7


 会食が一区切りついた後、ソールは、フリーダを置いて先に部屋を辞した。といっても、一人ではない。肩の上にはいつもの如くティキがちょこんと載っているし、ヤルルとアルルもソールについてきた。砦の中を見て回るつもりだったのだ。窓の外からは馬車の轍の音に家畜の鳴き声、それに賑やかな人の声が聞こえてくる。こんな活気のある場所は久し振りだったし、一体どうやって、外が一面雪に覆われた世界で、この狭い城壁の中だけは雪に覆われずに済んでいるのかを知りたかったのだ。
 そう、建物の上にはどこにも、雪は積もっていなかった。道端にも、雪かきをしたような跡はない。廊下の窓から外の風景をしばらく眺めていたソールは、ふと、城壁に等間隔に並ぶ塔に目を留めた。
 「あの塔の先、…妙な感じがするな」
 「ソール、気になるの?」
ヤルルが首をかしげる。
 「ああ。あそこに何かいる」
 「キュッ」
ティキが鳴いた。
 「仲間? 仲間がいるのか」
 「火のけはい、感じるよ。きっとそう」
アルルが言う。
 「それで、壁のこっち側には雪がないのかな。そういや、うちも周りに比べてあんまり雪が積もらなかったな。お前が何かしてたのか? ティキ」
 「キュ?」
分からない、というように首をかしげてから、ティキは緩やかに尻尾を揺らした。
 「ティキいると、あったかいよぉ」
 「ねー」
妖精たちが笑いながらふわふわと飛び回る。透明な羽根と薄緑の髪がふわふわ揺れて、まるでソールの周りを羽毛が飛び回っているようだ。
 「あ」
ふと、アルルが動きを止めた。
 「どうした?」
 「音がきこえる。だれか戦ってるよ」
ヤルルも言って、廊下の向こうへと飛んでいく。ソールは、二人の後に続いて歩き出した。確かに、鋼の打ち合わせる剣戟が聞こえてくる。だがそれは、戦いの音にしては澄んで軽く響いていた。多分、訓練だろう。
 曲がり角に差し掛かると、その音は一掃はっきりと聞こえるようになった。窓から覗くと、下の広場に兵士たちが集まり、互いに剣や槍を打ち合わせていた。ひときわ大きな音を立てて勢いよく剣を振り下ろしているのは、あの、ベイオールと呼ばれていた少年だった。他の兵士たちに比べると、はるかに力強い。美しい剣の軌跡は、まるで空中に芸術を描いているかのようでさえある。
 「ふうん、あいつ、結構強そうだな」
小さな声で呟いたつもりだったのに、少年はぴたりと動きを止め、視線を上げてソールを睨み付けた。たぶん呟きが聞こえてのではなく、気配を察知したのだ。
 「何を見ている」
不機嫌そうに怒鳴りつける声が飛んでくる。
 「見ているだけか。降りて来たらどうだ? 遠慮しなくてもいいんだぞ。ドラゴンを倒したとかいうその腕前、見せてもらおうじゃないか」
挑戦的な言い草だった。周りで訓練していた兵士たちは、訝しげな顔で二人を見比べている。ソールは、口を開いた。
 「遠慮しておく」
 「何故だ、怖気づいたのか?!」
 「俺は剣は使えない。使い方を知らない」
 「……。」
予想だにしなかった反応を返され、一瞬言葉に詰まったベイオールだったが、すぐに気を取り直して反撃に転じる。
 「そ、そんな言い訳があるか。剣でなくとも武器は持っているだろう?! 手合わせ願いたいと言っている。それとも何か? やはり、ドラゴンを倒したとかいうのは嘘なんだな」
ソールは、ちょっと肩をすくめて窓辺を離れる。
 「おい! 逃げるのか」
返す言葉を知らなかったせいもあるが、返すだけ無駄だと思ってしまったのだ。それに――理由も無いのに、戦いたくなかった。たとえそれが訓練や遊戯だったとしても。
 憤慨した様子で怒鳴っているベイオールの声はまだ響いていたが、彼は、無視して別の方向へ歩き出そうとしていた。
 そこへ、フリーダがやって来る。窓のほうから響いてくる声に気づいて、彼女は苦笑した。
 「なあに? ベイオールはまた癇癪を起こしたの」
 「"また"?」
 「いつもああなのよ。名家出身で気位が高いし…あ、でも、彼はとても強いのよ。」
 「だろうな」
ソールは頷いた。さっき窓から見えてた訓練の様子からして、相当に鍛錬を積んで、実戦経験もあるに違いない。
 「あいつは、あんたのことばかり気にしてたな」
 「そうなのよ。彼は、私のひとつ年上のフルール姉さまの婚約者なの。だから、いずれは兄さまになる人なんだけど…。」
フリーダは複雑そうな顔だ。
 「私のことより、姉さまのことを心配してくれればいいのに…。」
 「心配っていうのは…」
 「あ、それよりね。折角だから、少し中を案内しようかと思うんだけど」
フリーダは、素早く話題をすりかえた。「ちょうど、この下に畑があるのよ」
 「畑? けど、ここは建物の中――」
歩き出してすぐ、謎は解けた。部屋の奥のらせん階段から、屋根のある広々とした空間に木々が植えられているのが見えたからだ。
 「うわあ!」
歓声を上げて、ヤルルとアルルが飛び出した。
 「緑いっぱい!」
 「木だぁ」
 「ふふ、妖精はやっぱりこういうのが好きよね。私も好きだけど」
 そこは、果樹園と菜園になっていた。天井は隙間無く雪や風から作物を守るように作られており、一見すると太陽の光も届かないように見える。だが実際は、曇天の下の屋根のない場所より、はるかに明るい光が辺りを照らし出していた。
 「…この光は?」
光源は、屋根を支えるために立てられている沢山の柱のようだ。ティキが、肩の上で騒いでいる。
 「光の精霊よ。雪が降り出してからは、精霊使いが生きていくのに必要なたくさんの仕事をしてくれているの。この街を守る城壁だってそう」
 「そっちは、火の精霊だよな」
 「ええ。ティキと同じね。ここにいる普通の精霊は、ティキみたいな格好はしていないけれど」
二人の目の前を、ふわりと小さな光の球が通り過ぎていく。それが精霊なのだと気づくまで、ソールは少し時間がかかった。小さな、しかも形も定まらないような儚げなもの。光の他に水と土の精霊たちが作物の周りを飛び回っていて、遠くで、精霊使いらしき大人たちが動きを監視している。砦の中の作物は、こうやって作り出されていたのだ。自然の太陽光や雨が育てる、何倍もの手間と労力を使って。
 「……。」
ソールはしばし、生い茂る果樹と、立派ではないにせよ育っている作物とを見つめていた。
 緑の木々、生きた土の匂い。黒い土を見るのは、一体、何時ぶりだろう。菜園の野菜の緑。眺めている少女の瞳の色と同じ…
 その瞳が動いて、こちらを見上げた。
 「そういえば、ソールはティキとどうやって契約したの?」
 「契約?」
 「精霊使いは精霊と契約して側に置くようになるのよ。そうしないと、精霊たちは従わないわ」
ソールは、ちらと肩先に載っている長年の相棒に目をやった。
 「契約なんてしてない。従わせたこともないな…ティキは好きにやってるだけだ」
 「そうなの?」
 「こいつは、兄弟みたいなものだから」
 「キュッ」
ティキも同意する。フリーダは、不思議そうな顔をしていた。
 「精霊と兄弟なんて聞いたことないわ。それに、そんな森の獣みたいな姿の精霊なんて見たことない。」
 「そういわれてもな」
 「不思議なことばっかりよ。私、まだキミのことがよく分からない」
ソールは、小さくため息をついた。
 「そう言われてもな…。」
 「ま、いいわ。キミが何者だっていい。私たちに力を貸してくれるんなら味方。そうでしょ?」
そう言って、彼女は木で作られた天井を見上げた。
 「…私ね。いつか空が晴れて、こんな天井なしに本物の太陽の光を浴びてみたい。長い冬が早く終わればいいなって、思ってるの」
 「そうだな」
頷いて、ソールも同じように見上げた。
 灰色に分厚く雲の垂れ込めた曇天――あの日から止まない雪。
 最後に森に咲く花を見たのは、ずっと昔のことだ。夏になると、家の前の広場には沢山の小さな花が咲いた。日向には、花の蜜を求めて蝶や蜂も飛んでいた。
 記憶の中から蘇ってきたその懐かしい風景と空気が、一瞬、彼の視界を埋め尽くす。
 (終わらせる、この冬を)
そして、春を取り戻すのだ。
 口を開きかけたその時、ずずん、と空気が揺れた。
 どこかから悲鳴が上がった。
 「敵襲だ!」
 「敵襲?!」
フリーダの表情が瞬時に険しくなった。
 「ソール!」
 「分かってる。ヤルルたちを頼む!」
甲冑のこすれあうような音が響いてくる。ソールは、館の出口の方向目指して走った。どちらに向かえばいいのかはすぐに分かった。目の前を、兵士たちが槍を掲げて一列に並んで駆けていく。その行列の行く手に視線をやったソールは、城壁に向かって近づいてくる白い靄のようなものに気づいて思わず足をとめた。
 ぶつかる、と思ったその瞬間、靄は城壁と見張り塔を包み込み、生き物のように広がりながら火花のようなものを飛び散らせる。
 (あれは…)
声にならない声が聞こえた気がした。精霊の断末魔の声、だと彼は瞬時に理解する。実際に聞いたことないど無かったが、血の中に受け継がれている記憶とともにある直感がそう継げたのだ。
 城壁が靄に包まれたのと同時に、砦の上空に異常に低い雲が広がり始めていた。
 「結界が破られた!」
どこかで兵士が叫んでいる。
 「精霊がやられた、精霊使いを回収しろ」
 「侵入されたぞ、気をつけろ!」
同時に冷たい風が吹き抜けて、雹まじりの雨が凄まじい勢いで打ち付けてきた。地面には小石ほどの氷の塊がばらばらと音をたてて散らばり、あちこちで悲鳴が上がった。
 「痛い! 痛いよ」
 「頭をかばって。早く馬を中へ…」
声が風にかき消される。視界はほとんど真っ白で、城壁のほうで鈍い音が響き渡っていること以外、何が起こっているのか分からない。
 どこかで、非常鐘を打ち鳴らす音が響いている。
 兵士たちはみな城壁のほうへ向かっていく。残る人々は、鍋や板を頭の上に翳して、慌てて走り回り、家畜や子供たちを建物の下に追いやっている。頭上に低く広がる雲を見上げると、その向こうに、一瞬だけちらりと黒い翼の閃くのが見えた。
 (ドラゴンか…)
彼は、腰のベルトに挟んでいた鎚を引き抜いた。使い方を"思い出した"のは、つい最近のこと。だが、使っていれば考えなくても体は勝手についてくる。
 届きさえすれば何とかなる、と思った。ソールは、手近な家の屋根をめざして建物をよじ登った。既に、視界の端では戦闘が始まっていた。兵士たちが火をつけた松明を高く掲げ、ドラゴンの吐く冷たい息に対抗しようとしている。その向こうでは、城壁から町の外に向かって投石器を構えている兵士がいた。
 ずずん、と街の入り口の扉に衝撃が走る。
 何者かが、固く閉ざされた扉を外から破ろうとしている。おそらく外にも、敵が居る。
 「貴様、何をしている?!」
屋根に登りきったところで、頭上から声が降ってきた。見上げると、黒ブチの馬に乗った騎士が、――空飛ぶ馬の背にあるベイオールが、そこに居た。
 「退いてろ、危ないぞ」
説明する暇も惜しかった。ちょうど、黒い巨体が旋回しているのが見える。ソールは鎚を振りかざし、腰を落ち着けると、狙いを定めて思い切り振りかぶった。鎚は、ベイオールの頭の上すれすれを唸る音をたてて飛んでいく。
 「何をする!」
首をすくめながら少年騎士が怒鳴る。だがソールは、そちらには気も留めず、放たれた金色の重たい閃光が一直線にドラゴン目指して飛んでゆくのを見つめていた。
 (浅いか…)
遠すぎるのだ。ドラゴンは、向かって来るものに気づいて大きく翼をはためかせる。鎚は翼の端を掠めただけで、弧を描きながらソールの手元目指して戻ってくる。
 「おい!」
屋根の上を走り出そうとすると、ベイオールの声が背後から追ってくる。
 「俺に構ってる場合か。お前のいる場所はここじゃない!」
それだけ怒鳴り返して、ソールは建物から建物へと飛び移る。しかし、空を飛ぶ生き物に追いつくのは難しく、どうしても距離を詰められない。
 「あの時みたいに俺を狙って来てくれれば楽なのに」
飛び回るドラゴンを追って、彼はいつの間にか城壁のすぐ下まで辿りついていた。そこでは、壁を崩されまいと必死に戦っている兵士たちの姿があった。懸命に投石器や弓矢で応戦してはいるものの、既に城壁の一部は凍りつき、多くの兵士が倒れている。足元の地面にも、体が凍りついて動けなくなった兵士たちが何人も転がっていた。
 扉が割れる。
 その向こうから、町の外の凍て付く空気が流れ込んでくる。城壁の側に焚かれている松明の火が大きく揺れ、風に煽られて一部が吹き消された。
 「キューッ」
ティキが全身の毛を逆立てるのが分かる。相手が何者であれ、敵だ、ということははっきりしている。
 ソールは両手で鎚を握り締め、入ってこようとするものに立ち向かうことを決めた。少なくとも、それは空飛ぶものではない。地面の上に立っているのなら、何であれ自分にだって戦うことが出来る。
 青ざめた氷の手が扉の隙間から無理やり押し込まれ、木がめりめりと音を立てて割れていく。
 そいつが城壁の内側に顔を突き出す瞬間を狙って、ソールは、ぐっと両足に力を込め、思い切り鎚を投げつけた。しかしそれは、思っていたよりも反動が大きすぎた。雹の上に立っていた自分の足が僅かに後ろに滑った。バランスを崩しかけ、慌てて体勢を整えたその時、鈍い衝撃音が頭上で響き渡った。
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 青い、半透明な氷の巨体が後ろのめりに倒れながら、城壁と門とを押しつぶしていくのが見えた。それとともに積み上げられていた城壁の石がばらばらと落ちてゆく。自分が引き起こした結果だと理解したのは、回転しながら、勢いよく黄金の鎚が手元に戻ってきたのを受け止めたときだった。
 (しまった、強く打ちすぎた…)
軽く舌打ちしたが、もう遅い。勢いよく吹っ飛ばされすぎた氷の巨人は、門の下にばらばらに砕けながら、門の一部を壊してしまった。その向こうには、後に続こうとしていたさらに沢山の巨人たちの体が揺らめいている。
 「門が破られた!」
けたたましく打ち鳴らされる鐘の音とともに、声が響き渡る。
 「敵襲! さらに沢山…巨人どもが」
 「隠れてろ、あんたらはいい」
怒鳴りながら、ソールは素早く氷の塊を飛び越え、城壁の先へと走り出した。冷たい風が頬を叩く。吹き寄せる雪にブーツは足首まで埋もれていたが、彼には関係なかった。ちっぽけな少年めがけて手を伸ばしてきた巨人は、彼の振るう黄金の鎚に腕ごと砕かれ、メリメリと音を立てながら横向きに倒れてゆく。その体に飛び乗って、ソールはさらに周囲の巨人たちを次々と打ちのめしていった。コツが分かれば容易いものだ。空を飛ばない、動作の鈍い巨人など、ただの的でしかない。
 鎚を振り回しているうちに体は熱を帯び、汗が伝って雪の上に落ちた。果てしないと思われた巨人の群れも、いつしか、残りは数体になっている。
 「これで最後か」
呟いて、目の前に残った巨人に鎚を振り下ろしたその時、どこからか、低い唸り声と羽音が近づいて来るのを聞いた。
 振り仰ぐ灰色の空の下に、黒い翼が見えた。
 ――こちらへ、向かって来る。
 「キュキュッ」
 「ああ。ようやく、こっちへ来てくれた」
ソールが鎚を身構えた。その手の上をティキが炎の尾を翳して走り回る。鎚は、ティキのお陰で熱を帯び、湯気をたてている。
 「手伝ってくれるのか。なら一撃で決めないとな」
口元に笑みを浮かべて、彼は、巨大な黄金の鎚を大きく振りかざした。
 そして、自分めがけて牙を向いて突進してくる黒い巨体めがけて、思い切り叩きつけた。



 静かに、雪が舞い降りている。毛皮の上着の上を白く染める。
 壊された城門の下に立っていたソールは、近づいて来る足音に気づいて顔を上げた。
 「なんだ、あんたか。こんなところに何しに来た」
 「なんだ、って…。帰ってこないから、心配で見に来たんじゃない」
フリーダだった。ヤルルたちは流石に一緒ではない。
 「あいつらは?」 
 「中に置いてきたわ。外は寒いから、って言って。 ――思ってたよりひどくやられてるわね」
白い息を吐きながら、彼女は、壊された城壁と、火の精霊の気配が消えたままになっている塔のほうを見上げた。雹は止み、町を覆っていた靄も消えた。けれど、結界の一部が破れたことで、町の中には冷たい外の風が吹き込むようになっていた。家々の屋根には雪が積もり、住人たちは建物の中に避難していた。通りを歩いているのは、負傷者を運ぶ兵士たちと、塔の結界を復活させようとしている精霊使いたちだけだ。
 「門は出来るだけ直しておいた。扉だけはどうしようもなかったけど」
そう言って、ソールは、頭上の城壁を見上げた。巨人が倒れたときに砕かれた部分は、ほぼ元通り石が積み上げられている。
 「呆れた。一人でやったの?」
 「俺が壊したからな。それに、石組みのやり方なら何となく分かる」
 「そんなの…、他の人に任せればよかったのに。外の巨人はほとんど一人で倒したって聞いたわ。疲れてないの?」
 「別に。」
それは本当だった。鎚をふるっても、特段疲れたとは感じなかった。それに、寒いという感じもない。フリーダが両手で自分の肩を抱き、寒そうにしているのに気づいて初めて、寒いのだと気が付いたくらいだ。
 「無理しなくていいのに。俺がここにいるって、誰に聞いた?」
 「ベイオールよ。」
言ってから、彼女は少し視線を脇にやった。「…キミが巨人を倒すところは見てない、って言ってた。ドラゴンの翼に傷をつけたとか自慢するものだから、少し腹が立って出てきてしまったの。ドラゴンを倒したのもキミなんでしょ?」
 「……。」
ソールは、答えずに視線を門の外に向けた。
 門の外は一面真っ白で、雪の上にできたへこみも、戦いの痕跡も、すべて消え去ろうとしている。魔力でつくられた仮初の生き物である巨人もドラゴンも、砕け散ると同時に雪の中に紛れてしまった。
 フリーダが、その視界を遮るように立ちふさがる。
 「戻りましょう。ここにずっと、朝まで立ってる気? 凍え死にするわよ」
 「ティキがいるから大丈夫だ」
 「キミねぇ」
 「ここを、このままにしとくわけにいかないだろう。何が入って来るか分からないのに」
 「それは…。」
冷たい風とともに吹雪が侵入してくる。いつの間にか、門のあたりには、外と同じくらい雪が積もっていた。
 「…この国の人間でもないのに、どうしてそこまでしてくれるの」
 「意外か?」
 「ええ。私を助けてくれたときもあんまり親切じゃなかったし、言っちゃなんだけど、他人に興味なんか無いと思ってた」
 「興味は無い。ただ、目の前で死なれたくないだけだ」
 「それ、前にも言ってたわね」
 「死ぬってことは、…冷たくなるってことだ」
低く押し殺した声。吹雪から隠れるように襟元に引っ込んでいたティキが、何かを察してもそもそと顔を出す。
 「冷たくて、硬い。話しかけても返事が無い。もう二度と動かない…。俺は見たくない。死は嫌いだ。おかしいか?」
 「…それ、もしかして、ソールのお父さんの…?」
 「……。」
 「ごめんなさい、また余計なこと」
 「謝らなくていい。」
しばらく逡巡していたあと、フリーダは、自分の首に巻いていたマフラーを取り外た。思い切ってソールに近づくと、背伸びして彼の首の周りに巻きなおした。
 「これ。せめて、少しでもあったかくしてて」
 「――ああ。」
 「すぐ扉を直させるわ。だから、それまで我慢してね!」
言いながら町のほうへ駆け戻っていく後姿を、ソールは、ぼんやりと見送った。首に巻かれたものに触れると、指先に、ふんわりとした少女のぬくもりが伝わってくる。
 「…暖かいな、これ」
 「キュ?」
 「寒さはよく分からないけど、…暖かいことだけは分かるよ」
頭の奥に、かすかに痺れるような感覚があった。目を閉じると、聞こえないはずの雪の降り積もる音が押し寄せてくる。あんなに賑やかだった町のほうからは、生活の音も、人の声も、今はほとんど聞こえない。吹雪がすべてを奪っていってしまう。冬がすべてを閉ざす。霜は、沈黙を運んでくるのだ。



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