◆53


 黒い風のように戦場に現れた男は、真っ直ぐにマースのテントへ向かい、時を残さずリドランの領主の館で起きた出来事を話した。スェウが飛び去ってしまったと知って、マース公の落胆は大きかった。その場にいた誰もが溜息をつき、顔を覆った。その溜息で、正気を吐き出してしまう者がいたほどだ。
 「不吉な報せの運び手は、またも、そなたか。なんということ。わが子グウェルンに続いて、もう一人の息子も失ってしまうとは」
 「殿、ここでしばし、お暇させていただきとうございます。私はスェウを探しにゆく」
 「冥府へ下って戻ってなんとする。戻ってきた者はおらぬぞ。ならぬ、そなたがおらねば、この戦は退けられぬ」
 「案ずることはございません。スェウと私はともに魂を分け合った者、半分が死ぬ時、もう半分がなどで生きていられましょう。私が生きている以上、もう片方も尽きてはおらぬのです。どうかお止めくださいますな。私は行きます。間もなく、浪が砕け、船を沈める音が聞こえるでしょう」
そしてグウィディオンは天幕を去っていった。長い悲しみの影を引きずった男の側から、皆、退いた。それほどに恐ろしかった。

 さて、グウィディオンの言葉どおり、夜になり、海は大荒れに荒れた。雲脚は速く瞬く間に空を覆い尽くし、突然の嵐に逃げ惑う船の舳先をゆうゆうと洗った。高き浪は岩に砕け、兵を積んだルヴァインの船を叩きつけた。一晩中、海は荒れ続け、ケルニュウの沖にいた人々は、みな沈んでしまった。
 波の息子が、悲しんでいるのだと人々は噂した。それ以来、夜に起こる嵐のことをイオナでは、「波の息子の嘆き」と、呼んでいる。

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