る大岩


 どすん、と地面から突き上げるような衝撃音で心地よい眠りが中断された。何度か寝返りをうったあと、どうやら夢ではないと悟り、カーリーはしぶしぶ起き上がった。
 「うーん…。何よ、こんな夜中にー…」
衝撃音は一度きり。それよりも、町の騒がしさだ。月明かりの照らしだす部屋の中、ふと隣に目をやると、ベッドはもぬけの殻。
 「あら? ミズハちゃん…」
 「カーリー」
ドアをノックする音と、押し殺したようなナユタの声。「ルークがいない」
 「ええ? こんな夜中に、あの子たち…」
二度目の衝撃音。今度は、さっきより大きい。ガラスがかすかにビリビリと揺れる。眠気も一気に吹っ飛んだ。
 「…嫌な予感」
上着をひっつかむと、カーリーは部屋を飛び出した。
 「探しに行くわよ!」
もちろん、ナユタもそのつもりだ。
 外へ駆け出す。すでに町の人々も、異変に気づいて通りに出てきている。
 「湖のほうだ」
 「喋る大岩が…。」
話し声、湖に向かって駆けてゆく人々。湖のほうから、悲鳴と、叫び声が聞こえた。
 「来るな、化け物だ! 湖に化け物が…っ」
誰かの声とほぼ同時に何かの咆哮が聞こえ、正面から黒っぽい巨体が腕を振り上げるのが見えた。ナユタは、舌打ちして腰の武器に手を掛けながら、もう片方の腕でカーリーを抱きすくめて横へ飛ぶ。ごう、と空を切り、何かが地面に向かって投げ捨てられる。
 昼間桟橋で見た貸しボートだ、と気づくのは、それが割れ飛びながら地面に転がってから。巨大な黒い何かが、月明かりを遮るように町と湖の間を塞いでいる。
 ナユタは、カーリーを抱えて路地に転がり込んだ。巨人が追ってくる気配はない。あくまで、道を塞いでいるだけらしい。
 「あ、あれってもしかして谷に現れた…あれ?!」
 「全く同じかどうかは分からないがな」
ナユタは、武器を構えながら用心深く通りのほうを伺っている。
 「…湖のほうに行かせたくないようだ。ルークたちはそっちか?」
 「さっき喋る大岩がどうとか言ってたわね」
 「ああ」
 「もしかして、なんだけど」
カーリーは顎に手を当てる。「…あれが谷に現れたものと同じだったとしたら、目的は同じかもしれない」
 「目的?」
 「”コア”よ!」
勢い良く人差し指を立てる。
 「あの湖の真ん中の喋る大岩。あれが瑞羽日女と同じ、力を失った、かつての土地の守り神だったとしたら? 更紗の木と同じように、あの中にもコアがあるんじゃないの?」
 「……。」
ナユタは唇を噛む。
 「また、あんなことが起きるのか」
 「とにかく、ルーク君とミズハちゃんを探さないと。どっちみち、君一人じゃあれと戦うのは無理。」
 「分かっている」
同じ相手だとしたら、ナユタの剣は今回も通じるだろうが、今回は、支援してくれる仲間の獣人はいない。
 大通りが塞がれているので、遠回りしてでも、どこか湖に通じる道を探すしかない。二人は、狭い路地を走った。夜の町は大騒ぎで、あちこちに悲鳴や叫び声がこだましている。その方向からして、巨大な影は一体ではないようだ。町から出る道すべてを塞いでいるのかもしれない。だとしたら組織的な犯行だ。
 道を探しているうち、町外れの、茂みに覆われた細い道に出た。行く手には、湖が見えている。
 「な、何なのあれ…」
カーリーは思わず足を止める。
 湖の中心部、大岩のあたりにひときわ大きな影の巨人がいる。岩に向かって拳を振り下ろしているのだが、そのたびに青白く輝く壁に阻まれ、僅かに後ろへよろめく。さっきから何度も聞こえている重たい衝撃音は、そのせいだった。
 目の前の光景に気を取られて、一瞬、隙が出来た。
 「カーリー!」
先を走っていたナユタが振り返り、叫んだがもう遅い。脇から忍び寄った何者かが、彼女の背中に、硬く冷たいものが押し当てた。
 「妙なマネをするなよ」
 「……。」
カーリーは、そろそろと両手を上げる。ナユタがこちらを睨んでいる。
 「おっと! そっちの獣人は武器を捨ててもらおうか」
それを知っているということは、ただのならず者などではない。影を操り、大岩を狙っている連中の仲間だとすれば、谷を襲った連中ということになる。
 「何者なの、あなたたち」
低く押し殺したカーリーの言葉には答えず、銃口を押し当てている男はあごをしゃくって仲間たちをナユタに向かわせた。武器を捨てたナユタの両腕を乱暴にひねりあげ、金属の手錠を嵌めた。
 「やめて、私たちはただの、旅の――」
 「分っていますよ、カーリー・バークレイ博士」
背筋に冷たいものが流れる。やはり…
 「貴方がたに危害を加えるつもりはない。貴方がたにはね」
 「何をするつもり?」
 「あれを」
す、と指さした先には、さっきまでは見えていなかったものが湖面を舞っている。白い翼。岩を殴っていた巨人を牽制するように、その周囲を旋回している。
 「邪魔をする、あれを止めていただきたい」
 「……。」
カーリーは、ナユタのほうを見た。ナユタは小さく頷く。敵は、ミズハたちのことも把握している。
 最悪の事態だ。



 ロアラの顔は青ざめ、呼吸は荒い。
 結界を使うことによって体力を消耗してしまうようだ。ただ、ミズハが外へ飛び出していってからはもう、衝撃は襲ってきていない。うまく防げているのだろう。
 ルークは腰まで浸かりながら、ロアラの体を水の浅い場所まで連れてきた。いまさら裸が恥ずかしいなどとは言っていられない。直に触れたロアラの体は、人間に見える部分も含め、魚のようにとても冷たかった。
 「あ、…の」
 「喋らないで、隠れてるんだ」
洞窟の入り口で、金属音がした。場違いなランプの光が内部を照らしだす。男がひとり、銃を背負って中を覗き込んでいる。ルークは、ロアラを庇うように精一杯、岩壁に身を寄せた。ここなら、入り口からは見えないはずだ。だが、きっと遠からず中に踏み込んでくる。
 「まだ、大丈夫です。まだ」
ロアラは懸命に呼吸を整え、再び力を使おうとしているが、既に体力が限界だ。
 「…お父様を、守らなくては」
 「おい。誰かいるのか?」
面白がるような声が洞窟の中に響く。
 「お祈りは早めに済ませておけよ、湖の主さんよ!」
外で衝撃音が響いた。殴られた音ではない。ミズハが、あの巨人と戦っているのだ。天井からぱらぱらと石が溢れ落ち、ルークたちの頭上にも降り注ぐ。
 「チッ、早くしないと崩れちまうな」
舌打ちして、ランプを持った男が中へ入ってくる。水位は、昼間より僅かに下がっている。浅いところは、もうほとんど足首までの深さしかない。湖の水位が下がるのを待って丁度よい時に攻め込んできたのが偶然であるはずはない。土砂で湖に流れ込む川を塞ごうとしていたのは、間違いなくこの男たちだ。
 近づいてきたとき、ルークは、男のランプを掲げる腕に、何か金色の腕輪のようなものが光っているのを見た。
 ――刻まれた、二つの円を繋げたような印。
 ――ロカッティオで見た、「双頭の巨人」の信奉者の印。
 「おや?」
物陰に潜むルークに気づいて、男は足を止める。
 「そんなところに隠れていたのか」
 「……。」
ルークは、男の背負った銃を見た。それに、がっちりとした体つき。軍人だろうか。こちらは丸腰。争って勝てる相手ではない。だが、退けなかった。
 「お前たちの狙いは何だ? はるか昔にいなくなった巨人と、コアを盗むことに関係があるのか?」
 「ほぅ」
時間稼ぎのつもりだった。外にいるミズハが、このあいだに決着をつけてくれたら。
 「よく知ってるな、さすが未開地学者様、ってか?」
一瞬ルークの表情に動揺が走る。男は期待通りとばかり嬉しそうに笑った。
 「なに、驚くことはない。あんたらがうちらを嗅ぎまわってる間、うちらもあんたらのことは調べさせてもらったよ。」
 「……。」
撃鉄がカチリと音を立てた。銃口が、ルークの胸に向けられる。
 「迷惑なんだよな。学者様に嗅ぎ回られるのも、あんな化物を味方に引っ張り込まれるのも」
 「化物…?」
 「表に居るだろ? ほれ」
意味を理解するのに、しばらくの時間がかかった。ようやく飲み込んだとき、ルークの胸には怒りがこみ上げてきた。
 「ミズハは化物じゃない!」
 「化物だろお? あんなもん人間じゃない。姿は可愛らしいお嬢さんだが、神魔戦争を生き残った魔女の娘だって…」
 「違う」
 「違わないね」
にやりと笑って、男は引き金に指をかけた。
 「もっとも? うちらだって、化物に憧れてついてきたわけだからなあぁ。うちら両方とも最高にイカれてるんだよな! アハハ、ハハハッ」
ルークはぎゅっと目を閉じた。駄目だ、この距離からでは逃げられない――
 ばしゃん、と水がはねた。
 「やめて!」
パン、と乾いた音が洞窟に反響する。弾が逸れた。ルークは水中に引きずり込まれる。ロアラだ。
 「ぬあっ、くそ、人魚… 岩を守る人魚かっ」
ロアラはルークを洞窟の奥の壁に捕まらせ、自らは銃を構えた男のもとへ戻った。その足を捕まえ、力いっぱい水中に引きずり込む。見かけによらず、すごい力だ。
 「こ、こいつ…」
水中をひらひらと泳ぐロアラめがけて、何発も銃弾が打ち込まれる。だがロアラはひるまない。這い上がろうとする男を何度も引きずり込み、水をかけ、沈めようとする。男は銃弾が突きた銃でロアラを殴りつける。それでもロアラは男から手を離さない。その激闘を、ルークはただ見ているしかなかった。
 やがて男の動きは次第に鈍っていった。
 水中に没したまま、完全に動かなくなる。力を無くした手が、白い花のように水中に広げられている。水は血で赤く濁り、髪を振り乱して自らの血にまみれたロアラが亡霊のように立っていた。青くきらめくウロコはあちこち剥がれ落ち、痛々しい傷跡を晒している。
 「ロア、ラ…」
 「行って」
ぽつり、と彼女は背を向けたまま呟いた。
 「行ってください。そしてもう、ここへは戻らないで。」
 「でも」
 「わたしは… 最後の瞬間まで、お父様とともに」
いつの間にか、表の衝撃が静まっている。ルークは、濡れて重くなった上着を脱ぎ捨て、水滴を振り払いながら洞窟を出てみた。
 そこで見たものは、呆然として立ち尽くすミズハと、意識を失って倒れている金の腕輪の男の体。そして、
 月明かりの湖に浮かぶ、一艘の大型ボートだった。
 「武器を捨ててくれ、と言う必要は、無いようだな。」
ボートの先頭に立つ男は、冗談めかして笑った。その後ろには縛られたカーリーとナユタが、それぞれ銃を突きつけられている。
 「妙な動きをしたら、一人ずつ死ぬことになるぜ。なに、大人しくしていてくれれば、すぐに終わる。」
ボートから数人がばらばらと降りてきて、気を失っている男の側に駆け寄る。
 「どうだ?」
 「生きてはいますが、アストラル体が相当傷ついてます。こいつはしばらく使えません」
 「ふむ。もう一人は」
 「中に居ます!」
洞窟を覗きこんで叫ぶ。「ただ、死んでるみたいですね、ありゃ」
 「おやおや」
指揮官らしきボートの先頭の男は、首を振った。
 「なら捨てておけ。」
ボートの後ろから、町のほうにいた影の巨人たちが湖水をかきわけて近づいてくる。全部で四体。体から水を滴らせながら、島を取り囲む。
 「あなたたち…」
カーリーの視線に気づいて、男はうっすらと笑を浮かべた。
 「あの巨人かい? 素晴らしいだろう。コアに適合する人間が、ようやく少しずつ見つかりはじめたんだ」
 「…人間にコアを埋め込んだということ? そんなことをして…。」
ナユタは今にも飛びかからんばかりの形相だ。銃口を突きつけられて、隣にカーリーさえいなかったら、縛られたままでも一飛びで男に体当たりを食らわせただろう。
 「通常は体を離れて長時間活動は出来ないはずの人のアストラル体にコアを与えて、物質にも干渉できるようにしたってことね。無敵の戦士でも作ろうっていうの? 生身の体にかかる負担は半端じゃ無いわよ。ヘタしたら死ぬ。」
 「わかっていないようだな。これは新たな体、我らの真の姿となる」
 「真の…」
金の腕輪が、ぎらりと光る。
 「”双頭の巨人”がそう望んだのだ。我らは、新たな巨人の民となり、再び世界を支配する」
ルークは、ずきりと頭が痛むのを感じた。狂気に満ちた演説のせいだろうか。極度の緊張が続いているせいだろうか。すべての音が、一瞬、遠ざかる。
 「さあ、仕上げだ。お前たち。」
男が合図すると、影の巨人が腕を振り上げる。
 「駄目…」
振り返るミズハを、巨人の手ががっちりと掴む。
 「きゃ、ちょっと…離して!」
 「ミズハ!」
巨人が腕に力を込める。ミズハは悲鳴を上げた。翼を出していない状態のとき、つまり完全な人間の姿のとき、ミズハは、ただの生身の女の子に過ぎない。
 「やめろ!」
駆け寄ろうとしたルークを、別の巨人が殴り飛ばす。大岩にたたきつけられ、体の奥で何かが途切れた。目の前が真っ暗になる。
 「ルーク君!」
立ち上がろうとしたカーリーが、銃底で殴られてボートに倒れこむのが微かに見えた。呼吸が出来ない。体はバランスを失って、水際まで沈み込んでいく。衝撃が走り、背後で岩が砕けた。喋る大岩の最期だ。巨人たちによって砕かれた岩が四方に飛び散るとともに、悲鳴にも似た甲高い叫びが、湖に、町に、周囲の空間に、波紋のように広がっていく。

 意識を失っているはずなのに、ルークにははっきりと見えていた。

 岩の中から、キラキラと輝きながら浮かび上がる青白いものがある。ロアラが守っていた、祠の中に収められていたもの。
 この大岩の――かつて湖の守り神だった、彼女の父親なる存在の”コア”だ。
 彼は無意識に、それに向かって手を伸ばす。守ろうと… あるいは、単純にその輝きの美しさから…。



 空気が爆発した。
 「?! 何だっ」
無数の気泡とともに沈んでゆく岩のあたりから発せられた衝撃波がボートを大きく揺らし、カーリーとナユタがぶつかる。巨人の体がゆらぎ、ミズハを捕らえていた手が緩む。
 咆哮とともに立ち上がる、黒い影。それは、他の影たちと比べてもはるかに大きく、威圧するような雰囲気を纏っている。
 「そん、な」
不安定にゆらめきながら、新たに現れた影は、一振りで周囲を取り囲んでいた他の影たちをなぎ倒す。水の蒸発する白い湯気が体の周りに渦を巻いている。
 「何だ…これは…?」
巨人の信奉者たちはうろたえ、どよめき、為す術もない。隙をついて縄を解いたカーリーとナユタは、水に飛び込んだ。
 「くっ、お前ら…」
銃を構えようとした男の腕を、白い光が貫く。
 「させないよ!」
巨人の腕から逃れたミズハが立ちふさがる。その隙に、カーリーたちは辛うじて水面に出ている岩の残骸の上にたどり着く。
 「ちっ」
男は腕を抑えながら、船室の中へじりじりと後退する。
 新たに現れた巨人は、なおも荒れ狂っている。
 ミズハは、半分沈みかけながら、かろうじて水面に浮かんでいるルークの体を見つけて舞い降りた。カーリーたちもそこへ駆けつけてくる。
 「何なの、あれ。ロアラがやってるの?!」
 「ううん…違う」
ミズハは首を振り、唇を一文字に結ぶと、ルークの頭が沈まないよう、そっと両手で岩の上に載せた。そしてぽつりと一言。
 「見てて」
 「えっ、見ててって…」
 「ルー君の体!」
言うなり、彼女は再び空へ舞い上がる。その様子に、何故か胸騒ぎがした。
 あらためてルークの体に視線を移したカーリーは、思わず口元に手を当てた。 
 「そんな、…」
真っ白な顔と、力なく傾いだ首。よほどの衝撃で吹き飛ばされたのだろう。おそらく背骨と、首が折れている。ほぼ即死だったはずだ。
 駆け寄ったナユタが、ルークの首の脈を確かめる。
 「…駄目だ」
びくりとも波打たないは、絶望を物語っている。
 「どうして、こんな」
カーリーは、水の中に座り込んだ。「こんなことって…」
 ナユタは、黙ってルークの瞼に触れ、閉ざそうとした。と、その指先が止まる。
 「…?」
指先に、呼吸がふれた気がしたのだ。
 「どういう…ことだ?」
 「どうしたの」
いや、勘違いではない。
 瞼がぴくぴくと動き、弱々しいながらも呼吸が戻ってきている。たった今まで脈もなく、真っ白だった肌に僅かに赤みが戻り始めている。
 「カーリー! これは、一体…」
不自然に曲がっていた体がゆっくりと動き始める。おそらく本人の意志ではない。体の中で発生している変化が、自然に動かしているのだ。その変化とは紛れもなく、破損した肉体の修復。ナユタは、信じられないという顔をしてもう一度ルークに触れる。
 「そんな、確かにさっきまでは」
 「……。」
死んでいたはずの体に、生気が戻っていく。
 カーリーの脳裏に、谷の入口で撃たれて倒れた時の光景が蘇っていた。あの時、確かに胸を撃たれていた。貫通していたように見えたが、それにしては出血も少なく――。
 てっきり狙いを外したのかと思っていたが、そうではなかったのだ。狙いは正確だった。無事だったのではない。――蘇っていた、のだ。

 いつの間にかボートは逃げ去り、頭上には、咆哮を上げる巨人と、それを貫く無数の鳥たちの姿があった。ミズハは、最後に残った他とは異なるひときわ大きな巨人を遠くへ行かせまいと、懸命に邪魔をしているようだった。
 谷で出会った時に感じた、不安定なアストラル体の正体に、カーリーはようやく思い当たった。
 ロカッティオで起きた事件の話は、すでに聞いている。無理やり引き出され、コアを埋め込まれたルークのアストラル体が暴走したこと。、今回は違う。肉体の「死」によって体から追い出されたアストラル体が独立して動き、その一方で肉体は死から自動的に再生されようとしている。
 通常の人間の場合、肉体が死ねばアストラル体も死ぬ――たとえ肉体の死後、一定期間”幽霊”として残留する場合があるにしてもだ。だがルークの場合、肉体の死は、死から再生されるまでの一瞬、気を失うのと同じ事なのだ。

 ミズハが、ルークの体の側に舞い降りてきた。彼女の周りで白い光に包まれた鳥たちが弾けて消えてゆく。
 「ルー君、生き返った?」
彼女は、こともなげに言う。
 「ミズハちゃん、これは一体…」
返事を待たず、少女は水を蹴立ててルークの側に近づいていき、側にしゃがみこんだ。
 「大丈夫ね。せーの…」
肩を掴んで、上半身を起こす。
 「目を… 覚まして!」
両手で思い切り頬を引っぱたいた瞬間、ルークの体の輪郭に沿って光が走った。巨人がぴたりと動きを止める。ルークの瞼が動くのと同時に、影のような巨人の姿は、かき消されるようにして夜に溶けていく。きらきらと輝く青い光だけが残り、それは水面に向かって落ちていきながら、静かに溶けて消えてしまった。
 「……。」
ルークは、ぼんやりとした目で空を見上げている。
 「ルー君。あたしが分かる?」
 「…ああ」
視線を動かし、力なく応える。「ごめん、おれ…また」
 ミズハは微笑んで、ルークの肩を抱く。
 「大丈夫、今回は何も壊してないから。大丈夫だよ。」
カーリーもナユタも、あっけにとられて二人のやり取りを聞いていた。

 月はいつしか姿を消し、東の空は次第に明るさを増しつつある。
 湖は静まり返り、もはや何も気配も放っていなかった。


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