4_西の地へ



 クローナを出て二日目、三人は、アミリシア街道とローデシア街道の交わる三叉路の宿場町ガルシアへと辿り着いていた。クローナほどではないが大きな町で、宿場町の名に恥じず、多くの宿屋が立ち並んでいる。旅の途中の行商人たちが宿泊のついでにと商品を広げ、それが臨時の市のようにもなっている。
 「ここはもうクローナ領じゃないんだよな?」
 「隣のヴェニエル侯爵領だね。」
アルヴィスが答える。「この辺りからは、守備受け持ちの騎士団も変わってるよ。」
 「西方騎士団…、赤の騎士団ですね」
と、ティアーナ。彼女は、きょろきょろと辺りを見回している。「今日はこちらで宿泊ですか?」
 「そのつもり。無理に次の町まで行くと、遅くなってしまいそうだし」
 「では、宿を探してきます」
そう言って、ティアーナは馬の頭をめぐらせ、通りの向こうへと消えていく。イヴァンは眉を寄せて首を傾げた。
 「…何かあったの、あいつ」
 「何かって? ティアは前からこんな感じだよ。」
 「そうなのか…」
イヴァンの知るティアーナは、いつもアルヴィスの側にくっついて、過剰なほど周囲を警戒している護衛役だった。それが、旅を始めてからというもの、細々した雑用もこなしてくれている。宮廷に仕える騎士がこんな仕事もするとは思っていなかった。イヴァンの家で副官を務めているレオンも同じように雑用をこなしていたが、彼の場合はどちらかというと執務のほうが主だったから、特に違和感は覚えなかったのだが。
 ティアーナが戻ってくるのを待つ間、二人は広場のあたりで馬を降りて、開かれている市場を見て回ることにした。市は町の中心にある広場いっぱいに広がっている。荷車の荷台をそのまま店舗にして営業している店もあれば、小さなテントを建てている店、机やござを通りに出して物を売っている店もある。品は日用品から装飾品や家畜まで様々で、食べ物を売る店もある。同じ種類の店は、だいたい同じ場所に数軒が固まっていた。
 「うちの領地の連中は、さすがにこの辺りまでは来てないみたいだなぁ」
出ている店をざっと眺めて、イヴァンが呟く。見慣れた品は、市には出ていない。
 「サーレの特産物は、酪農関係?」
 「ああ。冬になる前に弱ってる牛を処分したりするんだけど、それはまだだし、今の時期だとチーズとかかな…。あとは季節によって毛織物とか干し肉とか。人間より牛と羊が多いんだ」
革製品の店を見つけて近づいていった彼は、値札を見て顔をしかめる。「高いな、うちで買えば安いのに」
 「サーレ領は、あまり輸出はしていないの?」
 「こっちから出すことは滅多にないな、買い付けには来てるけど。他所の領地に"輸出"する時に税金がかかるし、輸送費用もかかるからだそうだ。」
その手の話は苦手なイヴァンでも、さすがに少し前の試験に出た内容くらいは覚えていた。
 市を開けるような街道沿いの町を持つ領地ならともかく、残念ながら"辺境"であるサーレ領では市は開けず、かといって市の開かれている場所まで出て行くのにも遠い。場合によっては幾つもの領地を通らねばならず、そのたびに通行税が掛かってしまう。
 「学校の奴らにも疑われたりしたけど、うち、あんま金持ちじゃないんだよ。領民からの税金もそんな高くないって話。親父の意向でね。贅沢さえしなければ十分食べていける、って」
 「食料の自給自足が可能な土地だからこその余裕だね。クローナは逆だ。ほとんど穀物が育たない土地だから、食料を買うためには商売に力を入れるしかない」
 「へえ、そうなのか。どこも苦労はあるんだな」
 「そうだね。ただ、…領地ごとに懐具合に大きな差があるのは事実だ。」
言葉を濁し、アルヴィスは口を閉ざした。それと入れ替わるように、周囲の喧騒が耳に入ってくる。
 「ねえ、王子様また来るかな? また来て欲しいよね」
 「素敵だったわよねぇ」
 「ねー」
 (王子様?)
思わず聞き耳を立てる。隣にいたアルヴィスも同様に、店の品物を眺めながら、耳をそばだてている様子だ。
 「スヴェイン王子は無類の女好きらしいからなぁ。どおりで街の娘どもが妙にめかしこんでるわけだよ」
 「ははっ、まぁいいじゃねぇか。若いってのはそんなもんだろうよ」
近くで屋台を開いている、地元の商人らしい男たちが笑っている。イヴァンは、そちらに向かって話しかけた。
 「スヴェイン王子、ここへ来たのか?」
 「ああ、つい――何週間か前かなぁ。領主様んとこで宴会だとか。ド派手な馬車で乗り付けて、町じゅうの娘っこを着飾らせて一晩中踊ってたな」
 「そんな…ことしてたんだ」
アルヴィスは軽くショックを受けたような顔をしている。
 「はっは、若いってのはいいやね。しかし噂どおりの派手好きな遊び人だぜ、ありゃあ。」
 「王都に帰らないのは国王様に勘当されてるからって噂もあるくらいだしな。だがまぁ、次男だ。次男坊なんてそんなもんかもしれんぜ」
 「ちげえねぇ。第一王子様はご立派だって話だし、後継者がちゃんとしてりゃあな」
 「……。」
笑いあって世間話を続ける男たちの前で呆然としていると、ようやくティアーナが戻って来た。
 「お待たせしました。宿を確保…、…どうか、しました?」 
 「いや、何でもないよ」
表情を取り繕い、アルヴィスは傍らの馬に乗った。「行こうか」
 その時、ほんの一瞬だけだがアルヴィスはイヴァンに視線を投げかけ、軽く口元に指を当てた。ティアーナにはまだ言うな、ということだろう。小さく頷いて、イヴァンも馬に飛び乗った。
 それにしても、話に聞く限りスヴェインという王子は本当に遊び人のようにしか思えない。アルヴィスはそれは演技だと言ったが、本当だろうか、とイヴァンは思っていた。たとえ子供の頃は真面目だったにせよ、離れていた十年の間、人が全く変わらずにいることなどあるだろうか、と。



 宿には、二部屋が確保されていた。二階の一番端。
 「アルとイヴァンは、こちらで寝てください。私は隣の部屋です」
そう言って去ってゆこうとするティアーナを、イヴァンが呼び止める。
 「なんで部屋、別々なんだ?」
 「何でって、…」
彼女は呆れ顔だ。「一緒の部屋で寝るわけにもいかないでしょう? 用事がある時は呼んでください!」
 ぴしゃりと言って、扉も閉める。
 「…そう、なのか?」
 「ティアだって女の子なんだよ」
アルヴィスは隣で苦笑している。「王宮でも隣の部屋に控えてくれてたよ。まだ夕食まで少し時間があるし、これからの予定を相談しよう」
 部屋に入り、寝台の上に荷物を開く。アルヴィスは、中から一番底に大事に入れていた手帳を取り出した。クローナでメネリクから預かってきた、あの手帳だ。イヴァンも中身は少し見せてもらったが、図や文字がびっしり書き連ねられていて、彼にはとても読めたものではなかった。
 「それ、…どんな感じなんだ? なんか役に立ちそうか」
 「もちろん。興味深い内容だね。当時、先生は陸路から西方へ入ったらしい。サーレ領側からだ。吊り橋があるって。そうなの?」
 「パレアル峡谷にかかってるやつかな。国境の検問所のすぐ目の前らしい。いつからあるのかは誰も知らないが」
 「そこからは崖に挟まれた狭い道。数日行くと、獣人の住む森がある」
 「獣人?」
 「"リンド"。自分たちのことは、そう名乗ったそうだ。森を中心とした西方の地は"リンドガルト"。――リンドたちの土地。先生は、西方の植物の調査は彼らに大いに助けてもらったって書いてる」
イヴァンは、向かいの寝台に腰を下ろしながら尋ねた。
 「そいつら友好的なのか」
 「ううん。どちらかというと好戦的、ただしいちど仲間と認識されれば大丈夫みたい。領域に非常にこだわる民族で、森は不可侵の扱いだそうだ。最初が肝心だね」
 「ふうん」
腰の剣を外しながら、彼はちょっと考え込んだ。「…つーことは、まず、そのリンドってのに会って道案内とか頼めれば楽ってことか」
 「だろうね。どうやらリンドガルトは森と山がほとんどで、へたに入り込むと迷うような地形になってるようだ」
手帳のページをめくりながら、アルヴィスは素早く文字の上に視線を走らせていく。本の嫌いなイヴァンには到底できない芸当だ。
 「今回は船で、海路から行くから…うーん…」
思考に集中しているアルヴィスの邪魔をしないように、イヴァンはそっと寝台から立ち上がって窓の外をのぞいた。通りに面しているわけではないが、ここからでも市のあたりの賑わいは建物の向こうに伺える。人や馬車が行き交い、街道沿いの街らしい雰囲気を醸し出している。
 人ごみの中に灰色の特徴的な制服を着た人物が横切るのが見えた。
 王国に仕える税収官吏。ふと、イヴァンは思い出した。
 「――なあアル、ここの領地でクロン鉱石が見つかってって前に言ってたよな」
 「え?」
背後で顔を上げる気配がある。「うん。街道の交わる場所、まさにこの町だよ。」
 「今から市場にいって探したら、見つかると思うか?」
一瞬、アルヴィスには意味が分からなかったようだ。
 「…それは、どうかな。見つかるかもしれないけど、見つけても意味がない」
 「何でだよ。犯人捕まえられるだろ」
 「その石を持ち込んだ犯人はね。でも、大元が誰だったのかまでは突き止められないんだ。毎回そう。実際、荷物の中身は知らされずに、ただ"運び屋"として使われてるだけだったりするからね」
 「あー、そういうことか」
舌打ちして、イヴァンはガラスに軽く手を突いた。「そうだよなー、そう簡単に突き止められるなら、十年も苦労してないよな」
 「そうだね。探すなら、武器のほうが早いかもしれない」
 「武器?」
 「クロン鉱石を使った武器さ。爆弾か、建国祭で使われた筒みたいなもの――おそらく、そっちはクロン鉱石本体より流通が限られていると思う。今まで一度も押収されたことはないけれど、必ずどこかで製造されてるはずだ」
 「成る程な」
イヴァンは、建国祭で追い詰めた男が持っていた筒のようなものを思い出していた。あれが武器だとすれば、かなり特殊な形状だ。古代武器を真似て新たに開発されたものにせよ、どこかで誰かが作って王都まで持ち込んだことは間違いない。
 「武器かぁ。武器なら、詳しい奴を知ってるんだよな」
 「詳しい奴?」
 「うちの取り引き先の一つ。武器商人マジャール人のやってる、マリッド商会ってとこ。」
 「カレッサリアか」
アルヴィスは即答した。「元シャイラ自治領。今はフラウ男爵領になってる」
 「流石だな、そこだよ。このまま街道を西へ向かえば着く。どうする? 当たってみるか」
 「…そうだね。ティアにも相談してみる、ちょっと待ってて」
部屋を出て行くアルヴィスを肩越しに見送ってから、イヴァンは、窓の外の通りに視線を戻した。今この瞬間も、禁じられた鉱石はこの町のどこかで取引されているかもしれない。しかし、当たり前だが、通りを眺めるだけでは、それを見つけることは出来そうに無かった。


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