◆43


 「明日に結論を出すなど。この場でも決められよう、あれでは、マース殿が怖気づかれたと思われても致し方ない!」
宴が再開された時、アベルフラウの領主、ゴヴァンノンは、ひどく猛り狂い、サウィルに食ってかかっていた。
 「落ち着かれよ、殿。誰も、この宴を非難してはおらぬ。あの方は穏やかな物言いが苦手なのだ。何より今宵は聖誕祭、争いごとは禁じられておる」
ブランが止めに入る。
 「さよう、人々の緊張を解くことが必要だったのだ。一年に一度の聖なる夜を、台無しにしてもよいのか」
 「それでは、あの男の言いたい放題ではないか!」
スェウは人ごみの中に取り残され、その周りには、話しかけようとして近づけないでいる人々が遠巻きにしていた。見目麗しいこの少年が、その父と同じく、激しい気性の持ち主かどうかを見極めかねていたのである。
 その輪を割って、黒髭の男が軽い足取りで近づいていった。
 「よろしいかな。若君」
 「あなたは、先ほどの。」
スェウが頭を下げようとすると、テイルノンは笑ってそれを静止した。
 「そう、かしこまることはない。ケルニュウの民にそのようなしきたりは無い。宜しければ、若、こちらで共に会食なさらんか」
 「喜んで」
テイルノンは手を広げ、息子のように親しげに少年の肩を抱き、人ごみを抜けて広間の隅にあるテーブルへと誘った。
 歩きながら、男は耳元にささやくように、このような話をした。
 「マース公を王と呼ぶこと自体に無理があるのだ。あの方は、ブランウェン殿の夫君に過ぎぬ。そのブランウェン殿がこの場におれば、話は違っていただろうが。」
スェウは視線を上げ、テイルノンのよく日に焼けた顔を見た。
 「我らは皆、偉大なる王、マクセン・ウレディクの代より続く、王の血統に忠誠を誓った者。イオナの王系は、イヴァルド様で途絶えられた。…その意味では、グウィディオン殿の態度こそ、正しいのだ。」
テーブルには、十二の席が用意されていた。だが、人のいるのは四つだけで、残る席は空のままであった。
 「紹介しよう、我ら、そぞろなるケルニュウが十二支族の長たち、ガルウィリ、カカムリ、イナウク。そして、わしがテイルノンだ。」
彼らは皆、日に焼けて髪も髭も黒く、血の繋がりを表すように、どこか良く似ていた。長たちの顔はそれほど年寄りではなく、かといって若すぎもせず、実際の年齢は推測出来なかった。
 「残りの席に座るべき方々は、イオナの召還に応じなかった、ということですね」
 「ケルニュウは、そぞろなる地。十二の支族があり、我らは平原に散らばって暮らしている。」
一人の長が口を開いた。
 「我らは、紙に書かれた誓約よりも、口で伝えたものよりも、血縁の契りを重んじる。ケルニュウはエレリに隣接し、イオナとの間よりも近い。あちらに親族が居る者も少なくは無い。これもまた、当然の結果といえよう」
 「イオナは引き裂かれ、ばらばらになりつつある。…ブランウェン殿がみまかられば、貴方がたがイオナに従う理由は無くなるというわけですね」
 「さよう、王の血統は途絶え、イオナの王として立つだけの器を備えた者は、最早おらぬ。エレリとの戦に勝てたとしても、その後の崩壊は、もはや時間の問題。せめて――」
と、一人が呟いた。
 「王家の血に繋がる者が誰か、生きておれば。」
その時、人々の笑い声が高く広間に響き渡った。街から呼ばれた軽業師たちが、おかしな芸を披露し始めたからだ。スェウは明るい顔になり、席を立った。
 「行きましょう。このような夜に、楽しまないのは損です」
 「その通りだ。だが、我らは賑やかなのは苦手でな」
 「では、私はこれにて――。失礼します」
彼が人の輪に戻ると、瞬く間に人々に取り囲まれた。誰もが話しかけたがり、様々な質問を浴びせかけた。この少年は今や、宮廷の人々の一番の興味の的であった。スェウは、誰に対しても礼儀正しく、快く言葉を返し、そのため人々はすぐさま、この少年を好きになった。何より、非の打ち所が無いほど美しかった。
 テイルノンは、鋭い視線で、輪の中に揉みくちゃにされていく金の髪を追っていた。


 グウィディオンは、広間から続く回廊に立ち、白い息を吐きながら、かつての栄光の面影無く、荒れ果てた中庭を眺めていた。彼は背後に近づく足音に気づいてはいたが、振り返ろうとはしなかった。
 「雪が、降り始めましたな。」
テイルノンは、パイプの煙をくゆらせながら影のような男の傍らに立った。
 「あらゆる奇蹟が起こるという聖誕祭だが、このような奇蹟を、わしは聞いたためしが無い。この国では疾うに失われたと思っていたものを、再びここで見ようとは。」
 天より白く舞い落ちる氷の結晶は、次第に大きさを増し、やがて、花びらの舞い散るように、枯れた草の上に敷きつめられていった。
 空は暗く、真昼だというのに、灯の無い回廊は真っ暗だった。闇の色を纏った男の姿は、その中に溶けている。腕は寒さに震えることを知らず、微動だにせず、唇は閉ざされたままであった。
 「バルズたちの長、我らが頭目、グウディオン殿。」
テイルノンは、謡うように滑らかな言葉で、言った。
 「貴殿は、放浪の旅の大半を我らと共に平原で過ごされた。血の繋がりは無くとも、兄弟も同然。マース殿の命を待たずとも、我らの心は既に決まっておる」
硬く引き結ばれていた、グウィディオンの口元が漸く緩んだ。彼は、熱い溜息とともに、言葉を吐き出した。
 「…かたじけない、テイルノン殿」
 「なんの。旅に生き、旅に潰えるは我らの定め。流れ行く雲と風に歌を託し、それを以って子らと為す。我らの土地と、自由を奪う者とには、抗わねばならぬ」
二人の男は、ともに向き合い、互いの眼差しを認め合った。彼らは良く似ていた。一つところに留まらず、風ととも生きる者の気配だった。
 「ケルニュウの平原は、イオナの王がそぞろなる民に約束した土地。だが、もし新たなイオナの王にならんとする者が、その平原を同じように約束するならば?」
 「ここに来なんだ者たちは、それを信じたのだろう。エレリが未来を保障すると。愚かなことよ。利用され、イオナへ攻め入る足がかりとされるに過ぎぬ」
 「人は…、何かしら、縋るものを求める生き物だ。マース殿に、民の信頼を勝ち得ることは出来ぬ。人々を信頼させ、安心させ、その身と忠誠を差し出させるに足る器は無い。だが、もしも、あの若者に――」
音もなく降り積もる雪はいつしか、枯れた草も、樹も、石の段もすべてを多い尽くし、人の気配も、声も飲み込んでいた。
 彼らは言葉を切り、しばしの時が流れた。
 ふいにテイルノンは、明るい声で話題を変える。
 「それはそうと、グウィディオン殿。貴殿に託した我らの馬の中で最高の駿馬たる馬、ヴィンドは、元気でやっておりますかな。」
 「無論だ。あれは、最高の贈り物だった。昨年の春に見事な仔を生んだが、それは、今は息子のものになっている。」
 「良き乗り手には、良き馬が必要だ。」
頷いて、そぞろなる支族の長は身を翻した。すれ違いざま、彼はささやいた。
 「グリン・キッフの谷に、二十騎、我が支族の若者を待たせてございます。」
グウィディオンは、何も言わず、微動だにせず、何も聞こえなかったように、ただ、庭を眺めていた。


前へ  表紙へ  次へ