ィレノーザ攻防


 爆音の後、一瞬意識が途切れていたらしい。

 ルークは頭を振って体を起こした。ぱちぱちと火のはぜる音、周囲を包む熱気と煙。西棟まで来たところで爆発に巻き込まれ、天井もろとも吹っとばされたのだ。ゴーレムが庇ってくれなければ、どうなっていたか。
 「あいつら…無茶するよ…。」
膝に力を込めると、微かな痛みが背中に走った。ルークは苦笑する。まったく、今日一日で何度死にかけていることか。普通の人間なら、人生を三回は終了している。
 爆風をまともに受けたゴーレムは足元で半壊し、土くれと化している。そこには、宿した仮初の生命の気配はない。本体が形を無くすと、中に封じ込めたアストラル体が開放されてしまうらしい。ルークは、炎に包まれた廊下の向こうを見やった。ここに土はない。生身で突っ切るしかないようだ。
 煙を吸い込まないよう上着の袖口に口を当てて、彼は走りだす。時々燃えながら落ちてくる天井を避けながら。西棟は研究に使われている建物で、貴重なサンプルやこれまでの調査記録が保管されているはずだ。それらのうち最も貴重なものは地下の金庫室に保管されているはずだから、火事や地震で失われることは無いはずだが、表に出されていた調査中のサンプルや機材の大半は失われてしまうだろう。この爆発は、ルークを狙ったというよりも証拠隠滅のつもりなのかもしれない。”巨人の信奉者”に関する調査資料は、今まさにここで解析中だったはず。
 行く手に、誰かが倒れているのが見えた。
 「あれは…」
瓦礫に半ば体を埋め、頭から血を流している。
 「ジョルジュさん!」
駆け寄ってルークは、その男を助け起こした。大丈夫、まだ息はある。
 「しっかりしてください。今、瓦礫を」
火の廻りが早い。煙は風で流れているが、早く建物を離れないと危険だ。
 ジョルジュは、まだ朦朧としたままだ。ルークは、肩にジョルジュの腕を回して出口を目指す。
 「…ルーク? どうして、ここに…」
 「それはこっちのセリフですよ。一緒に大会議室に捕まってるかと思ったのに」
 「大会議室――? 私は…直前に―― 資料が気になって…ここへ…。」
よろけて倒れそうになるのを、必死で支える。
 「とにかく、外へ」
額に手を当てながら、ジョルジョはぼんやりとルークを眺めている。
 「…その、上着は…彼の…。」
呟く。
 「そう…か。思い出したんですね…、すべて…」
 「全てってわけじゃ」
 「…それなのに私を助けるつもりですか。どこまでも人のいいことだ。あなたは… 知ってるはずなのに…私が」
 「もうすぐ出口です。話は後で」
 「私があなたを殺したことを…」
一瞬、ルークの足が止まった。外へと続く壁の裂け目が目の前にある。背後には、燃え盛る炎が。
 だが、彼は迷わなかった。
 「捕まって」
ゆっくりと裂け目をくぐり、ジョルジュの長身を外へ引っ張りだす。
 ここは、町から見える本体の建物のすぐ裏手。棟と棟の間の中庭のはずだ。整然とした植え込みのある庭の中心に噴水と、ベンチを並べた円があり、そこから放射状に小道が伸びる。
 ルークは何とかジョルジュをベンチに寝かせ、噴水の水で濡らしたハンカチを額の傷口にのせた。燃え盛る西棟の火は、間もなく、隣接する南棟に達する。消防車の音はしない。当たり前だ。町の住人はみな避難し、城壁は戦闘中。指揮をとるべき人々は囚われている。
 「…ルーク」
火事を見上げていたルークが振り返る。ジョルジュは、ようやく意識がはっきりしてきたように見えた。
 「あなたは、本当にルークなんですよね」
 「当たり前ですよ」
行ってから、ルークは問われている意味に気づき、ちょっとためらった。
 「…過去の自分のことも、一部は知っています。でも、それとは別物です」
 「何があったのか、聞かないのですか」
ハンカチに手をやりながら、男は体を起こす。いつもの灰色のコートは、埃と血で赤黒く汚れていた。「十七年前のあの日」
 「……。」
ルークは、答えなかった。答えられなかったからだ。ジョルジュが背負ってきた何か、それを聞いておくべきなのか。それとも、知らないままのほうが幸せなのか。
 「私はあなたが恐ろしかった」
迷っている間に、ジョルジュは、ぽつり、ぽつりと話し始めていた。
 「グレイスとの航海で、あなたと出会ったのは三十年近く前になります。――私たちは若かった。私にとってグレイスは、師匠であり、憧れであり、――」
炎が照らし出す誰もいない中庭に、二人の影は何度も向きを変えながら不安定に揺れる。
 「形は人であっても、その力が普通ではないことは、当初から分かっていました。そして感情も抑揚もなく、まるで人形のようだった。私は何度も、正直に報告して本部の管轄下におくべきだと説得したのですが、グレイスは頑として受け入れず、あなたを人間として暮らさせるのだと言い張った。人としての感情や、思考や、その他のこと…一つずつ覚えてゆくたびに、グレイスは我が子のことのように大喜びをした。私は怖かったのです。いずれ、彼女を取られてしまうのではないかと。人の形だけをした、得体のしれない生き物に。――だから、私は…」
ジョルジュは、顔を覆った。
 「あんな言葉に耳を貸すべきではなかった。私は、取り返しの付かないことを…」
パン、と乾いた音。言葉が遮られ、そして――
 ゆっくりと、男の体がベンチの後ろへ崩れ落ちる。動きは緩慢で、ルークの目にはまるでスローモーションのように見えていた。
 振り返るとそこに、ハリールードが、やれやれという顔をして立っている。
 「お前…」
後ろには、影の巨人。そして銃を構えた、金の腕輪の男。銃口からは、一筋の細い白い煙が立ち上っている。
 「喋りすぎだぞ、アミテージ。黙って死んでいればいいものを」
男は、くっくっと笑いながら一歩、進み出る。
 「もっとも、そいつは勘違いをしているのだがな。私は、”コア”を取り戻すための手伝いをその男にさせただけだ。そいつがやったことは、お前をおびき出し、身動き取れなくするだけだった。たかが人間に、この私の一部が殺せるものか」
ルークは唇を噛み締めた。体の奥から湧き上がる初めての感情。彼は植え込みに飛び込むと、地面にありったけの力を注ぎ込んだ。
 「よくも…!」
 「ほう」
ハリールードはほんの少しだけ、驚いたような顔をした。
 「コアを失っていても、それほどの創造の力を使えるのか…」
 「いかがなさいますか」
銃を持った男が尋ねる。
 「殺せ。たとえかつての力の一部を持っているにしても、本体は今は生身の人間だ。殺してしまえば生き返るまでには時間がかかる。その間に拘束しろ」
その言葉を合図に、影の巨人たちがこちらへ向かってくる。ルークの作り出したゴーレムは一体だけ。さっきのものよりは大きいが、動きが緩慢で、全ての敵を相手には出来ない。
 銃を持った男がこちらへ走ってくる。
 ルークは傷を追ったジョルジュの体を庇うように立ち塞がった。男の腕には金の腕輪が見えるが、ハリールードの言葉に従っている彼らの動きを完全に止めることは、ルークには出来ないだろう。それでも、少しでも時間を稼げるなら――
 「ルーク!」
間一髪。獣人の青年が、飛ぶように走ってくる。
 「ナユタ、ここだ!」
ルークは手を掲げる。銃口がそちらに向けられた。ナユタは器用に植え込みを利用して銃弾を避けながら敵に迫っていく。
 「退け!」
一閃。銃が二つに斬られ、男はその場に叩きのめされる。
 ふう、と息をついて、ナユタは剣を下ろし、ルークを見た。
 「無茶をするなと言っただろう。何をしている」
 「それは謝る。それより、――」
ジョルジュは脇腹を撃たれている。まだ息はあるが、出血がひどい。
 「止血は出来るが、ここから運び出さなければ。」
ナユタは、自分の袖口を引き裂きながらジョルジュの傍らにしゃがみこむ。
 背後で更に爆発音。二人は首をすくめた。
 見れば、本部の上の方が爆発し、飛空艇を赤々と照らしている。このままでは、ジョルジュを助けるどころか、ルークたちまで燃える建物の下敷きになりかねない。
 ハリールードはいつの間にか姿を消している。ゴーレムは尚も、二体の影と揉み合い続けていた。時間がない。だが、使える手段が、もう一つだけある。
 ルークは、拳を握り締めた。
 戻れなくなるかもしれない、という不安は、いまはもう消えている。自分が何者であるか、もう迷わないと決めた。
 「ナユタ。ジョルジュさんを頼む」
 「何?」
目を閉じ、意識を体の外へと向けた。自分から望んで、こうするのは初めてのことだ。

 意識が体を抜けだして、大きく膨らんでゆくのを感じた。
 目を開けると、眼下には、意識を失って倒れているルークと、血に染まるジョルジュの体、そして、呆然と見上げているナユタがいる。二体の影は、動きを止めていた。恐れているのが伝わってくる。
 人間だった頃のルークとしての意識も確かにある。だがもうひとつ、別の意識がそのすぐ側で肉体を離れられた喜びとともに在る。巨人は、朱に染まる天へ向かって高らかに吠えた。

 ”我ハ思考ト再生ノ首…”

その声は聞こえない音の波となり、ヴィレノーザの町中に、町の外へと、波紋のように広がってゆく。その瞬間、全ての影の巨人が動きを止め、頭を垂れた。
 だが、すぐさま、その声を打ち消すように、さらに猛々しい声がどこからともなく響いてきた。

 ”我ハ真ナル王。行動ト破壊ナル者、愚カナル下僕ドモヲ支配セリ!”

ルークは、すぐ近くに、南棟の裏側に、ゆっくりと立ち上がる巨大なものを見た。こちらの倍以上もある巨体。全てを破壊する力強い腕。肩の先は抉られたままだ。かつて海の向こうの大陸で、神とも崇められた存在。こちらの大陸では、人を滅ぼさんとする恐怖の象徴。奪ったコアの力を借りて、体を再生させたのだ。だがまだ完全ではない。かつてそこにあったもう一つの首は、今は別の巨人として向き合っている。

 ――”双頭の巨人”。

人々は恐れとともに、あるいは一部の者は歓喜と不安を持って、睨み合う二体の巨人を見上げる。その間を、白い鳥が旋回していた。
 「ルー君!」
ルークは、鳥の前で手をふり、地面を指した。

 ”二人ヲ頼ム”

言葉は通じなくとも、意志は伝わったようだった。ミズハがナユタのもとへ降りていくのを確かめてから、彼は自分の”元の体”のほうに向き直った。
 ”思考と再生の首”、つまり元のルークから奪ったコアを手にして、ハリールードはいま、二つのコアを持っている。
 だが、元々ルークの側が持っていた力は、”コア”を奪っただけでは自由に出来ない。今のルークがそうしているように、しもべを創造することは出来ず、だからこそ”巨人の信奉者”と呼ばれる人間を使ってかりそめの下僕を作り出している。
 元はひとつの体。ひとつで二つの存在。
 今なら手に取るように、相手の思考がはっきりと読み取れた。破壊の首、ハリールードの求めているものは、ただただ、前へ進み続けること、自分以外のすべての生命を滅ぼし尽くすこと。そこには理性も未来もない。玩具を壊して喜ぶ幼い子供のような衝動。共感など出来るはずもなく、嫌悪感しか沸かなかった。二つの頭が仲違いをしたのは、当然の結果だ。
 巨人が、吠えた。
 ルーク目掛けて突進してくる。受け止める衝撃は、重い。影は跳ね飛ばされ、燃え盛る本部に叩きつけられる。街の上空にかかる低い、薄い雲が炎に赤く照らされ、その上に大小二つの影が踊る。
 人の領域を越えた戦い。
 人々は成すすべなく、息を呑み、ただただそれを見つめているしか出来なかった。


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