町フォルティーザ


 ルークからひと通りの資料を受け取って、調査担当者は目を輝かせ、よだれをたらさんばかりだった。
 「すごい、性格な測量地図に写真、それに岩盤のサンプル! ああ…なんて美しい…」
 「落ち着きなさい、アル。サンプルは逃げたりしませんよ」
ジョルジュは、部下をたしなめる。
 「だって、伝説のあの大岩の資料ですよ! この二十年、誰ひとり挑むことも出来なかったのに…」
アーノルド・ウォーレンは、ルークとそう年の変わらない若い研究者だ。専門は、鉱物の分析。無類の石マニアとして有名だ。外見は赤毛にそばかす、灰色の目はいつも分厚い眼鏡の奥に隠れていて、眠っているのか起きているのかよく分からない。しかし興味を持った何かに食らいつくときは脅威の集中力を見せ、数日眠らなくても平気なくらい熱中する。いま彼が興奮している対象は、ルークが採取してきた島の砂の瓶詰め。正確には、砂そのものはまだ検疫中で、彼が手にしているのは、その写真なのだが。持ち帰る時、アーノルドなら気に入るだろうと思ってはいたのだが予想していた以上の喜びようだ。
 「これ、本当にあの”霧の巣”のかけらなんだよね? ね?」
 「ああ、そのはず。上空からぱらぱら落ちてきてた破片と一緒だし、それが降り積もって島になったみたいだから。」
 「うおーーー」
雄叫びに、部屋の前を通りかかった人が何事かと覗きこむ。ルークは手で耳を抑えながら首を振った。
 「…この分だと、また倒れるまで調査してそうですねえ。」
苦笑しながら、ジョルジュは、腕時計に目をやった。
 「さて。あとは彼に任せるとして、そろそろお嬢さんのほうも支度が整うはずですね。我々は迎えに行くとしましょうか。アネットと落ち合うことになっています」
 「落ち合う?」
 「ええ、検疫所に。」
そういえば、ミズハはアネットに連れられて検疫所へ行ったはずだった。未開地から持ち込まれたものは、生物であれ、非生物であれ、そこでいったん検査を受け、安全と見なされてから調査に回される。さっきアーノルドに渡したものがサンプルの写真だったのも、そういうわけだ。
 検疫所は、支部の陸側、搬入口のすぐ近くにある。いかにも清潔といった雰囲気の真っ白な建物で、未知の病原体や外来生物が漏れることを防ぐため、出入り口はすべて三重の扉になっている。出入りの際、減圧室を通らされるのが少し面倒くさい。
 消毒の儀式を経て中に入っていくと、ちょうどロビーで、アネットとミズハが談笑しているところだった。ルークに気づいて、ミズハがぴょんと立ち上がった。
 「ルー君!」
少し落ち着いた色合いのワンピーススカートに、年頃の女の子が着るような袖にプリーツの入ったブラウス。白いリボンで髪を結んでいる。島の服を町の服に着替えたミズハは、ますます、見た目だけならごく普通にいる少女のようだ。アネットの様子からして、ミズハは島の調子で飛び回りはしなかったようだ。ルークは、ほっとして胸をなでおろした。
 「どうですか? うちの妹のお古なんですかけど。似合います?」
と、アネット。
 「なかなかいいじゃないですか、アネットさん。ご苦労様です。さて、彼女はもう連れ出しても問題ないでしょうか?」
 「ええ、簡易検査は終了しました。ただ、仮の滞在許可が手続き中ですので、もうしばらく敷地内から出ないようにお願いします」
ジョルジュは頷いて、ルークのほうに向き直った。
 「そういうことのようです。ルーク、彼女のエスコートはお任せしますよ」
 「敷地内で待ってればいいんですね」
 「ええ。遅くても、夕刻までには許可証が発行されるはずですから」
多忙な支部長を、これ以上独占するわけにもいかなかった。ルークが礼を言うと、ジョルジュとアネットは足早にその場を去っていった。
 ミズハは、新しい服に興味津々のようだ。
 「ねえ、これって何でできてるのかな? 樹の皮とかじゃないよね」
 「それは―― うーん、植物の繊維なのには違いないと思う。検査って、何かされた?」
 「背の高さとか、体の重さとか量るって言ってたかな。面白いの、魚の重さならともかく、あたしの重さなんて、どうするんだろ。ねえ?」
ルークは、苦笑した。だが、本当に簡易検査しかしていないのだ。それだけ彼女がごく自然に振る舞っているせいなのだろうが、隠し事をしているようで、ルークは少し心が傷んだ。事前に少し変わったところもある、とは報告しておいたが、…いったいどのタイミングで、どう説明すればいいのだろう。
 そんなルークの悩みなど知らず、ミズハは初めて見る世界に大はしゃぎだ。
 「ねえねえ、あれは? あっちにある建物って何? 見に行ってもいい?」
 「騒ぎすぎだぞ」
 「だって面白いんだもの。あ、あの動物、何だろう!」
 「こら、走るなって――」
旅の疲れを癒す暇もなく、夕方までは、気の抜けない時間が続きそうだった。


 「――で?」
窓の向こう、走り去っていく少女を追いかけるルークの姿を見送りながら、ジョルジュは眼鏡を押し上げた。
 「調書のとおりです。身体機能、外見上の特徴、及び知性については一般的な人間そのもの。特に変わった点はありません」
答えているのは秘書のアネット。二人の間の机には、服を着替えさせる際に行った身体検査の内容が記録されている。強いて言えば、視力・聴力は並の人間よりは上。おそらく、身体能力は平均よりやや高め。しかしそれも、絶海の孤島で生まれ育ったなら不思議はない程度の差異だった。
 「彼女はハロルドの娘で間違いないでしょうか」
 「遺伝子解析の結果をもって裏付けをとりますが、ハロルド本人がそう主張し、よろしくと言ってきている以上は、そう考えるべきでしょう。また簡易検査の特徴からしても、血液反応からみても、肉体上は人間です」
ジョルジュは、ため息をついてアネットにも聞こえないよう小さく呟いた。
 「…同じですね。あの時と」
短時間ではあったが、ルークの持ち帰った資料の解析報告は随時上がってくる。ハロルドがルークに託して寄越したものは、島の正確な測量地図と植生、航海日誌の一部、"霧の巣"の観察記録、雲や風の流れなど多岐に及ぶ。しかしその中に、島の住人に関する記録は見つけられていない。
 入れ忘れたとは考えにくかった。またルークの報告からも、島の住人について何も聞かされていないのが、引っかかっていた。父親がハロルドだとしても、母親は…。
 未知なる島から連れてこられた少女。自らは帰還せず、娘だけを寄越したハロルドの意図は掴みかねた。何も意図がない、とは考えていなかった。ハロルド・カーネイアスのイタズラ好きな、そして常人の想像の域を超えた性質を、ジョルジュ・アミテージは知りすぎるほど知っていた。
 「彼らから目を離さないで下さい。危険はないと思いますが、潜在的な脅威とならないことを祈っています」
 「分かりました。」
アネットが出ていき、後ろで静かに扉が閉まる。ジョルジュは口元をキツく結んだまま、まだ窓の外を見ていた。
 何かを思っているらしい男の手元には、ルークが持ち帰った、古びた通信機があった。


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