る大岩


 ルークとミズハ、向かいの席にはカーリー、それにナユタ。
 本部へ向かうという二人とティエラの駅で合流した後、すぐに列車に飛び乗った四人は、今は、互いの情報を交換して一息ついたところだ。窓の外には、来た時と同じ風景が逆さに再生されてゆく。列車は同じ線路を西へ、大陸の中央へ向かって走っている。最後に車掌が巡回してきたのは、国境を越えた午前中。それ以降、特に何もない。

 カーリーたちのほうは、谷を本部からの増援に任せて来たという。
 更紗の木が失われ、谷の住人たちの意気消沈ぶりは大きい。破壊された谷の景観は、ある程度は元に戻せるかもしれないが、更紗の木も、他の壊された聖木や聖石も、元には戻らない。しかも、破壊活動を行ったのが谷の外の人間、というだけならともかく、ティエラ政府が送り込んできた警備兵、しかも未知の力を使っていたとなっては話は複雑だった。

 ルークたちのほうの報告を聞き終えて、カーリーはずっと無言で何か考え込んでいた。ミズハは相変わらず我関せずで読書にふけっているし、手持ち無沙汰のルークは、向かいのナユタに話しかけてみた。
 「列車は、初めてじゃないんですか」
 「カーリーの”協力者”として、何度か本部にも行ったことがある。馬鹿にするな」
ふん、と鼻を慣らすこの獣人の青年は、列車に乗った時からずっと、腕組みをして機嫌悪そうにしている。獣人としての外見が目立つのはイヤなのか、今は帽子で耳を隠し、独特の衣装が隠れる緩い上下の上着を着ていた。
 本部へは報告のために行くのだと、カーリーは言っていた。直接話を聞きたいと、評議会に召喚されているという。ナユタは谷の代表としてついてゆくのだ。ただ、本部支部すべてを含めた意思決定の最高機関である評議会への召喚は、滅多にあることではない。ミズハを連れ帰った時にジョルジュやルークも呼ばれたが、基本的に何か重大な発見や将来的に脅威となり得る事象が発見された時にしか召喚命令は出ない。
 「わたし、本部の連中ってあんまり好きじゃないのよね」
窓際に頬杖をついているカーリーが、呟く。「事件は会議室で起きてるわけじゃないってのに、全然わかってない」
 評議会を構成するメンバーの半数は学者あがりだが、研究室にいて報告を受けるだけの仕事をしてきた場合がほとんどだ。残る半数は各国の研究機関などから来ている、お役人肌。政治的な思惑から調査に口出しすることも多く、現場の未開地学者たちからは嫌われていることが多い。
 「特に今回は、ティエラとの政治問題が絡みそうで。はぁーあ、今からユウウツ…」
大げさにため息をついて、カーリーはルークたちのほうに向き直った。
 「ルーク君はいいわよねえ、支部所属で。本部直属はキツいわよぉー。ほんと…」
 「そうなんですか?」
 「全然違うわよ。君、本拠地フォルティーザでしょ? あそこ珍しく元現役の未開地学者が支部長じゃない。」
 「…それは、まあ」
ジョルジュは常に、各地で活動する未開地学者たちの便宜を図って動いてくれる。それを不満に思ったことはない。評判が良いのも知っている。ただ、長い付き合いにも関わらず得体の知れなさがあり、ルークにとっては苦手な人間の一人だった。
 「だいたい、政治が絡み過ぎなのよ。今回の件だって、本部はティエラを牽制するいい機会くらいにしか思ってない。もともとティエラは、あの谷を自国の領土だと強く主張し続けていて、谷へ入るのに関税を取るとか、未開地学者の調査も自分たちの許可制にするとか、馬鹿馬鹿しいことを言ってたからね。ティエラの兵士が谷を荒らして都合よかったとか思ってるんじゃないのー。いま必要なのは、谷の獣人たちのへの精神的な支援と再発防止を含めた現状調査でしょうに…。」
 「……。」
カーリーの所属組織に対する愚痴は、止まる気配がない。谷の人々の信頼を無くしてしまいそうな物言いが心配になって、ルークは、おもわずナユタのほうを見る。
 「このくらいは何時ものことだ。」
 「…そうなんですか」
だが、どれだけ文句を言おうとも、国家連邦や支援者との間を仲立ちしてくれる”協会”という組織の支援なしに、個人で未開地への調査を継続することは難しい。”協会”があるからこそ、各々の未開地学者たちの成果が、特定の国に独占されることなく共有されているという側面もあるのだ。。
 「ん…なんだろう、あれ」
ふと、それまで我関せずだったミズハが顔を上げ、窓の外に視線をやった。それとほぼ同時に、列車は急ブレーキをかけ、車体ががくんと大きく揺れた。
 「きゃっ、何?!」
 「っと…」
頭上から零れ落ちそうになる荷物をナユタが素早く受け止める。車輪とブレーキに締め付けられて軋む線路のあげる甲高い悲鳴が、社内に木霊した。やがて列車は完全に止まってしまう。
 「何だ、何かあったのか」
 「どうした」
前後の客車からばたばたと乗客たちが駆け出す音がしている。
 「皆さん落ち着いてください。線路上に障害物があるようで確認のため急停車しました。列車から出ないでください。」
車掌の叫ぶ声。ルークは窓を押し上げ、外に身を乗り出した。同じように身を乗り出して進行方向を確かめている乗客が多数いる。行く手には、巨大な岩の塊が落ちており、線路を塞いでいた。
 「あらー、まあ。何かしら一体」
 「この辺りに、土砂崩れになるような山はないですよね?」
列車はティエラを出て、隣国の郊外にある平原を走っていた。周囲にほとんど起伏はなく、道路も、町も、それどころか民家すら無い僻地だ。急ブレーキで止まったことからして、列車の乗務員たちは、ここにくるまで障害物のあることを知らなかったようだ。
 「テロだったりしないですよね」
 「まさかー。列車に要人でも乗ってるならともかく、スパイ小説じゃあるまいし」
カーリーは手をぱたぱたと振って気楽に笑う。
 「でも、確かに妙ねえ。何なのかしら。工事用の土砂でも運んでたとか?」
 「それにしては近くに車があるわけでも…って、」
開いた窓から、ひょい、とカーリーが飛び降りた。
 「カーリーさん!」
 「ちょっと調べてくるわ」
 「おい、カーリー」
ナユタが続いて飛び降りる。「一人でうろうろするな」
 「ちょっ…」
カーリーたちは、乗務員の制止を振りきって岩のところまで駆けていく。乗客たちも岩の前で記念写真を撮ったり、上に登ってみたりとなど呑気なものだ。
 「……。」
ルークは、隣のミズハを見た。「…意外だな」
 「何で?」
 「いや、真っ先に飛び降りるかなって」
 「ここからでも見えるし。」
 「しばらく、動かなさそうだよね。」
 「だな。」
少女は、窓際に立ってじっと岩を見つめていたが、すぐに興味を無くしたようで、元いた椅子の上に腰を下ろして、本を広げなおした。そのほうが賢明なのかもしれない。ここから通信機で最寄りの駅まで連絡するにしても、代わりの輸送手段がすぐに見つかるとは思えない。
 カーリーたちが戻ってきた。
 「ただいまぁ。ふー、駄目ねあれは!」
椅子にどっかと腰を下ろすなり、カーリーは手をぱたぱたさせて汗を乾かしながら言った。「けっこうな量の土砂で線路が完全に埋もれちゃってるみたい。どかすのに一日かかりそうよ。今日はここで一泊かしらね」
 「いや、もっとだ」
ナユタは、落ち着かなさそうに耳をひくひくさせている。獣人の聴力は、人間の何倍もある。「…乗務員の話では、この辺り一体、同じように土砂があちこちに落ちている、らしい。他にも線路が埋まっていると」
 「ええー? ほんとに? 何の嫌がらせかしらー」
カーリーは渋い顔だ。「急いで本部に戻らなくちゃならないっていうのに、もぅ」
 「あちこちに土砂…って」
ルークは、窓の外に視線をやる。こんな、辺境の何もない場所で?
 「最悪、ティエラの駅に逆戻り、線路復活まで待機! って話になりかねないわねえ。うーん」
ひとしきり涼んだカーリーは、自分の荷物から折りたたんだ地図を引っ張りだす。
 「ここだと、湖突っ切れば街道まで出られるのよ。街道沿いに乗合馬車を乗り継いだほうが良さそうね」
 「湖?」
 「ロマナ湖、聞いたことあるでしょ? ”喋る大岩”のある――」
ぱたん、と本を閉じ、ミズハが顔を上げた。
 「それ、ほんと?」
 「おおっ、食いついたわねーミズハちゃーん。見たい?」
 「見たい見たい」
 「おっしー、じゃ決まり! 途中下車しましょ。ナユタ、支度して」
 「だがカーリー、その湖までが遠い…」
 「半日も歩けば着くわよ! ここで一日箱詰めにされてるよりはマシでしょっ。ほらほらー、行くわよー」
そう言いながら、カーリーは自分の巨大なリュックを軽々と背負う。ナユタはため息まじりに調査用の機材とおぼしき荷物一式を両手に持ち、ルークたちもそれぞれ、自分たちの荷物を持つ。立ち往生した列車を置いて歩き出したのは、彼ら四人だけだ。
 「日暮れ前には町につけるはずよ、多分ね」
リュックを背負っているにもかかわらず、カーリーの足取りは軽い。地図を片手に、迷った様子もなくまっすぐに南を目指している。
 「この先に川があるの。それに沿っていけば町までたどり着ける」
果たして、草原の先には幅20メルテ近い川があった。だが、想像していた「川」とは違い、水はよどみ、岸辺には赤っぽい土があらわになっている。
 「どうしたんだろう、上流で旱魃でもあったのかな」
 「そんな話は聞いてないけど…」
ともかく僅かながら水は流れている。沿っていけば、湖にはたどり着けるはずだ。
 歩いているうちに、川が干上がっている原因は何となく予測がついてきた。
 行く手のあちこちに、線路を塞いでいたような土の小山が出来ているのだ。このあたりの土では無さそうで、灰色っぽく、泥といってもいい粘り気を持っている。その大半が川沿いに積み上がっており、川の真ん中で流れを塞いでしまっているものもあった。
 「まるで、泥の巨人が体の一部を落としながら歩いたみたいね」
カーリーは、本気とも冗談ともつかない表現をする。
 「嫌な臭いがする」
鼻の良い獣人のナユタは、始終顰め面だ。

 点々と続く泥は、やがて行く手に町が見え始める頃になるとほとんど無くなっていた。


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