◆20


 まずはヘドゥンが口火を切った。館の主として、当主として当然というように。
 「改めて、ご挨拶と歓迎を申し上げる。伯父上、よくお戻りになられた。我らとしても、喜ばしいことだ。だがなにゆえに、十五年も経った今になって。それをお伺いしたい」
グウィディオンは、若者の探るような目つきの意味を知りながら、答えた。
 「そなたたちの父が、死んだと聞いたのでな。」
そして、杯を取る。
 「――つい最近まで、知らなんだ。人の噂にも上らなんだ。もう、七年も前だと?」
ヘドゥンは、静かにうなづいた。
 「何故死んだ。病か」
 「殺されたのです。」
グウィディオンの手が止まる。ヘドゥンは繰り返す。
 「父は、イオナからの帰還中に殺されました。諸侯たちの会議の席で、あなたの追放を解き、この地の税を軽くするか、自治権を認めるようにと要求した、その帰りでした」
 「それが、マース公の息子、グウェルンを殺した理由か。」
 「…グウェルン殿が、どうした、ですって?」
驚いたように若者は眉をはねあげた。その、大きく見開かれた目の輝きが、彼に偽りの無いことを物語っていた。
 グウィディオンはそれを見て、深いため息をついた。若者は沈黙ののち、やがて言う、
 「血で血を贖えば、どちらかが完全に潰れるまで戦い続ける事になります。古えの伝説にある、互いの後継者を殺し合い、しまいには女ばかりが残って、誰も王座を継ぐ者のいなくなった、偉大なる二つの王家のように。」
 「それは、そなたたちの祖父、我が父上の教訓だ。そうか。あれは、お前たちではなかったのか。――だが、多くの者は、リドランの仕業と信じておる。少なくとも、マース公は」
 「お会いになられたのですか。」
じろり、とブレイドゥンが睨んだ。
 「追放が解けたんですか。それとも王は、いまさら恐れを成して、伯父上を交渉に寄越したというわけですか?」
 「慎め、ブレイドゥン。失礼だぞ」
 「いや。」
グウィディオンは、杯を傾け、悠々と飲み干した。年若い甥たちの心の動きは、彼には手に取るように分かった。老獪な者たちのように、感情を覆い隠すことを知らぬ。また、それだけに、素直だった。
 杯を置き、彼は二人を交互に見比べて、言った。
 「グウェルンの死体を見つけたのは、他ならぬ俺自身なのだ。その遺品を、遺族に届け、最期を告げるのは人としての義務。マース公は、かつての追放を解いてもよい、と言ってくれた…。だが、ブランウェン殿は決して許さなんだ。兵に追われ、冬の間は、靴職人に身をやつして隠れて来た。」
 「そして、ここへ。…まさか、ただ王妃の手から逃げて来たわけでは、ありますまい?」
 「お前たちの言いたいことは、分かる。色々と話しておきたいこともあるが、今はまだ、三人が揃ったわけでは、ないからな。」
彼らは、それで会話を打ち切った。
 「まずは、ギルヴァエスウィの墓に詣でたい。それから、町を一巡りさせてくれんか。俺自身が懐かしむためというよりは、息子に、この町を見せてやりたいのだ。」
ヘドゥンは承知した。墓地への案内には、ブレイドゥンをつけた。
 スェウは、彼らが話しあっている間、一言も発せず、じっと会話を聞いているだけだった。行儀はよいが、大人しく、男らしくはないように見えた。

 墓は、館の裏にある芝生の丘にあった。先祖代々の石積みの端に、ひとつ、新しい小さな塚が、出来ていた。
 グウィディオンは、膝を折り、大地に触れた。
 「祖先と同じ大地に、お前も帰ったか。…俺が会いに行くのは、まだ先になりそうだが、ひとつ、宜しく頼む」
風が吹き、答えるように、さわさわと草が揺れた。スェウは、じっと、グウィディオンの指先を見つめていた。
 スェウが一言も発さないので、ブレイドゥンは思わず問うた。
 「伯父上。この子は、まさか聾か唖ではないでしょうね」
 「何故、そう思う。」
振り返って、グウィディオンは若い甥を見た。
 「分別のある者は、むやみに口を開かない。発する必要のない言葉は悪しきものだ。そして追われて荒野をさすらう者に、家系を名乗ることは許されない」
彼は、子供の頭に手をやった。
 「…だが、少し無口すぎるかもしれん。今まで、あまり人と話す機会は無かったのでな。良ければ、相手をしてやってくれないか。スェウには、もっと多くの友人が必要だ。」
年の最も近いブレイドゥンに、親しい友人になってくれ、と言ったのだ。
 彼は、すぐにその意を理解した。
 「心得ました。」
 「では、町の案内を、頼む。俺はヘドゥンにもう少し、話したいことがある。」
グウィディオンは、ぽんと甥の肩を叩いて、黒い外套をなびかせ、大股に丘を降りていった。
 その大きな後姿が館に消えてしまうと、ブレイドゥンは腰に手をあて、スェウのほうを振り返った。
 「さて。どうするかな。お前、行きたいところはあるか?」
 「あの、大きな白いもの…」
子供は、丘から見える港を指差した。突然口を開いたことと、その声の響きに、少年は驚いて、スェウの顔をまじまじと見つめた。
 「おかしな奴だな、急に喋り出したりして。あの大きなのは、帆だ。船の帆だ。お前、船を見たことがないのか」
 「ありません」
 「そうか」
ブレイドゥンは、納得したようだった。
 「では案内しよう。ついて来いよ」
彼は、軽い野生の足取りで丘を降り、町へと入っていく。スェウはその後に、少しも遅れずに続いた。脚が丈夫なのだな、とブレイドゥンは思った。そして、見た目の年より、ずっと賢い。賑やかな町並みの喧騒に臆することなく、風景に目移りすることもない。それでいて、無関心というわけではないようだった。

 町の人々は皆、館に住む若者を見知っていて、気さくに声をかけてくる。彼が、見慣れない子供を連れて歩いているのを見て、人々はあれこれと質問したがった。それでブレイドゥンは、いちいち、スェウを紹介し、伯父のグウィディオンが戻ったのだといわねばならなかった。
 口止めはされていなかったし、彼が言わずとも、館からすぐに噂は広まっただろう。
 人々は、かつて館の主だったその人が戻ってきたと知って、さっそく、その知らせを知らせに走った。その人は、追放され、どこかで野たれ死んだと思われていた。生きていたとしても、とっくに、この国を出てしまったと思われていたのだ。
 スェウは注意深く、聞こえてくる噂話に耳を傾けていた。
 そして、どこからともなく聞こえた、「でも、あの人は呪われたお人だから、帰ってきたということは、ここも、イオナのように滅びてしまうのではないのでしょうか」と、いう、運命の囁きを聞いたのだった。

  

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