◆17


 こずえから雪の塊が滑り落ちる音が響き、森の中の小川が、大きな音を立て、森の奥からの雪溶けの水を勢い良く押し流していた。
 日の当たる場所に早春の花が芽を出し、昼間の空気は、息を白くさせはするものの、身を切るほどの残酷な冷たさを失っていた。
 ヴィンドが子を産んだのは、他の馬たちからひと月以上も早く、まだ、寒さの残る季節だった。
 それは、ほとんど人の手のかからない安産で、グウィディオンをほっとさせた。だが、生まれた仔馬を一目見たとき、村の誰もが驚いた。
 全身が輝くような金の毛を持った、見事な仔馬だった。月の光を全身に浴びた、光り輝く雄の仔馬で、瞳は黒だったが、角度によって青くも見えた。
 生まれたばかりの仔馬は、何度かよろめきながらも、生まれてすぐに確りと立った。ヴィンドは満足そうに我が子の首筋をなめ、誇るように主人の顔を見た。
 「そうか。そういうことか」
グウィディオンは笑った。月の光は、獣の母親にも雫をたらすのだ。生まれた仔馬は、スェウと運命を供にするだろう。
 「この馬には何と名づけるかね。」
出産を手伝った農夫に聞かれ、男は、即座に答えた。
 「ヌウィブレ(天)と。」
 漆黒の母馬に、輝くような毛並みの仔馬が寄り添う様は、とても美しく、また、めずらしかった。この奇跡を、小さな村の人々は、大いに舌の上で楽しんだのだった。
 だが、エイディルは沈んでいた。仔馬が生まれたということは、スェウの出立も、そう遠くはないことだからである。

 グウィディオンは、荷物の整理を始めていた。雪が溶け、冬が開けて最初の人々の行き来が始まれば、この村で起こった一冬の間の出来事は、すぐに風にのって広まるだろう。噂とは、そういうものだ。
 ここはイオナから近すぎた。ブランウェンの怒りが届かぬとも限らない。
 そうなる前に、村を出なければならなかった。
 男は、村長のもとを訪れ、一冬の宿に感謝し、立派な靴を幾つか、宿代として託していった。村長は快くうなづき、ふてくされたような孫を脇に抱き寄せながら、スェウと、別れの挨拶をさせたのだった。

 春の最初の突風が吹く頃、彼らは、森を抜けて、目覚めたばかりの草原へと旅立って行った。
 生まれたばかりの仔馬は、まだそれほど速く走れず、荷物を載せることも出来なかったが、すぐに他の仔馬たちより大きくなるだろうと思われた。
 「リドランへ行こうと思う」
草原で過ごした最初の晩、グウィディオンは言った。
 「父さんの生まれたところ?」
 「そうだ。リドランに反乱の兆しがあるというのは、やはり、聞き逃してはおれんだろう。あそこは、かつて俺がルヴァインへ旅立った場所、弟に任せて来た領地だ。二度と戻らぬだろうと思った場所だが、弟の子らには、会わねばならん」
グウィディオンは、冷たく澄んだ空を見上げた。それから、立ち上がって、スェウを傍らに呼び寄せた。
 崖の下に、きらきらと輝く水が流れていた。
 「スェウ、よく見ておくがいい」
彼は、流れを指差して、言った。
 「ティレ河というのは、この、銀に泡立つ流れのことだ。イオナの国の真ん中を貫き、リドランを経て海へと至る。あらゆる山々は、この河の父であり、あらゆる森は、この河の母であるという。どの領地にも、この河から分かれた水が流れる」
スェウは、すぐに、その意味を理解した。
 運命付けられた死の条件である河の水は、この国の、何処にもありふれたものなのだと。


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