<第三章>

ィレノーザ


 リブレから脱出してきた、元セフィリーザ支部所属の学者たちの取り調べは、紛糾していた。
 学術的な内容よりは、政治的な話での問題のほうが大きく、セフィリーザとリブレの接触が何年も前に遡ることや、これまでたびたびメテオラから不正な研究資金の融資を受けていたことなど、公になれば、また大問題になりそうな話ばかりだった。レイラを始めとする国家連邦の軍人たちにとっては、そういった話のほうが重要なのだ。
 その間に、ルークは学者たちから接収された研究資料を見せてもらっていた。専門外で理解の難しいものも多かったが、辛うじて分かったことは、セフィリーザの学者たちがやろうとしていたことは、全く新しい兵器の開発だということだ。資料の内容は、飛空艇など「失われた技術」に属する研究と、黒縁眼鏡の男が言っていた精霊やコアなど「失われた伝承」に属する研究に大きく別れていて、両者を統合することで「何かが」出来上がる。その何かの正体が分からない。
 「うーん…。この世界に長時間、直接干渉することの出来ないバージェスが必要とするもの、…何だろうなあ、これ」
仮の設計図のようなものがあるが、端っこに殴り書きのような字で「セフィロト(仮)」と、ある。
 「それ書いた学者さんたちに、直接聞いてみればいいんじゃないの」
 「エレミカ参謀がもう聴取したらしいけどね。彼らも細かい話は知らないらしい。この設計図は、亡くなったセフィリーザの支部長が残したものだそうだ。最初にリブレと接触した人物だね」
部屋には、ルークとミズハの他、資料の監視を言い使っている兵士二人が入り口に立ち、二人が勝手に接収資料を持ち出したりしないよう、目を光らせている。
 「おれに分かるのは、こっちの資料くらいかな…」
 「どれ?」
ルークの手元には、几帳面な字で書き連ねられたノートがある。
 「精霊の本体であるコアと、コアだけになったものを復活させる方法――あるいはコアから別の存在を作り出す方法――それも短時間に、というの研究だ。”巨人の信奉者”がやってたことと少し似てるかもしれない。基本は、コアを埋め込んでゴーレムを作るのと同じだ。違うのは、物質ではなくアストラル体で体を作るということ…」
 「ふーん」
ルークに受け取った資料を眺めていたミズハは、ふいに意外なことを言った。
 「マル君なら出来そうだけどな、そういうの」
 「…え?」
 「だってさ、バルゴスってマル君が”創った”んでしょ? ルー君のやつも生きてるみたいに動くけど、バルゴスはお喋りして、自分で考えて動くじゃない」
カッカッカッ、と廊下を歩いてくる足音がして、部屋の扉が勢い良く開いた。
 「失礼します!」
きびきびとした敬礼とともに、軍服の男が告げる。「出発の用意が整いました。皆様全員、ご支度の準備をお願いします!」
 「出発…?」
 「ラヴィノーザへ移動していただきます。下でエレミカ参謀がお待ちです、お急ぎください。」
ずいぶん急な出発だ。とはいえ、ここでゆっくりしている時間がないのは考えるまでもない。今いるこの国は”今のところは”まだ国家連邦に所属しているが、今後はどうなるか分からない。ここはメテオラからも、リブレからも近すぎる。
 荷造りするほどの荷物もなく、階下のホールに降りてみると、既にジャスパーたちも居た。遅れて、ユージェニーがレイラに付き添われてやってきた。頭からヴェールを目深に被っている。
 「あの…、わたくシもご一緒するのですか?」
 「そうしていただけると助かる。あなたに危害を加えることはない。安心してくれたまえ」
 「……。」
ユージェニーは、不安げな瞳をレイラにむけた。
 「ヴァージニー…いえ、リブレからは、何か?」
 「特に言ってきてはいないようです。今すぐ戻りたいですか?」
彼女は、かぶりを振った。
 「――では、我々と来ていただくのがよろしいかと。」
建物の前には、ここに連れて来られた時と同じ軍用車両が何台か停まっているが、心なしか数が増えているように見える。それにさっきから武装した兵士が走り回っているし、銃だけでなく、さらに威力の高そうなものが運びだされていた。
 「…まるで戦争が始まるみたいな雰囲気ですね」
と、ルーク。
 「ほう、察しが良い。」
 「どういうことですか? まさか…」
 「先程、このイヴリース政府が国家連邦からの脱退を決定した。我々は撤退勧告に従い、速やかにこの基地から撤収せねばならない。」
淡々としたレイラの口調からは、一切の感情も、焦りも伺えない。こうなることを予測していたようだった。
 兵士たちに付き添われて、セフィリーザの研究者たちが、ぞろぞろと降りてきた。ルークたちとは別に、トラックなどに分乗させられて走り去ってゆく。
 「ああ、そういえば彼らの研究結果の閲覧を申し出ていたようだが、何か分かったかな?」
 「この短時間では、特に――。ああいうのが得意そうな知り合いに心当たりはありますが… おれだと専門外なもので」
 「ふむ、まあそうだろうな。君、目覚めたばかりの眠り王子君、体調のほうはどうだね?」
 「問題ない」
マルは、むすっとした様子で答える。「こちらは出発しなくていいのか?」
 「ええ、我々は後の便です。」
次々と、建物から人が退却していく。国家連邦からの離脱は、これで何カ国だろうか。メテオラの作ろうとしている新たな同盟と、フィオナを中心とするかつての国家連邦との勢力圏は、今や大陸の東西を二分する形になりつつある…はずだ。
 そんなルークの不安に気づいたのか、レイラは薄く笑みを浮かべた。
 「――血を流すことを忘れると、人は突然不安になる。”百年の平和”は、長すぎたのかもしれないな。」

 レイラを含む一行が建物を離れたのは、あらかたの人々が撤収し終わった後。前後に護衛らしき車がついただけで、先に出て行った車とは明らかに別方向に向かっている。走りだしてから一度も市街地を通らず、窓の外には延々と森が続く。
 そして休みなく一昼夜も走った頃だろうか、車列は突然、線路脇の道に出た。大陸横断鉄道の線路に違いない。セフィリーザの研究者たちを載せて出た先発隊の姿は何処にもない。合流するつもりもないようだった。
 (別行動…? 何故…)
そもそもが、ルークたちの乗った軍用車からして、銃撃戦でも想定したような作りだ。いつか乗った、カーネイアス家の車と雰囲気が似ていなくもない。
 「不安そうだね」
 「いえ――」
ルークは、居住まいを正した。だが、レイラはすぐ向かいにいる。隠しても、しきりと周囲を見回しているのは既にバレバレだ。レイラは懐中時計を取り出し、銀盤を針を見た。
 「ふむ。時刻通りか」
 「時刻?」
 「来たぞ」
線路の向かい側に、一つの光が見えた。もくもくと煙を上げながら、それは線路の上を一直線に、こちらへ向かってくる。
 ――列車だ。
 この先の駅は、既にメテオラの勢力圏のはずなのに。

 前をゆく軍用車の屋根に、兵士が登った。さっと旗を掲げ、何か手旗信号で合図している。汽笛を鳴らし、列車はそれに答えた。車列が止まった。黒々とした列車の車体は、軋むブレーキ音とともにゆっくりと真横に停止する。
 軍服を来た男が、列車から飛び降り、車を降りたレイラに無言に敬礼をした。
 「ご苦労」
レイラは、車内を振り返り、ルークたちに降りるよう目で促す。ここからは鉄道の旅、ということだ。ルークは、ちらと列車の上部に目をやった。列車には今までにも何度か乗ってきたが、今回のような車体は初めてだ。明らかに客用車両ではない。
 (これから、何が起こるんだ? あの人は一体――)
ルークは、部下らしい兵士と話しているレイラの端正な横顔を見つめた。これだけのものを持ち出せるのだ、この女性は、中途半端な立場ではないはず。

 列車が動き出す。
 ルークたちは、広めのコンパートメントに案内されていた。レイラも一緒だ。というより、この撤退が始まってから、彼女はほとんど席をはずさなかった。意図してそうしているのだということは分かっていた。
 ――見張られているのだ。多分。
 「何を警戒しているんですか?」
列車が走りだして半刻ほど経っただろうか。ルークは、思い切って口を開いた。
 「どういうつもりなんですか? この列車の装甲、それに屋根のアレは――対戦車砲ってやつじゃないんですか?」
 「おや、よく気がついていたね」
ミズハたちのお喋りのほうに注意をむけていたレイラは、口元に笑みを浮かべて振り返った。
 「気が付きますよ、それは。 …巨人との戦いの時に見てますから。」
 「なるほどね。」
 「それに… 列車に乗る時にちらっと見えたんですが、他にも軍備が…。まるで途中で戦闘があることを想定しているみたいですね。いくらメテオ勢力圏との境界線上だからって重装備すぎる」
レイラは、ゆったりとした動作で足を組み直した。
 「未開地学者らしい観察眼、というところかな。だがその問いには答えられない。軍事上の機密というやつだ」
 「軍事――って…」
 「いいかね、諸君。」
ひときわ大きなレイラのよく通る声に、ミズハたちも振り返る。
 「言っておくが、ここでは諸君らは全員、”民間人”である。非軍人である君たちは、いかなる場合でも戦闘に加わることは許されない」
 「え…?」
 「おいおい、いきなり何言い出して…」
 「いかなる場合でも、だ。命令違反に例外は認めない。ここでの指揮官は私である」
列車が僅かに揺れた。
 ブーツを履いた足が金属の上を走る足音。入り口のドアが荒っぽく三度ノックされた。
 「どうぞ」
 「「はっ、失礼します!」
軍人が一人、入り口で直立不動の格好をとり、早口に述べる。「最後部より伝令! 敵船影2、上空に出現とのこと! 本列車はシャナン駅手前35ケルテ地点であります!」
 「来たか」
レイラは立ち上がった。
 「シャナン以東ヴィレノーザまでの列車運行は休止しているか?」
 「はっ。今朝のうちに全て、運休手配となっております」
 「船影と速度は? どこでこちらに追いつく」
 「おそらくは、駅通過直後かと…」
 「よろしい。では本列車は速度を上げ、シャナン通過後10キロ地点から迎撃を開始する。総員、戦闘準備!」
 「了解しました!」
踵を返した軍人が部屋を出て行くとともに、警報のような音が車内に響き渡る。バタバタと人の走り回る音、屋根の上から響く金属音。ミズハとジャスパーは腰を浮かし、マルは窓に駆け寄る。
 「敵って、どこだ。何処に居るんだ」
 「何が始まるの?」」
 「おいおい… これってまさか…」
ヴァージニーは、ぎゅっと両手で膝のあたりを掴んだ。
 「飛空艇、…なんですか?」
 「ええ、そうですね」
レイラはそっけない。「貴方方リブレ人が技術提供したおかげで、今や空は完全にメテオラの”庭”だ。」
 「来ると分かってて、武装を? どうして――」
 「その答えを、君は既に知っているはずだよ。ハーヴィ君」
ルークは、奥歯を噛んだ。
 ”君は、国家連邦とはどのような組織だと認識している?”
あの問いかけの時点で、理解しておくべきだった。人の世界の戦いは彼らの領域であるということ。相手は”冥王”でも”神王”でもない。国家であり、兵士であり、人間なのだ。
 列車は速度を上げ、走り続ける。前方に町が見え始める頃、西から追ってくる飛空艇の姿は、はっきりと窓の外に捕らえられるようになっていた。閉鎖された駅をほぼスピードを落とすことなく走りぬけ、そのまま草原へと突入する。町から10ケルテ、それは町に損害を出さず、人を極力巻き込まないために必要な距離だ。
 部屋には頻繁に伝令が駆け込んでくる。次々と上がってくる報告を受け取り、レイラは淡々と命を下していた。窓から外の様子を伺うルークの視界には、高速で過ぎてゆく木々や畑が写っている。列車の速度も相当なものだが、じりじりと距離を詰めてくる飛空艇の速度も大したものだ。
 低いエンジン音のような音が近づいてくる。
 「エレミカ参謀!」
 「こちらからは攻撃するな。砲準備! 接触されそうになったら応戦! 速度落とせ。次の町まで残りどのくらいだ?」
 「およそ80ケルテです!」
 「ではその間で決着をつけるぞ。本部打電! これより状況を開始する」
 「了解!」
窓の外に、閃光が走る。
 「きゃあ!」
車体に激しい横揺れが襲いかかってきた。列車の後部近くで何かが爆発したようだ。ユージェニーは悲鳴とともにソファにへたり込む。
 「…始まったか」
レイラは唇を噛む。
 「おのれ! ふざけた真似を――」
 「動くな!」
部屋から飛び出そうとしたマルとバルゴスの前に、レイラが立ちふさがる。
 「手を出すなと言ったはずだ。」
 「しかし!」
 「シャナン以東は国家連邦に所属する国家と都市群であり、これはこれはメテオラ政府による国家連邦に対する明確な敵対行動である。諸君ら民間人は偶然巻き込まれたに過ぎない。」
カツ、と革ブーツが音をたてる。
 「この戦いは、我々軍人のものだ。」
 「――そうか」
ルークは、はっとして立ち上がった。
 「向こうから攻撃してきた、という実績が欲しかったんだ、あなたは…。そのために、この列車を用意した…」
二発目の閃光。列車側のどこか天井の上から、応戦するような銃撃音が響く。始まった。レイラは、否定も肯定もしない。
 「開戦を避けられないなら、いつ爆発するか分からない火種は早めに炎上してもらうほうが御しやすい」
 「何の話ですか」
 「容易く制圧できる戦力では、あの虎の子の飛空艇は出してくれまい。経路の不明な手段では、これほど目立つ方法で攻撃してくることは出来ない。装甲列車での逃走ならば、線路上の任意の場所で応戦できる」
 「俺たちは餌ってことかよ」
ジャスパーは、むっとした口調になる。
 「あるいは、セフィリーザの面々が持ちだした資料の証拠隠滅か――この強引な仕掛けからして、そちらのリブレのお嬢さんかもしれませんがね」
 「……。」
ユージェニーは俯いたままだ。
 「兄はきっと、わたくシを許してはくださらない」
 「大丈夫。あたしたちが守るから! ね。」
ミズハはユージェニーの手をとり、レイラに向かって言った。「自分たちの身を守るのは、勝手にやるからね。」
 「無論、自己防衛権は認めよう。こちらも、そのほうが動きやすいので。」
列車全体が、ずずっと揺れた。
 「失礼します!」
伝令が駆け込んできた。「一隻が体当たりを…!」言い終わらないうちに、車体が大きく揺れ、どこかで窓ガラスの割れる音がした。甲高く軋む金属音。火花が窓の外に飛び散り、風景が揺れる。次の瞬間、床が大きく跳ね上がり、室内にいた全員が吹き飛ばされた。
 激しい上下の揺れとともに、列車は土埃の中に突っ込んで停止した。
 「ったたた… なんだよ、これ…」
 「マル様! ご無事ですか」
 「無事だが無事じゃない…」
ルークも、ぶつけた肩をさすりながら起き上がる。さっきの衝撃からして、列車が脱線したようだ。すぐ近くで、レイラもほぼ同時に起き上がった。
 「…やってくれる。一隻捨て駒にして力づくか。このために二隻持ってきたというわけだな」
ばたばたと足音が響く。どこかで銃撃戦が始まっているようだ。レイラも腰のホルダーから銃を引き抜いた。
 「いいな。君たちは絶対に手を出すな。」
 「でも…」
 「何度も言わせるな。君たちは”兵器”になるべきではない!」
突き刺さるような言葉が、全員の動きを止めた。一瞬、ルークとレイラの視線が絡み合う。
 「これは”人”と”人”の戦争、人の力をもってして戦うのが道理。人殺しに力を使えば、君たちの存在は汚れたものとなる、違うか?」
すぐ近くで銃声。素早くドアの側に背をつけたレイラは、銃を構えながら用心深く外の様子を伺った。小型の飛空艇が突っ込んだのは列車の先頭付近で、墜落直前に乗り移ってきた飛空艇の搭乗兵と列車側の兵とが交戦状態になっているのだ。もう一隻の飛空艇は上空から砲撃しつつ、様子を伺っている。
 レイラは懐中時計を取り出した。次の街までは、あと30ケルテ。増援が到着するまで、小一時間はかかる。先頭の機関車両を潰された以上、脱線した車両を捨てて逃げるわけにもいかない。
 状況を確認するため隣の車両に移ろうとした彼女は、向かいからやってくる数名の兵に気づいて、とっさに物陰に身を隠した。耳元の壁を銃弾がえぐる。一瞬遅かったら、顔ごと撃ちぬかれていた。応戦しつつ、後退するしか無い。こんなところまで侵入されているということは、ここより前列の列車は既に制圧されたということ。銃の威力がこちらのものとは桁違いなのだ。リブレからの技術提供が飛空艇だけだとは思っていなかったが、本格的な武装まで手を出しているとは――。
 脳裏に、さっき見たルークの視線が浮かんだ。レイラの口元に笑みが浮かぶ。
 「ふ。私とて、そう信心深いほうではないのだがな…」
なぜ、あんなことまで口走ったのか――。

 パン、と後方車両で乾いた音がした。
 「こっち! 急いで」
 「わー、にげろー、わー。…って、こんな感じでいいのか…」
 「フハハ、愚かな人間ども! 余をいつまでも閉じ込めておけると思うなー」
 「――なっ?!」
元の車両に戻ってみると、そこはもぬけの殻。窓ガラスが叩き割られ、平原を駆けてゆく五人の後ろ姿がある。
 「君たち… どこへ!」
ルークが振り返って、叫んだ。
 「すいません! おれたち、やっぱり――」
頭上に低いエンジン音が近づいて、影が落ちた。はっとして、レイラは窓枠を引き上げて身を乗り出た。上空を旋回していたほうの飛空艇が、列車から逃走した五人に狙いを定めて追いかけようとしている。
 「囮のつもりか。――くっ」
戦況が不利と見て、敵を引きつけるつもりだ。レイラは懐中時計を取り出す。援軍が到着するまで、予測ではあと半刻。ここで彼らを見失うわけにはいかない。


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