<第三章>

の城



 その日の夕方、ルークたちは、改めてジョルジュのもとへ呼ばれた。ルークとジャスパーの他に、ミズハとマルドルゥイン、バルゴスも一緒だ。
 「さて、皆さんにお集まりいただいたのは他でもない。リブレのことなのですが――」
 「ちょっと待て!」
赤毛の少年が、じろりとジャスパーのほうを睨む。
 「なんだ、これは」
 「これって何だよオイ。こっちの大陸までテメーを連れてきてやったのは、どこの誰だと思ってるんだ」
 「さっき説明しただろ? それはジャスパーだ」
ルークがなだめに入る。
 「それは聞いたが、どうしてアレが一晩でこうなるんだ。縮んだとかいう問題じゃないぞ」
 「うっせーな、俺だって何でこうなったのか分からんのだから、仕方ないだろ。静かにしねーと海水ぶっかけんぞ」
 「は? ここ海じゃねーし」
 「海までブン投げりゃ一緒だろ、チビ。」
 「はああ?! チビ? 貴様、何てことを…」
 「はいはい、そーこーまーで!」
アネットがマルをつまみ上げ、ルークがジャスパーを引き離す。
 「どうしてそう、仲が悪いの。仲良くなさい」
 「そうだよ。ちゃんとお話聞いてあげて」
 「やれやれ…。」
ジョルジュは、ため息をつきながら、レイラから受け取った見取り図を机の上に広げた。「リブレの都市の見取り図らしきものが手にはいりましたよ。」
その一言で、いがみ合っていたマルとジャスパーもようやく静かになる。
 「これ、どこから?」
 「リブレに物資を搬入している村々での聞き取り調査――だそうです。これによると、都市の中は門で仕切られた三重構造になっていて、第一門までは外からの商人も入れるようです」
図の中には、ほぼ楕円形に作られたすり鉢状の都市が、広い堀によって外界から隔絶されているさまが描かれている。そして、堀のさらに外側に、小さな砦がくっついている。ジョルジュは、そこにペン先を置いた。
 「この出っ張っているところが、取引用の市場、接客用の館などがある区域で、ここまでは比較的容易に入れるそうです。そして――」
ペンで、その奥をなぞる。
 「この先、町の第一層は、許可を得た商人だけが立ち入りを許される場所。リブレの中でも比較的貧しい市民が多く暮らしているところ、だそうです。ただし、内部の状況についての情報は何もありません。中には他所者は一人もおらず、リブレ人だけの社会です。潜入は難しいでしょうね分かったことは、以上。」
 「…逆に言うと、これ以上は難しい、ってことですよね」
と、ルーク。「ロカッティオの魔法使いたちは、何も?」
 「あそこは、ただでさえ連絡が難しい土地ですから――」
ジョルジュは、ため息を付いた。「支部からメッセンジャーを送りましたが、通信手段が使えないため電車と馬車での生身の移動ですから。、今、どこまで連絡がついているのか」
 「時間がかかるのか…」
 「その間に、メテオラの飛空艇建造は進んでしまいます」
アネットが口を挟んだ。
 「先日、国家連邦から降りてきた情報では、既に十を越える大小の飛空艇の建造が完了しているとか。」
 「もう、そんなに?」
 「予定からは遅れています。ただ、十もあれば十分すぎる戦力ですからね。それねあって国家連邦の面々は焦っているのですよ」
ジョルジュは、腕を組んだ。「ですが、メテオラはまだ戦う気はありません。今は」
 「どうしてですか?」
 「今戦えば、単なる内戦になります。その前に彼らは、敵が”悪”であることを証明し、”神”の加護を受けた自分たちこそ正統な人類の守護者だということを証明しなければならない。」
 「―――。」
ルークたちは顔を見合わた。
 「それって…」
 「汚れし異界の力、異界の魔ってやつか」
マルは、皮肉っぽく笑った。「出迎えの演説がそう言っていたな?」
 「あたしたちが悪者だってことにすれば、皆、向こうの味方をするかもってこと?」
 「そうです。悪者ということに出来なくても、絶対的な存在―神に仇なす者、というレッテルを貼ることさえできればいい。神に逆らえば酷い目に合わされる、となれば、人々は仕方なくでも神とやらに従うでしょうね」
 「つまり、メテオラが軍事力で脅しをかけ、リブレが神の名を借りて国家連邦から味方をもぎ取り尽くした後、本当の戦いが始まる、ってことですか?」
 「そう。そして、そうなってしまうまでの時間は、もうあまり残されていないようなのです――」
ジョルジュは、ちらと壁の地図に目をやった。
 ”巨人の信奉者”による襲撃の痛手から立ち直ることが出来ず、現在もまだ活動可能な支部は、かつての半数のまま。その残された支部とも、通信障害によって、ほとんど連絡がとれていない。疑惑のラヴィノーザにしても、ここ数日は沈黙したまま。電場が届かないせいだと思っていたが、もし別の理由が――レイラが告げたような理由が関係しているのなら。
 既に、このフォルティーザを含む”協会”の包囲網は完成していることになる。

 だが、そのことは口にせず、ジョルジュはきっぱりと言ってのけた。
 「今すぐにでも、あなた方をここから逃がすことを考えなくてはなりません。このままでは、自由に動いてもらえなくなります」
 「逃がすったって――どこへ」
 「ていうか、俺がこれだと船使えねーだろ」
 「どこへ逃げても無駄だ、奴は空から見てやがるんだぞ。」
 「っていうかさ、」
ミズハが口を開いた。「場所が分かってるんなら、行けばいいじゃない、そこ。」
 「え…」
少女は、机の上の都市の見取り図を指している。
 「いや、でも、簡単には入り込めないって、さっき」
 「途中まで入れるんでしょ? バレてもいいじゃない、逃げれば。それに、待ってるだけだと何もわかんないよ」
ミズハは胸を張った。「いつだって、わかんない場所は直接行ってみて確かめる! それが未開地学者――でしょ?」
 「ミズハ…、」
ルークの表情が崩れていく。「――そうだったな」
 「おいおい、敵の本拠地に乗り込む気か?! なんだなんだ、面白そうではないか」
マルも乗り気だ。
 「陸路かー… 俺そういうの初めてなんだよなあ…」
 「ちょっと、あなたたち! まさか、皆――」
焦っているアネットを他所に、ジョルジュは、中指でメガネを押し上げた。
 (やっぱり、こうなってしまいますか…。)
あのとき、地図を手渡して出て行く時、レイラ・エレミカは言ったのだ。「彼らなら、喜んでこの場所に乗り込んでゆくと思いませんか?」…と。
 密偵を送り込んでも、情報を得て生還する可能性は低い。
 神魔戦争以前からの知識を有するという未知なるリブレの都市から生還出来そうな者は誰なのか。万が一潜入がばれたとして、ルークたちなら、力ずくでも脱出できるかもしれない。だがそれは、同時に切り札を失いかねない、危うい賭けだ。
 「本当に行くつもりですか? バージェスの正体はまだ分からないのに」
 「だから、それを調べに行くんだよ」
ミズハは、何も恐れる気配がない。
 「あなたは雷が怖いんでしょう」 
 「…う」
 「それに海からも遠い」
 「おれもついてます」
と、ルーク。
 「余もいるからな!」
 「それがしも、エヘン」
 「時間がないんだろ。てか、仕掛けてくる気なら、もうとっくにやってる。多分な」
ジャスパーが言った。海竜姿の時から馴染みのある黒い瞳は、じっとジョルジュを睨みつけている。
 「西の海で冥王とかいうのと戦った時、奴は俺たちに直接手出ししてこなかった。ここより奴の本拠地に近くて、女王の力もあんま届かない海だったのにな」
 「ほう」
 「たぶん奴は、今はまだ力が足りてないか何かで、”戦えない”んじゃねーのか? 弱い奴ほどよく吠えるってのは、俺らの世界じゃ鉄板だ。様子見の段階で、仕掛けて来られるとヤバいから、あんな脅しぶっこいたんだとしたらどうする」
 「つまり、逆に今なら勝算があると?」
 「ああ、時間を置けば置くほど奴が有利になるって可能性がある」
ふうむ、と唸って、ジョルジュは腕を組んだ。人間側の国家間の情勢だけ見れば、それは一理ある。こうしている間にも、メテオラは周辺諸国に脅しをかけ、手をこまねいていれば国家連邦から離反する国は増える。
 「――分かりました。許可しましょう。ただし、あまり無茶はしないでください。少なくともこの町は、門戸を閉ざすことはありません。危なくなったら、いつでも助けを求めてください。」
 「もちろんです」
 「では、解散にしましょう。明日の朝、また此処へ来てください。こちらも、それまでに準備できるものはしておきます。」


表紙 ┃ 戻る ┃ 次へ