法使いの住む町


 ”魔法使いの住む町”、空中都市とも呼ばれるロカッティオは、”逆さ大樹の谷”から北へ国境を越えた先にあり、大陸の北を走る山脈の端にある。
 空中都市の名がついたのは、まさしくそこが、高度3000メルテという高い山脈の中に位置する中空の都市だからに他ならない。今では山岳列車が走っているからいいようなものの、かつては徒歩で訪れることは冒険を意味したほどの秘境だ。外界から切り離されているという意味では”逆さ大樹の谷”の獣人たちに似ているが、限定的ながら外界との接触を行うように鳴った獣人たちと違い、ロカッティオの隔絶されっぷりや時代遅れと思われるどだ。住民たちは魔法使いの子孫を自称し、今でも過去の風習の一部を続けているという。
 ロカッティオのある辺りは、国とまでは呼べない小さな共同体がいくつも寄り集まった都市色の強い地方になっている。そこは「辛うじて」国家連邦に所属しているような状態で、大陸を十字に走る鉄道から遠いこともあり、訪れる者はほとんどいない。

 それだけに、いかにもよそ者なルークたちは目立っていた。見つけた店で道を聞くだけで、ひそひそとささやき声が聞こえてくる始末。
 「なんか、雰囲気違うね、ここ。」
ミズハは困惑している。「警戒されてるみたい…」
 「そうだな。」
ロカッティオへ行きたい、と言ったことも、地元民を警戒させているらしかった。
 ルークが身分証を見せ、未開地学者であることが知られると少しは納得してもらえたが、何故あんなところに行くのか、と何度も聞かれた。どうやらここの人々にとって、ロカッティオは「得体のしれない連中が篭っている怪しい場所」という認識のようだ。
 ようやく道を聞き出し、ロカッティオまで走る唯一の登山列車の駅のある村に辿り着いた頃には、もうすっかり日が暮れていた。
 「この時間からじゃ、上まで行けないな。」
闇に包まれた山脈を見上げ、ルークは、一晩村に宿を取ることに決めた。といっても、観光客が来ることもない村だ。小さな民宿のようなところに何とか部屋だけ借りられたような状態。部屋は狭く、おまけに窓を開けても狭い路地裏で、風景が良いわけでもない。それでも、ミズハは窓から外を眺めている。
 「ロカッティオって、どのくらい人が住んでるの?」
 「うーん、正確な数は分からないな。ハロルドさんが調べた時の話だと、千人くらいだって話だったと思う」
ベッドの端に腰を下ろしたルークは、ふと、脇腹の傷を思い出してシャツを捲った。撃たれた時はひどい衝撃を受けたものだが、出血が収まったあとに見てみると、それほど酷い傷にはなっていなかった。今は赤っぽく盛り上がっているだけで、ほとんど塞がりかけている。もともと傷の治りは早いほうだし、傷も残らずに済みそうだ。
 思えば、この短期間で怪我ばかりしている。
 ルークは苦笑した。危険なはずの調査探検中には怪我をせずに、任務以外では怪我をしているのだから。
 「ルー君、ルー君」
 「ん?」
振り返ったルークは、ぎょっとしてベッドから落ちそうになった。
 部屋の端で、ミズハがひっくり返したコップを宙に浮かせている。水滴は、床に落ちずに彼女の周囲でぴたりと静止していた。
 「ちょっ、何してるんだよ!」
 「面白いでしょ。」
 「面白い…って。」
 「なんかね、あたし周りのものを落ちなくできるみたい。でね」
コップを側の机に置き、そろそろと水滴の間をくぐり抜ける。彼女が一定の距離まで離れると、水滴はふいに重力を思い出したように床に落ちた。
 「ね」
 「へえ…」
ルークは、水滴の落ちた場所とミズハの距離を視線で測る。
 「1.5メルテってところか。そういや、谷で岩が浮いてた時も、2メルテ無かったよな…」
それに、今のミズハは翼を出していない。無意識の状態でも岩を浮かせることが出来ていた―― ということは、彼女の意識にかかわらず、危害を加えようとするもの全てに働きかける何がしかの力、ということになるだろうか。
 「今まで、その力を意識したことはなかったんだよな」
 「うん。だって海から離れたことなかったんだもん。ね、便利じゃないこれ?」
 「…まあ、便利だけどさ。持ち上げたり、移動させたりは出来ないんだよな」
 「みたいなのよねー」
彼女は、首をかしげる。「よくわかんないや。」
 「ま、自分じゃそういうものなのかもな。」
魚は泳ぎ方に迷わない。鳥は無意識に風を読む。人もまた、物心ついた頃には言葉を話し、二本足で走ることを知っている。そこには、なぜ、とか、どうやって、とかいう意識は働かない。しいて言うならば、それが、その生き物の「特性」に過ぎないのだ。


 翌朝、ルークたちはロカッティオへ向かう山岳列車の駅を訪れていた。便数は、一日一便。町の住人むけに荷物を運び上げる時にしか使われないといい、機関部と貨物車しかない二両編成だ。つまり貨物列車なわけで、客席などは特になく、乗りたければ便乗させてもらうしかない。
 「未開地学者だって? そりゃ、一緒に運ぶのは構わないけどさ」
これから空中都市へ向かうという列車の機関士は、渋い顔だ。
 「あんたらだけで大丈夫かい? あそこは、変わり者ばっかりだぞ」
 どこかで聞いたような言葉だ。
 そう、確かカーリーも、「まともな人間がいない」とか言っていた気がする。
 「構いません。知り合いに会いに行くんです」
 「なら、いいけどよ…」
町に運ぶ荷物というのは、生活用品や食料など、普通の町でも売られているようなもの、本や紙、インクなど学者が使いそうなもの。そのほか、「住人からの注文」で運ばれるという、宝石の原石や、よくわからない薬草の束など。
 「あそこの連中は、何だかよくわからん研究をやってて、気味が悪いんだよ。あんたらも、実験台にされないように気をつけるんだな。」
二人を貨物車に載せながら、機関士はそんなことを言った。貨物車といっても、一応は手動開閉式の明かり取り窓がある。乗り込んでしばらくすると、列車は、斜めに傾きながら動き出した。線路はつづら折りに険しい岩肌を続き、その先は、靄の中に隠れている。町は、ここからではあまりにも遠く、ほとんど豆粒にしか見えなかった。

 ガタガタ揺れる山道を、どのくらい走っただろう。
 幾度も薄い靄の中を通り、空気が薄くなったのを感じられるようになってきた頃、列車はゆっくりと速度を落とし、止まった。
 貨物列車の扉が外から開き、機関士が顔を出す。
 「ついたぜ。」
降り立つと、そこはもう、ロカッティオの町の端だった。あまりの絶景に、一瞬言葉を失う。村や町ははるかに遠く、雲の下に広がる大地に張り付いているように見えた。点在する雲が大地に落とす影さえも、まるで絵画のように目の前に広がっている。これまで通ってきた山々、通りすぎてきた国境、さらに地平線の彼方まで続く大地の先には、幻のように海の青いきらめきまで一望できる。
 初めてここを訪れた探検家――ハロルドが、「空中都市」と呼んだのも無理もない。普通の人間なら、こんなところに町を作ろうなどと思うまい。
 「…っと。見とれてる場合じゃないな」
ルークは、ふと我に返った。「ドン・コローネを探さないと」
 「一番高いところに住んでるって言ったよね」
山の上には元々、あまり平地がなったらしく、町は岩壁段々に削った階層構造になっている。貨物列車が着いたのは、その最下層の広場。店は広場の周辺に集まっており、民家には見えない特別そうな建物も、広場から近い下の方の段に建てられている。上の方は、階段のはるか先だ。
 ルークは、ちょっとげんなりした。
 「…これを登るのか」
 「飛んでく?」
 「いや、頑張るよ。」
こんなところに住んでいる住人は、よほどの変わり者に違いない。それとも、こんなところを訪れる自分たちも変わり者なのか。

 町の住人たちは、みな奇妙な格好をしていた。
 とんがり帽子だったり、黒いローブをまとっていたり、長いマントを引きずっていたり。思い思いの格好で、しかもお互い、他人のことは気にしないふうだ。よそ者のルークたちのことも、ときおり不思議そうな顔で眺めるくらい。階段の両脇の家々もまた変わっていて、入り口に動物のツノをかざっていたり、しゃれこうべの形に削った石をデコレーションしてあったり、かと思えば可愛らしいクリーム色の壁に丁寧に飾り付けたブーケを吊るしてあったりと、これまたまちまちだ。町の雰囲気は、一言では言い表し難かった。
 それでも、階層を登るほど、使われている家の数は減っていき、すれ違う人もほとんどいなくなった。崩れかけた廃墟が点在している。広場は、はるか下の方だ。広場を生活の中心とすると、ここは遠すぎて不便ということなのだろう。ルークも少し疲れてきた。
 「これは、ミズハでもなきゃ毎日下ったり昇ったり出来ないな」
汗を拭う。
 「ここの町の住人が、昔は空を飛べたっていうのも信じられる気がしてきたよ。」
 「翼があったのかな?」
 「いや、ホウキとか絨毯に乗って飛ぶんだとか、魔法使いってそういうものらしいよ。神魔戦争の前はたくさん居たらしいけど…」
最上段は、もうすぐだ。行く手には、ひときわ大きな歪んだ石造りの城のような建物が一つだけ、見えている。

 周囲は荒地になっていて家はなく、背後はすぐ切り立った崖。そんな場所に、その家はあった。
 入り口の両脇には蛇を象ったオブジェが並べられ、丸っこい入り口のドアノブは牙をむきだした獣の顔になっている。お世辞にも趣味がよいとは言い難い建物だ。しかも、窓は破れ、壁は崩れかけて、しんと静まり返っている。
 「ほんとに、誰か住んでるのかなあ」
ミズハは、不審げだ。
 「行ってみるしか無いよ。」
ドアに近づくと、ルークはノックしながら大声で叫んだ。 
 「すいません! 誰かいませんか? ドン・コローネさんを訪ねてきたんですが…」
しんとして、返事はない。
 「すいません。誰か…」
 「うるさいのう」
声が聞こえたのは、二階のバルコニーのほうだ。見上げると、バルコニーの手すりに沿って飾られた謎の生物のオブジェの影で、小さな人影が動いていた。 「なんじゃ、お前らは…。」
 「あの」
と、ルークは声のトーンを抑える。
 「カーリー・バークレイの紹介で、ドン・コローネさんを訪ねてきたんです。」
 「カーリー? ふん、あいつ、まだ生きとったか」
白髪頭らしきものが見えた。「ちょっと待っとれ」
 しばらくして、カチリと音がして、目の前で扉がゆっくりと開いた。入れ、ということだろうか。ルークたちは、恐る恐る中に踏み込んだ。
 玄関は、広いホールになっていた。天井は高く、灯りが無いせいで薄暗い。明かり取り窓から差し込むわずかな光が、朧気に、そこかしこに置かれた奇妙なものの姿を見せている。
 床に描かれている円陣のようなものに気づいたのは、ミズハだった。
 「なんだろう、これ…」
踏み込んだとたん、足元の円陣に赤い光が走り、文字のようなものが浮かび上がる。
 「えっ… 何これ?! きゃあああ!」
 「ミズハ!」
ばちばちと光のようなものが少女の周囲を取り巻き、足が宙に浮く。驚いて駆け寄ろうとしたルークは、見えない壁のようなものに勢いよくぶつかり、鼻を押さえてよろめいた。
 「ほうほう、こりゃまた」
奥の階段から、老人がのんびりと下りてくる。褐色の肌に、曲がった背。真っ白な髪は爆発でもしたような格好に固まっており、特徴的な鷲鼻には金縁のモノクルがひっかけられている。
 「珍しく人間の客かと思ったら、人間じゃなかったわい」
 「人間だよっ!」
むっとして、ミズハは翼を広げ、絡まってくる帯状の光を振りほどいて力任せに円陣から飛び出した。さっきルークが跳ね返された見えない壁を通り過ぎる時、ばちっ、と光が跳ね、ガラスの壊れるような音とともに透明な光がこぼれ落ちた。
 「ほうほう、捕獲結界は効かん…と」
 「あの」
ルークは、まだ鼻を抑えたまま、老人に言った。
 「あなたが… ドン・コローネ?」
 「まあそんな名前じゃな。」
老人は階段の下で足を止め、来客たちを見比べた。
 「…で」
面白そうな口調だった。

 「お前たちは、一体、何者なのだね?」


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