<第三章>

象の水平線


 状況の変化は、予想よりも早く起きた。
 救援―― と称する一団が村を訪れたのは、飛空艇の墜落から二日目のことだ。けが人を抱えた大世帯で移動する足もなく、連絡をとる手段もなく途方に暮れていたルークたちのもとへ、軍服に身を包んだその人々は、「フォルティーザ支部長の代理」を名乗って現われた。武装した兵を含むその一団の乗り付けた軍用車の先頭には、国家連邦の旗が掲げられていた。

 車に乗せられ、連れて行かれたのは、どこかの館だった。入り口から検問があり、前庭は乗ってきたものと同じような軍用車が並び、巡回の兵が建物の周りに並んでいる。国家連邦の旗とともに翻る旗は見覚がある気がしたが、どこのものなのかまでは思い出せない。
 到着してすぐ、ルークだけが別室に通された。会ってもらいたい人がいるのだという。
 待つことしばし。
 「失礼します!」
ドアの向こうで、威勢のよい軍人の声がした。ドアを開け、上官と思しき女性を中に通すと、ビシッと敬礼し、そのままドアの外に待機する。
 ルークは、ソファから立ち上がった。現われたのは、端正な顔立ちをした色白の女性。短く刈り込んだ金髪が暗い色の軍服に映え、知的な雰囲気を引き立てている。
 怪訝そうな視線に気づいてか、女性は口元をゆるめ、自ら先に椅子に腰を下ろした。
 「楽にしてくれたまえ。君たちのことはよく分かっている。少し話がしたくてね」
 「あなたが、おれたちをここへ? ヴィレノーザの駅で封筒を押し付けていったのは…あなたたちは、いつからおれたちを監視して?」
 「まあ、そう焦らないでくれ。こちらからも聞きたいことがある、ルーク・ハーヴィ。私はレイラ・エレミカ。先日、君の後見人にも会ってきたよ」
長い足を組み、レイラは話を続ける。
 「まず君たちが知りたいだろうことを先に言っておこう。ここはイヴリースという山間部の国だ。国家連邦所属。今のところはまだ、と言うべきだが。メテオラからの連邦離脱の脅しは受けているものの、いまだ回答保留の状態で時間稼ぎをしている。」
ルークは、ソファに腰をおろした。この女性がただの軍人ではないことは、身のこなしや雰囲気で分かる。それに、ジョルジュに会っているというのは。
 「いかにも、君のポケットに資料をねじ込んだり、身代わりを用意したりしたのは私だ。どうしても、我々だけではリブレの硬い門戸をこじ開けられそうになかったのでね」
 「では、あの資料は、国家連邦が――? どうして、そんなことを…」
レイラは、ふっと笑った。
 「君は、国家連邦とはどのような組織だと認識している?」
 「え? えーと、…”大陸におけるおよそ二十の国を統括し、代表者たちの議会を開催し合意したのち、それを持って国際法と成す司法組織であり、また――”」
 「”互いの間に存在する脅威に対し積極的にこれを排除し、相互の恒久的平和のために務めるために存在する。” …分かるかな。”積極的にこれを排除し”とは、どういう意味なのか」
ルークがとっさに答えられずに考えこんでいるのを見て、彼女は続けた。
 「脅威のありかを常に探り、平和を乱す根源となりそうなものの芽を早急に摘むこともまた、我々の仕事ということだ。」
 「スパイってことですか?」
 「言い方は様々だろうが、情報収集は、”協会”の専売特許ではない。”協会”は、未知なるもの、記録から失われてしまったか、新たに記録されるべきものを探るために作られた。我々は逆に、今あるごく当たり前のものを常に観測し続けている。現在、この大陸に存在する各国の情勢も、その一つだ。」
 「…何となくは分かります。今回の一件で、メテオラが飛空艇を持ちだしてきたことは、国家連邦の管轄だってことですよね」
レイラは足を組み替え、じっとルークを見た。
 「ふむ。資料はひと通り確認していたが、実物を前にすると、やはり驚嘆に値するな」
 「驚嘆?」
 「君が人間にそっくりだ、ということだよ。」
ルークが眉を寄せたのを見て、レイラは笑いながら首を振った。
 「はは、そんな顔をしないでくれたまえ。私は、ハリールードという男のほうには逢ったことがなくてね。巨人が人間社会にまぎれて長年暮らしていたという話を聞いた時は、どうやって擬態するのかと不思議に思っていたのだが」
 「…ジョルジュさんに逢ったのも、それが理由ですか」
 「いいや、仕事の話さ。ただ私は、自分の目で確かめたものを最も信用する。可能な限りは極力そのようにする主義でね。君の育ての親、君の職場、育った町――見せてもらったよ」
 「何のために?」
それには答えずに、レイラは上着のポケットから、小さな箱を取り出した。一見、宝石でも入っていそうに見えるそれは、底の部分に、どこか見覚えのある形のつまみとネジがついている。ぱくっと開くと、中には緑色の石が鏡のようにはめ込まれていた。
 「通信機? でも――」
 「これは、特殊な型でね。一般に出回っているものより出力を上げて、波長も変えてある。非常事態ゆえ、特別にフォルティーザにも一つ進呈してきた」
つまみをひねると、装置から流れだしたノイズが一瞬、大きくなり、やがて波が退くように小さくなってゆく。
 「軍用緊急回線を開放する。こちらはエレミカだ。応答者」
 『はい、ヴィレノーザ国家連邦本部、こちらウィルフレッド』
 『こちら協会本部。審査会副議長のシャノンです』
 『協会フォルティーザ支部です。すいません、支部長が不在なので… 代理の秘書です』
 「アネットさん!」
ルークは思わずテーブルの上に身を乗り出し、レイラに制される。通信機の向こうで、アネットが何か言う、小さな声が聞こえた。
 「今のがハーヴィ調査員だ。協会フォルティーザ支部、アミテージ支部長はどうした?」
 『会議中ですが――すぐ戻ります。あっ、今帰ってきました』
ばたばたと音がして、通信機から流れ出す声が変わった。
 『失礼しました。協会フォルティーザ支部、アミテージです』
 「よろしい、揃ったな。ではハーヴィ調査員、君の話を聞かせてもらおう」
 「…え?」
 「リブレで得た情報を聞かせてもらいたい。後で他の面々にも個別に聴くつもりだが、あの中で正式な”協会”の所属員は、君だけだ。その努めとして、報告義務を果たして貰いたい。」
ルークは、浮かせていた腰をソファの上に落とした。そう、”協会”に所属する未開地学者、研究員には、調査過程で得た内容の定期的な報告義務がある。いつも調査航海から帰った時は、報告書を支部経由で本部にあげていた。そして、中でもとりわけ緊急性の高い情報は、定期連絡時に速やかに公開することが義務づけられている。――
 「リブレは…、思っていたより人口の少ない町でした。見かけたリブレ人の数はごく限られていて、ただ、暮らしぶりはとても豊かに見えました。神魔戦争時代より前の情報を持っているといっても、町並みは外とそれほど大きく変わりません。ただ、”ガーディアン”と呼ばれる人工的な生命体を多数保持していて…他には、今回脱出に使った飛空艇を含めて数隻の飛空艇を…」
淡々と報告しながら、ルークは、回線の向こうにいるジョルジュたち協会の人々のことを考えていた。この報告で、自分は無事だということが伝わるだろうか。
 「…の件については、一緒に脱出してきた、セフィリーザの研究員たちに聞いてください。あと、脱出を手伝ってくれて、負傷したリブレ人が同行しています。彼女とは、まだきちんと話を出来ていない。」
 『リブレ人だと?』
反応したのは、ヴィレノーザ国家連邦本部の声だ。
 『リブレ人か外へ出てきたのか? 確かなのか、エレミア』
 「そのようですね」
レイラは、指先で膝を叩きながら答える。
 「女性が一人。ハーヴィ調査員との信頼関係によって、こちらがわに来てくれたもののようです。聞き取り調査については引き続き彼に任せるつもりです。聞き取り内容については、追ってご報告とさせていただきます。」
 『よろしく頼む』
 「続いて、セフィリーザ支部の研究員についての処遇ですが、いかがなさいますか? 彼らは一度、メテオラに亡命していますが、現在は国家連邦への復帰を希望しています」
 『当面は監視つきで、聞き取り調査を行ってくれたまえ。今のところ、メテオラから身柄引き渡し要求は出ていない』
 「了解しました。」
回線が切れる音。レイラは、通信機を見つめているルークの視線に気づいて、口元に笑みを浮かべ、腰を浮かせた。
 「さて、公用は済んだ。私は少し所要で席を外す。あとは君たちで必要な話をしたまえ。」
 「え…」
 「フォルティーザの回線は、まだ繋がっているよ。」
意味ありげに目配せしてみせると、レイラは部屋の外へ出て行った。
 ルークは、目の前の小箱を見つめた。魔石の緑色の輝きは、時折虹色に変化する。
 「…あの、ジョルジュさん、聞こえますか」
慣れない魔石の色に、本当に繋がっているのか、不安になる。
 『聞こえていますよ、ルーク。どうしました』
 「アネットさんもそこにいるんですよね? マルが、…あいつ目を覚まさなくなってしまって」
 『何があったんです?』
 「鐘の音です。前にフォルテにリブレ人が来た時、ハンドベルのようなものを振って”白い森”を動かしたじゃないですか。あれが立てる音でおかしくなって」
墜落した飛空艇から脱出して、まる二日以上、マルドルゥインは目を覚まさなかった。呼びかけにも反応がなく、バルゴスともども、死んだように眠り続けている。ユージェニーにも原因は分からず、あれから何度か同じ様に鐘を鳴らして呼びかけてみたのだが、どうやっても反応はなかった。
 「すいません…」
 『あなたが謝ることではないですよ。それに、なぜ我々に謝るのですか?』
 「だって、あいつ、アネットさんとこのリーザと仲良くしてたから」
リーザは、お兄ちゃん、と呼んでずいぶん懐いていた。マルもまんざらではない様子で、まるで本当に仲の良い兄妹のようだとアネットは喜んでいた。そうして、人の暮らし、町の日常に馴染み始めていた矢先だったのに。
 『まだ、打つ手がないと決まったわけではないのでしょう』
 「……。」
 『落ち着いて、あなたなら出来るはずです。今までだって何とかなってきたではありませんか。必要があれば、カーリーやドン・コローネにも支援をお願いしてみます。一人で悩まないことですよ、ルーク。』
 「そうですね。…すいません」
話しているうちに、話したいことは次々に溢れてきた。聞きたいことも沢山あった。国家連邦のこと、あのエレミカという女性のこと。今の世界情勢や、ラヴィノーザ支部の人たちのこと。
 だがルークは、それらを全て飲み込んだ。町に戻ってから聞けばいいことだ。その時は、誰一人欠けていてはならない。
 「必ずフォルテに戻ります。時間はかかるかもしれませんが――」
 『待っていますよ。』
穏やかな声の向こうに、日差しにきらめくフォルティーザの港町があった。

 レイラが戻ってきた。テーブルの上の通信機に蓋が閉じられているのを見て、ちらとルークを見、それを手に取る。
 「話は終わったのかな。」
 「ええ。おれも、もう行っていいでしょうか」
 「どうぞ。当面の君の任務は完了だ。カーネイアス嬢と君の”従兄弟”君は、眠り王子の付き添いをしているよ。案内させよう」
ルークが出て行ってしまうと、レイラは一度ポケットに収めた通信機を取り出し、底板をそっと剥がした。箱は二重底になっていた。中に仕込まれていたのは、小型の録音機だ。それを取り外し、耳に当て―― しばらく聞いていたのち、彼女は小声で笑い出した。
 「――巨人の片割れ、か。怪物だとすれば、私などより、よっぽど人間らしい怪物だな。」
録音機をしまい、箱の底を元に戻してから、彼女は再びネジを巻いた。
 「こちらはエレミカ。参謀本部、応答せよ」
ノイズとともに、応答の声がする。
 「大至急、特別列車の手配を頼む。そうだ、…その兵装で頼む。頼んだぞ」
通信しながら、レイラは窓の外に広がる薄雲のかかる空を見上げていた。



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