<第三章>

ィレノーザ


 目指していたのは、線路に並行して広がる林だった。すぐ頭上、木立すれすれを飛空艇の底が通りすぎてゆく。擦れた木々の先端が折れ、バキバキと音を立てながら頭上から降ってくる。頭上からの砲撃は、ひとまずは止んだ。ルークは息を弾ませ、追い付いてくるユージェニーと最後尾のミズハを待った。木立の向こうでは、脱線した列車が煙を上げている。銃撃戦は、まだ後方車両のほうで続いているようだ。
 「おいルーク! 来るぞ」
ジャスパーが、列車の先頭方向を指した。上空の飛空艇が移動したことに気づいて、前方車両にいたメテオラ兵たちもターゲットが既に列車から脱出していることに気がついたようだ。
 「へっ、うまいこと食いついたな。」
 「安心してる場合じゃないぞ。」
レイラのことだ、こうなることは予測して援軍を呼んでいるはず。時間稼ぎが出来ればいい。

 ――君たちは兵器になるべきではない。

ルークの耳に残った、あの言葉が蘇ってくる。
 それは、越えてはならない一線。
 それは、人ではない自分たちが人であるために必要なルール。
 「…ミズハ、ジャスパー、マル、それに…バルゴスも、皆いいな」
ルークが言う前から、三人と一匹は頷いた。
 「わかってる。殺したりしないよ」
 「まー同族殺しは、海竜の世界でも問題になるくらいだしな」
 「ふん、生焼けで許してやる。」
 「マル様がそう仰るなら…」
背後で銃声が響いた。気の早い先頭の兵が撃ってきたようだ。
 「走れ!」
ルークは、ユージェニーの手を取って木立の奥へ駆け出した。
 「時間稼ぎするっ」
ミズハが翼を広げ、両手に数十羽の鳥たちを生み出す。それらは、一羽ずつが自己の意思を持つように器用に木立の間を抜け、光の矢となってメテオラ兵たちに飛びかかっていく。固まっていると危険と判断したのか、兵の一部が分離して脇から回り込もうとしているのが見える。先頭を行くジャスパーが叫んだ。
 「うほ、水だ! 小川みっけ!」
林を抜けた先は、小川を挟んで見晴らしのよい田園になっている。林の中で応戦したほうが、まだ分がいい。ルークはユージェニーを木陰に押し込むと、小型のゴーレム数体を生み出した。
 「ここでじっとしててください。」
 「は、――はい…」
木立を抜けてきた先頭集団が、ルークを見つけたようだ。銃声とともに背後の樹の幹がえぐれる。とっさにもう一体のゴーレムを生み出して盾にするが、銃弾は、一撃でその脇腹に穴を穿つ。ルークは仰天した。
 「なんだよ、この威力…」
兵器のことは詳しくないが、少なくとも、ハリールードと戦った時のフィオナをはじめとする連合軍の兵器威力ははるかに凌駕している。これでは、レイラの部隊が列車内で押されても仕方ない。
 ゴーレムをもっと固くすることは出来るが、それでは数が作れなくなってしまう。それに、手加減も出来なくなる――
 タン、という短い音。背中に激痛が走り、ルークはその場に崩れ落ちた。一瞬、目の前が暗くなりかける。
 「ルークさん!」
迂闊だった。背後からも敵襲。落ち葉を踏みつける足音もなく、その兵士はいつのまにか至近距離まで近づいてきていた。ゴーレムが反応して兵士に襲いかかっていく。
 「殺すな!」
ルークは叫んだ。視界が朦朧とする。だが今は、ここで意識を失う訳にはいかない。自らの血の染み込んだ大地を握りしめ、さらに何体か、人形の形をイメージする。駆け寄ったユージェニーがルークを起こそうと手を貸した。
 「どうして…どうしてこんな…」
 「大丈夫、すぐ治るから…」
 「いたぞ! リブレ人だ!」
林の中を声がこだまし、ばらばらと足音が聞こえる。狙いはユージェニーか。
 「ごめんなさい、わたくシのために…」
ユージェニーは両手で顔を覆った。「ついてこなければ良かった…」
 「あなたがいなくても、どのみち、おれたちは狙われてましたよ。メテオラとの間で戦争になったら、こんなものじゃ済まない」
飛空艇の音が近づいてくる。いつまでたっても林から出てこないのに業を煮やして、着陸するつもりのようだ。新手が送り込まれたら、どこまで手加減が効くか分からない。
 ルークは、ひとつため息をついた。
 「兵器になるな、か…」
ならば何になればいい?

 一方、ジャスパーは小川のどまんなかに陣取っていた。
 「っしゃー水さえあれば! 海水じゃないのがちょっとアレだけど」
林を抜けて来たメテオラ兵が木立の切れ間から撃ってきた。にやりと笑って、ジャスパーは足元の水を蹴りあげた。地上から数メルテの高さまで跳ね上がった水が壁となり、銃弾の勢いを削ぐ。
 「お、足でもいけるんじゃん。尾びれみたいなもんだなコレ…」
ジャスパーは楽しそうだ。とはいえ、小川の水深は1メルテ少々しかない。畑の用水路くらいのもので、敵を一気に押し流すほどの水量は望めない。
 「…やっぱ海だよなー…」
 「こらあ、何を遊んでおる!」
頭上から声が降ってきた。バルゴスだ。巨大化して、背にマルを乗せている。バルゴスが威嚇するように炎を吐くと、兵士たちは一歩あとすさった。
 マルが飛び降りてくる。
 「よう、病み上がりで体は大丈夫なのか」
 「心配されるほどではないわ。ふん、しかし…手加減というのは、戦いづらいものだな…全力でやったら林ごと燃やしてしまう」
少年は、赤い髪をかきあげながら林の周りを旋回しつつ威嚇しているバルゴスのほうを見やった。
 林の反対側で、光とともに鳥の群れが飛び立った。大きく旋回して、林の中に突っ込んでいく。
 「姫っちも苦労してるみたいだな…」
 「おい、見ろ」
マルが畑に降りてゆく飛空艇に気づいた。列車に突っ込んだものより大きい。地面につくか、つかないかのうちに、縄梯子が降ろされ、次々と新手の兵士たちが降りてくるのが見えた。
 「げ」
 「マジかよ、ちょっとあれムリじゃね? …ルーク! おーい、どこだよ! ルー…」
叫んだ時、バキバキバキ、と木々の折れてゆく音がして、林の中から影の巨人が立ち上がった。ジャスパーの口元から、手が落ちる。
 「おい… おい… ルーク、何やって…」
林の中から、ゴーレムがユージェニーとルークの体を抱えて飛び出してきた。
 「あっ、皆さん!」
ジャスパーたちも駆け寄る。ゴーレムは、2つの体をそっと地面に下ろすと、そのまま立ち止まった。ずずん、と巨人の足音が響く。
 「何やってんだよアイツ。さっき自分で、傷つけるなって…」
 「はい。だから、ああすると」
ユージェニーは、空を半分覆うようにして立つ、半透明な巨体を見上げた。「”勝てない”と思わせて脅しつけない限り、帰ってくれないだろうと…」
話している時、ミズハも空から戻ってきた。地面に降り立つなり、彼女は叫んだ。
 「ルー君、怪我してる!」
ゴーレムの足元に横たえられたルークの背中からは、治りつつある傷がまだ血を流している。
 「わたくシを庇って、撃たれて…。」
しゅんとなってユージェニーが耳を垂れた。
 「許せないっ」
ミズハは、きっと林の中を睨んだ。「何でそんな、酷いこと…」
 「姫っち、おちつけって。コイツなら死にゃしないし、すぐ治る…」
 「そういう問題じゃないでしょ?」
翼の白い輝きが、ひときわ大きくなった。
 「あたしたちが、あの人たちに何かしたの? どうして、こんなことされなくちゃいけないの? 傷つけたいんじゃない。ただ黙って通して欲しいだけなのに――」
パン。
 乾いた音が響いた振り返るなり、ミズハは音のした方角に鳥を放った。金属音がして、兵士が一人、木陰から転がり出す。真っ二つになった銃がてから滑り落ちた。
 「あ」
近づいてくるミズハに気づいて、兵士は腰を抜かした。
 「ま、魔女」
 「そうだよ」
少女は手をかざすと、そこに一羽の鳥を生み出した。
 「あなたたちの敵う相手じゃないから。帰りなさい。さもなければ――」
風が沸き起こる。呼応するように、影の巨人の咆哮が辺りに響き渡った。びりびりと空気がひび割れ、ユージェニーは長い耳を抑えてその場に座り込んだ。巨人は飛空艇に近付くなり、機首を掴んでプロペラを握りつぶす。乾いた銃声が何度も響き渡り、やがて、静かになる。土から生み出したゴーレムとは違い、影の巨人に物理的な攻撃は通用しない。それはミズハの生み出す鳥たちも同じだ。
 辺りには、休息に沈黙が広がりつつあった。メテオラの兵士たちが戦意を喪失しているのだ。飛空艇も潰され、帰還することは出来ない。
 まもなく、林を越えてフィオナの増援が到着した。列車に残っていた者も、林の中やその周辺に散開していた兵士たちも、全て捕らえられた。周辺はあっという間に制圧され、僅かな時間の間に形勢は逆転していた。
 国家連邦軍――フィオナ側の勝利、だった。


 脱線した列車の側には、援軍が作った野戦病院のテントが並び、銃撃戦で負傷したフィオナ側の兵士たちに応急手当をしていた。
 換えの列車が到着するまで待機するようにと言われた場所で動きまわる兵士たちを眺めていたルークたちのもとに、レイラが近づいてくる。ルークのシャツが血まみれなのに気づいて、歩調を早めた。
 「撃たれたのか。怪我は?」
 「もう治りましたよ」
言って、ルークは穴の空いたシャツを捲ってみせた。
 「そんな顔しないでください、知ってたんじゃないんですか? おれの体のことは」
 「――非常識なことは、自分の目で見るまでは信じられないものさ。」
そう言うレイラのほうも、軽傷で済んだようだ。一瞬表情を崩しかけたが、すぐに思いとどまって軍人口調になる。
 「なぜ、あんな行動に出た。兵器になるなとは言ったが、畏怖の象徴になれとも言っていない」
 「戦うなとも言いませんでしたよ」
ルークは言い返す。
 「…それに、あの威力じゃ手加減するのは難しかったです」
ぴく、とレイラの指が動いた。
 「リブレの技術、か…」
銃の威力が格段に上がっていたことは、よく分かっていた。それに、飛空艇からの砲撃の威力と精度もだ。以前、フィオナが巨人の襲撃を受けた時には、飛空艇にはまともな武器はついていなかった。この短期間で、格段に戦力が上がっている。
 「正直に言ってください。本当は、今回ここで戦力が互角であることを証明して、判断を迷ってる国を思いとどまらせることも目的だったんじゃないですか?」
 「――…。」
そのために、国境に近いこの場所を選び、わざわざ飛空艇と装甲列車などという大物同士の目立つ戦いを設定し、援軍の待機という保険までかけた。
 「君は軍事参謀の才能もあるようだな、ハーヴィ調査員」
 「色々あったんで、大人の世界ってやつが少しずつ分かるようになってきましたよ」
 「どういうことだ…?」
ジャスパーが口を挟む。
 「余たちをエサに、メテオラとやらに先制攻撃させたってことだ。」
ふん、鼻を鳴らすマル。「仕掛けざるを得ない状況を作っといてな」
 「お話中、失礼します!」
フィオナの兵が、駆け寄ってきて敬礼のポーズをとる。レイラに何か囁き、再び一礼して駆け去ってゆく。
 「…捕虜が口を割ったそうだ。ここへ来た目的は ”リブレ人の身柄の確保” と ”リブレから持ちだされた情報及び外部研究員の身柄抹消” だ、そうだよ。」
 「それは…」
 「リブレがメテオラを突いて動かした、ってことだろうね。ふふ、彼らにとっても、情報を持ちだされたのは痛手だったらしい。メテオラに借りを作りに行くとは。」
だからレイラは、最初から、セフィリーザの研究員たちとルークたちを別々の道で護送していたのだ。リブレ人とひと目で分かるユージェニーと行動を共にしているルークたちは、セフィリーザの研究員たちと間違われたのだ。
 「しかし彼らも無茶をしたものだ。君たちがここにいる可能性を知っていて、”普通の”人間に対する手段しか講じてこないとは」
 「鐘、無効化しちゃったからね」
ミズハは、まだ機嫌が悪そうだったが、少しは落ち着いてきていた。「ほかに手段がないんだと思う」
 「ああ、成る程。君たちは――無敵なのか」
レイラは、冗談とも本気ともつかないことを言って、くすくす笑う。
 「だけど今回のことで、はっきり分かりました。今の国家連邦では、メテオラに太刀打ち出来ない」
ルークの真面目な声が、彼女のその笑みをかき消した。
 「違いますか? これだけの戦力を備えて――おれたちがここに居なかったら、どうなっていたか。今、メテオラと戦争になったら結果は見えてます。国家連邦から離脱する国がこれ以上出なかったとしても…」
 「ハーヴィ調査員、言ったはずだ。君たちは兵器になってはいけないと。私は民間人の助けを借りるつもりはない」
 「民間人っつーか、制御不可能な未知の力だから――だろ?」
ジャスパーの言葉に、レイラは一瞬、動揺したような、虚をつかれたような顔になった。当のジャスパーは、ぽりぽりと頭を掻きながら、やる気なさそうに言う。
 「あー心配しなくてもいいわ、俺もともと人間じゃないし、関わる気ない。どっちかっちーと人間あんま好きじゃないから…陸の上の争い事わりとどうでもいい」
 「余だって、他国の争いごとに関わる気はないわ。さっさと力を取り戻して火の国の再建をするほうが大事だ!」
 「さすがマル様!」
バルゴスは、ふしゅーっと鼻から炎を吐いた。
 「いや、おれも同じだよ…前線に出る気なんてないし、毎回撃たれるのいい加減どうにかしたいんだけどさ。言いたいことは…戦争は極力避けたいって、それだけなんだ」
 「それは不可能だな」
淡い期待を断ち切るような、レイラの言葉。
 「戦争を拒否することが出来るのは、より大きな軍事力を持つ者だけだ。そして既に、最初の石は投じられた。どのみち、不可避だったのだ。今の我々に出来ることは、小競り合いで時間稼ぎをすることくらいだ。その間に、君たちが持ちだしてくれた情報から敵の弱点を暴くことが出来れば勝機はある」
 「……。」
ルークは、手元に視線を落とした。やはり、それしかないのか。メテオラの背後にはリブレが、リブレの背後には神王バージェスがいる。バージェスが何をしようとしているのかを突き止めることが出来れば、リブレとメテオラの間にある流れを断ち切ることは出来る。そして多分、その答えにたどり着くための鍵は、これまでの旅の中に既に存在するはずなのだ。



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