ィレノーザ攻防


 駆け抜けてゆく町は暗く、まるでゴーストタウンだった。
 町の住民は殆どが避難しているようで、いつもなら賑わっている通りに人気はなく、店も閉まったまま。
 城壁付近での戦闘に人が駆り出され、町中の見張りはほとんどいない。街の中心にある国家連邦の建物と”協会”本部だけは煌々と明かりがつき、闇の中に浮かび上がっているかのようだ。空に浮かぶ飛空艇は不気味なほど沈黙している。


 本部の建物にたどり着いた時、入り口は静まり返り、受付はもちろんのこと、いつもの警備もいなかった。まるで神かくしにでも逢ったのような静まりようは、明らかに異常だ。何かが起きていることは間違いな。
 非常灯だけが不気味に照らしだす入口ゲートをくぐり抜け、昇降機のボタンを押す。目的地は、いつも会議などが行われている階だ。さすがにそこへゆけば誰かがいるはずだ。
 嫌な予感がした。
 昇降機が止まり、ドアが開く。――乗り込もうとしたルークは、ドアのすぐ近くに小さな血だまりを見つけて足を止めた。
 真新しい、血の跡。それはドアと内側の間に、べったりとこびりついている。ぞくりとした。この建物の中で、何かが起きている?
 目的の階に到着し、昇降機の扉が開く。ロビーに灯りはついていたが、そこには誰もいない。以前、ジョルジュに連れられて、ミズハも一緒に来た場所だった。あの時はすれ違う人もいたし、ロビーで話している人もいた。それが今は、町がそんな状況だというのに、まるで場所が変わってしまったように人の気配がなく、廊下には、ルークの足音だけが廊下に響く。
 行く手に見覚えのある通路が見えてきた。大会議室への通路。さらにその先には通信室があったはずだが――

 すぐ後ろでかちゃりと金属音がした。
 「そこまで」
振り返ると、銃を構えた覆面たちを従えた、一人の男が立っている。ゆったりとした背広に、やや下腹の出た丸っこい、体格のよい男。人のよさそうな顔つきとは裏腹に、今は、滲み出る気配を抑えようともしていない。
 「…おや、おや。これは、君。行方不明だと聞いていたのに、何とまあ」
男は、加えていた葉巻を口から外した。
 「私が誰か分からない、という顔だね。以前何度か会っただろう。君の後見人ジョルジュ・アミテージの上司で…」
 「……違う」
ルークは首を振った。以前は、何も感じなかった。だが今なら分かる。自分が何者かを知った、今なら。――探していたものは、確かにこの町にいた。しかも、何度もすれ違っていた。それなのに気づけなかった。それは姿を変え、最悪の場所にいた――。
 ルークの表情に気づいた男は、唇の片方を持ち上げると、小さく片手を上げた。左右の銃口が火を吹く。
 「ぐあっ」
足と腕を撃ちぬかれた衝撃で、ルークは後ろ向きに床に倒れこんだ。痛みで意識が飛びそうになる。たとえ致命傷でないことがわかっていても、撃たれるのは決して愉快な体験ではない。
 「ふ、ふ。そうか、思い出してしまったか。コア無しで、あの状態からここまで回復するとは、流石は”再生の首”」
痛みで一時的にブレる視界の中、声は、遠くから近づいてくる。
 「――そうとも。”ハリールード”とは人に交じるための仮りそめの姿。私は双頭の巨人、今や一つ頭の巨人の長――。」
革靴がルークの目の前の床で止まった。太い指がぐいとルークの頭を掴み、無理やり持ち上げる。「お前は私の一部だったモノの残りカスだ。取るにたりぬ、な」
 「……くっ」
不敵な笑み。人の形をした顔にある二つの目の奥には、無機質な深淵が横たわっている。
 ぞくり、と体の奥で何かが騒いだ。すっかり忘れていた感覚だ。
 激しい嫌悪感。積年の思いが記憶のどこかで、この男を激しく拒絶している。
 「その顔。――ふん、昔のままだな」
ルークの頭を投げ落とし、ハリールードは無造作に踏みつけた。一瞬、意識が薄れる。そのはずみか、ルークは、自分のものではない言葉が自分の口から漏れるのを聞いていた。
 「…どうやって…人の世界に入り込んだ。お前が人間に混じって生きられるとは思わなかった」
 「は! 反吐が出るような年月だったわ。だが、そのお陰でお前のほうからノコノコと出向いて来てくれたのだからな。お前をおびき寄せ手なづけた好奇心旺盛な人間どもには、感謝しなくては」
ルークの頭を踏みつけにしたまま、男は懐から葉巻を取り出し、火をつける。その胸元に一瞬輝いた気配に、ルークは気づいた。
 「…コアは」
 「ん?」
葉巻をくわえながら、男は無造作に言い放つ。
 「もちろん、ここにある。お前の分も、ちゃあんとな。役に立っているぞ? お陰で元の体を取り戻せそうだ」
そして、にやりと残酷な笑みを浮かべた。
 「こいつを奪いさえすれば、死んでくれると思ったのだが。――さて、どうしたものか。切り刻んでも、焼いても駄目。となると――」

 と、その時だ。
 背後で小さな悲鳴が上がった。金属音、人の倒れる音。
 「ルーク!」
飛んでくる声。ナユタだ。思わぬ援軍だった。急襲された覆面の男たちは、銃を取り落とし、腕や肩を抑えている。
 獣人の青年は、ハリールードに体当たりしてルークの体を奪い返す。そして彼を小脇に抱え、廊下の先を曲がって一足飛びに駆けた。人間には不可能な、獣人ならではの恐るべき離れ業。後ろでハリールードの苛立ったような罵声と、銃声が聞こえた。だが人間の反応速度で間に合うはずもない。
 ナユタはそのまま走り続ける。行く手は行き止まりだ。彼は即座に近くの部屋に飛び込み、ルークを側に下ろして入り口に鍵をかける。大した時間稼ぎにはならないだろうが、気休め代わりだ。
 「カーリーに言われて追ってきてみれば、予想通りか。無茶をする」
 「…ごめん」
ナユタは、ひとつ溜め息をつく。
 「立てるか?」
 「なんとか…」
傷は、すでに塞がり始めている。自分の力を意識するようになってからというもの、傷の再生速度は以前に比べて段違いに早くなっているようだ。
 「さっき居た、あの葉巻の男。あいつが今回の件の黒幕なのか?」
 「そう。かつてヴィレノーザに攻めてきた巨人の長の、今の姿」
 「ほほう。そりゃ大物だ」
ナユタは半分、信じていないような口調だった。
 「だが、あいつは前にもここで見た。”協会”のエライ奴、なんだろう?」
 「そう…」
言いかけて、ルークは、はっとした。
 「…そうか。あいつは今、評議会のメンバーだ! だから、おれたちの動きは全部ばれてた。大陸中で起きていることすべて、未開地学者のやってることも、あいつなら把握できたはずだ」
 「ふん。なるほど、身内に敵の親玉を取り込んで気づかなかったということか」
ナユタは、剣を構えながら外の様子を伺っている。外に足音と声が響いている。数からして、まだほかにも仲間がいたに違いない。
 「どうやらここは、既に奴らの手の内らしいぞ。」 
 「本部の人たちは? どこにいるか、分かる?」
 「……。」
ナユタは、耳をぴんと立て、音を聞き分ける。「近くに人が大量にいるらしい場所があるな。どこだ…」
 「大会議室だ、多分」
この階で、人を集めて閉じ込められる場所は、そこくらいしかない。
 「お願いがある。みんなを逃してほしい。おれが囮になるから」
 「おとりって…どうやって」
ルークには、今いる場所がどこなのかわかっていた。以前ミズハとともに通されたゲストルーム。灯りがついていなくても、窓辺には植え込みがあることは覚えている。
 近くの椅子を取り上げると、窓ガラスに力いっぱい叩きつけた。
 「おい、何を」
ルークは、割れた部分から腕を伸ばし、植え込みの土をまさぐった。花はもう咲き終わり、手に触れるのは緑の葉ばかりだ。思っていたほど土は多くない。だが、少なすぎるわけでもない。湿った土は、ルークの手を通してかりそめの生命を与えられ、人の形を取りながらゆっくりと立ち上がる。普通の人間の二倍くらいの体格の、部屋の天井に頭がつくかつかないか程度の身長だ。
 花壇の土では、これが限界。
 そして多分、今のルークの力の限界という意味でも、ここまでだ。城壁の外の車に二体置いてきた。同時に作り出せるゴーレムの数は無限ではない。少なくとも、今はまだ。
 「こいつを使う。先に出るから、後は頼んだ」
 「……分かった」
ナユタは、納得していないが今は仕方ない、という顔をして頷く。
 「だが、無茶をしてもらっては困る。後でカーリーのところで合流だぞ」
 「分かってる」
ドアを蹴破られるのと、ゴーレムがドアに向かって突進していくのは、ほぼ同時。銃が乱射されたのは最初の一瞬だけで、最初に突入してきた撃て手は土くれの人形にあっという間に吹き飛ばされる。
 「いたぞ、こっちだ!」
 「ゴーレムが…」
廊下に響く足音と声。土の欠片をぼろぼろと振りまきながら、人形は廊下を突進していく。あとには点々と、土の塊と大きな足あとが、廊下いっぱいに残されている。
 隠れていたナユタは、辺りが静まり返ったのを見計らってそっと机の影から這い出した。ルークの姿もない。人形を追っていったのか、それとも別の道を逃げたのか。敵にとっては突然乱入してきた獣人など取るに足りない存在で、ルークのほうが本命のようだった。

 ナユタにとっては、驚くべきことばかりだった。以前会った時は、勇敢とは到底言えず、自ら囮を買って出るようには見えなかった。
 詳しい事情は聞いていない。この短期間で、ルークに何があったのかも分からない。ただ分かることは、以前より”強くなった”ことだけ。それは特殊な能力のためというよりも、周囲で起きることに流されず自分の意志で決められる、そんな強さだった。


 鎖で閉じられていた大会議室を開いてみると、中には、数十人の職員たち、本部の重鎮たちがぎゅうぎゅうに押し込められていた。不安と極度の緊張から、顔が歪み、表情が青ざめている者も少なくない。彼らは無言でナユタを見つめていたが――、やがて、状況を理解したようだ。
 「た、助かったのか?」
 「早く! 外へ。連絡しないと…裏切り者が…」
雪崩をきるように人の群れが出口へと押し寄せてくる。ナユタは慌てて脇へどいた。
 「通信を! 通信機を持って。伝えるんだ、敵の狙いを」
 「でも、早く外へ! 時間がない」
 「爆発する!」
 「…爆発?」
ナユタは、駆け出そうとした一人の少女の腕を捕まえた。通信技師の腕章をつけている。「おい、爆発ってどういうことだ」
 「爆弾をしかけたって、さっき言われたんです」
真っ青な顔をしたその少女の目は、恐怖のあまり涙でうるんでいた。「この本部ごと吹き飛ばす、って。それが巨人の復活ののろしだって…」
 「何だと」
だとしたら、ルークは。
 「――爆発までどのくらいだ!」
 「そんなのわかりませんよぉぉ」
少女はわっと泣き出し、ナユタの腕を振り払って駆け出した。昇降機の入り口はごった返し、非常用階段の入口も悲鳴と怒号。人々は我先に建物から逃げようとしている。その騒ぎのせいで、ナユタの耳ではルークの行った方向が聞き分けられない。いや、本当に爆弾を仕掛けたのだとして、ハリールードはまず自分が安全圏まで脱出してからスイッチを押させるのではないだろうか? でなければ――

 そんなナユタの予測を裏切るように、建物全体が揺れた。
 火災報知機がけたたましく鳴り響き、ロビーの光が消える。
 「爆発だ!」
誰かが叫んだ。「西棟が――!」
 敵は、段階別に爆破していく方法を選んだようだ。もはや猶予はない。
 ナユタは床に残る泥の跡を追って走りだした。跡は点々と、建物と建物を繋ぐ渡り廊下のほうへ続く。本部の西にある、研究棟と呼ばれる建物のほうへ。


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