7



 明るい日差しの中に意識が浮上する。
 目を覚ますとそこは、見知らぬ寝台だった。いつもの学校のごわごわしたシーツとは別の感触がある。イヴァンは、慌てて飛び起きた。瞬間、鈍い痛みが全身を駆け巡る。肩に手をやると、包帯が巻かれているのが分かった。その手にも、頬のあたりにも、手当ての跡がある。
 次第に記憶が蘇ってくる。――あの事件のあと、ベオルフに何処かへ運び込まれ、手当てをしながら簡単に話を聞かれたあと、寝かされたのだ。
 ふかふかした寝台から飛び降りて、彼は自分の靴を探した。病院にしては部屋の中は上品で、調度品も見たことが無いくらい上等なものだ。人の気配はない。薄いカーテンのかかった窓の向こうも静まり返っている。
 「あれ、服がないな…武器もだ」
寝台のあたりを探し回っていると、扉が叩かれた。
 彼が返事をするより早く、畳んだ服と盆を抱えた誰かが入ってくる。入って来たのは、ティアーナだった。彼女はイヴァンと目が合うと、ちょっと意外そうな顔をした。
 「もう起きてたのね。ずいぶん頑丈ですこと」
 「お前、なんでここに…」
 「なんでって。あなたがここに運ばれてきたからでしょう」
 「ここって?」
 「王宮」
言いながら、寝台の脇のテーブルにトレイを置き、椅子に服をかける。
 「なんでそんなとこに…。」彼はちらりと窓の外を見やった。以前連れられ行った、"学者の小路"のことを思い出したからだ。確か、ティアーナの家もそこにあると言っていた。
 「まさか、お前ん家じゃないだろうな」
 「違いますよ。正真正銘、国王陛下の家です。」
 「……。」
イヴァンは額に手をやった。「もう一回聞くけど、なんでそんなことに?」
 「呆れた人、本当に鈍いにもほどがあるわね。」
溜息をつきながら振り返ったティアーナは、じっ、とイヴァンの顔を見た。「あなた、昨日兄さんに言われたこと忘れたの?」
 「兄さん?」
 「ベオルフよ。あなたは重要参考人だから、ゆっくり休んで、それからじっくり話を聞かせて貰いたいって。そう言ったらしいんだけど?」
前日の記憶が蘇ってくるのと共に、イヴァンは、ようやく気が付いた。誰かに似ていると思っていたのは――そう、ティアーナは、ベオルフに似ていたのだ。
 「あ、あー!」
 「ちょっと、何よいきなり大声で」
びっくりしているティアーナの前で、彼は頭を抱えている。
 「なんで気が付かなかったんだよ…!」
 「まったくね。」
ティアーナは、噴出したいのを我慢しているような表情でひとつ咳払いした。
 「それだけ大声が出せるのならもう大丈夫ね。さっさと着替えて、腹ごしらえでもして来なさい。支度が済んだら、あとは兄さんが案内するって」
扉が閉まり、イヴァンは部屋の中に取り残された。ティアーナが近衛騎士のベオルフの妹だということは、…ここが王宮だというのも本当なのだろうか?
 どうしようかと見回すと、身支度の一式。さっきティアーナが運んできたらしい、湯気の立つ朝食の載った盆も置かれている。
 とたんに、腹の虫が声を上げた。そういえば、丸一日以上、まともに食べていない。
 「まいっか、とりあえず食ってから考えよう」
彼はあっさりとそう決めた。決めるが早いか寝台の端に腰掛けて朝食を平らげ、それから、部屋の片隅に見つけ出した洗面台で顔を洗って着替えを終えた。武器だけは見つからないが、それは後で聞こう。
 部屋を出ると、広々とした庭園が目に飛び込んできた。
 眩しい光に目が眩むようだ。庭の中心には人の背の高さほどの黄金色に輝く木が一本立っていて、その周りを手入れの行き届いた芝生と、小さな水の流れとが取り囲んでいる。以前アルヴィスの言っていた"黄金の樹"というのは、これのことだろうか。庭を囲むようにして続く回廊は、年月の色を帯びた灰色のどっしりした石造りの手すりと梁とで出来ている。今出てきた部屋は、回廊の一階部分の一番端にあった。そして、回廊の中ほどに、庭を眺めるでも、誰かを待つでもなく、気をつけの姿勢で立っている男が見えた。
 ベオルフだ。
 視線に気づいたのか、男はこちらを振り返ってにやりと笑った。
 「よう、思ったより元気そうだな」
今日のベオルフは、いつか町中で見かけたような、金糸飾りのマントをつけた正装をしていた。腰に下げた剣の先には、金色の房飾りが揺れている。気後れして一瞬近づくのがためらわれたが、それもほんの一瞬のことだ。ベオルフの、以前サーレ領で見たのと同じ気さくな笑顔がそうさせた。
 イヴァンは口を開いた。だが、声が響きすぎないよう、少しばかり控えめに。
 「ここが王宮って、ほんとなのか?」
 「ああ、気が付いてなかったのか。ま、昨日は暗かったし、お前もぼーっとしてたからな。重要参考人だってことで、陛下が連れて来いと仰ったんだ」
くっくっと笑う。
 「にしても、お前一体あの時、何してたんだ? 予定の旗手には別の奴が出てくるし、そいつはお前が腹壊したから代理だって言うし。そのお前は腹壊すどころか広場の木の上に潜んでて――」
 「そ、それは色々あったんだよ」
慌ててイヴァンは話題を変えようとする。「それより、あの時。音がして、馬が倒れたような気がしたんだ。誰か、怪我とかしてないのか」
 「ああ、狙いは逸れた。不幸中の幸いだな。それに、良く不審者を見つけられたな。あの時、あいつに反応したのはお前と、警備に当たってたうちの若手騎士、エーリッヒだけだったんだぞ。それは誇っていい」
 「…たまたまだ。目の前にいたからさから」
恥ずかしくなって、イヴァンは、慌ててそっぽを向いた。
 「ていうか、犯人は? どうなったんだ」
朦朧としていた中でも、犯人の身柄が確保出来なかったという会話が交わされていたことは、なんとなく覚えている。それに、あの爆発。
 「…あいつは、自分もろともあの辺り一体を吹っとばしやがってな。」
男は、ふいに真面目な顔になった。
 「火は水をかけてもなかなか消えなかった。多分、ただの爆発じゃないな。あれは――クロン鉱石によるものだ」
イヴァンは、思わず息を呑んだ。記憶の中にある、十年前の、あの夜の火災と、昨日見た炎とが、交じり合うようにして重なっていく。
 「…あの、黄色い粉みたいなやつか」
彼は思わず呟いた。
 「何か見たんだな?」
 「ああ。筒みたいなの持ってて、黄色い粉が零れてた…」
 「なるほど。お前をここへ連れてきたのは正解だったようだ。行こう」
少年の肩に手をやって、ベオルフは、今まで自分の立っていた場所にあった両開きの扉のほうを向いた。軽くノックすると、中から返事がある。
 「失礼します、陛下。昨日の少年が目を覚ましましたので、お連れしました」
えっ、と思うより早く、イヴァンは後ろから部屋の中に押し込まれていた。広々とした書斎の、真ん中に置かれた机の端に腰掛けていた男が顔を上げ、こちらを見る。
 金の髪に、人懐っこそうな茶色い瞳。
 それは、昨日、行列の先頭に見た、あの人物に間違いなかった。
 「やあ。怪我が大したことなくて良かった」
手にしていた書類の束を置いて机の端からひょいと降りた男は、無造作にイヴァンの前に手を差し出した。
 「イヴァン・サーレだね。私はアレクシス・フォン・リーデンハイゼル。ま、適当に王様でも陛下でもアレクシス様でも呼んでくれ」
 「…あ、どうも」
何の心の準備もしていなかった。それに、目上の人に対する礼儀作法など覚えてもいない。
 だが、握手を断るのはきっと失礼に当たる。挨拶の握手を交わしたあと、シグルズは、手を腰の後ろに回してイヴァンを見下ろした。
 「さて、あらかたの話は我が騎士、エーリッヒ・フォン・マーテルから聞いているが、改めて君のほうも話も聞いておきたい。まずは本来なら一番旗手を務めるはずだった君が、どうして君はあの木の上にいたのか?」
 「え?! そこからですか。それ関係ないんじゃ…」
 「重要な話ではないのかね? 言わないなら、君はあの襲撃を知っていたのかと疑ってしまうが」
イヴァンは口ごもった。まさか、王様に直接、マルティンのことを告げ口するわけにもいかない。
 「…地下室から脱出するのに時間がかかって間に合わなかったんで、せめて見学だけでもしようって。」
 「ほう? 地下室? またなぜ」
 「閉じ込められてたんですが…その、…ちょっとした学内のイザコザみたいなものです。この話って本当に必要ですか?」
 「ふむ、まぁいいだろう。それで? あの木の上に登って様子を伺っていた君は、どうして、何か異変が起きることに気が付いた?」
 「あそこで、あの時に何か起きると知ってたわけではありません。ただ――なんとなく下を見てたら、動きがおかしいやつがいたんです。」
 「なるほど。で、とっさに声を上げ――何だっけ? ベオルフ」
ベオルフは、もったいぶって小さな咳をした。
 「恐れながら申し上げますと陛下、目撃者の話では手にしていたりんごを投擲した、とか」
 「食べかけのりんごです」
ささやかに訂正して、イヴァンは続けた。
 「そのあとは、たぶんあの人――エーリッヒって人も知ってることだと思います。公園のほうに逃げてくのを追いかけてったら、突然攻撃してきて、剣が砕かれました。で、逃げようとしたところを足を矢で射抜かれて、懐から何か取り出すのが見えた。はっきり覚えてるのはそこまでです。…爆発した時に吹っ飛ばされて、しばらく気絶してましたから。」
そこまで言ってから、彼は、慌てて自分の腰のあたりに手をやった。
 「そういや、俺の剣ってどうなったんでしたっけ」
寝台の側には無かったはずだ。
 後ろから、ベオルフが言った。
 「破片は拾い集めて、状況確認を兼ねて町の腕利きの鍛治屋に持ち込んである。ただ、片方は破損が酷くて、元通りになるかはわからんそうだ。」
 「…そんなに?」
 「ああ。相当な衝撃だったはずだぞ。お前の手まで砕けちまわなくて幸いだった」
言われて初めて、イヴァンは、自分の左手が包帯できつく巻かれていることに気が付いた。指を動かすと、肩にかけて全体がぴりぴりと痛む。
 顔を上げて、彼はアレクシスを見た。
 「で、あいつは一体何者だったんですか? 見たこともない筒みたいなもの持ってて、それが火を噴いた。あんな武器は初めて見ました。武器だとすれば、ですが…」
 「ふむ。いい質問だ。実は我々もそれを知りたいと思っている」
 「クロン鉱石を使ったとか聞きました。十年前、ユラニアの森を焼いたのもそれだったって。一体、何なんですか? その鉱石って。どうして、うちの森が――」
 「落ち着け、イヴァン。」
ベオルフが諌める。
 「知りたいのは分かる。だが、それを説明するのは私より、あの子のほうがいいだろう」
そう言って、アレクシスは片手を顎にやり、ちらりと扉のほうに視線をやった。「ティアーナが呼びに行ったはずだから、もうじき来るはずなんだが…」
 言いかけた時、ちょうど、廊下で足音がした。ノックの音がする。
 「失礼します、陛下。お連れしました」
ティアーナの声だ。
 「ちょうどいいところに来た。入りなさい」
ティアーナが扉を開いて、一礼して脇へ退く。後ろから現れたのは、アルヴィスだ。
 「お待たせしました。」
それから、イヴァンのほうを振り返って、にっこり笑う。「やあ、イヴァン。」
 「え…アル、なんでお前までここに…」
扉の脇に控えているティアーナが、盛大なため息をついた。
 「まったく、どこまで鈍いんですか、あなたは。この方は――」
愉快そうな顔で眺めていたアレクシスが、口を開いた。
 「私の息子だ。」
 「は?」
イヴァンは、ぽかんとして部屋の中にいる四人の顔を交互に眺める。にやにやしているベオルフと、呆れて額に手を当てているティアーナ、そして、国王アレクシスとアルヴィスを。そして思い出した。いつだったか、エデルやアステルと昼食を食べに行ったときの会話を。そして理解した。どうしてティアーナが護衛についていたのか。王宮にすんなり入れた理由も…。
 「今はクローナに住んでいる。今のクローナ公は妻の父上…先代国王の弟陛下なのだが、子供がいなくてな。十年前に養子に出したのだ」
と、アレクシス。
 「十年前の事件以来、国内では密かにクロン鉱石が取引されている。だがどんなに探っても、我々はその流通経路を探り出すことが出来なかった。最近では武器らしきものまで開発されているのにも関わらず、だ。」
 「それで僕は、その出所を探ってる」
アルヴィスが続ける。「立場上、騎士や役人には入れない場所でも何とかなったりするからね。」
 「公園で花植えたり、本屋で本買ったりしてたのに、か?」 
 「…それは、ちょっとした息抜きと、ルディの手伝いだよ」
彼は苦笑する。
 「それに、調査のことは公(おおやけ)にはされていないんだ。僕は名目上、クローナ公の代わりに祭りに参加するためにこの町に来ている。少しくらい観光するふりでもしなきゃ、逆に怪しいからね。」
 「成る程。」
イヴァンは、ちらりとアレクシスのほうを見、アルヴィスと見比べた。祭りで見た上の二人の王子たちが父親そっくりなのに対して、アルヴィスは、瞳の色以外はあまりアレクシスに似ていない。母親似なのだろうか。
 「と、そういうわけだ。この件はアルヴィスに一任している。この子に協力してやって貰えるだろうか?」
 「それは勿論」
あわてて居住まいを正しながら、イヴァンは頷いた。「望むところですよ」
 「それは良かった。」
折り良く、扉が再びノックされた。外から声が響いて来る。
 「失礼します、陛下、そろそろ会議のお時間ですが――」
 「おっと、もうそんな時間か」
慌てて、アレクシスはさっき読んでいた書類を纏めた。
 「早く行かないとエカチェリーテに怒られるな。ではアル、そちらは頼んだぞ後で纏めて話を聞かせてくれ。」
 「はい。」
小脇に書類の束を抱え、椅子にひっかけてあった上着を手に取りながら、多忙な国王はベオルフを従えて部屋を出て行ってしまった。ぽかんとして見ていたイヴァンは、アルヴィスに突かれて我に返る。
 「来て貰いたいところがあるんだけど、いいかな」
 「おう、そりゃもちろん。けど、…うん、なんか実感ないなあ」
 「実感?」
 「お前が王子様ってとこ。」
アルヴィスは、ちょっと肩をすくめて廊下に向かって歩き出した。
 「厳密には、もう王位継承権は無いんだ。クローナ家の養子に出るってそういうことだし」
 「でも王様の息子なのは違いないんだから、王子だろ。つか、ほんっと全然気が付かなかった」
 「あまりにも気が付かないものだから、ティアーナなんてずっと不機嫌なままで。」
くすくす笑うアルヴィスの横で、ティアーナは口を尖らせている。
 「それで、ずっとあんな態度だったのかよ」
 「それだけじゃないですけどね」
彼女はじろりとイヴァンをにらみつけた。「あなたが兄が褒めていた人物の現物だと思ったら、げんなりしたんです」
 「…なんだそりゃ。ていうか、俺のことも最初から知ってたのかよ」
 「ベオルフの報告を聞いてたから。まさかこの国に、西方出身でイヴァンって名前の双剣使いがそう何人もいるはずないでしょ」
 「何だよ。もっと早く言ってくれれば良かったのにさ」
訳が分からないというように首を振って、イヴァンは通り過ぎようとしている王宮の中の風景に視線をやった。普段は、滅多に入ることなど出来ないような場所なのだろう。雰囲気からして、今までに見たどんな場所とも違う。
 回廊を抜けると、渡り廊下。それから階段。さすがに王宮というだけあって中は広く、何かの制服らしい揃いの上着を着た人々や、王宮の紋入りの外套を身につけた警備兵が要所要所に立っていたりする。それらの間を、アルヴィスは慣れた様子で通り過ぎていく。すれ違う召使いが足を止めて軽く会釈したりするところなど、イヴァンの家では考えられないことだ。



 やがて、アルヴィスは建物の端にある部屋の前で足を止めた。
 「着いたよ、入って」
扉を開くと、寝台と机以外は何もない、殺風景ながらんとした広い部屋があった。いや、殺風景というには少し語弊があるだろうか。机の上には難しそうな本が何冊も積み上げられ、書き掛けの書類が置かれている。エデルの働く本屋で受け取っていた、あの分厚い本も積んである。
 「ここは?」
 「滞在中の僕の部屋。"学者の小路"のすぐ近くなんだ。」
アルヴィスは、窓の側まで行って足を止めた。窓の外は断崖絶壁になっていて、ちょうど真下に"学者の小路"が見下ろせるようになっている。成る程、ここは王宮の裏口側の一番端なのだ。
 「なあ、さっき王様が言ってたけど、クロン鉱石を探るのはお前に任せてるって。ベオルフがうちに来たのは、もしかしてお前がそう言い付けたからなのか?」
 「正確には、僕の依頼で父さんがそう命じた。近衛騎士に命を下せるのは、国王だけだから。」
振り返って、彼は部屋の中ではほとんど黒に見える濃い色の瞳でイヴァンのほうを見た。
 「サーレ領へ行ってもらった理由は二つ。一つはクロン鉱石が"今も"持ち込まれている形跡があるかの確認。もう一つは、サーレ家で管理されている国境検問の出入国記録を確かめること」
 「おいおい、それじゃまるでうちが疑われてるみたいじゃねえか」
 「そうじゃない」
アルヴィスは、くすっと笑って本棚から束ねた紙を取り出した。
 「意図せずに持ち込まれている可能性もあると思ったんだ。例えば、国境近くの場所が取引き場所になっている、とかね。でもそうじゃなかった。ただ、出入国の記録からは興味深いことが判ったよ」
机の上に広げられたのは、国境の砦を通過した人数、名前、目的などを記載した夥しい量の記録。しかもレオンの字だ。
 「これは――、」
 「サーレ伯に頼んで写しを送ってもらったんだ。届いたのはつい一週間ほど前だね」
あの時、レオンが探していたのはこれだったのか。
 「十年前には国境を通過する人数はかなり多かったのに、最近ではほとんど居ない。にも関わらず国内に入ってきている西方からの品は最近になって急激に増えてきているんだ。イヴァン、西の国境って深い渓谷があるんだよね?」
 「ああ、パレアル渓谷だな。橋でもかけなきゃとても渡れない。唯一の吊り橋の目の前に作られてんのが、うちの砦。この記録はそこのだよ」
 「つまり陸路での交通量は記録通り減っている。おそらく西の国と繋がっているのは海路だ」
イヴァンにはまだ、アルヴィスの言わんとしていることが良く分からなかった。
 「西の国が、どう関係するんだ?」
 「鉱石の持ちこみ元さ。地図を見せるよ」
机の端にあった丸めてあった紙を広げると、アルヴィスは機敏な動作で手近な本とペン立てを重石にする。地図には緻密に引きこまれた細い線が幾重にも走っていて、赤い○印がいくつか付けられていた。片側には、"極秘資料"という赤い文字が見える。
 「王国内のクロン鉱石の鉱脈のありかだ。把握出来てる範囲で、だけどね」
そう言って、彼は指で一点を指した。
 「ここが首都、リーデンハイゼル。で、国内で一番大きな鉱山は王都のすぐ南にある"死の海"の中だけど、ここは王国の管理で厳重に封鎖されているし、近くにハザル人の町もあるから監視は行き届いてる。他に鉱脈があるのは北方。でも北方は商業都市クローナを中心とした流通網が敷かれてる。クローナ家に把握できる範囲の流通網を全く掠めずに国内に流通させることは難しい。東方も同様だ。―――残る可能性は西方だけ。最近開拓された土地の多い西方には、未調査の地域が数多くある。最大の未調査地域は、国境の向こうだ」
彼は、点線で区切られた国境の先の白紙部分を指で軽く叩いた。
 「ユラニアの森は、まさに西の国境にある。鉱物専門家のオルグの話では、森の近辺に鉱脈はなさそうだということだった。残る可能性は、西方からの持込み。十年前の事件で使われたクロン鉱石も西方から持ち込まれたのだとしたら、…繋がるんだ」
イヴァンの表情が硬くなる。
 「…うちの領内をそんなヤバいもんが通ってたっていうのか」
 「おそらくね。当時はクロン鉱石のことを知ってる者は少なくて、見ても分からなかったと思う。ただ、今はもう簡単に持ち込むことは出来ないはずだ。検問に引っ掛からずにサーレ領を素通りは出来ないだろうから」
地図を元通り巻き取りながら、アルヴィスは顔を上げた。
 「十年前、そして今回。二度の暗殺未遂。どちらにもクロン鉱石が関わっている。もしかしたら同一の勢力によるものかもしれないけど、今の段階では断言は出来ない。犯人の身柄を拘束できなかったし。ただ、少なくとも、石がどこから持ち込まれているのかは推測が付く。国境の向こう…、それに海路。おのずと候補は絞られてくる。目的だけが分からない。」
 「目的? 武器を作りたいからじゃないのか。」
 「それは禁じられているクロン鉱石を国内に持ちこむ理由のほうさ。僕が言っている理由は、わざわざ国王暗殺なんていう、大それたことを企む理由のほう」
 「ああ、…確かに」
腕を組んで、イヴァンは天井を見上げた。「んなことすると、余計に追求厳しくなるよなぁ普通」
 「それでも敢えて、…というのは、よほど正体がバレない自信があるのか、或いは…。」
言葉を切って、アルヴィスは少し考え込んだあと、ふいに声の調子を変えた。
 「さあ、それじゃ次は、君の剣を見に行ってみようか。」
 「俺の?」
 「修理中だって聞かなかった? 町の腕利きに預けてあるんだ。」
言いながら、歩いていく先はさっき入ってくるときに使ったのは別の方向にある扉だった。そちらを開くと、明るい日差しとともに涼しい風が吹き込んでくる。部屋は、狭いポーチを通じて直接外に繋がっているようだった。
 ポーチの片側は、崖の斜面。
 斜面の下のほうには、いつか見た、"学者の小路"の色とりどりの家の屋根が見えていた。

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