都ヴィレノーザ


 時間が来て、ルークたちは会議室に呼び出された。

 てっきりジョルジュもそこにいると思ったのに、別室だという。査問会というから、偉い学者たちに取り囲まれて質問攻めにでもされるのかと思ったが、そうではないらしい。待っていたのは、四人だけ。いずれも老齢に達した、雰囲気からして権威らしき学者たちだ。そのうちの一人は、ルークも顔見知りだった。祖母の紹介で形式的に入学した、ヴィレノーザ大学の学長だ。といっても、卒業証書を受け取りに行った時くらいしか会ったことはないが。
 「これだけですか?」
ルークは、部屋の中を見回した。四人の学者たちの前に、椅子は二つ。
 「そうだ。座りなさい」
ルークは、ミズハを促して自分も腰を下ろす。学者たちの後ろには大きなガラス窓。広い部屋は静まり返っていて、逆に緊張させられる。
 「報告書は読ませてもらった。ルーク・ハーヴィ、君の”霧の巣”探索について、質問がある。正直に答えなさい。」
端の黒縁眼鏡の老学者は、硬い口調で相手の返事も待たずに続ける。「君の訪れた島には、住人は二人だけだった、という認識でよいかね」
 「……。」
ルークは、思わず息を飲み込んだ。「…あの、どうしてそんなことを?」
 「答えなさい。」
 「…質問の意図がわかりません。二人では数が合いません」
 「では質問を変えよう。そこにいる少女は、ハロルド・カーネイアスと現地住民の女性との間に生まれたという。その女性とその子のほかに、住民はいなかった、という認識でよいのかね?」
核心を突いた質問だ。ルークは戸惑い、どう返事してよいか迷った。想定していたいずれのシチュエーションとも異なる。この学者たちは何を聞きたいのだろう。
 だが、彼が答えるより早く、隣のミズハが口を開いた。
 「そうよ。お母さんと、あたしと、お父さんだけだよ。」
 「おい、ミズハ…」
 「成る程。」
今まで喋っていた学者の隣の、やや若い痩せた学者は、手元の資料に何か書き付けている。
 「我々の想定した島の広さからして、住民がいたとしても最大数十人といったところ。それより更に下回る数値ということであれば、想定の範囲内ではある。では次の質問だ。付近に他の島は? 他の陸地の人間との交流は無いのか」
 「無いよ。たまに船が来るけど、島には近づけないし、すぐに遠くにいっちゃうもの」
 「君たちと同種の種族は近くにはいないということだね」
 「同種?」
 「君は自分の種族のことを何と呼んでいる?」
 「……??」
ミズハは眉を寄せ、考え込んでいる。「…どういう意味だろ」
 「すいません、たぶん… その辺りは、本人もよく分からないと」
 「ふむ、まあ宜しい。」
メモする学者の隣、小太りでヒゲを蓄えた学者が次に口を開いた。
 「可能性は低そうだが、敢えて尋ねておきたい。君が島から持ち帰ったものは、島の砂サンプルと、そこにいる少女、それにハロルドからの調査報告書一式、それだけだね?」
 「あの…」
じれったくなって、ルークは四人の学者たちの顔を見回した。
 「一体、この質問は何でしょうか。先生方は、何を知りたいんですか?」
 「”霧の巣”の位置づけをどうするか、その最終判断を下すための材料だ。」
最後に口を開いたのは、ルークもなじみのあるヴィレノーザ大学の学長だった。
 「エレオノール号のことは説明するまでもあるまい。闇の海の向こうにある未知なる大陸のことを、我々は『レムリア』と呼んでいる。今後、レムリアとの関わりをどうするか。探索は行わねばならない。だが、最新の注意を払って、持ち込むものをあらかじめ検査する必要がある。”霧の巣”はレムリアに属してはいないが、闇の海の一区画にある。調査制限をかける危険区域かどうか。もっとも」
老学者は、ミズハを見てにこりとした。少女は、良くわからないまま笑顔で応える。
 「その島には、危険より不思議のほうが多そうだがね。」
 「報告書にも書きましたが、あの島は並の船では近づけません。海竜を動力源とするハーヴィ号でも、近づくには彼女の手助けが必要でした」
 「そのようだ。無許可で上陸する船の心配はしなくてよいだろう。ただし、世論が騒いでいる。今後は、闇の海全般について、今まで以上に調査制限が厳しくなることは避けられん」
そう言って、老人は指を組んだ。
 「探索だけではなく、闇の海の海域を航行することはそのものが制限対象になるだろう。意図せず危険なものを持ち帰らないように、という理由からな。そういうわけで、お嬢さん、しばらくは島に戻っていただくことが出来ない」
 「構わないよ」
少女は、平然という。「それに、今の話って船で帰るときの話でしょ? 帰りたくなったら、空飛んで帰ればいいよね」
 「ははは、出来るのかね。遠いよ」
 「大丈夫。海なら迷わないもの」
学者たちは顔を見合わせ何か囁き合っていたが、ややあって左端の黒縁眼鏡の学者は、再び口を開いた。
 「――ところでミズハ君、もう少し聞いてみたいことがあるのだが」
 「なあに?」
 「好きな食べ物は何かね」


 何時間、質問攻めにされていただろうか。ルークたちが解放されたのは、夕方近くなってからだった。

 権威ある学者たちに囲まれるのにも、答えづらい質問ばかりされるのにも疲れ、ルークとしては、一刻も早くベッドに倒れこみたいところだった。今夜の宿は、本部の客舎を借りることになっているはずだった。
 学者たちは、最初からミズハを危険視はしていなかったらしい。ただ、エレオノール号の惨事と重なったことが悪かった。エレオノール号と同時期に、同じ闇の海から「未知の人間を」連れ帰った、というだけで、過剰に反応する学者たちもいるのだという。

 「これは君が知っておく必要はないことだが、メテオラは、ハロルド・カーネイアス本人が帰国していないことを不満に思っているのだ。」

解放される間際、ヴィレノーザの学長は、ルークにそっと耳打ちした。メテオラは、ハロルドの所属した国。国家連邦の中では、このフィオナと双璧をなす大国で、大陸の西のほうの平原地帯にある。
 元々、フィオナとメテオラの仲は良くない。――というより、かつて軍事大国として多くの兵を戦場に送り出していたメテオラとしては、国家連邦の盟主に相応しいのは自分たちだという自負が今もあり、フィオナのやり方を嫌っている。闇の海に対しても、もっと積極的に調査し、活動範囲を広げるべきだという強硬路線を取っている。いわく、「敵がいるならば打ち倒せばよい」だ。
 神魔戦争終結後、多くの国が軍事力を失ったままになっている現状においても、メテオラだけは相変わらず国軍を有し、新しい世界の理に法った兵器の開発に余念がない。そのことは、国家連邦にとって不安の種でもあり、しばしば非難の的にもなるのだが、再び戦争が起きないと言い切れない現状では、誰も表立って強く言えない。そんなメテオラがハロルドの生家のある国なのだから…、ミズハの立場が微妙なのも、仕方ない。
 結局ジョルジュは戻ってこず、ルークは先に客舎にチェックインを済ませることにした。数日後には、ヴィレノーザを後にする。この町でやりたいことが特にあるわけではなかったし、ミズハではないが、近くに海がないのは落ち着かなかった。港で一人で待っているジャスパーに、早く会いたかった。
 「ねえ、ルー君」
ベッドに横になって天井を眺めていたルークの目の前に、ミズハの顔がひょっこり見えた。隣の部屋にいるはずだったのだが。
 「ノックくらいしろよ」
 「したよ。」
 「…用事は?」
 「外、探検してきちゃダメかな」
ルークは、ベッドの上に起き上がった。 
 「今日は疲れてるんだ。迷子になるだろ、一人はだめ」
 「えー…」
少女があまりにも残念そうな顔をするので、ルークは逆に申し訳ない気分になった。
 「…わかったよ。ちょっとだけだぞ。もう日も暮れるんだし」
 「わーい! ありがとう」
跳ねるような足取りでドアに向かうミズハの後ろ姿を見ていると、自然と笑みが零れた。
 心配する必要はない。彼女は、…変わった力は持っているけれど、れっきとした人間だ。


 外にはもう、夕闇が迫っていた。
 家路を急ぐ人々の中、通りには街灯が灯りはじめている。それでも通りを行き交う人の数は変わらず、商店街のある通りは買い物客で賑わっていた。
 店の並ぶ通りに入るや、ミズハは何やらそわそわしはじめた。
 「本屋さんないのかな、本屋さん」
 「本屋? 何買うんだ」
 「”王子ルードヴィッヒの冒険”の新刊!」
 「……。」
確か、島からの航海中、ミズハがずっと夢中になって読んでいた小説。船旅の伴にと、何となく積んで…。確か、船出の時には三巻までしか出ていなかったが、今なら新刊が出ているかもしれない。
 「まあ、いいけどな。おれも読みたいし。」
この読書好きは父親の影響なのだろうか。
 本屋を出た時、辺りはもうすっかり夜になっていた。明かりに照らされたショーウインドウが通りを照らし、そこかしこの路地に魅惑的な光が点滅しはじめている。
 ミズハが気を取られて、帰路はいっこうに進まない。
 「ミズハ、もうちょっと真っすぐ歩いてくれないか。疲れてるし、早く帰りたいんだ」
 「ご、ごめん」
都会の夜は、わけもなく不安にさせた。人が多すぎる。それに、この町は広すぎて、道もあまり良く知らない。
 人ごみの中、帰り道を急ぐルークの肩に、どん、と誰かがぶつかった。
 「あ、すいま…」
言いかけたルークは、はっとしてポケットをさぐった。
 「やばい、やられた。」
 「え?」
 「スリだよ。泥棒!」
振り返ると、黒っぽい帽子の男が走り去っていくのが見えた。
 「くそ、小銭入れ…」
 「逃しちゃだめ!」
ぱっとルークの手を振りほどくや否や、ミズハは駆け出した。
 「お、おい!」
 「こらー、泥棒―!」
人々が振り返る。追いかけてくる少女の声に気づいて、帽子の男は速度を上げた。次々と人にぶつかり、跳ね飛ばしながら狭い路地に逃げこむ。
 「待てー、とまれえええ」
 「ミズハ! 待て!」
小柄な少女は人ごみをうまく躱しながら全速力で駆けていく。ルークは必死で少女の後を追いかけるが、追いつける気がしなかった。
 見失ったら、面倒なことになる。
 「ったく、どうしてこう…」
路地裏から路地裏へ。スリの追跡劇は諦めない追跡者と必死な男との間で決着がつかないまま、ついに町はずれの城壁まで辿り着いた。明かりもなく、民家もない。古い時代の戦争の思い出として残された、今では特に何の役目も担っていない城壁は、半分崩れかけ、時を経るままの姿を晒している。
 逃げ場を失った男は、城壁を登りはじめた。
 「待ちなさいよ!」
ミズハも迷いなく後を追いかける。ルークが追いついたのは、ちょうど少女が城壁の半ばまで達した時だった。地上からは20メルテはある。
 「ミズハ!」
男はすでに城壁の上。しつこい少女に辟易したのか、何かを取り出し、ぽいとその場に投げ捨てて城壁の反対側へ姿を消した。やっとのことで城壁の上まで上り詰めたミズハは、男が投げ捨てていったものを拾い上げる。
 「小銭入れ…ってこれ? ルー君」
城壁の上で、何かを掲げる。
 「多分そう! よく見えないけど…。いいから、早く降りてこい! 危ないぞ」
 「うんー」
暗くて、もう足場も見えない。足を滑らせたら、怪我をせずには居られない高さだ…
 「あ」
ルークが、そう思った瞬間。もともと脆かった城壁の一部が崩れ、ミズハの体が傾いた。
 「危ない!」
彼女なら飛べるはず、――だが、海から離れた場所では、飛べないかもしれない、と…
 ミズハはとっさに翼を広げたが、体はそのままバランスを失って、城壁から滑り落ちる。
 「きゃああ!」
ルークは無我夢中で落下地点へと駆けつけた。受け止めようと手を伸ばすが、間に合うはずがない。地面に叩きつけられた、と彼は思った。最悪の事態を予測して暗がりの中に目を凝らす。
 だが、音は何もしなかった。声も。
 「…ミズハ?」
 「ここ」
すぐ近くに、自分自身びっくりしたような顔の少女が、硬直したまま宙に浮いていた。目をぱちぱちさせ、ぎこちなくルークのほうを向く。
 「びっ…びっくりした。」
どうやら、無事なようだ。
 ほっとすると同時に、少し腹がたった。
 「びっくりしたのは、こっちだ! 無茶するな」
 「ご…ごめんなさい」
近づこうとして、ルークは、いつもと様子が違っていることに気づいた。 
 ミズハの翼は、いつものように白っぽい輝きを帯びていない。そして彼女は、ただ浮いているだけで、飛んでいるようには見えない。周囲には、一緒に落下してきたらしい城壁のかけらが一緒に、彼女とほぼ同じ高さに浮いている。それらは、ミズハが地面に足をつけると同時に、突然重力を思い出したかのように地面に落ちた。
 「…今、何したんだ?」 
 「えっ」
 「石が浮いてたぞ」
 「…えっ?」
ミズハは、周囲を見回す。
 「飛べなかったのか」
 「ううん…飛べる。ここでも飛べるよ。でも、風が重くて、思うように飛べないみたい」
 「今、飛んだろ」
 「うん…多分…」
良くわからない、という顔をしている。だとすると、意図的なものではなく本能的な動作なのか。ルークは、ひとつため息をついて少女の手をとった。
 「まあいい。今度こそ、ほんとに帰るぞ。だいぶ遠くまで来ちゃったからな、道が分かるといいけど…」
 「ねえルー君」
 「なに。」
 「はい、これ」
少女は、笑顔で取り返した小銭入れを差し出した。
 「…ああ、そうだったな。ありがとう」
 「えへへ」
悪気がないのがわかっているから、怒るに怒れない。ルークは、無鉄砲で気が抜けないが、この少女に振り回されるのが嫌ではないと思っている自分に気づいた。アーノルドに振り回されるのと同じようなものだからだろう、と彼は思った。どちらも、放っておけない感じがするのは同じだった。ただ、こちらのほうは…、放っておくと、何をしでかすのか分からない危うさも持っているが。


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