<第三章>

ィレノーザ


 町の中心部にそびえ立つ塔を見ると、ラヴィノーザに帰ってきたことを実感させられる。
 塔は国家連邦本部。隣接するのが、新しく作りなおされた協会本部。ルークもミズハも、修復が終わってからは初めてだ。以前の建物の原型を残しつつ、町並みに合わせて形を変えている。
 列車を降りてすぐ、ルークたちはレイラやユージェニーとは別れ、”協会”本部に送られた。ルークたちは、あくまで”協会”所属という建前だからだ。そして今、待合室として通された会議室で、ルークは考えをまとめようとしていた。高層階にある会議室の窓からは、町並みが一望できる。
 「なんかすげぇ人だらけだな…」
 「ふむ、なかなかの眺めではないか。」
ジャスパーとマルは、初めてここへ来た時のミズハと同じ反応だ。窓にべったり張り付いて、しきりと何か話あっている。なんだか、そうしていると兄弟みたいだぞ、と言いそうになったが、やめておいた。
 「それ、あの時のメモ?」
ミズハがルークの手元の手帳を覗きこんだ。セフィリーザ支部の学者たちがリブレから持ちだした資料を見ていたとき、確かミズハも側に居た。
 「正直、バージェスのやりたいことが良く分からないんだ。あのヴァージニーってリブレ人にしたって、単独で動いてるわけじゃない。リブレがメテオラに技術提供して武器を作らせてるのは、自分たちで作るだけの人手も資源も無いからだ。でも、どうして、それが必要なんだ?」
 「うーん…。」ミズハは、腕を組んで天井を見上げる。
 「あれだけならともかく、武器の情報まで流してるみたいだからな。銃なんて何に使うんだ? バージェスは月が落とせるんだぜ。」
 「今はそれほどの力が無いんじゃーねぇか?」
窓にはりついていたジャスパーが振り返る。
 「つか、そんなん出来るなら、俺らがリブレから逃げ出した時だって、雷だけなんてショボいことしてこないだろ。」
 「そうだ、今のあやつは、この世界に干渉できる範囲と時間が限定されておるようだったぞ。余を操ろうとしたのも、そのため…」
言いかけて、マルは、はたと気がついた。
 「…あれ? 奴は、余から力を奪ったのではなかったか? それに、冥王とやらも食ったはず…」
ルークは、顎に片手を当てた。やっぱり、がおかしい。情報が符号しない。何かが間違っているのだ。前提となる何かが――
 「仮定してみよう。バージェスは、<何らかの理由>でかつての力を制限されている。そのために<目的>を達成できないので、<足りないもの>をメテオラを動かすことで補おうとしている。」
 「それはまた、ずいぶんと空欄の多い方程式だな。」
 「仕方ないよ。一つずつ埋めてみるしかない。埋めやすそうなのは、<目的>と<足りないもの>だ。どちらかが分かれば、もう一方も分かる」
 「足りないもののヒントは飛空艇と武器と、セフィリーザの学者さんたちが研究させられてたもの、だよね?」
 「そう」
ルークは、再び手帳に視線を落とす。ヴァージニーがセフィリーザの学者たちに開発させようとしていたものも「兵器」だ。精霊のコアに関係する研究は、おそらくその補足。「コア」と組み合わせて使う何か…。「コア」が関係する兵器…。
 「生命を生み出す装置…」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
 「そうだ、マル。バルゴスは、お前が創ったって言ってたよな」
 「ああ、そうだが」
 「どうやって…創った?」
 「んー」
マルは、ちょっと考え込んだ。「どうやってと言ってもだな。こう、ちょいちょいと炎を丸めて、凝縮をイメージして」
 「他の生き物は作れないのか?」
 「へ? あーいや、そういうの考えたことなかったな…どうだろう…。たぶん作れそうな気もするけど」
 「いけませんぞ、マル様。みだりに下僕を作られては」
バルゴスは、小さな翼を羽ばたかせてマルの肩から浮かび上がった。
 「魔神は、それがしのように、主を守り、補佐し、命を受けてあれこれする聖獣のみ従えるべきです。下等な連中を量産したり、見目うるわしくないモノを配下に加えるのは格が下がります!」
 「あーいや、そういう意味ではなく…。何ていうんだろうな。バルゴスは生きてるだろ? 何を依代にしてるのかと思ってさ」
 「依代?」
 「人間でいう心臓、精霊で言うコアみたいなものは、バルゴスにはあるのかって」
マルは、ちらとバルゴスのほうを見やった。
 「炎…炎の固まりだな、しいて言えば。それは余の心臓と直結しておる。余が死ねば、余の生み出した下僕たちの炎も消える。余とバルゴスは、一蓮托生なのだ」
そういえば、以前マルが意識を取り戻さなかった時は、バルゴスも同じ様に眠り続けていた。ある意味、心臓を共有しているようなものだ。その意味ではルークのゴーレムと原理は同じで、完全に独立した別個の生命とは言えない。
 だがマルは、次に思いがけない一言を付け足した。
 「まあ、別の方法も無くはないのだが、それは時間がかかりすぎるし、一生に一回しか使えんのだ。転生先の体を創る術だからな」
 「転生…、五百年に一回っていう、あれか?」
 「そうだ。火の山と交わり、次の体となる体を産み出させるのだ。生まれてくる同位体は、人の子と同じ様にはじめは小さい。まぁ七面倒くさい手続きが色々ある厄介な術だぞ。」
 「山から生まれる…、 巨人と同じ…。」
そして、自然界で生まれる精霊とも同じだ。セフィリーザの学者たちが研究していたのは、そんな時間のかかるコア形成を、人工的に行えないかというものだった。
 「生命を生み出して…、それから、どうする…?」
 「食うんじゃねーの、今までだってそうしてきたんだろ」
 「食料になるほど大量に、すぐに生み出せるようなるとは思えないな。それに、食料が欲しいならもっと前から研究してるはずだ。この世界に干渉して行う方向の何か、なんだと思う」 
 「んじゃ、自分の代わりに、やりたいことやらせる何かを作りたいとか。人間じゃ出来ねーことなんだろうなー多分」
言ってから、今度はジャスパーが自分の言葉に違和感を持ったようだ。
 「…まてよ。人間じゃ出来ねーことがしたいのに、空飛ぶ機械だの武器だの人間用のモン作らせてんのは妙だな」
 「だろう? それに、セフィリーザの研究員をわざわざリブレまで連れていったことも謎だよ。自分たちでは開発出来ないから、代理で考えさせようとしていたってことだろ」
沈黙。
 この先は、行き止まりだ。ルークは手帳をめくり、別の方向から糸口を探す。
 「もう一度、原点に返ってみよう。レムリア大陸に手を出していた頃のバージェスは、他の存在を吸収して力を自分のものにすることに集中してたように見える。その頃は月を落とせたし、世界を作り替えるくらい干渉出来たんだ。それが、今は干渉できないってことは、その間に何かがあったんだと思う。その”何か”が、今回のことに関係してるはずだ」
 「何かって…」
 「力を失うような”何か”。多分、100年前だ」
 「どうして、そう思う?」
 「”神魔戦争”が、終わったからだよ。」
 「あ!―――」
ミズハが、ぽんと手を打った。
 そうだった。この旅の始まりには、”神魔戦争”の謎があったのだった。いまだ全貌は知られておらず、誰と誰の戦いだったのかすら分からない――。
 「ずっと疑ってたけど、今はもう確信してる。たぶん一方がバージェス。そして負けた」
 「負けたって、誰に…」
 「一人しか居ないだろ。そんなことが出来る相手」
 「……。」
ミズハは、ちょっと肩をすくめた。誰も聞き返さず、意義も唱えない。
 神魔戦争以前の世界で、北天の神王に対抗できた相手は、ただ一人。
 その一人が、今なお元の力を有しているということは、結果は必然的に明らかだ。
 「姫っち、何も聞いてなかったのか」
 「うん…。でも、そっか。島にあの岩を落としてきた”悪い王様”って、やっぱりバージェスなんだよね」
 「戦争の名残だったんだな。」
だがそれは、初めて”霧の巣”を訪れた時、すでに、ミズハの父であるハロルドが口にしていたことなのだ。ルークの脳裏に、サラサの姿と、ハロルドの言葉が蘇ってくる。

 ”多分、サラサは名前も失われてしまった「神魔戦争」の主役の一片だろう。”

と。
 「バージェスがこの世界に干渉できなくしたのがサラサさんだったとして、バージェスは何を考える?」
 「当然、無くした力取り戻しに行くだろうな」
 「ってことは――再戦準備か」
ルークは、頷いて手帳に書きつけた。
 「答えが埋まってきたな。バージェスは、南海の女王にかつての力を制限されている。そのためにこの世界に干渉できないので、<足りないもの>をメテオラを動かすことで補おうとしている。――足りないもの、南海の女王を倒せるだけの力…?」
 「人間の武器じゃムリだろ」
 「いやいや、倒さなくても力だけ取り戻せればいいんじゃないのか。っていうか、どうやって力奪ったんだよ。世界に干渉出来なくするっていうのは…」
 「新たな命題か。南海の女王は<どうにかして>バージェスをこの世界に干渉出来なくしたが、<何か>されると力を取戻される可能性がある――とか?」
 「……。」
ミズハが、ついと席を立った。
 「ん、どした。姫っち」 
 「色々考えてたら疲れてきちゃった…。休憩して、後でもう一回にしない?」
 「あ、余もそれ賛成。」
 「そうだな。そろそろお腹もすいてくる時間だし…」
言いながら、ルークはミズハのどことなく浮かない表情に気づいていた。


 腹ごしらえにいく、と建物内の社員食堂へ勇んで出かけていくジャスパーとマルと分かれ、ルークは、ミズハの後を追った。行きそうな場所はだいたい分かっていた。果たして、最上階のドアを開けたとき、そこには見慣れた少女の後ろ姿があった。風の吹き抜ける屋上の、フェンスに囲まれた狭い一角で、彼女はフェンスの上に腰掛けて海の方角を眺めている。
 「やっぱり、ここか」
ルークは、振り返ったミズハにパンを手渡した。
 「食堂でもらってきた。何か食べとかないと夜まで持たないぞ」
 「ありがと。…」
隣の国家連邦本部ほどではないが、こちらの建物もそれなりの高さがある。ここからは、城壁を越え、草原も越えて、はるか彼方の地平線が、ほぼ全て見渡せる。風は海の方角から吹いてくる。
 ミズハは、フェンスに手をついて、身軽にルークの隣に飛び降りた。
 「ルー君、驚かなかったね」
 「何が?」
 「お母さんが、むかしバージェスと戦ってたってこと」
 「ああ。…」
ルークは、ちょっと頬をかいた。
 「正直、前から薄々そうなんだろうなって思ってたし、ヒントは沢山あったからね。ロカッティオのドン・コローネも、そんなこと言ってたしさ。マルには悪いけど、サラサさんが、おれやマルや、ヴェリザンドなんかとは次元の違う存在だっていうのは、分かってきた」
ふう、とため息にも似た呼吸を挟んで、ミズハは言った。
 「あたしね、…多分知ってる。お母さんが何したのか、どうしてそんなことしたのか」
それから、ちょっと視線を逸らした。
 「聞いたことあるの。あいつ、お母さんに求婚したことあるから」
 「へ?!」
まさか、――そんな。
 「あ、でも人間同士でいうようなあれじゃないよ。あいつは”生命を奪うもの”、だけど海は領域の外だったから、海の生き物にも手を出したかったんだよ。そんなの、”命を見守るもの”が受け入れるはずないよね」

 ”生命の母なる海と同格にあるもの。かつて海に求婚し、拒絶されたもの。”

かつてミズハが言った言葉が蘇ってくる。あれは、いつだった? 夢の中――”事象の水平線”――。
 
 ”あたしは海の女王の同位体だから”

そして、リブレ人の伝承。「月のお城」。海の女王に求婚し、拒絶された王様は月に――。
 「…既に一度、破綻してるんだ」
ルークは、呟いた。
 バージェスはおそらく、ミズハ… かつて自分から力を奪った存在と同じ力を持つミズハを手に入れることで、こちらの世界に戻るつもりだった。そして、ミズハが母親のもとを離れた後を狙った。だがそれは失敗し、急遽、別の方法を探さざるを得なくなった。ミズハの代理となる”何か”を。

 代理となる何かを…。

 「――同位体を作ろうとしている?」
だが、そんなことが可能なのか? 本人以外に? いくらリブレの情報があったところで、短期間に方法が見つかるとは思えない。
 それにもう一つ気になるのは、飛空艇との関係。飛空艇の建造は、ミズハが鐘の干渉を受ける前から進められていた。ミズハなら、空は飛べるはず。バージェスの計画には最初から、”空を飛べない何か”が必要だった。
 「ねえ、ルー君」
 「…ん」
 「怖くならないの? あたしのこと…」
淡い緑の瞳が、珍しく控えめにルークを見上げた。その姿に、かつて見たサラサの白い影が重なる。世界を作り替えるほどの存在を退けられる、この世界で唯一の存在の娘として生まれ、入れ替わることの同列な存在。
 ルークは、ため息をついた。
 「お前それ、前、おれがミズハに言ったことと同じだからな。」
 「え?」
 「あの時、お前言ってくれただろ。」

 ”ルー君は、ルー君だから。”

 「ミズハは、ミズハだよ。」
 「あは、そっか」
笑って、少女はスカートの裾を翻した。「そうだったね。そうだった――」
 「それにさ、もう遅いよ。ティーカップ割るとこも、一日中部屋でごろごろして本読んでるとこも見ちゃってるんだぞ。怖いわけないだろ」
 「あ、そーだ、せっかくラヴィノーザに来たんだし、小説の続き買わないと…」
言いながらエレベーターホールのほうへ歩いていく少女の後ろの姿を見送り、ルークは、海の方角に視線を戻した。
 ハロルドは、全て知っていた気がするる
 全て知りながらサラサとともに生きることを選び、ミズハを外の世界へ送り出した。何のために? 彼は何をしようとしている?

 ”私が生きている限り、彼女は人とともに生きる存在であり続けるはずだ。”

二十数年分、先をゆく男の背中はいまだ遠く、同じ道を追いかけるルークには、その思考は掴むにはまだ、遠すぎた。



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