<第三章>

の城



 フォルティーザに戻ってから何度か訪れてはいたが、今日の支部は、何時にもまして忙しそうだった。
 本部機能の大半は、本来あるべきラヴィノーザに戻ったが、今の審議会を取り仕切る議長のジョルジュはフォルティーザ支部の支部長との兼任だし、先のレムリア調査隊――ルークたちのこと――を送り出す決定をしたのも、フォルティーザ支部だ。通信機による連絡が使えなくなっている今、ルークたちの持ち帰った情報は、旧式な電話か手紙で各地に伝えられており、そのための資料のコピーや封筒詰め、電話での読み上げによるやり取りなど、厄介な仕事が山積みなのだった。
 しかし今日はそれだけではない。
 正面玄関に停まる、黒光りする長い車を見た時、ルークは、今日の来客を察した。無言でジャスパーの腕をとり、そっと物陰に隠れる。
 「ん? どうした、ルーク」
 「裏口から回ったほうがよさそうだ。あれは…国家連邦の偉い人だよ、多分」
ヴィレノーザには、”協会”本部と並ぶようにして、国家連邦の本部もある。ルークはあまり関わったことがないが、未開地の調査は「国家の支援を受けて」行われるものである以上、協会とは切っても切れない関係にある。昨日、ジョルジュやアネットは何も言っていなかった。急な来訪なのかもしれない。
 裏口から入ると、気をもんだ様子でうろうろしているアネットが見つかった。
 「アネットさん、ジョルジュさんは来客中ですか?」
 「そうなの、ちょっと面倒な相手みたいで、ふたりきりで話したいって… あら」
アネットは、ルークと一緒にいるのが、いつもの少女でないことに気がついた。長身のジャスパーを、しげしげと見上げる。
 「そちらの方は?…ご親戚… じゃ、ないわよね。」
ジョルジュの秘書でもある彼女は、ルークがグレイスの「実の孫」でないことも、ただの人間ではないことも、とっくに知っている。
 「まあ兄弟みたいなものではあるんですけど…ジャスパーなんです、これ」
 「ええっ?!」
 「いろいろあって、こうなったまま戻れなくなっちゃって…。それで、相談に来たんですけど。」
 「まあそういうわけなんだけど」
 「え…ほんとに? ほんとに、あの海竜のジャスパーくん?」
アネットのはしゃぎ声を聞きつけて、何事かと他の職員たちも集まってくる。
 「何? 新入り? うわ、ルークそっくりだな…」
 「兄弟? にしてもでけーなァ」
 「あー、っと、従兄弟です。」
慌ててルークはごまかした。一般職員たちには、まだ、ルークの”素性”は知らされていない。ハリールードとの戦いの全貌を知っているのは、各部門の責任者や、個人的に親しいアーノルドなど、ごく一部だけだ。
 ジャスパーは、そっとルークに耳打ちする。
 「ここの連中、なんかテンションおかしいな」
 「珍しいものが好きなんだよ。何しろ未開地学者ばっかりだし」
 「成る程」
それに、ここのところ、今までになかったようなことが立て続けに起きすぎた。鮫男、白い森、翼のある少女。町に伝説上の存在だった巨人が攻めてきてからというもの、この町の人々は、そのテの存在に寛容になった。百年前までは普通にいたというのだから、敵でなければいい、というわけだ。
 「それで…」
ルークは、アネットのほうに注意を戻した。
 「ジョルジュさんが会ってるのって、国家連邦の人、なんですよね」
 「ええ、そう」
頷いて、アネットは額にきゅっとしわをよせる。
 「大物よ。軍事担当のレイラ・エレミカ女史。女性でありながら、フィオナの軍事参謀にのし上がった異色の英才」
 「そんな人が、何でここに?」
 「先日、空に現れた顔の件よ。あなたたちが戻ってきた日――」
ちっ、と舌打ちしたのはジャスパー。
 「あれか」
通信機と雲を通じて全世界に向けて流されたであろう、あの言葉は、人間への宣戦布告とも取れた。今のところ人間に被害は出ていないものの、実際に通信手段がジャックされたままになっている以上、ただの悪戯と流してしまうわけにもいかなかった。
 「国家連邦は、――フィオナは、どう考えているんですか?」
 「メテオラが関わっていると考えているみたいよ。心理的に動揺させ、連邦からの離反を促すための工作だと」
そして、多分それは、半分くらいは当たっている。
 「あの脅しのせいで、実際に離反を考えている国もある」
 「まさか」
 「本当なんです。メテオラに近い各国では、神の声に従えという怪しい聖職者が布教をして回っているそうですい。実際、飛空艇という神にも等しい力をちらつかせているんですからね。」
 「……。」
ルークの脳裏に、まるで聖職者のような格好で現れた、リブレ人の姿が思い浮かんだ。
 「フィオナが孤立すれば、おれたちは自由に動けなくなるな」
 「ええ。ジョルジュさんも、それを恐れているの。あなた方を”普通の人間”として、この町に留めておくことが出来なくなるんじゃないかって」
そしてその頃、閉ざされた部屋の中ではまさに、その件について話が及ぼうとしていた。


 コツ、コツと床タイルを打つのは、硬い軍用ブーツの踵だ。
 ゆったりとした応接室の中、窓際をゆっくりと歩きながら表の様子を伺うのは、淡い金髪を短く刈り上げた色白の美女。いかにも軍人然とした態度で、ぱりっとした制服をきこなし、ぴんと背筋を伸ばして、腕は軽く腰に当てている。
 「――お話は、わかりました」
ジョルジュは、ソファにゆったりと腰掛け、客人の次の言葉を待っていた。
 「だいたい予想していたとおりです。裏でリブレが糸を引いているというのなら、話は分かりやすい。独立した都市国家だからと放置してきましたが、少々遊ばせ過ぎたかもしれませんね」
 「では、そちらも目算は立てておられたと?」
 「飛空艇などというものを持ちだされては、黙っているわけにもいきませんからね」
足を止め、振り返ると美女は不敵に微笑んだ。「軍事上のバランスを大きく崩そうとするもは何なのか。我々も独自に調査してきました」
 ”協会”がリブレの情報あつめに奔走していることは、既にこの耳ざとい軍事参謀の知るところとなっている。レイラ・エレミカは、だからこそ単身ここへ乗り込んできたのだ。普段は協会の調査報告を黙って受け取るだけの国家連邦が、今回の一件について独自に調査していたことに、ジョルジュは内心驚いていた。
 「ご存じですか? リブレは、都市国家とはいえ、単独では成り立たない都市なのだということ」
言いながら、レイラはジョルジュのほうへ近づいてくると、胸元のポケットから折りたたんだ封筒を取り出し、目の前のコーヒーテーブルの上に置いた。
 「中を見ても?」
 「どうぞ」
封筒の中に入っていたのは、幾重にも折りたたまれた紙。手書きの、荒っぽい線で描かれたそれは、どこかの都市の地図のようだった。
 「これは… まさか。リブレの見取り図? 一体どうやって…」
ジョルジュは人差し指で軽く眼鏡を押し上げた。神魔戦争いらいリブレは鎖国状態にあり、中に入って戻ってきた者はいないと聞いていたのに。
 「西の山あいに小さな村があります。そこは有名な香料の産地で、そこでしか育たない香木があるのです。リブレ人は定期的にそれを買い付けている。リブレとて完全に孤立して存在しているわけではありません。必要な物資の一部は、外部とのやりとりで輸入していまのす。探してみると、同じような場所が幾つかありました。海産物、鉱石、貴金属など――リブレとの交易によって生計を立てている村や町が」
 「そこで、聞き取り調査を?」
 「ええ。そして話を総合して出来上がったものが、その図ですね。ただ、彼らはほとんど何も知りませんでした。昔からのお得意様としか認識していないようです。というよりも、それ以上知ることは”許されていない”雰囲気でしたね。あとは、実際に町に入ってみるしかない。我々は、何名かの選りすぐりの密偵を送り込みました。――望み薄ではありますが」
カッ、とブーツの音を鳴らし、レイラは再び窓際へ離れてゆく。
 「…なぜ、この情報を我々に?」
 「お互い協力しあったほうが身のためだと思うからですよ、アミテージ支部長。協会と国家連邦として…ではなく、この”フォルティーザ支部と”フィオナ”がね。連中は明らかに、”我々”を狙っている、違うかな?」
 「……。」
ジョルジュは紙を折りたたみ、封筒に元通り締まった。
 「ご厚意、いたみいります。ですが、協会は本部を頭脳に、支部を手足として世界に調査と情報収集の網を張り巡らせてきました。このフォルティーザだけでは成り立たず、それぞれの支部と、その所属国の協力なくして、今までもこれからも、活動は有り得ません。」
 「では今後、セフィリーザのように離反する支部が出た場合は?」
 「残された支部は、今回のレムリア調査で大いに尽力してくれています」
 「――つい先日、ラヴィノーザにリブレからの使者が訪れていた、と聞いてもか?」
ジョルジュの表情は変わらないが、ほんの僅かな空気の変化と沈黙から、レイラは、彼がまだこの情報を知らなかったことを読み取った。ふ、と浅い笑みを浮かべ、ゆっくりと窓の前を往復する。
 「うちには、協会のような調査員はいない。その代わり、諜報員というものがいる。」
 「存じております」
 「リブレとメテオラは――」窓から差し込む光が、端正な白い横顔を照らしだす。「我々を孤立させ、それから食いつくすつもりなのだ。」
沈黙。
 「その前に成すべきことが何か、貴方なら分かるのではないか? アミテージ支部長。」
冷たい微笑みとともに、言葉が床に染みこんでゆく。踵を返し、レイラ・エレミカはドアのほうへ歩き出した。会見は終わり、という合図だ。客人を外へ送り出そうと、先に立って恭しくドアを開けたジョルジュの傍らを通り過ぎるとき、レイラは一言、彼の耳元に顔を寄せ、何ごとかを囁いた――ジョルジュの表情が、一瞬はっとなる。
 足を止めたのは、ほんの一瞬。 
 すぐさま何事もなかったかのように歩き出したレイラが、何を言ったのかは、誰にも聞こえなかった。

 フォルティーザから走り去ってゆく車、
 見送りに立つジョルジュの表情が、いつになく固かったことに気づくものは少なかった。


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