな」
 「……。」
ノルデンの魔法使いの表情が固まった。
 「それは――再び”暗黒時代”が訪れる、ということなのか?」
 「ぼくらが全滅すればそうなるんだろうな。」
 「信じられないと思いますが…その、相手は”魔法全書”の著者、リューナスです。正確には、リューナスだったはずの存在、ですが」
 「ふむ」
机の前の椅子を引き、老魔法使いは腕組みをしながらゆっくりと身を沈める。「ふむ…では、その相手を倒せないと考えた理由は?」
 「今ある魔法体系の祖で、その全てを網羅して千年の経験値のある魔法使い。おまけに、どうやら扱える魔力も桁違い。得意魔法は”精神感応”系。この世界で最高の魔法使いの一人を連れてったが、ほぼ互角。つーか最終的には押し負けた。で、何かいいテはないかっつー相談だ」
 「…なるほど。」
リドワンは、片手を顎の髭にやった。何か考え込んでいるようだ。突拍子もない状況にも関わらず、無駄に質問は一切しない。動揺はしているはずなのに、ほとんど顔色も変えないのはさすがといったところだ。
 「…つまり、”魔法全書”の著者の裏をかく魔法があるか、ということか」
 「そういうことだ。あいつが知らなさそうな新しい魔法、とかでもいい。実践的な魔法っつーか、戦闘用の魔法ならノルデンが一番進んでるんだろ? 何かないか」
 「無茶を言う。確かに我が国の魔法体系は戦闘を想定したものが多いが、原則として伝統に則っている。つまり…」
 「…魔法全書に忠実?」 
 「ということだ」
 「駄目かー…。」
目の前の二人が明らかにがっかりするのを見て、老魔法使いは言葉を変えた。「逆に言えば、伝統的な…つまり”魔法全書”に沿った魔法についての研究は豊富だ。そちらからなら助力も出来よう。相手が”魔法全書”の著者、というのは確かなのか?」
 「本人はそう名乗った。証明は難しいけど、少なくとも、かつて”暗黒時代”に何が起きたのかはよく知ってるらしい。逆に、最近のことはどこまで知ってるか分からない」
 「ならば、ひとつ当てがある」
リドワンは、机の上で指を組んだ。「準備するには少し手間がかかる。それに適当な魔法使いが…そうだな。ユルヴィ・ド・シャールは使えるか?」
 「ちょっと待ってろ、連れて来る」
言い残して、レヴィが背後の扉に消える。
 「やれやれ。便利だが、あれは厄介な能力だ」
部屋の主は苦笑している。「”お伽噺”の中身があのようなものだとは、想像もしていなかった」
 「伝承と実際が違うってのは、わりとよくある話じゃないんですか」
ロードにも、もはや誤魔化す気はなくなっている。「ただ、この時代にはあいつ以上の適任者はいませんよ」
 「わしに協力を要請しようと提案したのは、貴様だな?」
 「どうしてそう思うんですか」
 「他には居ないと思ったからだ。ふっ、本当に変わった男だ…」
 「連れて来たぞ」
扉が勢い良く開いて、レヴィが再び姿を現した。ユルヴィも一緒だ。腕をつかまれたまま、訳が分からないという顔をしている。
 「こいつなら丁度いいだろ。連絡役にもなる」
 「何が…えっ? リドワンさ…ええっ?!」
 「申し分ない。足りない部分の事情説明は、その者に頼むとしよう」
口元にうっすらと笑みを浮かべた後、老魔法使いはロードたちを見回した。
 「アステリアの王立魔道研究院の院長は知っているな?」
 「…一応は」
 「リューナスの知らない魔法を探しているのなら、その男に聞くがいい。<王立>は元々、ノルデンとの差異化を図るべくして生まれた魔法機関だ。我が国にはない魔法体系を検討している」
意外だった。この男から、――ことあるごとにアステリアを悪し様に言ってきた対抗心剥き出しの魔法使いの口から、アステリアの魔法機関を勧める言葉が出てくるとは思わなかったからだ。それに、まさか名前は出さないにしてもスウェンを個人で指名してくるとは。
 「ちなみに、猶予はどの位だ」
 「さあな。足止めはしてるが、延ばせてもせいぜい数日だろうな。正直、奴が何をするつもりなのかもまだはっきりしない。判ってるのは、いったん始まったら止めるのは困難、ってことだけだ」
 「…成程。では、その時間で出来る限りの手を打つとしよう」
リドワンとユルヴィを残し、二人はさらに扉を潜る。北の果ての地ノルデンからアステリアへ――再び南へと。
 移動しながら、レヴィが時折、胸のあたりに手をやる頻度が増えているのには気づいていた。”創世の呪文”への干渉が強まっているのだ。何も言わなくても、それに抵抗し続けているのは見ていれば判る。今、一番辛いのは彼のはずだ。残り時間が刻一刻と減りつつあるのを一番判っているのも。
 けれど、だからこそ、敢えていつも通りに振舞おうとする。
 「アステリアの偉い奴って、そういや、会ったことないんだよな。話はお前がつけてくれよ、ロード」
 「判ってるよ。それより、この話を信じてくれるかどうかが心配だ。アステリアはノルデンと違って昔話や伝説はあんまり残ってないから…。」
扉を潜れば、そこはジャスティンの町。いつもと変わらない大通りの雑踏が目の前にあった。


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