Reginleif Saga

”エイナルの夢”



 「さあて。まず何から語ろうかね。そう、異国の王がどうしてこの地にやって来たかを語らなくてはなるまい。シグムンドがやって来たのは、海の向こう。…そう、彼は内海に住んでいる人々と同じ、海の向こうの国からやって来た王だった。その頃、この辺りにも、まだ何匹かは竜が残っていたもんさ」
小人がぱちん、と指を鳴らすと、霧の中にぬうっと大きな影が現れた。
 灰色の鱗はまるで岩のよう、ごつごつした長い尾は、荒々しく振り回されて、あたりにあるものを片っ端から打ち砕く。鼻からは時々湯気が上がり、爛々と光る目で睨みすえたものは、まるで蒸発するように消えてしまう。

 おどろいて腰を抜かすエイナルを笑い、小人は、得意満面な顔をしてもったいぶって続けた。
 「竜というのはな、エイナルよ。最も古い時代の種族なのだ。肺の奥に炉を隠しておって、息を吸い込みながら、その炉に空気を送り込み、熱い炎を燃やしつけるのだ。
 炉の中には、最初の竜が生まれた太古のむかし、空から降ってきた赤い炎が今も燃えている。その火は、竜の親から子へと受け継がれてゆくのだよ。その火が災いの元だった。賢い竜はむやみやたらと火を吐かぬが、愚か者は火を弄び、いつのまにか脳みその中まで焦げちまう。でっかい蜥蜴と同じになっちまうのさ。そうなっちゃあ、おしまいだ。竜の火を浴びたら、わしら小人なんか丸焦げよ。しかも、ちょうどよい大きさと見えて、何かと追い回しては晩飯に食らいたがる。わかるかね?
そこで、わしらは剣を作った。竜を殺せるのは英雄だけだ。英雄になれるのは、古き神々の子孫だけ。――その血は、今はもう、人間たちの中にしか残っていない。」
ちらりとエイナルを見、小人ベリオンはにやりと笑った。竜の影が消え、かわりに、霧の中にぼんやりと、背の高い、いかつい男の影が浮かび上がる。

 「シグムントは、まさにその“英雄”だった。何も恐れない、何者にも負けない、典型的な神の子さ。彼は、その頃、この辺りを荒らしまわっていた竜のうわさを聞きつけて、遠い海からはるばるとやって来た。たった一人で。竜を殺した者には、この世で最高の栄誉が送られる。
そして勿論、したたかな計算もあったろうよ。あわよくば、この地方を支配下に置いてしまえるのではないか、と。それに、竜というものは、うろこにしろ、牙にしろ、高い値段で売れるのだ…。
 彼は竜に挑みにこの森にやって来た、そして見事に討ち果たし、高い誉れを得たのだよ。
 聞きたいかい? 彼がどうやって竜を殺したのか、聞きたくないかい。」
 「ううん、それはあまり聞きたくないな」
 「ほう、どうして。男の子はみんな、勇ましい戦いの話に興味を示すものなのに」
 「英雄なんて、みんな、ただの乱暴者だ。僕は英雄にはなりたくないし、それにさ、知ってるよ、シグムントは竜殺しの英雄だけど、竜を殺して手にいれた財宝のせいで殺されたんだろ?」
小人は愉快そうに笑った。
 「ほっほ。今じゃそんなふうに語り継がれているのかい。これじゃ英雄が可哀想だ。英雄たちは、その命をかけて永遠に語り継がれる栄誉を得たが、語り継がれたのは、いさおしではなく、無残な裏切りの結末ばかり」
 「僕なら、財宝なんか要らないな。欲ばりな王様だから殺されたんじゃないのかい?」
 「そうとも、そうとも。彼は欲張りな男だった。だが、それ以上に若かった。知りたいかい? 彼が欲しかった、たったひとつの宝のことを、知りたいのかい? 見せてあげよう、そら。」
小人が指を鳴らすと、霧の中にあった男の影がゆっくりと薄れ、形を変え、かわりにぼんやりと…、柔らかい曲線が現れて…、ふわり、と影を落した。
 エイナルは思わず、息を呑んだ。

 それは、とても美しい、若い娘の姿だった。緩く波打つ銀の髪、透き通るように白い肌。霧の中で、娘の姿は、伝説にある美の女神のようだった。
 「すごい…この人は誰?」
 「長の娘、レノーアだよ。英雄シグムントが心から欲した、この世でただ一つの宝。だが彼女は、コレールの婚約者。決して手に入らぬ、ただ一つの宝だった。運命とは、実に皮肉なものだね。」
影の娘は、音も立てずに静かに歩き出す。銀の髪がやわらかく揺れた。
エイナルは、その娘の影を恋い慕うように、木陰から、じっと見つめる男の姿に気がついた。
 「それは、竜を倒す剣を手に入れるため、シグムントがこの森を訪れた時のこと。彼は森で、木の実を拾いに来ていた娘と出合った。今まで見たこともないほど美しい、その娘に彼は恋をした。若かったのだね、英雄はそれまで、本当の恋というものを知らなかった」
小人の声は、遠い世界から響いてくるようにも思えた。
 ふ、と立ち止まり、娘は顔を上げると、エイナルのほうに…、いや、エイナルの後ろにいる誰かに向かって、微笑んだ。
 (そこにいたの、オラン)
涼やかな声が、頭の中で聞こえた。やさしい眼差しの先にいる誰かのことを、彼女は心から慕っているようだった。
 「早くに両親を亡くしたレノーアにとって、オランは兄のような存在だった。オランはこの辺りでいちばん腕の立つ、長にも信頼された男でな。その頃はまだ、この辺りにも、人を襲うような化け物が多くいて…、それを倒す戦士が必要だった。」
霧の中に、すっ、と男の影が現れる。
 それはエイナルによく似た、…いや、エイナルよりは従兄弟のウォーレルや父や叔父によく似た、金髪で背の高い、逞しい体つきの男だった。
 腰には、今はもう見かけないような、無骨な黒い剣を帯びている。
 (レノーア。あまり遠くへ行くなと言っただろう)
 (だって、兄さま。今日はお客様が来るって、おじいさまが…)
 (だから迎えに来たんだ。相手は異国の王だそうだが、ひどく我侭な奴らしい。お前に手出しをするといけないからな)
 (まあ。そんなふうに仰らないで)
二人は連れ立って、エイナルには見えない方向へと歩き出す。
食い入るように見つめる男の姿は、いつしか、木立の影から消えていた。

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