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 それから幾日か経った後、三人は、街道を西へと向かっていた。
 「こっちの方角からカレッサリアに行くのは初めてだなぁ」
先頭に馬を走らせているのはイヴァン。後ろにアルヴィスとティアーナが続く。
 「西方の中では栄えている町なんですよね?」
 「そのはずだよ。フラウ男爵領は武器商人のマジャール人と、宝石商人のサレア人、二つの部族が共存している領地で、どちらからも税収はかなり良いらしい」
 「平たくいうと儲かってるってことだよな。お、見えてきたぜ」
行く手に、真っ白に磨き上げられた大理石で作られた巨大な門が見えてきた。町を取り囲む城壁の入り口だ。城壁といってもクローナのものとは違い、おおよそ実用とは程遠い。華美な彫刻で飾り立てられ、入り口にはご丁寧にも町の名を金文字で刻んだ銘板が掲げられている。
 「…あまり趣味がよくありませんね」
ティアーナは、呆れた様子で言った。「儲けの使い方を間違えている気がします。」
 「そーかな? 金持ちってこういうのが好きなんだろ。ここ宝石商が多いから、わざと成金っぽい作りにしてるって聞いたことあるぜ」
門を潜っていくと、通りを隔てて二つの町並みがあらわれた。片方には、大きなショーウィンドウを持つ宝石商のきらびやかな店が並んでいる。もう片方は、同じくショーウインドウはあるものの、鉄錆びた、どこか男らしい無骨な雰囲気の店構えだ。門を潜っていた旅人たちも、それぞれの雰囲気にあわせてどちらかに分かれていくようだった。そして、人ごみにまじって赤い房飾りを剣の柄につけた騎士――西方騎士団の騎士だ――も横通り過ぎてゆく。見回りだろうか。
 「こっちがサレア人街、んで、こっちがマジャール人街」
指差して、イヴァンは武器屋の並ぶマジャール人街のほうへ馬を進めていく。
 「イヴァン、この町には詳しいの?」
 「詳しいってほどじゃないかな、着た事あるのは二回くらいだ。親父の副官やってるレオンって奴に連れられて、教育の一環だ! とかって、強制的に見学させられたんだ。まぁそれなりに面白かったけど。」
振り返ったイヴァンは、ティアーナが通りの向こうに視線をやっていることに気づく。
 「気になるんなら、あとでサレアのほうも見ていくか?」
 「え…いえ」
彼女は慌てて視線を戻すと、黙って二人の後ろについて馬を歩かせた。
 「ここの宝石は質がよくて、ほんと人気なんだぜ。王宮にも献上されてるって話だ」
 「へえ、そうなんだ。母さんが好きそうなのあるかなぁ」
 「ま、そのぶん高いらしいんだけどさ」
 通りに溢れる大小さまざまな宝石細工の店をあとに、馬は、狭く入り組んだ路地の奥へと向かっている。両側から迫ってくる建物の合間を抜けると、目の前に川が現われた。ちょうど町の中心の辺りだろうか。橋がかかり、対岸にはそれまで通り抜けてきた民家のような町並みとは一転して、重厚なつくりの要塞のような建物が見えている。
 「あれは何ですか?」
 「マリッド商会さ。武器の卸売りを取り仕切ってる」
 「マリッド商会?」
 「西方の武器の流通は、だいたいそこに繋がってるってぇくらいの豪商。領主のフラウ男爵ですら、マリッド家の当主にゃ頭上がらねぇって噂さ。」
そう言って、イヴァンはにやりと笑う。「でもまぁ、マリッドのおっちゃん自体は、結構気の良い人だったぜ。」
 「イヴァンは顔を知られてるんだね」
 「ああ。うちも武器は買ってるし、話くらいは聞いてくれるんじゃねぇかな」
言いながら、彼は馬を進め、橋を渡ってゆく。武器の卸売りというだけあって、鍛冶場などは一切見当たらない。代わりに、石造りの堅牢な建物がいくつかに分けられて建てられ、揃いの黒づくめの格好をした男たちが曲がった大振りな刀を下げて腕組みをして立っている。研ぎ澄まされたような雰囲気からして、帯びている武器はただの飾りではない。
 男たちは近づいてくる三人をちらりと見たが、誰何しようとはしなかった。警備の中を素通りし、彼らは奥の建物の前で馬を下りた。



 建物の中に入ったとたん、賑やかな声と熱気が押し寄せてくる。広いホールにはテーブルが幾つも並び、壁側には見本らしい様々な武器を並べた棚がびっしりと並ぶ。端にはバーもあり、まるで武器のみを飾った高級サロンのようだ。テーブルでは商人たちが賑やかに遣り取りしている。大金が飛び交い、発注される数も個人で使うような量ではない。
 「ここが商館だ。武器の展示場と商談場を兼ねてる」
言いながら、イヴァンは周囲を見回した。「んー、誰かいないかな」
 「何かお探しでしょうか、サーレ様?」
振り返ると、いつの間にかキツネ目の男が直ぐ側に立っていた。外にいる警備と同じ黒づくめの上下揃いの正装。だが、手袋だけは真っ白で、物腰はやけに滑らかだ。名を言い当てられても、イヴァンは意外そうな顔はしていなかった。腰に下げた二本の剣は、何処に居ても目立つ。
 「取り扱ってる武器の見学がしたいんだけどさ。いいかな? 確かここの地下に展示場あったろ」
 「ご案内しましょう」
あっさり言って、男は馴れた仕草で軽く腰を折り、先に立って歩き出す。
 「ほんとに、顔覚えられてるんですね」
ティアーナは意外そうな顔だ。「…あなたの顔が効く場所があるなんて」
 「どういう意味だよ…。」
隣でアルヴィスがくすくす笑っている。
 「ここは西方だ。サーレ領からもそう遠くない。むしろ知られてないほうが驚きだよ」
キツネ目の男は、ショーケースを通り過ぎた場所に立って三人を待っている。
 「こちらです、どうぞ」
指し示された場所には、確かに地下へ通じる階段がある。
 「お足元にお気をつけください」
キツネ目の男が優雅に手を差し伸べ、一行を地下へ送り込む。地下室の天井は高く、がらんとした空間には商談中の人が数人、ランプと天窓からの光に照らされた中をゆっくりと歩き回っているだけだ。地下室にまで案内されるのは、ごく一部の客だけなのだ。
 「ここには、マリッド商会で扱ってる武器類が一通り揃ってる」
側に飾られた立派な大型の盾を見上げながら、イヴァンは言う。
 「でも、表向きのものでしょう?」
と、ティアーナ。
 「こちらは会員様専用の展示場ですので、表に出しておりません限定品などもございますよ、お嬢様。」
一歩後ろに控えているキツネ目の男が言い、ティアーナは軽くそちらを睨む。彼女は、警戒心を解いていないようだ。
 「へえ、これは南方の武器だ」
一方のアルヴィスは、一つ向こうのケースの前に立って、奇妙な突起の付いた棍棒のようなものを興味深そうに眺めている。「さすがマジャール人の武器の取り扱いは広いね」
 「それはもう。我々の取引先は大陸全土に繋がっておりますからね」
 「その取引先、西方にも?」
 「西方の武器をお探しですか」
 「参考までに見せて貰うことは出来るかな?」
 「勿論ですとも。こちらですね」
キツネ目の男は、するりとした足運びで奥のほうへと歩き出す。ティアーナは、残る二人のほうに視線をやって先に立って歩き始めた。人が少ないせいか、足音がやけに大きく響く。
 「西方の武器は、このあたりです。ただ、あちらの武器類は正直に言えば、あまり質が良くありません。」
男が足を止めたショーケースの中には、まだら模様の石で出来た鈍器や、特徴的な形をした弓、木製のブーメランなどが飾られている。確かに、実用というよりは観賞用といった雰囲気だ。イヴァンは、そのうちの一つを手にとって首を傾げた。
 「こんなの売れるのか?」
 「ええ。形を気に入られて装飾用に買っていかれるお客様がいらっしゃるもので、一応は揃えてております」
 「リンドの武器なのかな」
さりげなく、アルヴィスが尋ねる。
 「よくご存知で。そうです、獣人のものですね」
 「彼らとも取り引きが?」
 「限定的ではありますが。」
ということは、マリッド商会には西方とのつながりがあるのだ。イヴァンたちは、それとなく視線を交わした。
 「一体どうやってこっちに持ち込んでる?」
 「それは…商会の機密ですので、ご容赦を」
男ははぐらかそうとする。
 「陸路じゃねーな。陸路なら、うちを通るはずだ。海路か」
 「サーレ様――」
ちらりと男が視線をどこかへやった時、そちらのほうから、低い太い声が響いて来た。
 「何をお探しなのですかな?」
恰幅の良い、初老の男が奥のほうから近づいて来る。黒一色を身につけているのは他の従業員たちと同じだが、着ているものは上等で、胸のタイには高価そうな宝石もついている。キツネ目の男は後ろへ下がり、闇に紛れるようにして気配を消した。
 「よう、マリッドさん。久し振り」
 「お久し振りですな。お出迎えも出来ず失礼致しました」
確かに、気の良さそうな雰囲気ではるある――だが、同時に抜け目ない目をしている。
 男は三人の前に立つと、胸に手を当て、堂々とした声で名乗った。
 「ようこそ、ご友人の方々。わしはマリッド商会代表、ヤン・マリッド・アフメットです。今回は何をお求めで?」
男は愛想の良い笑顔を浮かべながら、イヴァンの後ろにいる二人を一瞥した。その視線は、笑顔の下でも鋭く、相手の本性を見透かすような油断のならなさを秘めている。
 「ああ、今日は買い物じゃなくて、ちょっとした見学なんだ。ま、近いうち必要になるかもしんねーけど」
言いながら、イヴァンは背後のケースのほうに視線をやる。
 「西方の武器に興味があるんだ。最近なんか西の方から珍しい武器とか入ってねえか?」
 「と仰いますと?」
 「飛び道具でさ。扱いの面倒そうなやつなんだが…」
あまりに直球な聞き方に、思わずティアーナが反応しかかったほどだ。マリッドは気づかなかったふりをして両手を腹の前で組み合わせ、愛想のよい商人風の笑みを浮かべる。
 「どこで、その話を?」
 「いやー何。うちの領地は西の国境なもんでね。色々と」
本来なら、腹の探りあい…となるところなのだろうが、イヴァンにそんなつもりがないことは明らかだった。彼は何もごまかすつもりがない。だからこそ逆に、計算高い者や、腹に一物ある者にとっては最も扱いづらい相手なる。
 「…残念ながら、その手のものは取り扱いがございません。うちとしても、ご禁制の品を取り扱って、目を付けられたくはないので。」
 「ということは、存在は知っているのですね?」
ティアーナが鋭く切り込むと、マリッドは肩をすくめる。
 「風の噂では…ですかな。実物をこの目で見たのはもう何年も昔の話。それも本物だったかどうかは確かめるすべもない」
 「どこから持ち込まれたのです?」
 「それは言えませんな。商売上の約束事ですので。」
 「マリッドは嘘はついてないぜ」
頭の後ろで手を組みながら、イヴァンは飄々とした表情で言ってのける。
 「マジャール人は商売の話じゃ嘘はつかないんだ。脱税とユスリくらいはやってるかもしれねーが、あれの持ち込みには、この商会は関わってないんだろう」
 「これは手厳しい、と言うべきか――信頼痛み入ります、と言うべきか」
マリッドは苦笑している。
 「怪しい場所は幾つかあるが、たぶん持ち込んでるのは海路だろうと思ってる。あんたが思いつきそうな場所はどこだ?」
 「…また随分と、性急な質問をなさる」
 「面倒なことはナシだ。こっちは十年前に人死にまで出てるんでね。そいつがまた悪さしそうだってんなら、追う理由は十分過ぎるだろ」
 「成る程。」
一介の商人の表情から、政商の表情へ。マリッドは、自然に顔を変えた。
 「"ヴェニエル殿からの発注が増えています。それとマイレ殿。お心当たりは?"」
マジャール語だ。その言葉に反応したのは、イヴァンとアルヴィスの二人だけ。
 「…"いや"」少し考えてから、イヴァンは続ける。「"そいつらなのか?"」
 「"さて。そこから先は私どもには。"…そうそう、サーレ殿、以前来られた際にご紹介出来なかった物件がちょうど入ったのですよ。見てゆかれませんかな? お手ごろな値段で出しておりますよ」
イヴァンは、それとなく後ろの二人に視線をやる。
 「…考えとくよ。今日は、これから宿を探すつもりなんだ」
 「そうですか。しばらくはまだ、この町に?」
 「いや、先を急ぐ予定だから、一泊だけのつもりだ。」
 「でしたら、また今度、機会があれば。」
腹に手をやってマリッドが軽く頭を下げるのと同時に、どこからともなくキツネ目の男が戻って来た。
 「どうぞ、出口までご案内しましょう」
頃合が来た、ということか。
 マリッドの視線を受けながら、三人はイヴァンを先頭にして商会を後にした。

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