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 イオナの国に、また新しい春が巡ってきた。

 その年は、この何十年も絶えてなかったほど、多くの喜びに包まれた。花々は咲き乱れ、鳥たちは歌い、獣たちは多くの子を生んだ。鋤をとる人々は、豊作になることを確信した。霧は朝夕に美しくたなびくだけで、かつてのように濃くかかることはもう無かった。忘却の貴婦人、リアンノンは、スェウとの約束を守ったのだ。月の国に忘れ去られた子供たちが、地上に帰ってきたのだ。ブランのあとを継いでディノディグの領主となったヘドゥンは、まもなく、妻が身ごもっていることを知った。
 一方で、リドランの地は弟のブレイドゥンが継いでいた。雪の溶ける頃、彼のもとにはダヴェドの国の使者が訪れていた。彼らは姫君を伴ってきていた。当時の慣習によれば、指輪を贈ってから三年が、婚約の最大期間と定められていた。その約束の切れぬうちに、彼らは契りを交わすこととなった。喜びにあふれたオルウェンは、花咲き乱れるうように美しく、ブレイドゥンが知っていたかつての少女は、今や誰もが溜息をつく、美しい乙女に成長していた。
 北の果てなるイストラド、また主なき地となったエレリは、それぞれに、仮の主が預かった。戦と魔法で荒れ果てた地が元通りになるまでは、まだ、幾年かが必要だった。
 捕らえられたヘッフドゥンの処遇には、誰もが困っていた。一生を牢で過ごさせるのがよいか、はたまた国外に追放してしまうのがよいすか。しかしある時、スェウが言ったのだ。
 「決めるにはまず、彼の妻をお呼びください。彼女が何と言うかを聞いてみましょう」
そうして、アムレンの妹なる乙女が呼びにやられた。
 やって来た娘は、夫を一目見るなり、驚いて言葉をなくしてしまった。
 「まあ、これが本当に、わたくしの殿なのですか。」
夫婦となる以前より、ヘッフドゥンは姿を変えていたのだった。それで娘も、良人の本当の姿を知らなかった。
 「こんな豚のように太っておいでだったとは。色艶はよくても不恰好だわ。妻まで欺いておられたとは、殿、何とひどいこと」
ヘッフドゥンは声もなく、ただただ、うちひしがれていた。
 「決められよ、奥方。この者と共にゆかれるか、または見捨ててお行きになられるかを」
アムレンの妹、気位の高く芯の強い娘はきっとして、こう答えた。
 「夫の処遇を任せていただけるのなら、皆様方。彼を相応しい豚の姿に変え、野に放っておしまいになることです。わたくしは欺かれました。その偽りに報いたいと思います」
かくて、そのように成された。
 海の王なるディランが呼ばれ、スェウの頼みにより彼らの従兄弟は豚へと姿を変えられた。豚に指はあれども声も出ず、元の姿に戻りたくても戻ることはかなわない。帚に尻をぶたれ、豚は荒地へと追い立てられていった。それ以来、この島では豚は忌まわしき獣となり、ことにイオナとリドランの間では、食卓に上ることはなくなった。豚が<偽りの花婿>と呼ばれるようになったのは、こういうわけなのだ。蹄を額に当てて鳴く豚は、このとき姿を変えられた、不実な若者ヘッフドゥンの子孫なのだと伝えられている。


 その年の夏、青月城では盛大な宴が催され、金の髪のスェウ・スァウ・ゲフェスはマース公から王の証を受け取って戴冠した。それはそれは盛大な宴で、新たな王を一目見ようと、国じゅうから多くの人々がイオナに押し寄せた。
 海からも客人が呼ばれた。波の息子なるディラン・エイル・トンは、数多の珍しい海の幸と、自らの支配する豊かな海の贈り物を携えてきた。美しい声で歌う女人魚たちは城から見える海で泳ぎ、翼の生えたきらめく銀の魚たちが、その上にいくつものアーチを作った。それは誰も見たこともない、素晴らしい眺めだった。
 また彼は、ミル・カスティスの館から、一人の少女を伴って来ていた。白きかんばせの乙女ブロダイウェズ、誰もがスェウと似合いだと口を揃えた。若いふたりはとても幸せそうに見えた。すべての憂いが取り除かれたのを知った時、マース公は心から溜息をつき、ために体じゅうの息が流れだして、そのまま息をしなくなった。こうして、長く寂しい玉座を守ってきた男は死に、気高き妃と、息子のもとへと下っていった。

 スェウは、それから長く国を治めた。
 この島の人々が過去を思い出すとき、それは決まって金の髪の王と、その息子たち治めた時代だった。その御世は、偉大なる王マクセン・ウレディクの頃よりも明るく、勇敢なるイヴァルドの時代よりも、また、輝いていたと人々は言う。
 霧深き大地がいかにして目覚めたか、またいかにして多くの災いが退けられたのか。青くしらしらと照らす月、金の翼と黒き風。
 やがて何世代かが過ぎたのち、戦場に倒れたスタルノ王が口にした通り、海を越え、ルヴァインの猛き戦士たちが強者の島に押し寄せることになるだろう。死に瀕した王の呪いの言葉のとおり、イオナとダヴェドは打ち滅ぼされ、人々の嘆きが響き渡る中、歌い手たちは、過ぎ去りし日の栄光を歌い続けた。

 これは、イオナの国の、過ぎ去りし日の物語。
 呪われた島の、呪われた人々の、―― 運命に抗いし物語。


****青年編 了******

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