法使いの住む町


 数日続いた雨が止んだあと、晴れ渡る空の下、ロカッティオの町は洗われた姿を晒している。
 二人は、下の村ヘ降りるため、広場に面した貨物列車の停車場で待っていた。
 「おや? あんたたち」
貨物列車から降りてきたのは、ロカッティオへ上がる時も列車を運転していた機関士だった。「町で何やらばたばたがあったようだが…どうやら無事だったようだね。今から帰るのかい?」
 「はい。お願いできますか。」
 「荷物を下ろし終えたらな。ちょっと待ってて」
貨物列車から降ろされてくるのは、野菜や雑貨、衣類など、広場周辺の店で売られているようなものばかりだ。よく見ると、珍しい調味料の小瓶、葉巻など、この辺りの小さな村では売られていないようなものも混じっている。
 ふと、ルークは気になって尋ねてみた。
 「ここの商品って、どこから来るんですか」
 「うん? 大半は、下の村からだが… 個人で注文して遠くから届く荷物もあるぞ。ほら」
積み上げられた荷物の中には、宛先に個人名の書かれた、異国からの箱も積まれている。
 「この列車は郵便も運ぶし、ごくたまに、外からくる奴を乗せることもある。あんたらみたいにな。」
”コア”も、こんな風にして外の世界から運び込まれてきたのだろうか。だとしても、誰もその存在には気づくまい。

 荷物の積み下ろしが終わり、空っぽになった貨物室に乗り込み、来た時とは逆方向に山を下ってゆく。久しぶりの地上。見あげれば、ロカッティオの町は遥かな青い山々の間に雲に隠れてしまっている。
 「さて、下に降りてきたし、いちどカーリーさんに連絡をとってみようか。」
ルークは、さっき機関士に聞いた事務所で通信機を借りることにした。今回はプライベートの旅のつもりだったから、通信機は持ってきていないのだ。
 未開地に向かう調査船や、救難信号などの通信に必要とする大きな漁船なら必ず一つは携帯している通信機だが、実はかなり高価なものだ。小さな町や村には一つもないことが多く、あったとして、皆で使いまわしていることがある。ロカッティオと下の村を結ぶ列車は、遠方からくる荷物を受取る都合上、連絡用に通信機を持っているということだった。
 ルークが普段使っているものに比べると旧式な通信機のツマミを回し、波長を合わせると、軋むようなかすかなノイズが乗った。
 「もしもし、カーリーさん? こちらルークです」
 『ルーク君! 良かった、やっと連絡くれた』
カーリーの声は、奇妙に切羽詰まっている。嫌な予感がする。
 「…何かあったんですか。」
 『新聞は見た?』
 「いえ、ここのところ見ていなくて。」
 『すぐに確認して。三日前のなら、どの新聞でも載ってるはずよ。わたしたち、これから本部へ向かうの。もし出来たらティエラの駅で落ち合えない? 今、どこなの』
 「まだロカッティオから降りてきた直ぐです。ここからティエラまでだと、四日はかかります」
 『四日後ね。オーケイ、わたしたちも準備が整い次第だからちょうどそのくらいに着く。ティエラの駅に来たら、駅の向かい側にある緑色の屋根のコーヒー屋さん、そこの店長に伝言してくれるかしら? それで落ち合えるはずだから。それから――』
 「ちょっと、ちょっと待って下さい」
ルークは慌ててカーリーの言葉を押しとどめる。「何があったんですか。一体、新聞って…」
  『”白い森”が消滅したのよ』
 白い森。
 西の国にある、「黒い峰」と呼ばれる鋭く尖った山々の間にある、真っ白な木々の茂る森のことだ。ハロルドが調査し、その木々は実は木ではなく、根本で繋がっている一つの巨大な生物の体の一部だと判明した。どういう生物なのかについては、調査が進んでいたはずた。それが、消滅した、とは一体…。
 興奮気味のカーリーとの通信を切ったあと、ルークはさっそく新聞を入手した。三日前、とカーリーは言っていたが、ここ数日の新聞は、その話題でもちきりだった。一面からして”白い森”消滅の見出しが踊り、記事は数ページに渡ってこの事件に割かれている。
 森は保護区になっており、立ち入りは制限されていた。
 進行中の調査の内容からして、木々の正体である巨大生物はほとんど生命活動を停止しており、目覚めて活動を再開するような状態にはなかった。それが一夜にして消えたとなると。
 ここ数日の新聞を集められるだけ集め、ティエラまで戻る馬車の中で確認する。どれも大した情報ではなかった。本部が情報統制しているのか、本当にまだ何も分かっていないのか。
 「”逆さ大樹の谷”に起きたのと同じことが、”白い森”でも起きたのかもしれないね」 
 「そうかもしれない。でも…」
”白い森”があるのは、ここから遥か西の国。大陸の半分ほども距離がある。ほとんど間を置かずに連続して事件が起きたということは、別々の犯人がいるのだろう。
 「狙いは”コア”なんだろうと分かってる。だけど、それを何のために奪うのか目的が掴めないな…」
新聞を捲っていたルークは、ふと、隣からの視線に気づいた。ミズハが、じっとルークの顔を覗き込んでいる。
 「…どうした?」
 「体、もう大丈夫かなって」
 「ああ。もう、このとおり何ともないよ。」
 「そか」
 「何だよ。おれ、意外と丈夫なんだって。病気になったこともないし、怪我の治りも早いほうなんだぞ」
呑気に笑顔を見せるルークから視線を逸らし、少女は、頬杖をついて窓の外に目をやる。
 「だから、…心配なのに」彼女は、自分にしか聞こえない声で呟く。「今の、その体は…。」


 辺境を馬車で移動する二人は、まだ知らない。
 その頃、大陸中でおきつつある”異変”が、本部と未開地学者たちの未来を、大きく変えつつあるということ。
 次々と集まってくる各地からの情報の中、一握りの学者たちは、確かな予感を持って、認めざるを得なかった。

 『神魔戦争は、まだ完全に終わっていなかったのだ』

 と。


表紙 ┃ 戻る ┃ 次へ