<第三章>


 ラヴィノーザ中央駅、定刻通り。
 列車は、真新しい天蓋で天候から守られたホームに滑りこむ。白い蒸気が辺りを覆い、ホームで待っていた人々の視界を一瞬真っ白にしたかと思うと、次の瞬間には晴れ、続いて列車の扉が開く。次々とタラップを踏んで降りてくる乗客たちの中に、年若い四人組の旅行者たちの姿もあった。
 「ふぃー、着いた着いた」
 「まだ目的地じゃないぞ。これから乗り換え。二時間後だ」
 「えーもう疲れた」
 「あ、ルー君。あれあれ、前に来た時見たやつだよね?」
 「……」
一人が肩にかけている四角い鞄は、一瞬もぞもぞと動いたようだったが、すぐ静かになる。どこから来たのか、長旅にしては荷物は小さい。
 最年長らしい長身の一人は、この町に来るのは初めてなのか、しきりと駅の天蓋を眺め回している。
 「すげーな、この洞窟、どうなってるんだ?」
 「洞窟じゃないよ、そういう建物。あれは人工的に作った屋根だ。あんまキョロキョロしてると、つまづくぞ。…って、こら! マル!」
ルークは、ふらふらと売店のほうに歩み寄ろうとしていた少年の襟首を、すんでのところで捕まえる。
 「はぐれるから、離れるな! ミズハも。こら、ジャスパー! そっちじゃない」
一人で三人の引率は想像以上に辛い。ルークは早くも疲労困憊しつつあった。ただでさえ複雑に路線の絡み合うこの中央駅の雑踏の中、はぐれたら、乗り換えの列車にはまず間に合わない。目立たずに行動、どころの話ではない。
 「とにかく、よそ見せずに付いてきてくれ。おれだって、建て替えたあとのこの駅は初めてで、道が分かるかどうか…」
巨人たちが暴れまわってから一年、ようやく修復が終わろうとしている駅は、まだあちこちが仮通路のままで、そこかしこに人を誘導するための矢印が貼り付けられている。それを見ながら、後ろをついてくる三人の様子も確かめるのは至難の業だ。
 「こんなことなら、ヴィレノーザまではアネットさんに付いてきてもらうんだった…」
ため息をつきながら、ルークは乗り換え線路に渡る連絡通路を探している。
 と、その時、視界の端に違和感のあるものが過った。
 「――?」
気のせいだろうか?
 「ミズハ」
 「ん、なに?」
すぐ後ろにいたミズハが、振り返る。
 「あ、いや。居るならいいんだ」
ジャスパーも、マルドルゥインも、すぐ後ろにいる。
 「こっちだ」
指さして歩き出すルークの後ろで、三人は首を傾げあっている。

 次に乗る予定の、西へ向かう列車の乗り場は、比較的すいていた。人の姿がまばらなのは、路線が途中で「運行止め」になっているせいかもしれない、路線図は、終着駅手前の1/3ほどが紙で隠され、その上から大きくバッテンをつけられている。メテオラに近い地方、今現在、国家連邦からの離脱を宣言して列車の乗り入れを拒否している国々だ。不安定な情勢を反映してか、時刻表の上には、「都合により、途中で運行路線が変更される可能性があります。」という注意書きも貼り付けられている。
 即人間どうしの戦いになることはない、とジョルジュは言っていたが、世間の全てがそう信じているわけではない。すぐにもメテオラとフィオナの間で戦争が起こるのではないかと危惧している人々もいる。そして戦いになれば、真っ先に巻き込まれるのが、この線路の先の地域、というわけだ。
 「お、きたぞ」
ジャスパーが、のびあがってホームの向こうを指した。黒い列車の斜体が、汽笛を鳴らしながらホームに滑りこんでくる。白い蒸気が押し寄せ、一瞬、視界が真っ白に奪われる。
 かさっ、と手元で音がした。
 「ん?」
ポケットにねじ込まれる、何か。振り返っても、人の気配はない。見れば、それは二つ折りにした分厚い封筒だった。あたりを見回すルークをよそに、残る三人は黒々とした列車の車体に歓声を上げている。
 ドアが開き、乗客たちが降りてくる。ドアの側で待っているのは、清掃員たちだ。内部を掃除し、寝台のシーツを取り替え、食堂車の補充をする。それが済んだら、折り返し路線の乗客を載せて出発する。
 「あれ、それなに? ルー君」
ミズハが、ルークの握っている封筒に気づいた。
 「いや…分からない。いつのまにか入ってて…」
ホーム上には、それらしい人物はいない。どういうことだろう。視線を落とせば、封筒の端には見覚えのある透かしが入れられている。
 国家連邦のマークだ。
 はっとして、ルークは慌ててそれをポケットにしまい込み直した。
 「あとで確認するよ」
清掃が終わり、ホームにアナウンスが響き渡る。いったん閉ざされていたドアが開き、待ちかねていた乗客たちが列をなして乗り込んでいく。ルークたちも続いた。
 「ん?」
最後尾にいたマルが足を止めた。 
 「どうした?」
 「なんか変わったのがいるぞ、あれ」
 「え?」
窓の外を奇妙な三人連れが通りすぎていく。
 一人は赤毛の背の低い男。一人は少女。もうひとりは、協会のジャケットを来た銀灰色の細身の男。
 「…なんか、どっかで見たような取り合わせだな」
と、ジャスパー。
 「いや、どっかで見たっていうか、あれ…」
ルークは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 まさか。
 「とにかく、部屋に入ろう。急いで」
 「え、え?」
割り当てられたコンパートメントに三人を押し込んで、誰も付いてきていないことを念入りに確認した後、ルークは、さっきポケットにねじ込まれた封筒を取り出した。国家連邦――フィオナを盟主とする、この大陸に存在する国々の同盟組織のマークだ。”協会”にとっては支援元であり、上司という関係でもある。
 中から出てきたのは、写真、図など一塊になった束だ。
 「何だソレ」
 「窓閉めて、机を出してくれないか」
ジャスパーは、言われたとおり窓際に折りたたんで収納されていたテーブルを引っ張りだした。ルークはそこに、封筒から出したものを広げた。
 不鮮明な、建物の写真。町並み。行き交う人々はみなヴェールで顔を隠している。
 地図と番号。
 「これは―― まさか…リブレの内部情報?」
 「なに?」
 「ここに写ってる人の着てる服、よく似たのを見たことがある。だろ? ミズハ」
 「うん、覚えてる」
 「こっちは――」
もう一方、くしゃくしゃに丸められたあと引き伸ばされたような紙の束は、古文書の写しのようだ。解読結果がピンで止められている。
 「”天空の城の伝承”… リブレ人は月に向かって祈る。そこには天空王の城があり、忠実に使えた者は、いずれその千年の王国に招かれると信じている…」
コンコン、とドアをノックする音。ルークは慌てて封筒の中身に上着をかぶせ、何事もなかったように、車掌の入ってくるのを待った。
 「失礼。乗車券を拝見します」
 「あ、はい」
いつの間にか、列車はラヴィノーザの町を後に走りだしている。ルークは、四枚の切符を取り出して車掌に渡した。
 「ありがとうございます。」
ハサミを入れた切符を返してくるとき、車掌が低い声で、ぼそっと一言。
 「付けられている。金の腕輪に気をつけろ」
 「――?」
 「失礼しました。それでは、良い旅を――」
にこやかに帽子を取って一礼すると、車掌はドアを閉めて出て行った。
 「どうした? ルーク」
ジャスパーが、不思議そうに返された切符を握ったまま、ドアを見つめて立ち尽くしているルークに声をかける。
 「…いまの車掌に警告された。付けられてる、って」
 「はあ?」
 「この資料もそうだ。さっき一瞬の隙をついて、渡されたんだよ。どうなってるんだ? それに――」
金の腕輪。”双頭の巨人”の信奉者。なぜ、いまさら彼らに気をつけろ、などと?
 車窓の外を、風景が流れてゆく。
 「ふうむ、この伝承は面白いな」
マルドルゥインは、古文書の写しが気に入ったらしく、何度も読み返している。
 「こっちの説明によれば、二百年ほど前のもの――もとの持ち主は、ロカッティオ出身の精霊使い。五十年ほど前、その最後の子孫が亡くなる時、ヴィレノーザ大学に寄贈したものの一つ、――らしい」
 「ルー君が前に持ってた絵本のお話とよく似てるね」
と、ミズハ。
 「バージェスは本当に月の城とやらに住んでいるのかもしれんな。もっとも、そうだとしたら、こちらから攻めては行けないというになるが。」
赤毛の少年は、窓の外の空を見上げてにやりとする。かつては三つあり、今はひとつだけになった月。それが容易に手の届くものでないことこ、子供でも知っている。
 「で、この情報をくれたのは味方なのか?」
 「封筒がニセモノでない限りはね」
 「ってことは、お前に狙われてるって警告したのも、味方ってことだよな」
 「おそらくね…。それに、あの影武者一行」
 「影武者?」
 「見ただろ、さっきの三人組だ」
こんなに手際よく手のこんだことが出来るのは、ラヴィノーザに本拠地を置き、協会の活動の全てを把握することの出来る国家連邦の――というより、その中枢にあるフィオナ政府の仕業としか思えなかった。彼らは、ルークたちが今日ラヴィノーザ駅を通過することも、ルークたちがまだ認識していない妨害の存在も知っていた。だが、情報が数日遅く、一行にジャスパーが加わっていることまでは知らなかった。だから、ダミーの”ルーク一行”は三人なのだ。
 「この先、もしくはこの列車の中で、もう既に始まってるのかもしれないな」
 「どうするの?」
 「どうするって、逃げるしかないよ。――相手が本当に”巨人の信奉者”なら、戦いたくないし… 人間相手に戦えないだろ?」
ミズハは、小さく頷いた。
 アガットの町へ向けて、列車は走り続ける。夕方から夜へ、夜から朝へ。

 ――そして、あと数時間でアガットに到着というところで、それは、起きた。



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