<第三章>

ィレノーザ


 会議室に戻ろうと廊下を歩いていたルークは、向いからやってくる思いがけない顔に気づいて立ち止まった。まさか。
 「やあルーク、元気そうですね。」
 「ジョルジュさん!」
フォルティーザ支部長、そして審議会の臨時議長でもあるジョルジュは、いつもどおりの灰色のコート姿でにこやかに立っている。ここへ来るなど、一言も聞いていなかったのに。
 「いつここへ? どうして…」
 「着いたのは、つい先刻です。実は、ルーク君と話した時にはもう招集がかかっていまして。セフィリーザのことでね」
 「ああ…。」
”協会”を離脱すると言って一度はメテオラに亡命したものの、その実はリブレで研究していた総勢15名の研究員たち。メテオラ側は身柄引き渡しを要求するどころか、証拠隠滅とばかり飛空艇での襲撃をかけてきた。
 「亡命者として”国家連邦”で身柄を預かっていただいていますが、彼らは元々、”協会”の人間ですしね。リブレで何の研究を行っていたかも聞き出さなくてはならないですし」
 「おおまかな所は、おれも知っているんですが…」
言いながら、ルークは会議室のドアを開けた。中でうろうろしていた三人と一匹が振り返る。
 「お」
 「あ、ジョルジュさんだ」
 「何だ、陰気なのが増えたぞ」
 「やあ。皆さん」
ジョルジュは、被っていた帽子をちょっとあげ、挨拶する。「マル君、元気になったようで何よりです。心配してたんですよ」
 「お、おう…」
マルは、戸惑ったような顔をしている。
 「すいません、ゆっくりお話している時間はないんです。これから審議会の臨時会がありましてね。皆さんの顔だけでも、と思いまして」
 「町には、しばらくいるんですか」
 「ええ。逆に、しばらくフォルテには戻れないかもしれませんねぇ」
男は困ったような顔で肩をすくめた。「通信は復活したのですが、コトがコトだけに、本部にいないと始まらないですから…」
 「復活?」
 「おや、知らなかったのですか」
軍用列車で、外界からほぼ遮断された状態で送り届けられたため気づいていなかったのだが、ジョルジュの話では、飛空艇と軍用列車の派手な交戦があった頃から、突然、通信機への妨害干渉がなくなったのだという。
 「てっきり、あなたたちが何かしたものかと思っていましたが」
 「いえ――おれたちは、何も」
 「そうですか」
ジョルジュは、帽子を頭に戻した。
 「いずれ、詳細は聞かせていただくかもしれません。それでは、私はこれで」
ジョルジュが出て行ってしまうと、ルークは、室内に視線を戻した。
 「どういうことだろう。意味がないと思って諦めたのか?」
 「やっぱ味方の通信まで妨害しちまってるのがマズかったんじゃねーの」
それはあるな、とルークは思った。リブレ脱出から装甲列車への襲撃まで何日も猶予があったのも、列車に標的のセフィリーザの学者たちが乗っていないことを知らなかったのも、リブレとメテオラの間での連絡がうまくいかず、手間取ったことが原因の可能性がある。結果、ルークたちにも、セフィリーザの学者たちにもユージェニーにも逃げられ、メテオラの飛空艇2機は航行不能。うち1機は、プロペラを破損しただけの状態でフィオナ勢力圏内に取り残されている。
 「…メテオラは焦ってるだろうな」
軍人でなくても、そのくらいは分かる。十を越える数の飛空艇を抱えているとはいえ、一度失えば、そう簡単に補充できるものではない。捕虜として連れ去られたメテオラ兵や国家連邦に保護された学者たちから情報が漏れるのも時間の問題だ。
 「バージェスもだ」
と、マル。「奴の焦りは本物だ。有利な戦場とはいえ、自らの本拠地に敵を引き込むなど、いわば最終手段、背水の陣だからな」
 「どうして、そこまで――」
ルークたちに対する空からの派手な脅しも、余裕の無さの裏返しだと考えれば納得できる。おそらく、バージェスには時間がないのだ。目的がかつての力、この世界に干渉する力を取り戻すことだったとして、それを達することが出来なくなりつつあるのかもしれない。


 フォルティーザに戻るにしても、今はまだ手がかりが少なすぎる。ヴァージニーを置いていくわけにも行かない。ルークたちかはそれから何日か経った後も、ヴィレノーザに留まっていた。
 新聞は連日、メテオラと国家連邦の間で始まろうとしている戦争について書きたて、世間では、どちらが勝つか、どのくらい続くか、などという話題で持ちきりだった。飛空艇とのあの一戦についても連日報じられ、大破した装甲列車と引き換えに飛空艇二隻を撃墜したことが、誇らしげに書きつつられているが、奇妙なことに、ルークたちについては一言も触れられていない。間違いなく、国家連邦政府の意向だろう。両者の戦力が拮抗していた、と印象を誘導するための。
 そんなきな臭い情勢にも関わらず、ラヴィノーザは相変わらずの賑いで、通りの人混みは歩くのも大変なほどだ。西へ向かう以外の列車は普通に発着している。
 「久しぶりだねー、こうしてお買い物に出るの」
 「そうだな」
繁華街に出かけるのは、ミズハを初めて町に連れてきた時いらいだ。巨人の襲撃で破損した箇所は、もうほとんど分からないほど復旧されている。
 「こりゃあ、マルとジャスパーは置いてきて正解だったな。あいつら、絶対はぐれるからな…。」
いまごろ二人は、本部での査問会に出席して、ミズハが過去に受けたような質問攻めに逢っているはずだった。このところのごたごたで、本来の順序とは逆になってるのだ。どうせ、査問会は夜までかかる。その間に、必要な買い物を済ませておきたい。
 空はよく晴れて、今日は雲ひとつ無い。
 フォルティーザにいれば、船を出してのんびり海の上で一日を過ごす所だが――
 「おーい、おーい ルーク君〜、ミズハちゃーん」
 「ん、あれ…」
聞き覚えのある声がすると振り返れば、人混みを押しのけながら駆けてくるカーリーの姿。
 「カーリーさんだ!」
 「やっほーう! おっひさしぶりいいいい」
速度を落とさずに駆け寄ってきたかと思ったら、そのまま両腕で二人をガッシリ抱えてぎゅっと抱きしめる。「会いたかったー!無事で何よりー!」
 「く、苦し…カーリーさん…腕…」
 「ああん、ごめんねぇー。おねーさんちょっと興奮しちゃったわ。いやーでもほんと久しぶりね。ルーク君ちょっと背伸びた?」
 「お情けほどには。」
 「そっか〜」
 「で、なんでカーリーさんがここに? ナユタは?」
 「ああ、彼は今回お留守番。お仕事よー、本部に呼びつけられてるの」
絡めた腕を外しながら、隻眼の女性は意味ありげな笑みを口元に浮かべ、声を一弾落とした。
 「…リブレの件でね」
 「セフィリーザの研究者たちがやらされていた内容ですか」
なるほど、確かにあれは、カーリー向きの内容だ。初めて目にした時も、カーリーがいればと思ったくらいだ。
 「少し、時間ありますか。意見を聞かせてもらいたいことがあるんです」
 「ええ」
人通りの少なそうな裏通りの目立たないカフェを選んで店に入る。何日か前、四人で話し合って結局結論の出なかった問題について、カーリーなら、何か突破口を見つけてくれるかもしれない。


 適当に注文した飲み物が来るまでの間に、ルークは、これまでのあらましを大雑把に説明した。レムリアからフォルティーザに戻って以降、リブレに向かったこと。そこであったこと。リブレを脱出して以降のこと。今のバージェスが、かつての力を失っていると確信するに至った理由。
 「ふむふむふむー。興味深い話ね。あなたたち、いつの間にかずいぶん核心まで踏み込んでくれたじゃない」
 「合ってると思いますか」
 「ええ、大筋はね。うちの師匠なら、もうちょっと細かいところまで思いつくかもしれないけど、今はアレの狙いが分かっただけで十分よ。でもそっかー、この世界に干渉出来ない…。うーむ。」
カーリーは、コーヒーに砂糖とミルクをどっさり突っ込んでかき混ぜている。
 「バージェスが焦りだしたのって、いつなのかしらね」
 「いつ、って?」
 「神魔戦争終わってから100年でしょ。その間なにもしてなかったってことは、焦りだしたのはつい最近じゃない? 1年前なのか5年前なのかはともかくさ。何でなんだろうね」
 「ミズハを自分の側につけるのに失敗したからだと思っていましたが」
 「それもあるだろうけど、ミズハちゃんが生まれてくることも、母親のもとを離れてこっちの大陸で暮らすことも、バージェスには予測できなかったんじゃない? 昔から計画していたとは思えないわね。ミズハちゃんがこっちに来たのは、バージェスにとってある意味ボーナスステージで、それに失敗したとき初めて焦りだしているように見える。」
店内に流れる静かな音楽。まだ朝も早い時間帯で、他にお客はほとんど居ない。かき混ぜたコーヒーの表面に、ミルクが白くうずを巻いている。
 「焦るだけの理由があれとすれば、時間が経つと、バージェスは力を取り戻せなくなるんじゃないかと。」
 「それはありそうね。で、ミズハちゃんにチョッカイ出せないと分かるや別の方法をとろうと考えた。その準備が整う前にあなたたちがこっちの大陸に戻って来ちゃったから、慌てて脅しをかけてみたけど、それも失敗―― 誘き寄せて一網打尽にしようとしたけどそれも失敗――、って感じかしら。ま、バージェスなんて良く分かんない存在の考えることが、人間と同じかどうかは分かんないけどねー」
 「焦って失敗するあたり、最初思っていたより人間らしいですよ。」
 「完璧な存在なんて、滅多に居ないものよ。神様でもね」
言って、ちらとミズハのほうに目をやったが――、カーリーはすぐに視線を窓の外に向け、口調を変えた。
 「しっかし、コアを生み出す方法ね〜。なんか、いかにもルフェーブル博士のやってそうな研究内容ね」
 「ルフェーブル?」
 「セフィリーザの先代支部長よ。パクスリー・ルフェーブル。」
ルークの記憶に、以前見た兵器らしい設計図の端にあったサインが思い起こされた。その先代が亡くなって以降、セフィリーザは支部長不在のまま運営されていた。
 「コアに関する研究をしていたんですか?」
 「コアっていうか、精霊とかの研究ね。アストラル体を主とする存在の、”生命”としての生態に興味があったらしいわ。ロカッティオの魔法使いたちには無い面白い視点よね」
言って、カーリーはコーヒーカップを口に運ぶ。山盛りの粗糖が溶け込んだコーヒーは、激甘で、既に別の飲み物と化していると思われるが、彼女は気にした様子もない。
 「――ま、これから本部行って実際に研究見せてもらうから。何か分かったら、あとで教えるわ。」
 「お願いします。」
僅かな沈黙。ふいにカーリーは、ティーカップを置いて、ずい、とルークのほうに身を乗り出した。
 「な、何ですか?」
 「安定してるみたいね、最近どう? 体の調子」
 「ああ…」
カーリーの眼帯に覆われているほうの目は、神魔戦争時代に作られた特殊な力を持つ水晶の義眼へと入れ替えられている。かつて魔法使いたちが使役し、今はこの世界から消えてしまった、妖精や精霊、妖魔といった存在を、実体化していなくても見分けることの出来る目だ。その副作用として、人間が持つアストラル体――生きている人間のものも、体から抜けだした幽霊も――見ることが出来る。
 「ルーク君のは特徴的だからねー、人混みの中でも一発で見つかってほんと助かるわ。」
 「どんな感じで見えるんですか?」
 「普通の人だと体を薄ーく覆う感じで湯気が立ってるみたいな感じなんだけど、ルーク君のは思いっきりはみ出して、勝手に動きまわってる感じね。」
 「最近は、あんまり体から離れて広がらないよ」
と、ミズハ。
 「…って、ミズハも見えるのか? そういうの」
驚いて、ルークは聞き返した。
 「ううん、見えてるのとは違うの。なんとなく分かるっていうか。」
 「ミズハちゃんは変わらないわねえ。ほんとにねー、この目で見ても、ごくごくふつーの人間なのよね。羽根出した瞬間とつぜん雰囲気変わる感じで。不思議なのよねー」
 「その目、消えた精霊のゆくえを探すために貰ったんでしたっけ」
 「というのはタテマエで、ほんとの目的は、エーテルの源――なくした力の根源探し、でしょうけどね。うちの師匠はエーテル使いだからねぇ」
くすくすと笑って、カーリーは空になったコーヒーカップをソーサーに置いた。
 「さて。あんまり道草食ってると、本部の偉い人にドヤされちゃうわー。そろそろ行くわね」
 「引き止めてすいませんでした。その、」
 「わかってるわー。また、後でね」
伝票をつみまあげ、ここは奢りだというようにひらひら手を振って。カーリーは颯爽と店を出て行ってしまった。相変わらずなカーリーの調子に安心するとともに、久ブリの再会を喜べない気持ちもあった。
 大陸の東の辺境で住込みの調査をしているカーリーが、今、ここにいるということは、ジョルジュと同時期に招集がかかっていたということ。この町が”巨人の信奉者”に狙われた時と同じだ。”協会”本部は、総力で対抗するために、持てるものすべてを結集しようとしている。

 ”戦争を避けることは、不可能だ”

レイラは、そう断じた。
 神魔戦争いらい、起きることのなかった人と人との戦い。だがそれも、メテオラを利用しようとしているリブレの目論見が明らかにできれば、まだ、被害を最小限に抑えられる可能性は、ある。



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