<第三章>

ィレノーザ


 ジャスパーとマルが戻ってきたのは、日もとっぷりと暮れてからのことだった。
 二人ともぐったりして、戻ってくるなりソファや椅子にぐったり伸びてしまった。
 「あ゛ーーー、つーかーれーたー」
 「バルゴス、水を持ってまいれ」
 「はあ…」
よっぽど質問攻めに逢ったらしい。その様子が容易に想像がつくだけに、ルークは苦笑するしかない。
 「どうだった? 先生方の楽しい聞き取り調査」
 「楽しくなんかあるか。何なんだよあいつら、カーリーの十倍くらいの奴が四人だぜ、十の四倍。もー俺、解剖されるとかと思ったぜ。」
言いながら片手を上げたジャスパーは、その腕にはまったままの銀の腕輪に気がついた
 「あーそうだ。こいつの外し方聞けたのだけは良かったな」
 「知ってる人がいたのか?」
 「まあ、合ってるかどうか分からないけどな。フォルティーザに戻ったら試してみる。にしても、ほんと疲れたー」
マルは、バルゴスの差し出したコップをひったくり、水を一気飲みしている。
 「でも、不愉快なことは無かっただろ。あの人たちは、いずれも一流の、たぶんこの大陸でいちばん知識のある先生方なんだ」
 「ふん、余に敬意を払ったことだけは認めてやる」
カン、と勢い良くテーブルの上にコップを置いて、マルが言った。「サラマンダーのことも知っておった。さすが余は有名人だな。」
 「魔神っていうくらいだしね」
ロカッティオあたりにいけば、「炎の魔神の信奉者」の一人くらいは、いるのかもしれない。
 「おう、そうだ。奴らから面白いことを聞き出せたぞ。」
 「面白いこと?」
 「例の、サラマンダーの骨のことだ。」
レムリアから戻る途中、”最果ての海”から続く島のうち最大の四番目の島に立ち寄った時に見た、巨大な竜の骨のことだ。ルークたちが立ち寄った時には、ちょうど発掘が進んでいた。
 「ふん、質問されるばかりでは癪だからな。余のほうからも聞いてやったわ。あの骨はまだ石になっていない。せいぜいが、二百年前のものだそうだ」
その情報は、以前島を訪れた時には、まだ無かった。あのあと調査が進んでから分かったことのはずだ。
 「どうやって知ったんだ? ラヴィノーザ支部とは今、連絡がとれなくなって…。あの辺りもメテオラの支配下に入っているはずなのに」
 「人間には人間の事情ってやつだな。なんか色々とあるみたいだぜ、お国の上層部とは別に、下々の連中やなんかは反発してるとか。」と、ジャスパー。「敵側についてんのは表向き、…ってことだ」
 「なるほど」
ラヴィノーザ支部の、あのクセのある面々ならやりそうなことだ。ルークの脳裏に、男まさりで飄々としたミゼットの顔が思い浮かぶ。元々、ルークがラヴィノーザ支部との関わりを持ったキッカケは、ミゼットが助力を求めてフォルティーザ支部に依頼してきたところから始まっている。祖母グレイスのこともあって、縁浅からぬ相手だ。
 「けど、二百年っておかしいな。マルの先代がバージェスと戦ったのは、百五十年前くらい前だって言ってなかったか」
 「まぁ順を追って聞け。あの連中の言うことには、”火の国”は魔界にあるということになっていたそうだ。”巨人の国”同様、地下にある世界だ、とな。なっていた、というのは、それが神魔戦争以前の時代の言い伝えだからだという」
 「――世界が、平らだったって時代の話か」
 「そうだ。世界は9つの世界が上下に積み重なって出来ていた。この大陸のある世界のすぐ下にあったのが、火の国のある魔界だったそうだ。――だが余には、この記憶は受け継がれておらん。真偽のほどは不明だ」
 「つまり?」
ミズハが身を乗り出した。「それが誤差の原因になるの?」
 「時間の流れが違う」
 「時間…」
 「とは、あの連中の言うことだ、ふん、どこまで信じるかは貴様ら次第だがな。あれは、魔界とこちらの世界とが一つになった時に”紛れ込んだ”と、考えられる――だ、そうだ。」
ルークは、顎に手を当てた。そこまで推測しているのなら、学者たちは既に気づいているかもしれない。リブレが取っている、不可思議な行動に。
 コンコン、とドアをノックする音がした。
 「どうぞ」
 「やっほ〜、みんないる〜?」
のっけから妙なハイテンションで現われたのは、カーリーだった。ジャスパーがソファから体を起こす。
 「お、カーリーの姉ちゃんじゃん」
 「わぁお、その声、ジャスパー君? すっごーい! ほんとに人間みたいになってるー!」
駆け寄るなり、カーリーはジャスパーを抱き寄せ、ぐいぐい撫で回している。
 「おおー、ルーク君のおっきいバージョンね! 面白い!」
 「あ、あの…カーリーさん、一体何しに?」
 「休憩中よー。お姉さんお仕事疲れちゃった。いじり甲斐のあるナユタ君もいないし、キミたちの様子でも見てこようかなーって」
 「はあ…」
カーリーと遭うのは初めてのマルとバルゴスは、胡散臭そうな目でじろじろ眺めている。
 と、カーリーの矛先がそちらに向いた。
 「で、そこの赤いコが噂の魔神くん?!」
 「ま…」
 「やばっ、すごい可愛い」
 「カーリーさん涎…」
ミズハが、ぽそりと呟く。だが、何故かカーリーはマルには抱きついていかない。ジャスパーの頭をぎゅっと抱えたまま、にこにこしている。
 「さて、それじゃお姉さんもう行くわー」
 「え、もうですか?」
 「休憩中だって言ったでしょ。ゆっくりできないのよ。ざーんねん」
カーリーがこんなにあっさり引き上げるなんて、珍しい。本当に顔だけ見に来たようだ。
 「あーそだ、あなたたちが連れてきてくれたリブレの子、明日には面会自由になるらしいわよ。隣の国家連邦本部にいるって。寂しがってるから会いに行ってあげるといいわ」
 「分かりました、是非」
にっこり微笑みを浮かべたカーリーの顔が、ドアの向こうに消えていく。
 「…?」
微かな違和感が首をもたげたが、その正体までは、ルークには分からなかった。


 ぱたん、とドアを閉め―― 廊下に出たカーリーは、ふうと大きな息をついて、眼帯をしているほうの目に手を当てた。
 「いかがでしたか?」
暗がりから声がする。ここからは、廊下を曲がった先に居る人物の袖の端だけが見えている。
 「無理ねあれ。無理無理。直視できるモンじゃないわよ。さすが炎系最上位の精霊ってだけあるわ。あー視神経焼き切れるかと思った」
カーリーは袖口で、隠していたじっとりした汗を拭う。
 「ふむ、魔神と称する本人の主張は、誇張ではなかったわけですか。」
 「力無くしてあれなんでしょ? とんでもないわよね、過去の世界ってのは。普段抑えてるミズハちゃんと違って、あの子は常に全開って感じねー。逆に言うと、普段カンペキに隠せてるミズハちゃんのほうが珍しいって話だけど。」
 「他に気づいたことは、ありませんでしたか」
長身の男が姿を現す。
 「うーんそうね、しいて言えば、なんていうのかな…。全員揃ってる時の妙な安定感」
 「安定感?」
 「一人より二人、二人よりは…って感じかしら。査問会のときチラッと覗き見したんだけど、その時より今のほうがアストラル体の状態が穏やかね。以前の不安定だった時のルーク君をミズハちゃんが安定させてたのと同じよ」
 「ふむ。アストラル体というのは、精神体のようなものでしたっけ? だとすると、本人の精神状態が反映されるということでしょうか」
 「正解。」
ジョルジュは、ふうむ、と一つ小さく呟いた。
 「何か、あの子たちに不安要素でも? 仲良くやってるみたいだし、古に言う四大元素も揃っててバッチリじゃない」
 「四大元素――ああ、言われてみればそうですね。いえ、不安というほどのことはないのですが、いささか出来すぎのような気がしていましてね」
 「というと?」
 「貴方も先ほど言われたように”最上位の精霊”―― 神魔戦争以前では滅多にお目にかかれなかったような存在ばかり、こう一箇所に集まっているというのは、不思議に思いませんか?」
カーリーは腕を組み、ちょっと天井を見上げて考え込んだ。
 「…んー、わたしは、かえって自然な流れだと思ったわ」
 「なぜですか」
 「ほら、人間なら言うじゃない。”類友”って」
彼女は、大真面目な顔で指を付き出し、それから、にやりと笑った。「今や、世界は一つ、よ。」
 「……。」
ジョルジュは、分かったような、分からなかったような曖昧な顔をすると、カーリーを促して歩き出した。ゲスト用の応接室が幾つか並ぶ最上階の区画には人気はまばらで、使われていない部屋の灯りはみな消されている。
 「で、そっちはどうなのー? 下工作、うまく行きそう?」
 「ええ、その点は抜かり無く。メテオラの脅しは明らかに自国の利益優先ですし、強引なやり方に反発してる人もいる。」
国家連邦から脱退していても、それは即メテオラとの同盟関係に入ったことを意味しない。条件交渉などで引き伸ばし、表面上は友好を装いながら、水面下では国家連邦と連絡を取り合っている国家や組織も、少なくはない。”協会”ラヴィノーザ支部も、その一つだ。
 「そもそも、メテオラが唱えている脅威論があまり意味を成しませんからね。目下、この大陸には軍事力の必要な敵が存在しません。新たな同盟関係を作って対抗しなければならない強大な敵でも現れれば、また別の話ですが。」
 「そーよね。武器の通じない巨人が襲ってきて、国家連邦本部が壊滅するとかでもしない限り無理よねー、あはは」
ひさしきり笑い、そして、沈黙。
 エレベーターが到着し、チン、という音とともに、暗い廊下に光が広がる。
 「…ねえ、ジョルジュ君。ずっと考えてる事があるんだけど」
 「奇遇ですね。私もです。同じだと思いますが、答え合わせは必要ですか?」
 「いらないんじゃない」
階下のボタンを押し、ドアを閉める。ゆっくりと降りてゆく箱の中で、押し黙ったまま、二人は同じことを考えていた。

 ――”双頭の巨人”の襲撃は、仕組まれていたのではないか。

ハリールードと、”巨人の信奉者”たちもまた、より強大な相手に利用される立場だったのだ。誤算は、あの時から始まっていた。巨人の襲撃は、本当ならフィオナの国を首都ごと壊滅させるはずだったのだから。
 襲撃は予想外の要素によって失敗し、国家連邦には致命傷は与えられず、目障りだったであろう”協会”も機能を半分失っただけで何とか持ち直した。おそらくリブレ人も、バージェスも、その時点ではまだ、ミズハの存在に気づいていなかったのだ。
 エレベーターが、目的の階で停まる。
 先を立って歩くジョルジュの行く手には、両開きの重々しい扉があった。彼が入ってゆくとゆるやかな円弧を描くように並べられたテーブルに着席していた人々が、いっせいに立ち上がった。
 「皆さんお揃いのようですね」
ジョルジュは、テーブルの正面に立った。カーリーが自分に割り当てられた席に辿り着いたのを見届けてから、彼は静かに告げる。
 「それでは、臨時審議会を始めましょうか。――」



 波の音が聞こえる。
 あてがわれたゲストルームの枕の感触は、まだ頬にあるのに、目を閉じるだけでその音が近づいてくる気がする。ルークは、何度か寝返りを打ち、天井を見上げて目を開いた。ジャスパーとマルは既に眠っている。バルゴスも、鼻から時折炎を吹きながら丸くなっている。ミズハは隣の部屋だが、物音一つしないから、きっともう寝入っている。
 全員で”事象の水平線”へ行って以来、あの世界は見ていない。危険はないのだろうが、一人で行こうとは思えなかった。自分が何を気にしているのかは分かっている。あの世界で見た月のこと。あれは多分、”神王”本人だ。あそこには、バージェスがいる。現実の世界と同じ様に天の高い場所に、しかし現実よりは近い場所に、冷たく、ただ一人、天の向こうに輝き続けている――。

 ”かつて海に求婚し、拒絶されたもの。”

ばかばかしい、とルークは再び寝返りを打った。人間と同じ感覚ではかれるわけがない。悔しいとか、悲しいとか、そんな感情があったとは思えない。今までのバージェスのやり方からして、手に入れられなければ破壊するだけだ。

 ――破壊?

 思わず、閉じかけていた眼を開いた。神魔戦争以前で変わってしまった世界。かつて存在したすべての世界を一つにつなげた、月の一つしかない今の世界。バージェスの干渉することの出来ない世界…

 浮かんできた言葉を飲みこんで、ルークは枕に顔を押し付けた。口に出せば、その瞬間に、最後の扉を開けてしまう気がしたのだ。その扉の先には、たぶん、探していた<始まり>の答えがある。それを手にしたとき、自分たちは、戻れない場所に立つことになる。


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