<本編2 追加シナリオ>

 千年の夢(3)


 「いいのか? 他の連中を遠ざけちまって」
レヴィはちらりと、さっき魔法使いたちが出ていった扉のほうに視線をやる。
 「問題ない。わしの命を取りにきたわけでもなさそうだからな」リドワンは、ユルヴィのほうに顔を向けた。「そうだろう?」
 「勿論です…。」
今は上司ではないとはいえ、かつて所属していた組織の最上級の魔法使いを目の前にして、ユルヴィは気後れしているように見えた。レヴィが舌打ちする。
 「今の雇い主はぼくだろ? このじいさんは、もうお前の上司じゃない。そんなに畏まるなよ」
 「ほう。<王室付き>を辞めて"鴉"に雇われたのか。どんな魅力的な雇用条件を提示された。強大な魔力? 永遠の命?」
 「違います!」
ユルヴィは顔を真っ赤にしている。「レヴィ様は――」
 「落ち着け、ユルヴィ。この人のペースに乗せられると色々喋りすぎるぞ。そういう引っ掛けをしてくるから」
リドワンの視線が、じろりとロードのほうに向けられる。
 「アステリア人、お前もこの鴉に雇われているのか?」
 「とっくに名前も素性も知ってるくせに、まだそういう言い方すんのか…」ロードは苦笑した。この老人は、どこまでも”ノルデン貴族”だ。いつか出会った、イングヴィのことを思い起こさせる。「こっちの話を始めてもいいかな? あんまり時間を取りたくないんだ。エーリッヒ家の菩提、レイレの町の墓地から掘り出した、五百年前の古文書。それが、おれたちがここへ来た理由だ」
僅かにリドワンがたじろいだ。今までこの場のペースを握っていたのは彼だったが、それを一瞬で覆されたからだ。
 「何故それが必要なのだ」
 「中身を確認してほしい、と書いた本人に頼まれたからだ」
 「ちょ」
レヴィが慌てている。だが、ロードは話を続ける。
 「…五百年前のもの、なのにか?」
 「そう」
 「ロード、お前…」
 「こういう交渉は、ある程度譲歩しないとまとまらないもんなんだよ。こっちも多少は本当のことを言わないとな」
腕組みしながら、ロードは、笑みを浮かべてリドワンを見やった。「っていうか、今回わざわざ自ら足を運んだってことは、本当はそっちがおれたちに話したいことがあったんだろ?」
 「……。」
灰色の眼が、じっと薄青の瞳を見つめている。レヴィとユルヴィは口をつぐんだまま、固唾を呑んで見えざる戦いを見守っている。
 「ふん、少しは場数を踏んできたようだ。そちらの二人よりは馴れているな」
 「商売柄ね。信じる信じないは勝手だけど、そのランドルフって人はつい最近まで生きてた。おれにとっちゃ依頼元。そっちの二人はまあ、ちょっと違う関係だけど…ここにある五十二ページだかの文書、見せてもらうことは出来ませんか」
 「見て、どうする?」 
 「内容次第、かな」ロードは、レヴィたちのほうを見やる。「マズい内容だったら、処分する?」
 「そりゃあ、本当にマズい内容だったら…」
言いながら、ちらりとリドワンのほうを見る。硬い表情だ。
 「…まあ、何かと取引っていうのはアリだと思う。古い本とかウチには山ほどあるし」
 「拒否するとどうする」
 「明日から毎晩、手当たり次第にこっちの二人が不法侵入することになりますけど」
 「なるほど。さっさとケリをつけたほうが良さそうだな」
リドワンは、さっと黒いトーガを翻した。「ついて来るがいい」言いながら、部屋の奥にある、入り口とは別の扉のほうに向かっていく。
 「場所、知ってんのか」 
 「丁度、つい最近調べなおすために借り出したばかりだからな。収蔵棚にはない。研究室のほうにある」
 「……。」
では、仮に保管室を何日もかけて調べても、決して見つかることはなかったというわけだ。
 「な? 早めに聞いといて良かっただろ。」
 「…だな。ほんと、お前が居てくれて助かったよ」
呟いたレヴィの表情からして、お世辞や厭味ではなく、心底そう思っているようだった。



 リドワンに先導されて、三人は建物の奥のそう広くも無い部屋に辿り着いていた。そこにも天井に達するような本棚が林立しており、ほこりっぽい棚の上には文書が山ほど載せられている。だが、さっき居た部屋と違って、こちらには割れた壷のようなものや石板らしきもの、古い布切れなど謎めいたガラクタが沢山ある。
 そんなガラクタに囲まれた机の上から、リドワンは、木箱に入れられた茶色く変色したぼろぼろの紙の束を取り上げた。
 「これだ。」
箱の中身をランプに照らすと、紙に空いた穴から光が透けている。裏紙で補強はされているものの、黒ずんだ紙は手にとるだけで壊れてしまいそうで、字も、掠れてほとんど読めない。
 「思ってたより状態悪いな」
 「それでも、五百年も土に埋もれていたわりには状態は驚くほど良いのだ。保管の魔法がかけられていた」
 「保管?!」レヴィは声を上げた。「はー、ジイさん、何やってんだよ…ぜんぶ墓に突っ込んで処分したっつーわりに…」
溜息をついてから、レヴィは、無造作に箱の中に手を突っ込んだ。ロードは慌てた。
 「おいレヴィ、乱暴にするなよ。内容確認する前に壊れたら」
 「判ってるよ」
彼は一番上の紙をつまんで感触と重さを確かめると、意識を集中させた。目の前で箱の中の紙が動き出し、ふわりと水平に宙に浮かび上がる。
 「手で持たなきゃ壊れないだろ。とりあえず順番に並べるから、手分けして確認」
箱の中から次々に紙が浮かび上がり、空中に、きれいに並んでいく。リドワンは興味深そうな目でじっとレヴィの使う魔法を見つめている。或いは、力量を値踏みしているのか。
 「…それを書いた魔法使いは、本当に最近まで生きていたのか? 五百年もの間? どうやってだ。まさか、保管の魔法を自分にかけていたわけでもあるまい」
 「別の魔法さ。と言っても誰にでも使えるようなやつじゃないが」
 「お前もそれを使っているのだな」
文書に注がれていたレヴィの視線が、一瞬だけ、リドワンの方に向けられた。
 「何でそう思う?」
 「わしを誰だと思っている。今まで、何百人もの魔法使いを見てきたのだ。見た目どおりの年齢でないことくらい判っている。」黒いトーガの魔法使いは、尊大な空気を纏わせたまま、両手を後ろに組んで柱のように立っている。
 「どんな天才だろうと、魔法使いとしての力に目覚めてから十年は修行しなければ、その域には達しない。姿は魔法を覚えたての頃のまま――中身とは別に――何故だ?」
 「さあな。ただ言っとくと、”永遠の命”だの”若さ”だのの手に入る魔法は無いぜ。これは副作用みたいなもんだから。…お、やべ、これ詩だ。ちょっと恥ずかしいタイプのやつ」
 「こっちは恋文かな…。別の意味で処分したほうがいい気がしてきた」
 「若かりし日の何たらが多いですね。これは確かに、墓に入れたくなる…」
 「……。」
ランプの明かりの下で、三人は、文書を端から端まで探してみた。けれど、どれもごく普通の、駆け出し魔法使いが書きそうなものばかりだった。
 「うーん、問題なさそうなのかな。」
 「いや。ちょっと待て」
周囲に浮かべた紙を数えて、レヴィが呟く。「…五十一枚しかない」
 三人は、同時にリドワンのほうを振り返った。
 「ふん」
老人は、さも面白くなさそうな顔をして、奥の机の上に載っていた銀板を取り上げた。「…最後の一枚だ」
 「隠すなよ。何、もったいぶって――」
ひったくるようにしてそれを受け取ったレヴィは、板の上に貼り付けられた文章を目にしたとたん、動きを止めた。
 「”青き花の咲く森の奥に、伝説の塔はあった。叡智の鴉の棲む家。世界の秘密を知る魔法使い。私はそこへ行こう、すべてがそこにあると知った。今あるものは捨てて”」
ゆっくりと、リドワンが諳んじてみせる。
 「イングヴィが居なくなる直前に遺していったのも、その詩だった」
沈黙の中を、魔法使いは長いトーガの裾を翻しながらゆっくりと歩き始める。
 「その詩だけが特別な銀板に保存されているのを疑問に思ったかね? その五十二枚の書き付け――通称"エーリッヒ文書"が魔法史研究の中で重要視されている理由が、その詩にあるからだ。"叡智の鴉"、それはノルデンに古くから伝わる伝承では、"風の賢者"を意味する言葉として知られていた。かつて"賢者"は実在した。お伽噺などではなかった。少なくとも、千年前までは」
本棚の前で足を止め、一冊の本を抜き取る。
 「その文書が見つかっていらい二十年、あらゆる解釈が成されてきた。代表的な研究書が、これだ。」
レヴィが小さく呻くのが聞こえた。――主要な研究書、ということは、ほかにもあるということ。そして、ここだけではなく世界中のあちこちに、多数存在するということだ。
 リドワンは淡々と続ける。
 「文書が墓の中かに見つかったことから、"賢者"は既に死んでおり、死に行く魔法使いが死後の世界に行けば会えると思ったのだと解釈するのが主流だ。しかしそれにしては前半の"青き花の咲く森の奥"という具体的な表記が分からない。そのような伝承は存在していない。単なる個人の夢か設定だったのか、詩の作者が実際にそのような場所で”賢者”に出会っていたのか。私もかつては研究者の一人だった。」
 「ああぁ…どおりで…どおりでイングヴィやジュリオが塔に辿り着けたわけだよ…!」
レヴィは頭を抱えている。「写しがバラ撒かれてるってことなのか。ノルデンにもアステリアもあるってことじゃないか…何でもっと早く気がつかなかったんだ…!」
 老魔法使いの目が、かすかな驚きをもって見開かれた。
 「つまり、この詩は、単なる夢物語でも遺言でもなかった、ということか…」
 「むしろ、これだけはっきり書かれてるのに、二十年かけて辿り着いたのが二人だけだったってのが奇蹟だな」
ロードも苦笑するしかなかった。「これじゃ、オリジナルを処分してもしょうがないな。」
 「まったくだよ、骨折り損だ」
溜め息をつきながら、レヴィは銀板を机の上に置いた。同時に、浮かんでいた紙の束が元通り、何の衝撃もなく羽根でも舞い降りるようにふわりと元の箱に収まって行く。
 「そいつは好きにしてくれ。保管の呪文はとっくに切れてる。どうせあと五百年もすれば自然に朽ちる」
 「待て」
去りかけるレヴィに、リドワンが声をかける。「シグニィのところへ行ったな?」
 「ああ。行ったけど、それが?」
 「シグニィに到着日を聞いたのだ。わしのところに現われた日と同じだった。…空間転移に飛翔の魔法を組みあわせて使ったところで、ノルデンの端から端まで、その日のうちに跳べる人間などいない」
縋るような、試すような眼差しで老魔法使い黒髪の魔法使いを見る。その声は、切羽詰まっているようにも聞こえた。
 「わしが知りたいことは一つだけだ。伝説は、千年前に終わったわけではなかったのかということ。"賢者"は? まさか、今でも――?」
 「当たり前だろう」
振り返りながら、レヴィは、真面目な顔でばっさりと言ってのけた。「今でも三人、ちゃんと揃ってる。じゃなきゃ一体誰が世界を形創る呪文を管理する? この世界が存在できているなら、そういうことだ。」
 「――そうか。」
満足げに笑みを浮かべると、リドワンは、机の引き出しから何かを取り出した。
 「ユルヴィ・ド・シャール。これを持って行け」
差し出されたのは、手の平に収まるほどのサイズの黒いビロウド貼りの箱だった。それから、レヴィのほうに向き直って、いつもの声色で毅然と告げる。
 「鴉。お前が何者であろうとも、<王室付き>の主席魔法使いは正体不明の不審者と会集したりはしない。今後は資格なしに、我が前に自由気ままに出現することは控えてもらおう。」
 「へいへい。――行くぞ、二人とも。」
扉が繋がれ、その向こうに夜明けの光が見えていた。嗅ぎ慣れた海風が吹いてくる。どうやらレヴィは、先にロードを家まで送ってくれるつもりのようだった。



 扉を潜ると、そこはロードの家の居間だった。
 窓は半分開かれて、その向こうに白み始めた空が見えている。もう朝なのだ。人の気配に気づいたヒルデが、台所のほうからやってきた。
 「お戻りだったんですね。…あら、ユルヴィ兄さんも」
 「やあ、おはよう」
ユルヴィはちょっと首をかしげて挨拶する。ヒルデはおかしそうに笑う。
 「お疲れみたいですね。お茶と軽食を準備しますから、少しお待ちになって。」
そう言って、台所のほうへ戻っていく。レヴィは、上着を脱ぎながらいつものソファの定位置に腰を下ろした。
 「んで? その、さっきの箱みたいなのって何だったんだ」
 「ああ、そうですね」
慌ててイングヴィは、ビロウド張りの箱を確かめる。
 「あっ」
箱の中身を確かめたユルヴィが小さく声を上げた。「これ…特使紋章ですよ!」
 「トクシ…何?」
ユルヴィは、箱の中から銀色に輝く勲章のようなものをつまみ上げた。ノルデンの国旗にも描かれている竜の形に、<王室付き>のしるしを組み合わせた形をした紋章だ。
 「<王室付き>の主席魔法使いだけが任命出来る特別な任務を帯びた魔法使いの身分証です。これがあれば国内の主要な重要機関は自由に入れるし、騎士団の協力も要請できる。それから…」彼は、じっと紋章を見つめて呟いた。「これを持つ魔法使いは、リドワン様といつでも優先的に、自由に謁見可能です」
 「成程、体裁ってわけか。」レヴィは口元に薄く笑みを浮かべる。「そいつがあれば、"資格なしに"じゃなく、資格を持って堂々と現われることが出来る、ってワケだな。しかもユルヴィは貴族の家の出身だし、事情を知らない連中の目も誤魔化せる、ってワケか。うまいこと考えるもんだ」
 「これで、不法侵入しなくて済みますね」
ユルヴィは少し、ほっとしている。
 「レヴィ、あの人、たぶんお前の正体――」
 「気づいてはいるんだろうな、ある程度は。ぼくもお前も、賢者の関係者ってことになってるんじゃないか? まぁ、ノルデンには元々、古い伝承が残ってるらしいし――」
それだけだろうか、とロードは少し疑問に思っていた。リドワンは、どこまで知っているのだろう。もしかしたら、ほとんど全て気がついているのではないかとさえ思っていた。少なくとも、レヴィをわざわざイングヴィの母親――シグニィに会いに行かせたのは、試すためだったのだと確信がある。そして目論みどおり、レヴィは、自らの持つ特別な力を証明することとなった。
 「…お伽噺、か。」
考え込んでいたレヴィが、ふと、呟いた。
 「なあロード、あいつ、気になること言ってたよな? 千年がどうとか…」
 「ああ。千年前までは賢者は実在した、って言ってたな。ノルデンの建国が丁度、千年前だ。レヴィ、ランドルフさんから何か聞いてるか?」
 「いいや。千年前っつったら、ジイさんの先々代よりもっと前だし、可能性があるとしたら、あの膨大な書き物の中だろうな」
彼は、視線を遠くに彷徨わせた。「少しマジメに調べてみるか…」
 「千年前といえば、魔女アルテミシアの伝説もありますね」
と、ユルヴィ。
 「アルテミシア? って、ユルヴィの実家の近くの丘に銅像の立ってる、あれ?」
 「そう、あれです。建国神話の魔女。"闇の軍勢"と人々の守り手たる魔女の戦いの物語ですよ。どこまで史実でどこからが創作なのかは議論されていますが、少なくとも、彼女が実在したのは間違いないといわれています」
 「……。」
何か、引っ掛かるものがあった。

 "三賢者"が実在するものとして、人々に知られていた時代。
 それがまだ、お伽噺ではなかった世界。

 忘れられた物語を、"お伽噺"を継ぐ者たち自身が何も知らないのは、一体、何故なのだろう。


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