ィレノーザ攻防


 ヴィレノーザは、いつにない厳戒態勢で、町の入口には全て検問が敷かれていた。

 列車も長距離馬者も今は関係者以外止められ、町へは出入りができない。何しろ、今、この町には、”神魔戦争”終結宣言いらいの非常線が敷かれているのだ。
 緊急事態が発令されてから一週間。国家連邦本部が軍備を整えている傍ら、未開地学者たちを束ねる”協会”の本部評議会もまた、人員をかき集め、あらゆる回線を使っての情報収集に大わらわだった。各支部の代表者たちも、招集を受けていた。もっとも、大陸中に八つあった支部のうち、今まで無事残っているのは五つだけ。二つは、犯行予告とともに”巨人の信奉者”を名乗る団体に破壊され、一つは職員の大半が任務の続行不可能なほどの怪我を負ったり、機材を失ったりして、活動不能になった。巨人の信奉者たちは地下で活動するのを止め、攻勢に転じたのだ。
 単なる無謀か、それだけの勝算があるのか。
 情報不足も混乱に拍車をかけていた。過去の魔法使いたちが力を失っている中、未知の力を使う集団が組織だって国家連邦に宣戦布告してくるなど、誰も想定していなかったに違いない。
 「ずいぶん老けたわねぇ、ジョルジュ君。」
窓辺に立って往来を眺めていたジョルジュは、振り返らない。声の主は見なくても分かる。
 「嫌味のつもりですか、カーリー」
 「いーえ。支部長ってのは苦労するもんだなと思っただけよ。飲むー?」
コーヒーを差し出す。
 「あなたが気を使えるようになったとは。」
 「コッチも村社会で長年暮らして少しは変わったのよ。で?」
片方のコーヒーを渡しながら、カーリーはじろりとジョルジュの顔を覗きこんだ。
 「あの子たちまだ見つからないの」
 「…ええ」
 「何したのよ、あなた」
 「何、とは」
 「逃げられたんでしょー? 無事かどうかなんて心配しちゃいないわよ。あの子たちが行方不明って聞いて、真っ先にあなたが虐めたんだと思ったよ」
ジョルジュは苦笑する。
 「相変わらずの毒舌ですね。」
 「最初から言ってくれればよかったのに、あなたがあの子たちの身元引受人だ、って。そしたら少しは前もって言っとくこともあったわよー。まったく、一人で全部しょいこむのは、昔っからなんだから。」
カーリーは、仁王立ちで、一気にコーヒーを喉に流し込んで、一息ついた。
 「…初めて会った時からわかってたのよ。ルーク君は相当、不安定な状態だった。あんな状態でよく、これまで生きてこれたわね」
 「その、”魔眼”ですか?」
ジョルジュは、カーリーの眼帯に覆われた片目をちらと見やる。
 ずっと昔、はじめてロカッティオへ行った時、賢者の末裔と名乗るいかがわしい老人に即座に弟子入りを決めたカーリーは、その代償として片目を差し出したのだ。その目は、今は神魔戦争時代に作られた特殊な力を持つ水晶の義眼へと入れ替えられている。実験だ、と、老人は言っていた。精霊や悪霊、つまりアストラル界に属する存在を、実体化していなくても見分けることの出来る目。この世界から消えてなくなったしまったかつての魔法の源たちが、今はどこにあり、どうなっているのか、老人は知りたがったのだ。
 「結果的に、というかツイデみたいなものだけど、人間の体の中にあるアストラル体も見えちゃうからねー、この目。まぁ便利よ。」
 「彼は…、ルークは、何度か暴走したと聞きましたが」
 「暴走ってほどじゃないけどねえ。彼のアストラル体は肉体への定着が悪いっていうか、力が強すぎてアンバランスな状態なのよね。肉体が傷ついて支配力が弱まると、漏れちゃうんでしょうねー。」
言いながら、カーリーは義眼を覆う眼帯をパカパカいじっている。
 「ま、あの時は普通に人間だと思ってたし、思いつきもしなかったけどねー。彼たぶん、アストラル体のほうが本体なんじゃないの?」
 「……。」
 「その沈黙はアタリ、かな。――ま、彼の正体が何なのかは、今は聞かないでおいてあげる。」
ふふん、と鼻を鳴らし、カーリーは手を腰に当てる。
 「で? 行方に心当たり、ほんとにないの」
 「…ええ。」
 「連絡も? 無いのか。あーあ、こりゃほんとに嫌われちゃったんじゃないのー?」
 「それなら、それでもいいのです。いえ、むしろこの状況では、二人が居ないほうが」
ジョルジュは、肩越しにちらと背後に目をやる。会議室では今も、今回の事件の概要やら対策やらが話し合われているはずだ。
 「さっき、あなたが逃がしたんじゃないかー、って言ってるの聞いたわよ。見張っとけっつったでしょーみたいな。」
 「連中は、彼らを手駒としか見ていませんからね」
コーヒーには口を付けず、ジョルジュは窓の外に視線を戻した。
 「正直なところ、心のどこかでこうなることを望んでいたのかもしれません。あれは、人が自在にするにはあまりにも…」
 「奔放すぎる力、ね。特にミズハちゃんなんて。あれはハロルド君の血ねー、間違い無いわ。」
どちらからともなく互いの方を見、視線が合う。
 「ここに、ハロルドもいれば良かったのですけれど」
 「アミテージ、カーネイアス、バークレイ。暴れん坊三人組の再結成ね?」
 「お互い、年を取りすぎましたけどね。」
かつて共に命をかけて、未開の地を切り開いた仲間同士。たとえ言葉をかわさず、顔も見せないまま長い年月が過ぎたとしても―― 互いに変わってしまった部分はあっても。
 低い振動音が窓ガラスを揺らす。二人は、視線を窓の外に向け直した。頭上に、鈍い銀色に輝く楕円の物体が、ゆっくりと飛行していくのが見えた。大きな影が、それの動きに合わせて地面を這う。
 「…メテオラの飛空挺」
 「まさか、ほんとに作ってたとはねぇー。」
カーリーは、手を翳す。飛空艇、と言えば格好はいいが、見たところ、風船のお化けに小さな船がくっついているような不格好な乗り物だ。
 「あれにも、つけるの? 例の砲台」
 「いえ。メテオラのお偉方は渋っているようですし、数が足りないでしょうね」
アストラル体に対して干渉できるのは限られた物質だけだ。巨人の信奉者たちが用いるアストラル体の巨人に物的攻撃が効かないことは、”逆さ大樹の谷”で獣人たちが身を持って立証済みだった。干渉できる波長を持つ武器は限られている。”魔法使いの町”ロカッティオをはじめとする、かつての魔法使いたちの町や、各支部に貯蔵されていた神魔戦争以前の遺物を掘り出して、何とか数を揃えたが、砲台から打ち出して使うには弾数の制限が厳しい。動きを封じた上で、一撃必殺のとどめに使うしかない。
 生身の本体を押さえるのが最も効果的だが、厄介なことに相手は銃で武装している。そう遠くに居ないにしても、制圧するには物理的な武器が必要。飛空艇が役に立てるとしたら、上空から敵本体を探す程度だろう、と二人は醒めた目で見ていた。しかも、人のアストラル体を使う以上、夜間のほうが活動しやすい。十中八九、夜目の効かない夜間に襲ってくる。そうなれば飛空艇など何の役にもたたない。
 「あのデカブツが、足手まといにならなきゃいいんだけどね。」
ぽつりと不吉な呟きを漏らし、カーリーは踵を返した。
 「じゃ、私はそろそろ行くわー」
いつの間にか背後に、足音も気配もなく、獣人の青年が立っていた。カーリーと組んでいる、現在の”相棒”。高い身体能力を持つ獣人と、今回の「敵」との実戦経験のある未開地学者のコンビは、本部からは切込隊長として重宝されている。
 (…という名の、捨て駒でもありますが)
ジョルジュは、人差し指で眼鏡を押し上げた。何かにつけて本部の裁定に異論を挟む厄介者の問題児、カーリー・バークレイを疎ましく思う人々は、この建物の中だけでも両手に余るほど居る。”巨人の信奉者”からの宣戦布告についても、百年前に終わった戦争を蒸し返そうとする魔法使いの生き残りが歯向かってきた、くらいにしか思っていない学者たちも多い。実際に破壊された支部や町を目の当たりにした者だけが、その裏にある溢れる自信と、自信に見合うだけの圧倒的な戦力を知っている。
 ガラスに映る人影に気づいて、彼は振り返った。
 「…ハリールード」
小太りの男が片手を上げる。傍らにいた、通信技師の少女が一礼して廊下の奥に消えていく。
 「会議はいかがでしたか。」
 「なに、代わり映えのせん内容だったよ。見た目、相手はごく普通の人間だからな。我々はただ、敵の仕掛けてくるのを待つしか無い」
ジョルジュの隣まで来ると、男は胸ポケットから葉巻を出し、口にくわえた。
 「ところで、君のところで確保していた”切り札”の行方は?」
ジョルジュは、静かに首を振った。
 「フォルティーザには秘書を残してありますが、港にも家にも近づいた気配はないようです。消息を経った場所から半径50ケルテ以内のあらゆる集落にも目撃情報はなく」
 「ははは、そりゃ、まるで空でも飛んで逃げたようじゃないか」
笑っているのは形だけ、声も目も、決して笑ってはいない。
 「――君を信頼して預けておくのではなかったな。あれが危険なことは、承知しているものと思っていたが」
 「申し訳、ございません」
 「まあいい。敵の手に落ちたわけでないのなら、少しは希望も持てるだろう。」
背を向け、会議室のほうに戻っていくハリールードの後ろ姿を、ジョルジュは無言に見送っている。

 かつての共謀者、そしていまもある一つの秘密を共有する一蓮托生の間柄。
 とはいえ、ジョルジュはハリールードを心から信用しているわけではなかった。おそらくそれは相手も同じ事だろう。知り合ってから二十年にもなるが、友情など片鱗も存在したことはない。その間、ハリールードは貪欲に地位と権力を求め、持ち前のカリスマ性でついに評議会まで上り詰めた。ジョルジュなどお情けで支部長に引き上げてもらったようなものだ。ただし、それはハリールードにとって手駒を動かしやすくするための処置でもあったのかもしれないが。
 グレイスと彼を除いて、ルークの正体を知っているのは彼一人。
 ただ一人、グレイス・ハーヴィの家族構成と経歴に疑問をもち、接触してきた男。今となっては、その出会いが災いの始まりだったのではないかと、ジョルジュは密かに苦々しく考えるようになっていた。


表紙 ┃ 戻る ┃ 次へ