頭の巨人


 支部の構造は知り尽くしている。
 ルークが向かってのは正門ではなく、物資などを搬入する町から見えない裏口のほうだった。未開地から持ち込まれるものは、裏側の貨物スペースで検査を受け、問題なしと判断されてから調査に回される。ここには、車庫や遠方からの勤務者が暮らす寮、食堂や雑貨店などもあり、ちょっとした支部専用の町のようになっている。
 顔見知りの多いルークが歩きまわっていても、不審がる者はいない。声をかけてくる顔なじみの学者もいるくらいだ。運び込まれたゴーレムを探し出すには、わけなかった。
 「丁度ほら、そこで調査してる」
指し示された場所には、数人の調査班の学者が集まっている。
 「あれ」
うちの一人は、アーノルドだ。
 「ルーク? なんでこんなところろに」
 「いや、ゴーレムっていうのが運び込まれたって聞いたから…。」
 「ああ、これかい」
担架の上に寝かされているそれは、辛うじて人の形をした泥の塊だった。ラマンの湖近くで見た、泥の山によく似た土で出来ている。表面はなめらかな泥だが、内部は砂利まじり。胸の辺りには、輝きを失った石が埋め込まれているのが見える。
 「だいぶ北の方の土に見えるねえ。大陸の北の方は、連邦に所属してないから調査がほとんど入ってないんだよな」
 「ただの土?」
 「そうだね。見たところは。これが動くか、なんて聞かないでくれよ。カラス避けの人形にもなりやしないよ」
アーノルドは、冗談めかして笑う。
 「また今度も火にくべたら動き出す、とかじゃない限りはね。」
その言葉で、モーリス・チャック爺さんが持ち帰った石のことを思い出す。
 「そういえば、あれ。あの石は、どうしたんだ?」
 「地下室で厳重管理中。」
アーノルドは声を潜める。「調査中だけど、僕ら平研究員は触らせてもくれないよ。」
 「特に何も、聞かされてないのか」
 「最近、本部からの情報統制司令が厳しくってね。みんなイライラしてる」
政治的な問題、というやつが原因だろうか。それとも、別の理由だろうか。
 「ルーク、まだ時間ある?」
 「ああ、今日は一日何もないけど…」
 「第二で待っててくれないかな。こっちはすぐ片付ける。」
この調査馬鹿の青年、三度の飯より好きなはずの調査を後回しにするとは、珍しい。ルークは少し驚いたが、ここで理由を聞くわけにもいかない。指定された場所は第二研究棟。アーノルドの本拠地で、個室の研究室もある。


 待つことしばし。
 アーノルドは、自分で言った通り、すぐに追ってきた。
 「お待たせ。ちょっと話しておきたくて」
中にルークとミズハしかいないことを確認して、後ろ手でドアを閉める。個室、といっても、幅は両腕を広げたくらい、奥行きも五歩ほどの、ほんの小さなスペースだ。その空間を、ぎっしりと机、本棚、調査機器、サンプルなどが埋めて、今にも崩れそうになっている。
 「相変わらず、ここは石だらけだな」
アーノルドは、にやりと笑う。
 「いい部屋だろ? 気に入ってるんだ」
 「それで、話って」
 「…うん。このあいだ誘って、君が倒れてからずっと気になっててさ」
 「体のことなら、もう心配はいらない」
 「そうじゃなくて。…なんて言うか」
妙に歯切れが悪い。
 「噂、なんだけどさ。君が… 君たちが、いま大陸中で起きてる事件に関わってるらしい、って」
研修室にこもりっぱなしの研究馬鹿と見なされがちだが、アーノルドはこれで勘がいい。意外な噂を聞きつけてきたり、裏情報をいつのまにか入手していたり、昔からそういうところが多々ある。モーリスの持っていた石に先回り出来たのも、そのひとつ。
 「ミズハちゃんが特別な力を持ってる話は、もうみんな知ってるよ。あのハロルド・カーネイアスの娘だってこともね。でも、それだけじゃなくてさ。君も何かに関わっているって…。」
アーノルドは、もじもじと両手の指をこすりあわせた。「もし、そうだったら、何で今まで…」
ルークは、視線を床に落とした。
 「…おれだって知らなかった」
 「え、そ、そうなのかい?」
 「最近知ったんだ。おれ、海の向こうの大陸から来た人間…、らしい」
視線を上げたとき、アーノルドの眼鏡の奥からの眼差しと、かっちり合う。そこにあったのは、純粋な驚きだけ。
 「…そうなんだ?」
 「人間じゃないかもしれない」
 「夜中にツノでも生えるのかい?」
 「いや、そういうわけじゃないんだけど」
ルークは、かえって困ってしまって、ほおをかく。
 「…前から傷の治りが早いなとは思ってたんだけど、どうやら滅多に死なない体質らしくて。」
 「へえ! それって便利じゃないか。でもそれだけ?」
 「今のところは…。」
 「いいなあ、傷の治りが早いってのは。そうかー、君は海の向こうから来てたのか。最近、海の向こうから来るもので色々あったからな。どおりでね」
アーノルドの反応があまりにあっさりしているので心配になってくるが、彼の場合、隠し事や演技は苦手なたぐいだ。
 「…驚かないのか?」
 「驚いてるさ。でも、安心した」
 「安心?」
 「うん。ルークはルークだな、って。」
 「……。」
一瞬、言葉に詰まった。今のルークは、自分で自分が何なのかわからないでいる。それなのにアーノルドは、疑問に思うそぶりもみせない。変わり者のアーノルドだから、なのだろうか。
 「助けが必要かい?」
と、アーノルドはいたずらっぽく笑う。
 「巻き込むかもしれないぞ、厄介事に」
 「問題ないさ。前は僕の厄介事に君たちを巻き込んだ。今度は僕の番さ、そうだろ?」
 「……。」
言葉は必要なかった。付き合いはそう長いわけでもない。友達だの仲間だの意識したこともない。だがお互いが、信用できる相手だということを知っている。
 逡巡の果て、ルークは思い切って切り出した。
 「双頭の巨人ルー・ルー・ドの信奉者。いま、最優先司令で調査が進んでるだろ。」
 「ああ、聞いてるよ」
 「何処へ行けば会えるのか知りたい。調査隊に先回りして、接触したいんだ。」
アーノルドの表情が、一瞬こわばる。
 「…危険だと聞いてるぞ。調査隊が何人も怪我でリタイヤさせられてるって」
 「もう何度も、奴らとは会ったよ。散々巻き込まれてひどい目にあわされてるんだ。それでも、あいつらに聞かなきゃならないことがある。」
聞きたいこと――というのは、夢の中に繰り返し出てきた、あの谷の風景だった。
 灰色の谷、惨劇の跡、逃げ惑う自分。強い恐怖が脳裏に焼き付けたらしい、その記憶だけは、ずっと忘れることが出来なかった。過去の自分に何が起きたのか。記憶が蘇り始めたきっかけは、鮫男に襲われた時の「ルー・ルー・ド」という言葉だった。そして、ロカッティオで見た2つの輪が連なった双頭の巨人のマークには見覚えがあった。手がかりは、そこに繋がっている。
 何も分からないまま、ただ待っているのはもう嫌だった。思い出さなければいけない何かがある。そうしなければ、気持ちが落ち着かない。答えを知りたい。
 沈黙の数秒。
 「…わかった。今夜、君の家に行く」
それだけ言って、アーノルドは研究室を後にする。ルークは、知らず拳に力を込めていたことに気がついた。ミズハは何も言わず、部屋を埋め尽くす珍しい鉱石に目を奪われていた。


 夜が来るのが待ち遠しくもあり、不安でもあった。
 注意していなければ聞こえないほどの控えめなノック音とともにアーノルドがやってきたのは、もう日付も変わろうとする時刻。
 「ごめん、抜け出すのにだいぶ手間取っちゃって。…手短にいくよ」
黒っぽいコートに、頭からフードをすっぽりと被ったアーノルドは、まるでお忍びの学生だ。
 「見張られてるのか?」
 「それとなくね。よっぽど何かを恐れてるみたいだ。…っと、無駄話はおいといて、これが場所と資料」
コートの下から、茶封筒を引っ張りだす。「言っとくが、僕は君たちを危険な目に合わせるつもりは、ないからな。」
 「…分かってる」
 「ルーク」
封筒から視線を上げると、アーノルドはもう、体を半分、外へ滑り出させていた。
 「戻って来いよ。」
それは、彼の精一杯の心遣いだった。
 ドアが閉まり、土を踏む小さな足音が走り去っていく。その時初めて、ルークはアーノルドが「友達」なのだと実感した。同じ年頃の人間の友達としては、唯一の。
 「それ、何?」
後ろからミズハが覗きこむ。開いてみると、中からは地図、写真、それに、2ページほどの短いレポートが現れる。

 ”――巨人の信奉者 穏健派と見なされる女性の所在地について”

写真には、対象の女性と思われるスカーフを頭に巻いた初老の女性と、レンガ造りの家。それから、町と周辺の地図。
 「ラザロの町、シレノス港から川を遡ったあたりか…」
レポートには、巨人の信奉者と思われるが町内での評判はよく、特に揉め事を起こした記録もない。などという内容が並び、接触可否の判断を仰ぐ申請書がつけられている。内容からして、本来は各部門の担当者から支部長に上げられるべき資料だ。コピーとはいえ、アーノルドは、よく入手できたものだ。
 「行くの?」
 「ああ。これは船で行ったほうが早いな。邪魔も入らない」
それとなく監視されるのも、知っていて隠されるのも、もうごめんだ。


 翌日の夕刻、ジョルジュは切羽詰まったアネットの声で連絡を受けた。
 丘の上の家を訪ねた時、家は留守だった。「買い物に行ってきます」の張り紙を信じて午後に再び訪れた時もやはり留守で、その後、不安になって町を探してみたが何処にも居ない。桟橋を訪れ、ジャスパーが居ないことではじめて異変に気づき、もしやとドックを訪れてみると…。
 『内装はいいから、大至急船を引き渡してくれと言われたんだが』
アネットの持つ通信機の向こうで、船大工モーリス・チャックが困惑した声で答える。『支部長さんの司令で、大至急の調査に出るって聞いてたんですが。…何か、問題があったんですかい?』
 報告を受けながら、ジョルジュは失策を痛感した。自然に振る舞えるようにと、アネットには表向きの理由しか説明していなかった。船の修理が終わるのは予定ではもっと先のはずだった。モーリスが普通の船大工たち以上に頑張りすぎたのだ。
 「まさか、逃げられるとは…。」
額に手を当てる。完全な読み違いだった。以前のルークなら、混乱しつつも大人しくジョルジュに従ったはずだ。だが今は違う。彼の側には”あの”ハロルドの娘がついている。
 通信機をに向き直り、ジョルジュは言った。
 「その調査命令は取り消します。彼らの身が危険です――大至急、行方を捜索してください!」
 『行方を捜索?』
と、アネット。『支部長のご命令では…。それに… 今、調査船はすべて、例の優先司令に出払っています』
 「優先司令の対象になっていて、これから調査される場所を洗い出してください。彼らが向かったとすれば、その、どれかのはずです」
 『わかりました』
普段にはないジョルジュの声音に、アネットは慌てて通信を切った。椅子の背もたれに体を埋めながら、ジョルジュは深くため息をつく。
 あの時、ルークに真実を告げたのは正しかったのだろうか、と迷いながら。


 新しいハーヴィ号は軽快に波の上を滑る。風を切り、先をゆく船を次々と追い越してゆく。
 「ジャスパー、調子はどうだ?」
波の上に顔を上げ、海竜は一声鳴くと、さらにスピードを上げた。
 「調子いいみたいだな。」
 「ジャスパーと海に出るの、久しぶりだもんねえ」
ミズハも、気持ちよさそうに風に髪を散らしている。
 シレノス港は、以前訪れた南西諸島よりさらに先、大きく凹んだ湾の内側にある。大型船も多数着く港で、大陸の反対側からの物資も届く賑やかな場所だ。その湾の奥からは大陸有数の大河が繋がっており、小型船なら途中まで遡ることも出来る。目的のラザロの町は、ハーヴィ号でも行ける場所だ。
 先回りできればいいが、そうでなければ、今度は表立って監視をつけられ、自由に動くことは出来なくなるだろう。
 ジョルジュなら、当日のうちにルークたちの目的地を突き止める。猶予は殆ど無い。それに、今回アーノルドのくれた情報が、何かに役に立つとは限らないのだ。
 キャビンに戻り、ルークは封筒から資料を取り出した。
 ――マリア・ハーベント。巨人の信奉者の一人と思われる未亡人。現在は手製の陶器を月に一度町のバザールに卸すことで生計を立てている。町では魔女とあだ名されるが、恐れられる存在ではなく、町人の評判も良い。
 だが、ロカッティオの町で出会ったボローニアという男も、見た目だけは穏やかそうで、ギャラリーなどを営んでいた。どこまで信用できる報告書かは分からない。
 「ミズハ」
 「なに?」
 「おれがまた、おかしなことになったら…」
 「うん。分かってるよ」
ミズハは、うなづく。「大丈夫、安心して! おもいっきり殴れば戻るはずだから」
 「……ああ、うん…。」
海風が通りすぎてゆく。目的の町は、逆さ大樹の谷や天空都市よりも海に近い。何かあっても、ミズハに苦戦させることはないはずだった。


表紙 ┃ 戻る ┃ 次へ