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 早馬の伝令が到着したのは、次の日の朝早く、既に出立の準備に取り掛かっている頃だった。館の門を破らんばかりの勢いで駆けつけた騎乗の騎士は、赤い房飾りのついた剣を提げている。
 「一体何事だ」
知らせを受けて広間まで降りてきたクラヴィスは眉をひそめた。レオンが発ったのは昨日の午後遅い時間になってからのこと。とても騎士団の本部には辿り着けない。とすれば、この騎士は入れ違いに別の知らせを運んで来たのだ。
 夜通し馬を走らせて来たという伝令の騎士は、召使いから受け取った水の入ったグラスを一気に空けてから、勢いよく口を開いた。
 「サーレ領主殿に騎士団本部より伝令です。レミスタとハガルの町付近で戦闘がありました。街道沿いの宿場が賊に襲われたのです」
 「…レミスタ」
後ろで聞いていたアルヴィスが小さく呟く。
 「北の街道だな。コーヘン領か」
 「はい。それから南の街道沿いではユルヴァ付近の牧場とシカルの市が。ほぼ同時です。こちらも警戒されるよう伝えよと命じられました」
 「鳩の拠点です」
アルヴィスは、館の主にそっと囁いた。「王都へ連絡するための伝書鳩小屋を狙っています。襲われた順番を聞いてください」
 「ふむ。――騎士殿、今の四箇所、順番はどうなっている」
 「は、…ええと。北からです。今申し上げた順番のとおり、二日かけて襲われました」
 「それなら次は東南のヤルンか、北のデラス」
アルヴィスが即答する。「距離的に三つの集団に分かれていると思う。北の街道沿い、大街道、南の街道。道に沿って拠点を襲ってる。でも、今から知らせを送っても間に合いそうに無いですね」
 「緊急連絡網が絶たれたということですかな。どうします」
 「大丈夫です。騎士団への連絡は、既に昨日送っているんですよね? それが届けば、団長も状況は分かるはず」
 「成る程。…では、予定通り行かれますか」
アルヴィスは頷いた。会話を終え、館の主は騎士のほうに向き直った。
 「言伝はあい分かった。我が領としても備えよう。」
広間を抜け出して裏口の厩に向かうと、ラスが既に馬を準備して待っていた。その隣では、伝令の乗ってきた馬が乗り手と同じように、水桶に鼻面を突っ込んで貪るように喉の渇きを潤している。
 「イヴァン様、もう出立ですか」
 「ああ。のんびりしてる時間は無いらしくてな」
ラスから手綱を受け取ると、彼は馬の首を軽く叩いて馬に話しかけた。「頼むぞ。出来るだけ距離を詰めたい」
 「どうぞお気をつけて」
三頭の馬は、朝の草原へと走り出す。緑の香りを含む気持ちのよい風が体を包み、東から射す光が草のうねりを輝かせている。
 「大街道でいいんだよな?」
と、イヴァン。
 「最短距離でいい。鳩が使えないなら、自分たちの足で出来る限り早く辿り着くまでだ」
 「了解。じゃあこっちだ!」
馬の速度を上げる。ユラニアの森が遠ざかってゆく。すぐに発たねばならないのは心残りだったが、慣れ親しんだ森を久し振りに訪れるのは、いずれまた、ゆっくり帰って来た時にとっておこう。



 伝令の騎士の言っていた襲われた宿場は、街道沿いにすぐに見つかった。町と町の中間にある宿の集まっているような場所で、火をかけられたのか、無残に焼け焦げてほとんどの宿が休業している。それを知らずに訪れた旅人たちは、どうしたものかと顔を突き合わせ、町の入り口にある水場にたむろしている。水場と、家畜のための塩場だけは開かれているのだ。
 「噂じゃ盗賊団だって」
 「こんなとこにかい? 騎士団だっているだろうに」
 「それが、他のところも襲われて出払ってる隙を突かれたとか…」
旅人たちの噂話は、いやがおうにも耳に入ってくる。馬たちに水を飲ませる傍ら、アルヴィスは町の端にそびえる黒こげになった塔を見上げていた。
 「あれが鳩小屋だったのか」
 「多分そうだろうね。鳩はみんな逃げてしまったみたいだな…」
死者が出なかったのが不幸中の幸いだったが、鳩小屋にかけられた火は無関係な宿まで使い物にならなくしている。稼ぎの種を失った宿の経営者たちは、いまごろ頭を抱えていることだろう。
 「西方騎士団はてんやわんやだろうな。うまく動いてくれりゃいいんだが」
 「そこは彼らを信用するしかない。気になるのは、誰を使ったのかだな」
 「"誰"?」
 「街道沿いの複数の領地で同時に起きているってことは、どこか特定の領主の私兵じゃないと思うんだ。」
確かにそうだった。事件がマイレ領でだけ起きているのなら分かるが、サーレ周辺の少なくとも四つの領地で同時に街道沿いの町や農場などが襲撃されている。
 「傭兵を雇ったのでしょうか」
と、ティアーナ。「この辺りには、ミグリア人の傭兵団もいるんでしょう?」
 「ああ。けど、奴らも最近じゃあんまり傭兵稼業はしてないって話なんだけどなぁ。」
ちらちらと周囲の人の流れに目をやりながら、イヴァンは眉を寄せた。「…親父が現役だった頃は、仕事にあぶれて盗賊なんかやってた連中も多かったって話だけど」
 人ごみの中に、それとなく消えていく後姿が気になっていた。玄人風の足取り。それに、先ほどまで、それとなくこちらの様子を伺っている気配があった。気のせいだといいのだが。
 「いずれにしても、ぐずぐずしないほうが良さそうだな。飛ばせるだけ飛ばそうぜ」
 「そうだね」
休息の時間は終わりだ。三人は再び馬上の人となり、街道を軽快に飛ばしていく。大街道の人の流れは、以前より少なく感じられる。立て続けに不穏な事件があったせいだろうか。特に、王都から向かってくる数がやけに少ない。王都が近づくにつれ、不穏な気配は高まりつつあったが、その理由は、その時はまだ分かっていなかった。



 こんもりとした、緑の丘が行く手に姿を現す。
 馬を乗り継ぎ、町から町へと辿り着いた王国の中心。王都をすぐ目の前にして、三人は予想だにしなかった事態を目の前にしていた。
 「…何ですか、これは」
ティアーナが呟く。街道は中央騎士団によって閉鎖され、検問が設けられていた。町の住人か、緊急の用件でなければ引き返すよう勧められている。彼女は検問に近づいて、そこに立っていた一人の兵士に話しかける。
 「私は王宮づきの騎士、ティアーナ・レスロンドです。一体何があったのですか?」
 「レスロンド…、あっ、任務ご苦労様です」
慌てて、騎士は彼女に敬礼する。「その、"下の町"が占拠されておりまして…。」
 「占拠? 一体誰に」
 「ヴェニエル家の家臣ほか、いくつかの貴族の家の家人のようです。目的がはっきりしません。聞いてもはぐらかすばかりで、退去させることも出来ませんし」
 「それで、どうして町を封鎖する必要があるのです」
 「…分かりません。自分は、中央からの命令としか。」
振り返って、ティアーナは二人の連れのほうにむかって困った顔をする。「らちがあきませんね。一体何が起きているのかしら」
 「彼らも詳しく聞かされていないってことなんだろう」
と、アルヴィス。
 「誰か知り合いはいないのかな」
 「そうですね…」
辺りを見回していたティアーナは、兵士たちに指示を出しながら歩いている騎士に目を留めた。
 「シーザ!」
声をかけられて、騎士が振り返る。イヴァンにも見覚えのある顔だ。白いマントを翻して、騎士が小走りに駆け寄ってくる。
 「ティアーナ嬢。それに…殿下」
急いでアルヴィスに頭を下げる。
 「何があったの?」
アルヴィスは、馬上のままで尋ねる。
 「それが…スヴェイン殿下なんです」
 「兄さん?」
 「ええ。仲間を連れてお戻りになったかと思ったら、宴会をすると突然下の町の宿をぜんぶ借り上げてしまわれて。それでも足りずに、町の周囲に天幕を張り巡らせているんです。兵士まで引き連れて、まるで戦争でもはじめるみたいな騒ぎですよ。」
 「本当に戦争を始めるのかも」
ティアーナがぽつりと呟く。
 「陛下は何と仰ってるんです?」
 「捨て置けとのことでした。そのうち飽きるだろうと、あまりにも目に余るようなら強制排除も検討すると…。ですが、既に目に余る状況です。」
シーザは困惑した表情だ。「それに、上の町まで封鎖しろとは尋常ではありません」
 「直接聞いてみるしかないな」
アルヴィスは、リーデンハイゼルのほうを見上げた。「僕らは通してくれるんだよね?」
 「それは勿論。ご案内しましょう。馬を取ってきます」
彼は、ちらとイヴァンのほうに視線を向けてから走り去っていく。
 「…どういうことでしょうか」
 「たぶん、兄さんたちは王宮に何か要求を出しているはずだ。ただ、それはまだ表には知らされていない」
 「場合によっちゃ衝突が発生しそうな内容なんだろうな。」
イヴァンは、検問の向こうに見えている天幕の先に揺れる、どこかの領地の旗印に目をやった。「見えてるだけでも、そこそこの人数はいそうだぜ。中央騎士団が何人いるのか知らねぇが、いい勝負になったりするんじゃねぇか」
 「もしそうなら、他の騎士団にも連絡は出しているはずです」
 「…届いていれば、だけどね」
アルヴィスは僅かに表情を曇らせる。街道沿いの鳩小屋は、ほとんどが潰されていた。どこかに雇われの傭兵団でも潜んでいるなら、伝令も、無事到着できているかどうか。
 向こうから、シーザが馬に乗って戻って来た。
 「お待たせしました。参りましょうか」
先導するシーザの後ろを、三頭の馬が通り抜けていく。王都に近づくにつれ、街道が封鎖された理由も分かってきた。二つの町の間にはびっしりと天幕が張り巡らされ、見張りのためか篝火を焚く台も作られ、武装した兵がこれみよがしに歩き回っている。あまりの惨状に、アルヴィスも眉を寄せた。
 「これは…、威嚇としか思えませんね」
 「これだけ集まってこられると、強制排除も出来ないんだろうしな。」
イヴァンは、ひらめいている旗の中に見覚えのある印を見つけていた。サーレの隣、マイレ伯爵領の紋章。
 (あいつらも来てんのか)
ネス港ですれ違った、派手な衣装の騎士たち。その中でも、海上まで追ってきた先頭の騎士のことは強く記憶に残っていた。あの時は戦わなかったが、もしここに来ているのなら、今回は戦うことになるかもしれない。
 上の町へと続く綴れ折りの道を登りきり、町の入り口の門をくぐろうとしたところで、イヴァンは驚いて思わず声を上げた。
 「…何してるんだ? これは」
 「イヴァン」
相手も驚いたように声を上げる。町の入り口には、土嚢が積み上げられていた。作業をしているのは騎士学校の制服に身を包んだ生徒たちだ。そして、その中に良く見知った顔があった。
 「アステル、それにエデルも。…シーザ、どういうことなんだよ、これは」
 「ああ、いえ…訓練の一環として、ハーミス校長からの申し出をありがたく受けているだけですよ。」
 「そうじゃなくて。こんなことするってことは、市街戦を想定してるってことだろう」
イヴァンは食って掛かる。「最初から戦闘する気だったのか? あんた、そう言わなかったぞ」
 「私たちだって知らないんですよ。団長からは、"念のため"としか聞いていません」
むっとした様子で、騎士は言い返す。「これから王宮へ向かわれるのなら、あなた方のほうが詳しく聞けるんじゃないですか」
 「イヴァン。多分、父さんは最悪の事態を想定しているだけだと思う」
横からアルヴィスが口を挟む。「…生徒たちまで駆り出しているのは、騎士団だけじゃ手が回らないからだと思う。戦線構築だけなら、危険も少ない。ハーミス校長がついているなら大丈夫だよ」
 「ならいいんだけどな」
むすっとしながら、イヴァンは、学友たちのほうに視線をやった。
 「お前ら、危ないことはするんじゃねーぞ。なんかあったらすぐ逃げろ。いいな!」
ぶっきらぼうにそれだけ言って、彼は、ぽかんとしている仲間たちを尻目に、さっさと馬を走らせた。


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