◆21


 帆船は、隊を成して停泊していた。荒っぽい船乗りたちが荷を担いで行き交い、そこかしこで、異国語での会話が飛び交う。商人たちが荷揚げした品をさだめ、交渉する。潮の匂い、だが、それは人気のない崖の上で嗅いだ風とは、幾分か違っている。
 「商人たちは、もう一人の兄、ヘッフドゥンが相手をしている。船の中が見たいか?」
スェウがうなづくと、ブレイドゥンは笑って、一隻の船に近づいた。船乗りとは顔見知りらしかった。
 「来いよ。乗せてくれるってさ」
白い帆は畳まれ、船乗りたちは、陸へ上がって休んでいるようだった。甲板には丁寧に巻かれた荒縄と、積み込まれたばかりの食料の樽が並んでいる。
 「この船は、大型船だ。遠い海へも行ける。そして何ヶ月も、船乗りたちはこの船の上で暮らす。一度も陸に降りずにだ。つまり、ここは船乗りの家だ」
 「雨の時は?」
 「もちろん、雨よけをするのさ。そして甲板で眠る。嵐の中でもな。」
スェウは舳先に立って、広がる海を眺めた。それから、振り返って港に並ぶ何隻もの船を見た。
 それらの中には、色鮮やかな旗を掲げているものも少なくなかった。彼がそれを見つめていると、ブレイドゥンは言った。
 「旗は、その船がどこの国のものなのか表している。あの、橙と黄色の大きな旗は、ルヴァインのものだ。青と白はイオナの。」
 「もう一つの、あの、緑色のは?」
 「ダヴェドの船だ。イオナの北東にある、浅瀬を挟んだ小さな島だ。滅多に人の行き来は無いが」
旗は、大きな船には必ず掲げられていた。小さな船はこの町の猟師たちのものだろうか、港の端に集まっている。今は夏真っ盛り、航海には適した季節だ。異国から来た者はここにとどまり、異国へゆく者はここから出て行く。
 「ブレイドゥン!」
船の下から、大きな声が呼ばわった。鳶色の髪をした、身なりのいい少年が港の端に立っている。
 「そこにいたのか。伯父上が戻られたと聞いたが」
 「そうだ。今、そっちに行く」
ブレイドゥンは、スェウを促して、ともに船を降りた。
 「紹介しよう。もう一人の兄、ヘッフドゥンだ。」
 「初めまして。君が、…伯父上のご子息か」
ヘッフドゥンは慇懃に片手を差し出し、スェウもそれに応じた。とは言っても、ヘッフドゥンは見たところ十五かそこらで、スェウよりは遥かに年上だったのだが。
 「港を案内して回っていた。船は、初めて見るというので」
 「そうか。なら、積荷も見ていくといい。たった今、ルヴァインから着いたばかりの船がある。」
年長の少年は、船乗りたちがガチャガチャ音を鳴らしながら運んでいる、重たそうな木箱を指した。ブレイドゥンは眉を寄せた。
 「また戦の道具か。兄上は好きだな」
 「売れるものは何でも仕入れるさ。ルヴァインの鍛冶屋は、腕がいい。」
それは、きらきらと輝く剣や槍や盾だった。戦斧もあった。みな、研ぎ澄まされて、すぐにも戦に持っていけるようなものばかり。
 「よければ、一振り進呈しよう。」
ヘッフドゥンは笑って言った。
 「冗談はよせ、兄上。子供には、まだ早い」
 「そうかな。伯父上はイオナで最強と呼ばれた戦士だった。どんな戦にも負けることはなかった人だ。その息子とあれば、もしかすると、年相応では無いかもしれんぞ。」
少年たちが話している間、スェウは、目の前に並べられた武器を、じっと見つめていた。新しく作られたばかりの武器には、グウィディオンの大剣が持つ、使い込まれた黒びた凄みは、無い。それらはもろく、手の中で折れてしまいそうだった。
 「これなど、どうだ」
戯れにヘッフドゥンは一本の短剣を取って、スェウの手に握らせた。それは、一瞬のことだった。
 あっ、と声を上げる暇もあらばこそ、その剣は、子供の手の中で、跡形もなく溶けてしまったのである。
 「なんだこれは。どうしたことだ」
スェウは、自分から手を伸ばし、壁に立てかけてあった大きな槍に触れた。その途端、槍は、大きな音をたてて折れた。
 さらに、剣にも触れてみた。それは、彼が持ち上げようとどんなに頑張っても、石になってしまったように、そこから持ち上がらなかった。
 あらゆる種類の武器が、持てなかった。喘ぐような声を何度か上げたあと、ようやく、ヘッフドゥンは声を出すことに成功した。
 「それは、何かの呪い、か?」
 「そのようです」
スェウの声は凛として、たった今、目の当たりにした恐るべき事実にも、びくともしないようだった。
 「かつて、運命を告げる方が言いました。僕は、この世のあらゆる武器を手にすることは出来ないのだと。今まで確かめる機会がありませんでしたが、それは、本当だったようです」
 「そいつは、酷い宣告だな。武器を持てないのでは、男にはなれまい。いや、その手が武器を持てないのであれば、祝福の杖を持って聖職者になるか、ペンを持って学者にでもなるしかない」
そこへ、皮を張った立派な盾が幾つも運ばれてきた。スェウはそれを見て、盾のひとつに手を伸ばした。
 盾は、軽く持ち上げられた。周りに白い鋲を打った、子供の体ならば、すっぽりと覆い隠せるほどの大きなものだったが。
 「武器で無いものならば持てますね。」
ブレイドゥンは、ようやく、にんまりと笑った。
 「なるほど。では、盾を貰えばいい。兄上、よいだろう?」
 「ああ。盾だけで戦えるとも思わんが」
既に、驚きと、これから始まる商取引とで頭が一杯になっていたヘッフドゥンは、あまりよく考えもせず、生返事を返した。


 こうして、スェウは盾をひとつ、手に入れた。
 帰り道、ブレイドゥンはスェウに代わって、貰い受けた盾を持っていた。スェウがそれを持ってしまうと、前が見えなくなるからだ。
 「兄上はあれで間が抜けてるから気づかないだろうが、お前はやっぱり、グウィディオン伯父の息子だと思う」
少年は、優しくスェウに話しかけた。
 「こいつは、中に鉄板を仕込んだ盾だ。オレでも片手で持つのは辛い。だが、お前はさきほど、やすやすと持って見せただろう。」
 「父さんにあげても、いいですか」
スェウは、俯いたまま小さな声で、そう答えた。
 「父さんは、盾を持っていないのです」
 「そうだな。伯父上は喜んでくれるだろう」
今や、ブレイドゥンはスェウの良き理解者だった。そして、呪われた運命を知る者のひとりだった。
 彼は、無口であるその子供が見た目の年よりもずっと賢く、どんな男の子にもひけを取らない力の強さを持っているのだと知った。
 館に戻ると、晩餐の準備が始まっていた。ヘッフドゥンが狩ってきた獣たちが、客人を迎える食卓に並べられるのだ。
 盾を貰ったことを知ると、グウィディオンは何も言わず、スェウを優しく抱いて、その贈り物を受け取った。ブレイドゥンはまだ其処にいたが、スェウは言った。
 「噂はもう広まっています。町には武装した人はいませんでしたが、船乗りたちは武器を持っているようです。ルヴァインの船が五隻、ダヴェドの緑色の旗をつけた船が三隻、イオナの船は一隻だけです。でもイオナの船は既に帆を張って、港を出ようとしていました。ダヴェドの船のうち二隻もそうです。ルヴァインの船の一隻はたった今、武器を積んで到着しました」
 「そうか。よく見てきたな。他には何を見た?」
 「それから…父さんが、どうやってルヴァインに行ったのか、分かりました。船の上で雨も風も避けて眠るのだと。ブレイドゥンが教えてくれたのです」
グウィディオンは髭の下で唇を和らげ、振り返って、甥を見た。若者は、スェウの口から語られる恐るべき報告を、すべて聞いていた。
 「驚きましたね」
聞き終わった彼は、素直に言った。
 「つまりオレは、その子に、この町の交易状況をすべて教え、町の状況まで見せて回ったというわけですか。」
 「用心しなければならんぞ。だが、俺は決して、この子に命じたわけではない。」
スェウは、続けて言った。
 「興味を持ったものを、ぜんぶ見てきました。ヘドゥンが武器を仕入れて、売っているのも知りました」
 「なるほどな。」
 「やれやれ、知らないほうが良かったな。オレは小さな監視官を案内して回ったというわけだ。そう、伯父上はもうお察しだろうが、武器商人は兄上だ。イオナの敵であろうと、イオナの王その人であろうと、武器は売る。もちろん、どの領主にいちばん沢山の武器が流れたかは、兄上なら知っているだろう。」
 「しかし、このリドランの地そのものが、戦に参加するわけではあるまい?」
ブレイドゥンは、苦々しい笑みを浮かべ、奇妙な沈黙を守った。
 「――答えられぬか。さもあろうな。俺はまだ、戻って間もなく、マース公の密偵であるかもしれんという疑いは晴れていないだろう。」
彼は気にかけた様子もなく、それきり、会話を止めた。鋭い聴覚が、人の近づく足音を耳にしたからだ。

 間もなく召使いが、晩餐の支度が整ったと告げに来た。ブレイドゥンは広間へ、と短く言い残し、先に出て行く。
 二人だけになったとき、グウィディオンは、スェウに問うた。
 「彼は、良き友となれそうか」
 「はい」
少年は答えた。
 「そうか。ならば、友を決して裏切るな。誓ったことは、必ず守るのだ。」
スェウは頷き、その言葉を、胸に刻んだのだった。

 

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