10


 王都へ向かうためフィオーラに見送られて砦を後にしたのは、次の日の朝早くのことだった。アストラッドは、既に兵を率いてもう一つの砦へ向けて出発した後。空に向かって駆け上がった馬からは、軍の残していった足跡が雪の上に一直線に見えていた。
 「ベイオール、今日はついてくるって言い張らなかった。意外だったわ」
馬を走らせながら、フリーダが呟く。
 「アストラッドがいない間、姉さまを警護しています、だなんて…。ソールのお陰で、少しは遠慮するようになったのかしらね?」
 「……。」
ソールは、馬の後ろに跨ったまま黙っていた。見送りの中にベイオールの姿はなかった。もしかしたら、どこかに隠れて見ていたのかもしれないが、フリーダの前には姿を見せなかったのだ。
 「今日はこれから、王都に向かうんだよねえ?」
ソールのポケットから顔だけ出したヤルルが言う。
 「ええそうよ。ローグレスの首都。やっとあなたたちを目的地に連れていけるんだわ」
 「そこに、なかまもいる?」
 「何人かはね。王室の図書館づきの妖精族は、あなたたちにも近いはずよ。それから庭園もあるの。お花が咲いてるわ、楽しみにしててね」
 「わーい!」
妖精たちが、きゃっきゃっとはしゃぎ声を立てる。ソールは、ちらりと馬の下に広がる、通り過ぎていく風景に目をやった。
 どこまでも続く、きらめく雪原。辺り一面が真っ白で、地平線まで何も見えない。山を降りて、はじめて目の当たりにした、あの冬の光景と全く同じだ。
 「雪が降り出す以前には、この辺りにもいくつも街があったはずなの。街道があって…、でも今では何も見えなくなってしまった」
分厚く積もった雪の中からは、わずかに屋根らしきものが見えている。
 「もう十年以上、ずっとこうなの。私の国は精霊使いが沢山いたから辛うじて持ちこたえられたけれど、周囲の小国のいくつかは成すすべなく滅ぼされたと聞いている。今では、この辺りで人が住んでいる町は数えるほどしかないわ」
真っ白な世界。地面はどこまでも白く雪に覆われ、空は低くたれこめた灰色の雲のせいで、空も見えない。
 「――俺は覚えてるよ、空が青かったこと」
 「え?」
 「最後に春が来た時のこと。お前は?」
 「…、…いいえ」
フリーダは、目を伏せた。「私が物心ついた時にはもう、世界はこうだったから」
 「そうか」
北の国々の子供たちは春を知らず、夏も知らず、永遠に続く冬の中に生まれ、その中に生きている。遠く高い空の青さも、朝日の輝きも、去り行く夕陽の照らす燃えるような空の色も、一度も見たことがない。
 かつてはこの風景の中にも、色はあったはずなのだ。
 しかし今は、どんなに目を凝らしても、白と灰色以外の色を見つけることは出来なかった。



 それまでほとんど変化のなかった白く平坦な風景が、変わった。
 行く手に、聳え立つ異様なまでに重厚な壁が見え始めている。青い石で出来た壁は、砦を出て以来、白と灰しかなかった世界にはじめて現われた別の色だ。
 「もう少しよ。頑張って、スキンファクシ」
フリーダが馬の首に触れて声をかける。真っ直ぐに馬の駆けてゆく方向には、ひときわ高い塔が見えていた。塔の先端部には、炎とは違う、熱を帯びたゆらめくような強い輝きがある。
 「キュッ…」
ソールの肩の上で、ティキが小さく鳴いた。
 「あれも火の精霊だな」
それも、発って来た砦の外壁に感じた気配よりはるかに強い。
 「なかまの気配、する!」
アルルが叫ぶ。
 「ええ。王都には精霊使いも、妖精も沢山いるわよ。もちろん、人間もね。」
ぐんぐん、街が近づいて来る。大きな町だ――建物の連なりが、どこまでも広がっている。スキンファクシは、滑るようにして城壁の奥のどこか分からない広場に降り立った。目の前には、磨き上げられた青い石で出来た立派な建物が聳え立っている。馬から飛び降りたフリーダは、大きく伸びをして、はあっと息を吐いた。
 「やっと…帰ってこれた…。」
空気が軽い。それに、暖かかった。地面の上には雪がないどころか、短い草が生え、木々も緑を保っている。行き交う人々はコートも着ず、秋口のような軽装だ。
 (ここが…王都)
どんよりと曇った空さえなければ、外の世界が冬に侵略されつつあることさえ忘れてしまいそうな平和な世界。
 それが、ソールが最初に抱いた感想だった。



 フリーダとともに、ソールは控えの間というところに連れて行かれた。床には分厚い絨毯が敷かれ、壁に大きな油絵がかけられている。それ以外にはソファくらいしかない狭い部屋だ。
 「しばらくここで待ってて、だって」
 「待つって?」
 「私の母…、この国の女王陛下に謁見するために待つってことよ」
 「エッケン…」
フリーダは、じれったそうにそう言って窓の前をうろうろと歩き回っている。長旅から戻って、すぐにも家族に再会したいだろうに、どうして彼女がこんなところで時間を潰しているのか、ソールにはまだよく事情が分かっていない。
 「お前の家は、母親に会うのに、いちいち待たなきゃならないのか」
 「仕方ないでしょう? 今回は正式な報告も兼ねているから。きっと、フローラ姉さまたちも来るんだわ」
言ってから、彼女は、はたと気が付いた。
 「…そうだ、言い忘れてたわね。私は四人姉妹の末っ子なの。今この国は、一番上の姉さまのフローラと、その連れ合いのハルベルトが取り仕切ってるわ。国境の砦にいたフィオーラは二番目の姉さま。三番目は…」
言いかけたその時、派手な音を立てて勢いよく扉が開いた。
 「フリーダぁ~!」
 「あ、ちょっ…」
駆け込んできた少女が、ドレスの裾を翻しながら一直線にフリーダに突進していく。肩にかけた薄いケープが大きく膨らみ、かすかな花の香りを漂わせる。
 「おかえりなさい! 元気だった? 元気そうよね? もう帰ってこないんじゃないかとすごく心配したの~! …あ、そういえばベイオールは一緒じゃないの? 少し前にフィオーラ姉さまと一緒に砦に行ったんだけど」
 「フルール…苦しいわ…、離して」
 「あっごめーん! でも本当、元気そうで良かった! それと、あたしのことはちゃんと"お姉様"って呼びなさい」
 「……。」
編みこんで後頭部にひとまとめにした銀の髪、姉妹たちと同じ淡い緑の瞳。じっと見つめているソールの視線に気づいて、少女は、まるで機械仕掛けの人形のように勢いよくくるりと振り返った。
 「あら? この人は、どなた?」
 「ソールよ。謁見のときに紹介するわ。…ソール、こちらは一つ違いの私の姉」
 「フルールよ。よろしくね」
そう言って、騒がしい少女はスカートの端をつまんで優雅にお辞儀をして見せた。それから、抜け目なくちらりと興味津々な視線を彼に向ける。どうやら、この国の王女は皆、それぞれ個性豊かな女たちのようだ。



 さほど時をおかずして、先触れが準備の整ったことを告げに現われた。
 フリーダはやや緊張した面持ちで先触れに従った。フルールもついてくるつもりらしい。謁見の間と呼ばれている場所は、ひときわ高い天井を持つ、荘厳な雰囲気に彩られた広い空間だった。磨き上げられた床の上に天井の模様が逆さまに映りこんでいる。部屋の奥には壇がしつらえられており、その上に玉座に腰を下ろした威厳ある壮年の女性が一人。髪は既に白髪に取って代わられていたが、娘たちと同じ色の瞳を持っている。傍らには、フィオーラよりやや厳しそうな雰囲気をもつ、しかしよく似た女性がつきそい、向かい側には、立派な髭を蓄えた男が分厚いローブを着て、膝に王笏を置いて座している。
 中央に進み出たフリーダは、膝を折って壇上の三人に頭を垂れた。
 「只今戻りました、女王陛下」
それは、やや他人行儀過ぎると感じるほどの硬い口調だった。
 「お帰りなさい、無事で何よりです」
静かな慈愛に満ちた声。少し遠いが、女王は、彼女を見て微笑んだようだった。
 「色々なことがあったみたいね。詳しい話はあとでゆっくり聞かせて貰うとして、大事なことだけ聞かせて頂戴な。南の妖精の森はどうでしたか?」
 「はい。彼らの領域でも冬の女王の進攻が進んでいて、援軍は送れないと」
どこからともなく、小さなどよめきが起こる。ソールは、部屋の周囲にはりめぐらされた不自然なカーテンの向こうに、何人もの人の気配を感じ取っていた。成る程、ここは、単に母や姉との再会を喜ぶ場ではないのだ。
 「――ですが、彼らから預かってきたものがあります。この子たちです」
フリーダは、ソールの傍らに浮かんでいる二人を呼び寄せる。女王の表情が少し翳った。
 「次世代の子供たち。ということは、彼らは全滅覚悟なのですね…」
 「ええ…でも、明るい知らせもあります」
慌てて、彼女は続けた。「アストラッドの守る砦の向かいにある、もう一つの砦を取り戻すことに成功したんです。」
 「なんと。あそこはもう、十年以上手を出せなかったというのに」
声を上げたのは、女王の傍らにいた王笏を手にした男だ。さっきフリーダに聞いた説明からすると、フリーダの姉フローラの夫、ハルベルトという人物だろう。
 女王の傍らにいたフローラが静かに口を開く。
 「砦はいかがでしたか? フィオーラには会えた?」
 「はい。お元気そうでした。アストラッドは今、取り戻したほうの砦の残党を討伐しに向かっています。それでベイオールは、姉さまの警護のために下の砦に残ったんです。」
 「すぐに援軍をやろう」
と、ハルベルト。
 「そうね。でもその前に」
フローラは、ちらりと妹の後ろに立つ少年に視線をやった。フリーダは、慌てて言葉を捜す。
 「あ、…えっと、彼はソール。"ブーリの一族"だそうです。ドラゴンに襲われているときに助けてくれた――」
 「強い精霊をお持ちね。火の精霊かしら、どうやって契約したの?」
 「こいつのことか? ティキっていうんだ。昔からうちにいる」
フリーダの心配をよそに、ソールはフローラと話し始めてしまった。隣でフルールが目を丸くしている。女王や王女との謁見で、そんな不遜な態度をとる人物は初めて見たからだ。
 「代々継承している、家づきの精霊なの? 実体を保てるようになるまでの力を持つには、何百年とかかるはずよ。それに、ただの精霊ではないわね。大精霊と言ってもいいくらいの力を感じる」
 「だ、…え?」
フリーダは、思わず姉と、ソールの肩の上にちょこんと載っているリスのような姿の生き物とを見比べた。「でも、この子は、焚き火を起こすくらいしか…」
 「……。」
ソールは、無言のままだ。何を言われているのか、よく分からない。
 「自分の意志で姿も変えられるでしょうに――どうしてそんな姿をしてるのかしら」
 「キュッ?」
ティキも首をかしげている。
 「ふむ、つまり強力な精霊使いということだな。戦力は増えるに越したことはない、歓迎しよう」
話を打ち切るようにハルベルトが言った。
 「ところでソールとやら。ここまでフリーダの手助けをしたくれたことに感謝して、何か褒美を贈ろうと思うのだが、何か望むものはあるかな」
 「褒美?」
 「欲しいもの、ということだ」
その言葉には、見た目で田舎者と判断した、かすかな蔑みに似た響きがあった。ソールは、即座に答えた。
 「ここに来る前に、手袋を壊してしまった。新しいのをくれるなら助かるな」
 「手袋…」
ざわめきと、失笑。カーテンの後ろからだけではなく、壇の上でハルベルトも苦笑していた。
 「そんなものでいいのか。では、後ほどそなたの気に入りそうな手袋を運ばせよう。好きなものを選んで持っていくといい」
謁見は、それで終わりだった。フリーダたちは部屋から退出し、廊下に出た。
 「はあ」
背後で扉が閉ざされるや否や、フリーダは胸を撫で下ろして大きく息をついた。
 「ずいぶん緊張してたな」
 「そりゃそうよ! キミが喋り出したときは、何を言うかってヒヤヒヤしてたわ」
 「あはは、面白いわねソール君って」
フルールは満面の笑みを浮かべて楽しそうだ。フリーダの姉は、姉妹たちの中で最も表情豊かだ。くるりとドレスの裾を翻すと、ソールの肩の上を見る。
 「ね、その精霊、触ってみていい?」
 「精霊じゃなくて、ティキ。許可は本人にとってくれ」
 「触っていーい? ティキ」
 「キュ…」
答えるや否や、少女の両手がさっと肩の上からティキを攫うようにして抱きかかえる。
 「きゃー、意外。ふっかふかだ! しかも暖かい!」
 「キュ?! キュキュッ」
そんなふうに接触されたのは初めてで、ティキは目を白黒させて固まっている。
 「ほんとに実体があるのねえ。ふーん、確かに変わってる。でも、アハハ、"大精霊"って感じじゃないわね」
 「姉さま、遊んでないで。これからソールには、してもらわなくちゃならないことがあるんだから」
 「してもらう?」
 「ええ。まずは、その格好をどうにかすることよ!」
腰に手を当てながら、彼女は、ソールの着古した毛皮の上着を指差した。
 「ボロボロじゃない。ずっと気になってたの。手袋だけなんてケチなこと言わないで、着替え一式くらい贈らせて頂戴」
 「あら~、名案ねそれは。お風呂の準備もしなきゃ」
 「風呂…?」
 「ブーツも底が磨り減ってるでしょ。いくら山奥暮らしだったからって、酷すぎるわ。こっちへ来て」
 「髪も長すぎるわねぇ。少し切り込んだほうが良くなくて?」
 「いや、俺はそういうの…」
 「いいから!」
二人の王女たちに連行されるようにして、ソールは、浴室に押し込まれた。
 そこから先は、ソールの思いも寄らなかった未知なる世界だった。奇妙な香りのする白い石に体中こすられ、体中泡だらけにされるなど、ドラゴンと戦うより恐ろしい体験だったのだ。



 日が暮れようとしている。
 フリーダはテラスに立って、久し振りに見る夕暮れの城の光景を眺めていた。空は曇ってはいたものの、街の上空は他よりも雲が薄く、かすかに夕焼けの色が感じ取れるのだ。廊下の職台には灯りが入りはじめ、城の風景の中にも、ぽつぽつと光が増え始めていた。
 「ここにいたのか」
 「あら、ソール。着替えはど――」
振り返ったフリーダは、そのまま声もなく固まってしまった。
 「どうした?」
 「あ…、えっと…。ソールよね?」
 「は?」
首をかしげるソールの肩の上で、ティキも同じように首をかしげる。慌てて、彼女は手を振った。
 「ううん、びっくりしたっていうか…その。別人みたいになったから」
 「服だけだろ、変わったの」
 「違うわよ! …髪、ずっと赤毛だと思ってたし」
フリーダは、何故か視線を逸らした。「赤みがかってるだけで、本当は金髪だったんだ、って」
 「? それって大事なことなのか」
 「髪の色が違うと別人みたいに見えるでしょ。あ、…あと、髪型だって変わってるし。ボサボサだったの、切ってもらったのね」
 「少し涼しくなったよ。十年くらい切ってなかったしな」
 「どおりで、ね。」
フリーダは苦笑していた。彼女のほうも、旅装束から普段着に着替えていた。姉たちと同じような、しかしそれよりは少しだけ機能的なドレス姿だ。見慣れなくて、不思議な感じがした。着ているものを変えるだけで、人はこうも違って見えるものなのだ。
 「手袋はどうだった? 気に入るのはあった?」
 「いや。」
問われて、ソールは慌てて視線を自分の手にやった。それまで、ぼんやりフリーダを眺めていたのだ。
 「大きさは合うんだけど、どれもこれも薄すぎた」
 「薄い…そっか、キミ、あの鎚を振るうのに手袋が必要なのね」
 「そう。受け止めるときに衝撃が大きいから、手袋がないと手の平の皮が擦りむける」
以前使っていた皮製の手袋は、砦でドラゴンと戦った時に摩擦で破れてしまったのだ。
 「そうね、そういうことなら、手袋っていうより手甲が必要なのかもしれない。鍛冶場に行ってみましょ」
 「鍛冶場?」
 「城の地下にあるのよ。何でも作ってくれるわ。ついてきて」
スカートの裾を翻し、フリーダは意気揚々と歩き出す。ソールも後について歩き出した。
 「そういえば、風呂を出てからヤルルとアルルを見かけないんだが」
 「あの子たちなら、いまフローラ姉さまのところよ。他の妖精仲間たちと面会してるはず。その後はたぶん、庭園のほうに行ったんじゃないかしら。花を見たがってたから」
 「そうか。ならいい」
ソールは、新しく与えられた上着を叩いた。「これにはポケットがないから」
 「いつまでも、ソールが巣箱の役目をするわけにもいかないものね」
笑いながら、彼女は廊下の端にある螺旋階段を降りていく。
 「鍛冶場は地下にあるの。すごく腕のいい鍛治屋たちが揃ってるんだから。」
 降りていくにつれて、次第に土と火の気配が強くなっていく。石で舗装されていた階段の壁は掘り抜いただけのごつごつした岩壁に変わり、灯りの間隔が遠くなって薄暗さが増してゆく。
 やがて行く手に、赤い、ちらちらと揺れる火が現われた。
 と同時に、ハンマーを打ちつけるような硬い金属音が反響しながら響いてくる。
 「ほーい! ほーい!」
叫んでいるのか、歌っているのか分からない、奇妙な節回しの声。
 「小人だな」
と、ソール。「地下に住む鍛冶職人。陽気な連中だ」
 「知ってるの?」 
 「俺の山の外れにも、昔、住んでたよ。鉱脈を探して移住する連中。冬が始まってからは会っていないけど」
洞窟の途切れた先に、洞窟のような仕事場が現われた。真っ赤な鉄を叩いている小人たちと、その向こうに、あかあかとした火を燃やし続ける炉が見えている。フリーダが現われても、仕事に夢中の小人たちは気づいた様子はない、
 「ねえ、ちょっと」
鉱石の塊を抱えて足元を走り抜けようとした小人のひとりを、彼女は呼び止めた。
 「親方はどこ?」
振り返った小人の顔にはそばかすがあり、小さな洒落た帽子を斜めにかぶっている。背の高さはみんな同じくらいで、ソールたちの腰くらいまでしかないが、この小人はどうやら若者らしい。相手が誰なのかに気づくと、さあっと顔が高潮するのが分かった。
 「わっ、お姫さま! あーえっと、すぐ、呼んで来ます!」
慌てふためいて、抱えていたものをばらばらと落としながらどこかへ駆けてゆく。ソールは、丸くくり貫かれた地下の鍛冶場を見回していた。見た限りせっせと仕事に励んでいるのは二十人ばかりだが、奥のほうにも通路があり、子供らしい小人たちが物珍しげに仕事場のほうを覗いている。地下には、ここで働く小人たちの村があるのだ。
 「これは、フリーダ姫様。それに古き血のお方」
しわがれた声が足元から聞こえてきた、見ると、さっきの若い小人と一緒に、足元まで白い髭をたらした鮮やかな赤いガウンの小人が立っている。いかにも長老といった風情だ。
 「こんにちは、リト親方。今日は私の友達のソールのために丈夫な手袋を作ってほしいの」
 「手袋を?」
 「こいつを使うのに必要なんだ」
ソールが鎚を差し出すと、見る見る間に親方の顔が変わっていく。
 「それは…もしや…?」
皺だらけの手を振るわせながら、おそるおそる、表面に触れる。
 「これは…これは、わしの眼に狂いが無ければ、"祝福されし黄金"ではないですかの」
 「祝福されし黄金?」
フリーダが、不思議そうに呟く。
 「"古きの神々"の大いなる財宝の一つ、最も優れたるものの一つです。とうに失われたと思っておりました…なぜ、ここに」
小人たちとフリーダが、ソールを見上げる。
 「なぜって言われても。父さんに貰ったんだよ。生まれた時から持ってる、詳しいことは知らない」
 「使えるのですか? 自在に?」
 「当たり前だろ」
彼は、むっとした様子で答える。「使えないのに持っててどうするんだよ」
 「では…あなた様はそういうお方なのでしょう。承知致しました。"それ"を扱うために必要な道具のことは心得ております。」
いつのまにか、リト親方の周囲には小人たちが、仕事の手を止めて集まって来ていた。皆、なにやら感慨深げな顔をしている。
 「七日後、満月の夜までには必ず完成させましょう。その頃にまたお越しくださいませ。」
そう言って親方は深々と頭を下げた。


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