<本編2 追加シナリオ>

 千年の夢(1)


 「おはよう」
 朝、目が覚めたら目の前に不機嫌そうなレヴィが立っていた。隣には、申し訳無さそうな顔をしたユルヴィもついている。
 ――起き上がって目をこすりながら、ロードは、しばし考え込んだ。レヴィが何の前触れもなく現われるのは、いつものことだ。が、どうして隣にユルヴィまでいるのだろう。それに、薄暗いこの感じからして、まだ夜が明けたばかりの時間だろう。ふいにやってくるにしても、早すぎる。
 「えっと…、何?」
 「出かけるから、ちょっと付き合え」
 「すいません。」
ユルヴィは本当に申し訳無さそうだった。「ちょっと…手伝っていただきたいことがあるんですが」
 「手伝う?」
 「それは、おいおい説明する」
と、レヴィ。有無をいわさぬ調子だ。
 溜息をついて、ロードは寝台を降りた。「着替えるから、下でちょっと待っててくれ…」
 こんな時は、行き先など聞くだけ野暮だ。どうせ行けば判る。それより、ユルヴィまで一緒なのは一体どういうことだろう。ロードは手早く身支度を整えると、、ヒルデの休んでいる隣の部屋に声をかけてから、レヴィたちについていった。



 朝食をとる暇も無く、起き掛けのまま強制的に連れて行かれた場所は、見覚えのない、どこかの古い都市のようだった。道の整備された石畳や、築百年はゆうに越えていそうな石造りの古びた建物の感じからして、ノルデンのどこかだろうとは想像がつく。
 「で? これは一体、何事なんだ?」
 「ジイさんの墓を探すんだよ」
と、レヴィ。
 「墓、って…。ランドルフさんは、こないだ塔の近くの霊廟に収めたばっかりだろ?」
 「そうじゃないんです。あの、順を追って説明しましょう」
慌ててユルヴィが口を挟んだ。「エーリッヒ家の菩提がこの町にあるんですよ。ランドルフ様の生家です」
 「生家?」
 「"賢者"になる前の。五百年前、この町の丘の上に屋敷があったとかで…。ランドルフ様は家を出る際、死んだことにしたそうです。その時に墓が作られていたそうなんですよ。その墓が今もあるかどうか確認しようと…」
話を聞いているうちに、ロードもおぼろげに思い出してきた。先代の"風の賢者"ランドルフは、確かにノルデンの有力貴族の家柄出身だったはずだ。ただしその家系は、百五十年ほど前の内戦で断絶しているらしいと聞いていた。
 「ということは、ここは…?」
 「ノルデン南部の町で、レイレってとこさ。昔はズバリ、エーリッヒって名前の町だったらしいんだけど、名前が変わったらしくて、お陰で探すのに随分苦労したんだ。」
むすっとした顔でレヴィが言う。「こんなに手間かかるとは思ってもみなかった。」
 「そういうのは、いつもおれに頼むのに…。」
 「すいません」
ユルヴィはまたも申し訳無さそうな顔になる。「私には、こういう調査は向いていないようで」
 ロードは慌てた。
 「あ、いや、ユルヴィのことを悪く言うつもりじゃなくてさ」
本当にそうだった。悪く言うつもりはない。ただ――
 「もっと早く言ってくれても良かったのに」
 「お前、ここんとこずっと忙しそうだったから」大通りの方に向かって歩き出しながら、レヴィは急ぎ足にどこかへ向かっている。「オリーブの収穫、だっけ? それが終わるまでは待とうかと。一刻を争うような話でもなかったし――これでも一応、気は遣ったんだぜ」
 「…そいつは、どうも」
有り難いのか有り難くないのか分からない。
 「それで?」
 「この町にある墓地にエーリッヒ家の代々の墓が作られていて。ほら、あれです」
ユルヴィは、通りの向こうに見えている三角屋根を持つ建物を指差した。建物の後ろにはなだらかな丘があり、その丘の日当たりの良い斜面一杯に、墓標らしきものが建てられているのが見える。建物を入り口にして、丘一つが丸ごと墓地になっているようだ。
 「あんな日当たりの良いところ、墓なんて作るもんじゃないと思うけどな」
レヴィは何故か最初からずっと機嫌が悪い。
 「何でわざわざそんな古い墓なんて探しに来たんだ。五百年も前の、しかも空っぽの墓なんて」
 「空じゃないんだよ」ぼそぼと、歯切れ悪く言う。「空だったら良かったんだが」
 「空じゃない?」
 「ジイさんが言うには、家を出る前に書いた文書や持ち物一式、未練を断ち切るつもりで洗いざらい墓に収めてきた…らしい。その中には、先々代の賢者、つまりジイさんの師匠にあたる魔法使いとの文通の手紙なんかも入ってるんだそうだ」
 「――何だって?」
一瞬驚いたが、もう五百年も前の話だ。
 「まさか、さすがにもう残って無いだろ」
 「そう思いたいんだけど、一応確認しといてくれって遺言みたいに言われたんだよ。どうも気になっててさ。気のせいだといいんだが。」
聖堂は、町の観光名所にでもなっているのか、一応は掃除されていた。立派な入り口の周りには、大理石彫りの像が立ち、浮き彫りがされている。かつてそれを作らせた一族に十分な財力があったことを思わせる、立派な作りだ。聖堂の中は祭壇と、一族の来歴や家系図が記され、墓に収められた人々の名前が銅版に刻み込まれている。おそらくどこかにはランドルフの名もあるのだろうが、今はそれを探している暇はない。
 「ここ、墓地の管理人とかいないのかな?」
 「雇い主の一族がもういないんだから、ボランティアで墓守なんてする奴もいないだろ。町の連中にも聞いてみたが、ほとんど関心がないらしい。たまに郷土歴史家が来ることはあると言ってたが」
その口ぶりからして、レヴィたちがここへやってくるのは初めてではないらしい。
 「本当にランドルフさんの墓が今もここにあるかも、はっきりしないんです」ユルヴィが付け加える。「取り合えず今までに判ったこととしては、丘の下の方が新しい墓石で、古い墓石は上の方だってことくらいですね」
 「…一体、何日くらい調べてたんだ?」
 「三日です。それでレヴィ様が飽きたから明日はロードさんを連れてくる、って言い出して。そういうわけです…すいません」
 「ユルヴィが謝ることじゃないさ」
ロードは額に手をやりながら、聖堂の中を通りぬけて外の斜面を登っていくレヴィの後姿に目をやった。なるほど、それは確かにレヴィには向かなさそうな仕事だ。
 「何やってる! 早く来い」
 「だそうだ。――ユルヴィも大変だな、雇い主があれで」
肩をすくめて、ロードは、墓所を見回した。「しかし広いな。流石にこれを一つずつ調べていくのは大変すぎる」
 「でも、それしか方法は…」
 「郷土歴史家は調べに来てたんだろ? なら、そっちから当たったほうが早い」
 「えっ?」
 「ちょっと聞いてくるよ。ユルヴィは、取り合えずレヴィに付き合ってて」
言い残して、ロードは町に引き返した。朝のまだ早い時間、通りには人通りも少ない。
 (こんな時は、町役場かな…)
ちょうど開いたばかりの町役場を訪れて、受付で聞いてみると、意外にもすぐに”町の歴史”のパンフレットが出てきた。地方の町にありがちな郷土自慢と観光促進のためのものだ。
 「墓地の反対側の丘の上にあるのが、旧領主館ですね」
と、パンフレットを手に、受付の愛想の良さそうな女性職員は教えてくれた。「その裏側にあるのが古戦場。百五十年前、あの辺りで大きな戦争があって、最後の当主が亡くなったんだとか。」
 「その一族の墓が、墓地にあるんですよね」
 「ええそうです。エーリッヒ家の歴史でしたら、役場にも少しは資料がありますよ。亡くなった町の郷土歴史家から引き取ったものなんですが」
 「それ確認させてもらえますか。墓地の見取り図っていうか、どのへんに何て人の墓があるか判ればいいんですけど…」
案内されたのは、役場の地下にある書庫。色あせた紙の束が山ほど積み上げられた、ほこりまみれの書架が並んでいる。図書館などと違い、ここには滅多に人も来ないようだ。
 「墓地の見取り図は…ああ、これですね」
ばさり、と大判の地図が広げられる。丘全体の墓の位置と年代の書き込まれた、とてつもなく手間のかかっているシロモノだ。ロードは、地図を覗き込んだ。
 (…五百年前の墓は)
墓は、年代ごとに色分けされている。三百年前、四百年前…と辿っていったロードは、その先にある空白に指を止めた。
 (あれ?)
五百年前のあたりの、一番古い墓石のあたりが切り取られたようになっている。
 「すいません、ここは…」
 「ああ、新しく出来た通りの部分ですかね」
 「通り?」
 「二十年くらい前に街道と繋がる通りができたんです。その部分の墓は撤去されて」
 「撤去?! 中身は…?」
 「確か…。年代ものの遺物が多数出た、とかで発掘調査になって…」
思い出すように、女性職員は視線を彷徨わせている。「…ああそうそう。思い出した。確かあの時、古文書が出たとかで、鑑定と修復のためにどこかの町に出されたはずよ。」
 「古文書?! それ、どこに送られたか判りますか」
 「ちょっと待ってね。調べてみるから」
レヴィの”嫌な予感”は、もしかしたら当たっていたのかもしれない、とロードは思った。



 役場を後に、大急ぎで墓所の丘に駆け戻ったのは昼少し前のこと。レヴィたちは、まだ丘の周囲をうろうろと墓を探して回っていた。
 「遅いぞ、何やってたんだ」
顔を上げて、レヴィがこちらを睨む。
 「別の方法で調べてたんだよ。目的の墓はもう、ここには無い」
 「無い?」
ロードは、足元に半ば草に埋もれるようにして立っている磨り減った墓標を見やった。
 「ここにあるのは四百年前までの墓。それ以前のは新しく道を作るときに撤去されて、中身は鑑定されて大半が博物館行きになったって。で、その時に古文書が回収されてる」
 「マジか?! どこにある」
 「フラウロスだよ。フラウロスの図書館に古書修復所が併設されてる。修復と解読のためにそこに持ち込まれた」
 「……。」
レヴィが額に手を当てた。「あーもー。何でそういう余計なことするかな…。」
 「フラウロスの場所、知ってるか?」
 「知ってる。行ったことあるよ、騎士団の駐屯地の近くだろ? 行くぞユルヴィ」
 「あ、はい」
日差しは暖かいが、夏の盛りはもう過ぎている。丘を駆け下る腕に触れた綿ぼうしがふわりと舞い上がり、風に漂う。三人は、慌しく次の町へと向かった。フラウロスの図書館は、ロードにとっては、つい何ヶ月か前に”人探し”の依頼で訪れた場所だ。
 前回は図書館のほうに用事があったが、今回は同じ城の中の古書修復所のほうに用がある。
 「えっ、レイレの町から出てきた古文書?」
突然押しかけてなにやら切羽つまった様子で古文書のありかなど聞き始めた三人組に、受付にいた人の良さそうな初老の男は眼を白黒させている。
 「二十年ほど前のことらしいんですが…。」
先頭に立って交渉役を務めるのは、こうした施設には一番詳しいはず、と見なされたユルヴィだった。何と言ってもノルデン人で、かつては<王室付き>に所属していた時期もあるからだ。
 「えーっと。ちょっとお待ちくださいね…」
係員は奥へ引っ込んでいく。どうにも落ち着かなくて、ロードは、待っている間ちらちらと窓の外に視線をやっていた。
 「何か気になんのか?」
 「騎士団の要塞があるだろ、すぐ近くに。あそこ、…ユルヴィの兄さんがいる」
 「ああ、そういえばそうですね」
ユルヴィは驚いたふうもない。
 「嫌じゃないのか? 魔法かけてまで監禁しようとした人なのに」
 「兄はカッとなりやすいたちなので。普段は冷静ですよ」
 「…ヒルデもそんなこと言ってたけどさ」
小さく笑って、ユルヴィは諦めたように小さく首を振った。
 「あの人は、父の残したものを守るのに必死なんですよ。父が亡くなってからは、父親代わりに私やヒルデの面倒を見てくれた人なんです。家名、財産、母や周囲の期待。背負っているものが大きすぎて、時々、足元が見えなくなる。…そういう人です」
 「……。」
分からない。だが、ユルヴィがそうだと言うのなら、本当にそうなのかもしれない。年は離れていても実の兄弟だ。お互い、判っているところは判っているのだろう。
 「お待たせしましたー」
話していると、奥の方からさっきの初老の男が、ふうふう汗をかきながら駆け戻って来た。
 「お探しの古文書ですが、えー、修復完了後はレイゲンスブルグの国立博物館に送られてますね」
 「はぁ?!」
レヴィの剣幕に、男がたじろぐ。
 「こ、ここは修復所で、保管所ではありませんので…貴重な古文書は…しかるべき博物館で、歴史研究や、その、鑑定などに回されます」
 「くっそ、また無駄足か。レイゲンスブルクだな? 行くぞ!」
 「は、はい」
慌ててユルヴィが後を追う。ロードも、溜息をつきながら続いた。空間を越えていけるからいいもの、まったく、一日で一体どれだけの距離を移動しているのだろう。



 ノルデンの王都、レイゲンスブルグへ来るのは、ロードにとっては二度目の体験だった。
 今回は、町のどこか路地裏のようなところに出ていた。城壁の落とす影の中、空に向かって長く伸びた塔や建物が入り組んだ路地を形作っている。道端で話し込んでいるふりをしながら黒トーガの<王室付き>たちが通り過ぎるのを待って、三人はそろそろと動き出した。
 「さすがに王都は魔法使いだらけだな」
と、レヴィ。
 「顔見知りに見つからないといいんですけどね…」
ユルヴィは通りを見回しながら呟く。「あ、国立博物館はこっちです」
 「道案内は頼む」
 「行くのはいいけど、見つけたとしてどうするんだ? レヴィ。まさか展示品を盗むわけにもいかないだろ」
 「展示されてたらお手上げかもな。けど、倉庫にしまってるんならこっそりくすねるくらい出来るかもしれない」
 「"賢者"様が盗賊の真似事か…」
 「内容次第だよ」
レヴィはちょっと肩をすくめた。「塔の位置とか、"賢者"の役割とか、あとあと面倒になりそうな内容が書かれてるんじゃなきゃ、どうでもいいんだけど」
 「そういうのは、知られたくないってところか」
 「お前だってそうだろ? マルセリョートに観光客がうじゃうじゃ押し寄せるところ想像してみろよ」
 「…それは、…確かに嫌だな」
 「そういうことだ。」
広い通りを足早に横切り、狭い路地をつなぐようにしてなるべく目立たないよう目的地を目指す。古びた建物が密林のように絡み合う大都市は、何も無い時なら観光でもしていきたいところだが、今はそんな余裕もない。
 やがて、行く手に広場に面した立派な建物が見えてきた。入り口からして年代ものの、由緒のありそうな建物だ。
 「あそこです」
そう言って、ユルヴィは先頭に立って足早に広場を横切っていく。午後の遅い時間、博物館の前に人はまばらだ。
 入り口を入るなり、受付にいた女性が気だるげな声で言った。
 「あと一時間ほどで閉館ですよ」
 「収蔵品について確認させて欲しいんです」
ユルヴィは精一杯の笑顔とともに、わけありげな顔を作った。「フラウロスの古書修復所から、こちらに送られたはずのものなんですが」
 「蔵書照会ですね? お待ち下さい」
面倒だ、と言わんばかりなのがはっきりと判った。「こちらに申し込みを記載して、身分証を…」
 「申し込み?」
 「規定ですので。」
 「一体、どのくらいかかるんですか」
 「早ければ、十日ほどで…」
ユルヴィが絶望的な顔で振り返る。ロードは、首を振った。レヴィのほうは、ここについてすぐ、どこかに姿を消している。
 「どうしましょうか」
 「そんなに時間がかかるなら無理に調べてもらわなくてもいいんじゃないか。展示されてるかどうかだけ、ざっと見て回ろう」
 「閉館時間は守ってくださいね!」
受付の女性が二人の会話を聞きつけて声を張り上げる。ロードたちは、聞こえなかったふりをして足早に展示室のほうに向かう。案内板からして、郷土史の類があるのは一階の奥らしい。
 「…レヴィさんは?」
長い廊下を歩きながら、ユルヴィがそっと尋ねる。
 「いつの間にか消えてた。こういう時に何してるのかは、だいたい予想つくだろ」
 「ええ…まあ…。」
魔法使いの助手は、苦笑する。「"賢者"の力は便利な反面、使い方に幅があって面白いですよね」
 「あいつは気軽に使いすぎなんだよ。ま、そのくらい気楽なほうがいいんだろうけど。」
何といってもレヴィは、"創世の呪文"自体が選んだ管理者だ。"賢者"の適正というのが何なのかは分からない。だが少なくともそれは、呪文の管理者として与えられた力の使い方によって損なわれるようなものでは、無いらしい。
 人のまばらな広い博物館の中を、二人はくまな句、それらしきものを探して回った。けれど、古書はあっても手紙や書類の類はなかった。年代にも場所にも近いものは見つからないまま、ちょうどぐるりと一回りして受付に戻って来たとき、閉館時間を告げるベルが鳴った。
 追い出されるようにして外に出ると、北の山々から吹き降ろしてくるひんやりとした風が、足元を撫でていった。
 「さて、と…」
建物を振り返ったロードは、ちょうど屋根の方から舞い降りて来ようとしている鴉に視線を留めた。茂みの中に舞い降りたそれは、数秒のち、人の姿に戻って何食わぬ顔で植え込みをまたぎ越えて出てくる。
 「どこに行ってたんだ、レヴィ」
 「ちょっと地下室まで、収蔵品検索に行ってたんだよ。」
なるほど、黒い上着の端が白く埃で汚れているのは、そういうわけらしい。
 「…どうやって入り込んだのかは、聞かないでおく」
 「そんな目で見るなよ。いちいち法律なんてもんに従ってちゃ、こっちの仕事にならない」
 「まあいいさ。で? 何か見つかったのか」
 「さすがに時間がなかったんで、こいつを借りてきた」
そう言いながら、上着の下から古びた革表紙の台帳を取り出す。「収蔵品の目録だ。」
 「…あとで返すんだよな」
 「当たり前だ。塔に戻って、手っ取り早く調べるぞ」
 「はあ…。」
どうせそれにも付き合わされるんだろうな、とロードは思った。もちろん、最後まで付き合うつもりではあったのだが。


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