町フォルティーザ


 事件から一夜明け、町はまだ元通りとは言えない状態にあった。
 結局、エレオノール号は全焼。焼け焦げたまま港の大半を占拠しており、周囲は本部からの増援で封鎖され厳戒態勢にある。類焼した船や倉庫もあり、けが人も出ている。死者が出なかったのが幸いだったが、決して軽い被害ではなかった。今も港は立ち入りが禁止され、残りのサンプルの調査が、現地で慎重に進められていた。
 岩のような生き物はあれだけで、今のところ他には見つかっていないが、危険だという理由から、残りの岩石サンプルも廃棄される見込みだという。取れるデータだけは取っておこうと、アーノルドをはじめ鑑定班は現地で必死の調査を進めている。
 そんなわけで、目下のところ脅威ではない、――と思われているこちら、ルークたちのほうは、半分放置の状態なのだった。


 だが、ジョルジュは許してくれなかった。
 呼び出されて早々に、ルークは支部長室に連れて行かれた。
 「さて? まずは言い訳を聞きましょうか」
 「…すみません」
対面に座るジョルジュは、苦笑して指を組んだ。
 「そう素直に謝られると、後が続かないのですがね。」
 「でも言い訳させてください。おれが知っていたのは、ミズハが空を飛べることくらいです」
室内にいるのは、ジョルジュとルークの二人だけ。気を使って人払いしてくれたというよりも、港の後始末に追われて人手が足りないのが正解だろう。
 ジョルジュは、いつもの薄っすらと笑みを浮かべたような変わらない表情のまま、ルークの瞳を覗きこむ。久しく忘れていた、あの得体の取れない恐れの感覚が蘇ってくる気がして、ルークは思わず視線を逸らしそうになった。だが、ここで信じてもらえなければ、ハロルドから託されたものを台無しにしてしまう。
 「嘘、ではなさそうだ。では彼女の母親のことは?」
 「母親?」
 「ええ。報告のどこにもない、彼女の母親――何者です?」
曖昧な言い回しだが、問わんとしていることは明白だ。ルークは、慎重に言葉を選ぶ。
 「わかりません。会ったのは一度だけですし、ハロルドさんもそれ以上は詮索して欲しくなさそうでした…その、人間ではないかもしれませんが、悪いものではないはずです」
 「ほう?」
ジョルジュは、何か言いたげに口を動かしかけたが、ややあって、止めた。
 「――まぁ、いいでしょう。あなたもハロルドに厄介事を押し付けられた一人のようだ。彼女は、我々と、この町を救ってくれた。ハロルドとあなたに免じて、信じることにしましょうか。」
 「すいません…。」
ルークは、手元に視線を落とした。担任の教師に叱られた生徒のように肩を落としている少年の姿を見て、ジョルジュは一つ、深い溜息をついた。
 「特殊申請は、今週中に通りそうです。私の名前で出していますから」
 「え」
特殊申請は、規定で定められた人間とは異なる能力を持つ知的生命体(人形でないものも含む)に対して発行される滞在許可のことだ。
 「…我々としても、彼女が”普通の”人間ではないことを隠して滞在許可を出す事はできないのです。」
 「はい、それは。だけど――、支部長の名前で、って」
 「何かあった時は、私が責任を取るということ。それだけではありませんがね。ま、…」ジョルジュは、指先で眼鏡を押し上げた。「私としては、かつての同僚の娘の後見人になるだけですから。一人増えたくらい、大したことありませんよ。」
 「……。」
ルークがここに来る前に申請を出しておいたということは、最初からそうするつもりで、結論は出ていたということだ。やはり、この人のことは分からない、とルークは思った。一見冷たく見え、正体の分からない恐ろしさも感じるのに、時として予想している以上の好意と気遣いを見せてくれる。かつての同僚だった祖母グレイスに恩義を感じているから、というだけとは思えない時がある。
 「さて、彼女のところへ行きましょうか。アネットが何か掴んでいるかもしれません」
 「何をしてるんですか」
 「行ってみればわかるでしょう。私も興味があります」
ミズハは、支部に連れて来らてすぐ、別棟の研究室に連れていかれたのだった。嫌がるかと思ったが、本人は興味のほうが先立って、むしろ嬉しそうだった。なんとも呑気なことだが、それだけ人を疑うことを知らないのだろう。だが、昨夜見せたあの力は、使い方を間違えば、とんでもない事態を引き起こす。それは、”協会”の恐れている、神魔戦争を再燃させる引き金にもなりかねない力だ――。


 研究室に行ってみると、ちょうどミズハが空中に荷物を持ち上げさせられているところだった。
 「これはどう?」
 「重たいー。だめだよ、上がらない」
 「ふむー…」
手元の紙に結果を書き付けていたアネットは、研究室に入ってきた二人に気づいて振り返った。
 「あ、支部長。それにルーク君」
 「やあ、アネット。すみませんね、人手が足りないとはいえ、こんなことまで頼んでしまって」
 「いいえー。こういうのは、わたしが適役でしょうし」
これでもアネットは、元は研究員としてバリバリ働いていたカウンセラーだ。結婚と出産で長らく休職していたが、職場に復帰してからはジョルジュの秘書を務めているが、知識や思考は衰えていない。自身が母親になってこともあり、子供の扱いにも慣れている。
 「それで? どうかな」
 「見ててください。ミズハちゃん、ちょっと降りてきて」
少女は、背の翼を軽く一振りすると、ふわりと音もなくアネットの側に降り立つ。ジョルジュは、この姿のミズハを見るのは初めてのはずだったが、驚いた様子はない。それとも、表情に現れないだけなのか。
 「ほら」
アネットは、少女の背の翼に手を刺し通す。「ほらほらっ。この翼、実体ないんですよ! 壁にぶつからない! 便利」
 「ほう…」
ジョルジュは腕組みをする。「第五元素…、とは違うものですか?」
 「おそらく違うと思います。彼女の出す鳥には実体があるんです。というより、ほぼ独立した別の生物のように動きますね。そこに一羽いますが」
と、アネットの指す方向、椅子の背もたれの上に、一羽の白い鳥が止まって、静かに羽根を震わせている。何度も見ていたはずだが、ルークも、この鳥を間近でよくよく観察したことはなかった。ちょっとした首の動き、翼の細部に至るまで、これでは確かに普通の鳥と区別はつかない。
 「写真鑑定で新種の海鳥と判定されたのも、当然というわけですね。しかし、これは本当に――」
そう言ってジョルジュが触れようと手を差し伸べたとたん、鳥はぱっと光の残像を残して消えてしまった。羽根のように、光の粒が舞い散る。
 「……。」
アネットは、くすくすと笑った。
 「支部長のせいじゃないですよ。一定時間経つか、彼女が望むと消えてしまうみたいです」
さすがはアネットというべきか、この短時間で、ずいぶんこの少女の持つ力の特性に迫ったようだ。
 ルークは、足元に並べられた大小さまざまな小包に気づいた。さっきミズハが持ち上げていたのは、その中の一つらしい。
 「これは?」
 「それは持ち上げの実験よ。彼女が持って飛べるのは、どのくらいの重量かって」
 「そんなこと、……」
測ってどうするのか、と言いかけて、ふとルークは思い出した。あの、宙に浮かぶ大岩を浮かべている力…。
 「どのくらいだったんです?」
と、ジョルジュ。
 「えーと。だいたい五十ケルですね。ルーク君ひとりくらいなら連れて飛べそうですよ。」
 「意外と軽いな」
 「重いのは無理だよ!」
ミズハは頬を膨らます。「あたしそんなに力ないもん」
 「…力って、腕の? 翼の?」 
 「……。」
少女は首を傾げた。
 「ふむ、そこは確かに謎ですね」
ジョルジュは、面白そうに二人のやり取りを聞いている。「ところで、その翼ですが――出しっぱなしで疲れたりはしませんか? 飛べる時間や距離に限界は?」
 「んー、一日飛んでるとちょっと疲れるかも。でも飛ばなければ平気だよ。」
 「そうですか。」
 「ね、これって、まだ続く?」
ミズハは、翼をしまった。「そろそろ別のところ行きたいな。ちょっと飽きてきちゃった」
 「おや。それは失礼、アネット。」
 「じゃあ、一緒に博物館へ行ってみましょうか。ここの付属施設で、色んな動物がいますよ」
と、アネットはすかさず、子供をあやしつけるような口調で少女の肩を抱く。
 「ルー君は?」
ルークが口を開くより早く、ジョルジョが彼の肩に手をおいた。
 「すいません、彼はもう少し借りておきたいのです。」
 「そっか…。後でまた会える?」
 「もちろん。」
少女は疑う様子もなく、素直にアネットに手を引かれて行く。ルークは、怪訝そうにジョルジュを見上げた。
 「あの…」
 「申し訳ありません。今日一日は、アネットに彼女を観察させてください」
 「…おれが、まだ何か隠してるんじゃないかってことですね?」
 「そういうわけでは、ないのですが。今は微妙な時期なので」
あやふやで、意味深な口調。
 肩から手を離し、ジョルジュは、アネットの置いていった調査記録を取り上げ、捲った。
 「さっき言っていた”第五元素”というのは?」
 「理論ですよ。失われた世界で使われていた力です。あなたも名前だけは知っているでしょう。この世界では、かつて”エーテル”と呼ばれる力が使われていた」
神魔戦争の時代より前に使われ、今は失われた魔法や道具の一部は、未知なる力を動力源としていた。油や木を燃やすのとは違う。磁石同士が反発したり、引きあったりする力とも違う。その力はエーテルと呼ばれ、概念としての「生命力」に近いものだったと言われる。だが、「神魔戦争」の時代を通してそれは急速に減り続け、ほとんど計測出来ないほどひどく薄まった結果、使うことが出来なくなってしまった。どんなものなのか、どうやって使っていたのかといった情報すら失われ、今では全く未知のエネルギーとなってしまった。
 「しかし、かつて魔法の源として使われた第五元素は、無限に使えるようなものではなかったと聞きます。一日中使い続けられるものとは思えません。彼女が使っているのは、旧世界とは異なる力かもしれませんね。」
 「……。」
物を浮かせたり壊したりするのは、人間でも道具を使えば出来ないことはない。かつての時代なら、「魔法使い」と呼ばれた人々でも可能ではあった。しかし、もし、旧世界で知られていた力とは別の力を使っているとしたら――。

 ミズハが完全な鳥と人の姿を使い分けていることは、まだ気づかれていない。だが、アネットのことだから、教えなくてもいずれ気づくだろう。そして無邪気なミズハは、問われれば知っていることはそのまま答えるに違いない。そう思うと、二人だけで行かせたことを後悔したくもなってくる。ミズハが人の領域から大きくはずれる存在だと感じたとき、ジョルジュは、アネットはどう思うのだろう。拒絶されることが怖かった。或いは、”協会”に危険視されることも。

 いつしかルークは、ほとんど会ったばかりの少女の側に立って考えるようになっていた。無意識のうちに、人と人ではないものとの間に立とうとしている自分に、彼はまだ、気づいていない。


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