3



 次の朝、朝食が済むと、イヴァンは直ぐにベオルフたちに同行して館周辺の案内をすることになった。昼食の荷と馬は、既に裏門の前に並べられている。驚いたことに、連れは自分一人で他に誰もいないという。それが客人のたっての願いだということだった。
 自分の馬の手綱を受け取るとき、厩番が心配そうな顔でおずおずと尋ねた。
 「あの、イヴァン様、お体のほうは本当にもう大丈夫なので…?」
 「何ともないよ。そんなに心配すんなって、今日は何もないから」
料理番から受け取った昼食の荷が鞍の後ろにしっかりと結わえ付けられていることを確かめて、イヴァンは、ひらりと馬に飛び乗った。ベオルフたちは、今日は自分たちの乗ってきた軍用馬ではなく、館で借りた小柄な遠乗り用の馬を使っている。
 「ところで、今日はどこへ行きたい? 案内ったって、このへん何もないからさ」
駆け足で馬を門の外へと進めながら、イヴァンは手早く尋ねた。名目はどうあれ、大手を振って館を出られるのだ。クラヴィスの気が変わって外出許可が取り消される前に、さっさと出かけてしまったほうがいい。
 「そうだな…渓谷のほうへ向かってみたい。国境のとりでは近いのか?」
 「とりでまでは二時間もあれば行けるけど…往復してると半日がかりだぜ」
 「そうか。なら、渓谷のあたりが見渡せる場所は無いか。どんな場所なのか見てみたくてな」
 「…?」
変わった要望だな、とイヴァンは思った。そういえば、客人がこの辺境までやって来た目的とか理由というのは、昨日の晩餐のときも今朝も一言も聞かれなかった。食卓で交わされるのは当たり障りの無い世間話ばかりで、父クラヴィスと、このベオルフという男が昔なじみなのかどうかも、実のところはっきりしない。父が騎士団にいたのは二十年も前の話で、ベオルフは見たところ三十を過ぎたくらいにしか見えないのだ。
 馬は並んで門を走り出した。牧草地に風が吹きぬけて銀色に泡立つ中を、牧童たちが牛や羊を追っている。小道の脇にいた老婆がちょっと顔を上げてイヴァンに向かって微笑みかけ、傍らにいた幼い少年が歓声を上げて一行に両手を振った。ちらりとそれらを眺めやると、ベオルフは、先頭をゆくイヴァンの脇に馬を寄せた。
 「イヴァン殿は、領民たちにずいぶん人気があるのだな?」
 「ここらじゃ皆が顔見知りみたいなもんだよ」
 「いや、そういう意味ではなく…。」
言いかけて、彼は止めた。そして、面白そうな顔をしながら馬の速度を落として後ろのほうへ下がっていく。背後で他の二人と何か話しているらしかったが、内容までは聞こえてこない。
 馬を走らせながら、イヴァンは、それとなく三人の男たちの様子を伺っていた。
 一行のまとめ役は間違いなく、この大柄な、そして段違いに強いベオルフという男だろう。昨夜相手をしたシーザという男は見た目からして若く、新人らしさが抜け切っていない。ベオルフの部下かもしれない。ただ、残る一人、剣士でもなさそうなオルグの存在はよく分からなかった。従者、というわけではなさそうだし、父とも初対面のようだった。ベオルフの部下だとしても、なぜ二人も引き連れてこなくてはならなかったのか。
 イヴァンが馬を走らせている小道は、やがて登り坂になり、緑のこんもりとした小高い丘が行く手に見えてきた。
 馬の息が荒れ始めたのに気づいて、イヴァンは馬の首を叩いて歩調を緩めさせた。後ろに続くベオルフたちの馬も速度を落とす。振り返って、イヴァンは後ろの三人に言った。
 「まだ距離はあるけど、この上からなら国境のほうまで見渡せるよ」
 「ほう。では、あれが名高い"境界の山脈"というわけか」
ベオルフは、馬上から西の方へ視線をめぐらせる。その先には、灰色の切り立った岩壁が、のっしと空に向かって聳え立っている。
 「そ、あのふもとに流れてるのがパレアル渓谷。」
 「ユラニアの森からも、そう遠くないですね」
反対側を振り返って、オルグが呟く。丘を丁度中間として、東のほうには、濃い緑の森が広がっている。
 「この丘に砦を立てればよかったんじゃないのか」
と、シーザ。
 「昔はあったらしいよ。辺鄙な場所だし、街道がもうちょっと南のほうにあるから、今の砦はそっちに近い場所にある」
 「なるほど。では、そこに見えてきたのが昔の砦の跡か」
ベオルフは楽しそうに言って馬に拍車をあて、速度を上げた。間もなく丘の頂上だ。崩れ落ちた白い岩の塊が点々と積み重なっているのが見える。



 四方から風が吹きぬけていく。
 丘の頂上で馬を下りた一向は、取り囲む何もない平原をぐるりと見渡した。。
 「ベオルフ殿、ここも調べますか?」
 「ああ、一応な。オルグ、任せた」
 「はい」
馬を下りたオルグは、頷いてなにやら辺りの岩の間や地面の上を調べ始める。
 「…何を、してるんだ?」
 「なぁに、こいつは学者でな。鉱石に詳しいんだ。この辺りの地質をちょいと調べたいのさ」
 「そんなことのために、この辺境へ来たのか?」
イヴァンは眉をしかめる。最初の頃はそれなりに取り繕おうとしていた口調も、何時しか普段のざっくばらんなものに戻ってしまっていた。
 「っていうか、このへんに珍しい岩があるなんて聞いたことないし、宝石も取れないぜ」
 「それは承知の上だ。特別なものが欲しいわけじゃない。ところで、お前さんのその馬、拍車を当てずによくも言うことを効くもんだな。よく馴らしてある」
話題を変えて話をはぐらかされようとしているような気がしながらも、イヴァンは、正直に答えた。
 「馴らしてあるんじゃない。あんたらの馬でも同じだよ」
そう言って、草をはんでいる馬の首をそっと撫でる。
 「馬ってのは賢いから、こっちがちゃんと伝えれば無理やり言うこと聞かさなくても従うんだよ。」
 「…ほう」
ベオルフは腕組みをすると、小さく呟いた。「人間も、馬もか。…成る程」
 「ん? 何か言った?」
 「いいや。ところで――」
 「ベオルフ殿」
ちょうどその時、シーザとオルグが向こうから戻って来た。
 「特にめぼしいものは、ありませんでした」
 「そうか。んじゃあ、次の場所へ行ってみるか。次は、そうだな…」
 「一体、何を探してるんだ?」イヴァンは不思議そうな顔だ。「どんなもの探してるか言ってくれれば、ありそうな場所を思い出してみるけど」
 「ああ、いや…まぁ、鉱石というか、探しているのは、本当は液体なんだけどな」
 「液体?」
 「黄色い、どろっとした濁ったやつだ。嫌な匂いがする。水に溶けて流れてしまうこともあるが」
 「硫黄のこと? このへん、火山も無いし…」
 「いや、そうじゃない。説明が難しいが――」言いながら、ベオルフは馬に乗った。「そうだな。折角だ、もう一度森へ行ってみよう。イヴァン、ここから最短距離であの焼け落ちた館へ向ってくれ」
 「え? それは――いいけど…。」
不審そうな顔のイヴァンを見て、ベオルフは、にやりとしてみせた。それは、何か目的を秘めたような意味ありげな笑みだ。
 一体、この男は何を考えているのだろう。言うとおりに案内してもいいのだろうか?
 …だが、断る理由はない。それに、行きずりの旅人ならともかく、この三人は父の客人なのだ。
 馬にまたがりなおすと、イヴァンは、ちらと空を見上げた。太陽は、ちょうど天頂にさしかかろうとしている辺りだ。飛ばせば小一時間で森に辿り着く。料理人から預かってきた昼食の包みは、どうやら別荘の廃墟で開くことになりそうだ。



 鬱蒼と茂る木立の合間を抜けて、馬は道なき道を進んでいた。
 道しるべもないというのに、一行を先導するイヴァンは迷う様子もなかった。間もなく行く手に、崩れかけた灰色の石壁が見えてくる。こちら側は裏口側で、いつも訪れる正門とは逆方向だ。後ろにいたオルグが、馬上で小さく口笛を吹いた。
 「よく方角が分かるもんですね」
 「そりゃそうさ、この森は俺の庭みたいなもんだ」
 「ふむ。ゆっくり走っても二時間ってところだな」
とベオルフ。だが、シーザが異論を唱えた。
 「よほど道に詳しくなければ、その時間で抜けるのはムリでしょう」
 「昔は道があったはずだ。そうだろう」
話を振られて、イヴァンはちょっと眉を寄せながら頷いた。「まあ、一応は」
 「…ですが、夜となれば話は別です。たとえ道があったとしても」
 「さっきから、何の話をしてるんだ? ていうか、あんたらは一体何を気にしてる?」
この不可解な巡回行の本当の目的を自分だけ知らないことで、彼はかすかに苛立っていた。
 「鉱石だか液体だかを探してることと、ここまでの距離に何の関係があるっていうんだ」
 「まあ、まぁ。とりあえず飯にしようや。そろそろ腹が減った」
ベオルフはイヴァンの肩にぽんと手を置いて、笑いながら別荘跡のほうへ馬を進めていく。納得いかないという顔をしながらも、イヴァンも後ろに続いた。
 昼食は、かつて裏庭だった草地で食べることにした。かつて東屋の中に設置されていた大理石のテーブルとベンチが、屋根はないまま、そっくり元の場所に残されていたからだ。
 馬たちにはその辺りで適当に草を食ませ、四人はテーブルの上に昼食の包みを開いた。料理人は気を使って多めに弁当を詰め込んだらしく、パンケーキや果物のほかに、燻製の薄切り肉、パテを挟んだサンドイッチ、さらに食後の焼き菓子まで入っている。
 「こいつは豪勢だな。酒があればもっと良かったんだが」
 「ベオルフ様…」
 「はは、冗談だ。さて、どれからいただくか」
陽気なベオルフをよそに、シーザは妙に緊張した面持ちで、オルグは仏頂面だ。特にオルグという男は、昨夜の夕餉の時からずっと同じ表情をしているような気がする。笑いもしなければ、驚きもしないのだ。
 「それにしても、思ったより残ってるなぁ」
サンドイッチを手にしたまま、ベオルフは屋敷のほうを眺めている。
 「形は残ってるよ。でも中はメチャクチャだし、別館のほうはきれいさっぱり消えちまった」
と、イヴァン。
 「ああそうか、お前さん、この館の元の姿を知ってるんだったな」
 「小さい頃はよく遊びに来てた。」
つぼから掬い上げたクリームをパンケーキに載せながら、イヴァンはそっけなく答える。「そんなにあの事件のことが気になるのか」
 「ああ。お前さんは、あの事件のこと、どこまで知ってる?」
 「知ってるっていうか…覚えてることだけだよ。別荘と村が焼けたのは真夜中だった。雷でも落ちたみたいな凄い音がしてさ、でも晴れた夜だったはずだ。目を覚ましたら、塔から真っ赤に燃えてる森が見えて…。」
パンケーキを折りたたんで、一口に飲み込む。
 「…で、そのあと犯人は捕まらなかったって聞いた。そのくらいさ。あの時は五歳か六歳くらいだったし、事件のあとは誰もそのことを話したがらないから」
 「成る程。」
イヴァンは、相槌を打つベオルフのほうをじろのと睨んだ。
 「何を企んでる? あんたたちが知りたいことは、あの事件に関係のあることなのか」
 「聞きたいのか?」
 「ベオルフ殿、その話は…」
声を上げようとするオルグを、ベオルフが視線で制する。
 「知ってしまったら、後戻り出来んかもしれんぞ」
その声には、冗談の気配は欠片もない。いつしかベオルフは、真剣な表情になっていた。イヴァンは間をおかず頷いて、答えた。
 「もし、あんたらや親父があの事件について何か知ってるのなら、俺だって知りたい。村の人が大勢死んだ。ここにいた使用人も、友達の家族もだ。なのに犯人は捕まってないんだ」
 「その犯人を知りたいのさ。オレたちは、十年前の"ユラニアの森事件"を調べなおすためにここへ来た。」
シーザとオルグが渋い顔で視線を明後日のほうに向けるのを無視して、ベオルフは続けた。
 「"クロン鉱石"というものについて知っているか? 王国では使用が禁じられた大昔の兵器の材料だ。」
 「…聞いたことない」
 「そうか。ま、そうだろうな。学校で教えられることもないはずだ。さっき言った黄色い嫌な匂いのある液体ってのは、そいつが溶けた状態のことだ。熱をかけると液体になって、何百年も固体に戻らない。だが、ある一定条件を満たして精製すると、爆発的な威力を持つ火を生み出すと言われている。――ここでそいつが使われた可能性がある、…と、サウディードの学者たちが結論を出した。」
サウディードは、ずっと東のほうにある伝統ある学術都市の名前だ。町全体が一つの大学のようになっている、…という話は、イヴァンも知っていた。
 「じゃあ、犯人の目星はもう、ついてるってことなのか?!」
 「いいや、まだだ。そいつが国内で密かに製造されたものなのか、国境を越えて持ち込まれたものかが分からんのだ。確かなことは、国境のこちら側――アストゥール王国の領土内で、何百年も前から製造されていないはずの、禁断の兵器らしきものが使われたということだけだ。」
 「……。」
イヴァンは、あごに手を当てて考え込んだ。
 「今の話、本当なのか」
 「何だ? 信じないのか」
 「親父の客だからって、俺はあんたらの何もかも信じてるわけじゃないぜ。俺は細かいことは知らないが、中央騎士団ってのは、そんなことを調査しに辺境まで出張ってくるもんなのか? やるにしても、この辺は西方騎士団の管轄だろ。」
 「あぁ、まあな。確かにそりゃそうだ」
ベオルフは膝を打った。
 「何を納得してるんです」
シーザは呆れ顔だ。既にベオルフが話してしまったことで、彼も隠す気が無くなった様だ。
 「…そうですね。身分を偽ったのは確かですよ。中央騎士団に属しているのは私だけです。実家がこちらのほうでしてね。途中までの道案内を兼ねて同行しました。オルグは学術都市サウディードの学者…」
オルグが、小さく頷く。
 「…ベオルフ殿は近衛騎士団に所属しています」
 「ふーん、って…は?」
イヴァンは、思わず聞き返した。「近衛騎士? 王様とかお后様とか偉い人を護衛するっていう精鋭?!」
 「ええ、その近衛騎士ですよ。」
 「だったら尚更、なんでこんなとこに居るんだよ。ていうか、調査なんて…」
 「これは国王陛下直々の命令でな。ま、近衛騎士ってのには護衛以外にも色々と役目があるってことさ。」
意味ありげに目配せしてみせると、男はテーブルの上の果物に手を伸ばす。イヴァンは、三人それぞれの表情を眺め回した。誰も冗談を言っているような雰囲気はない。今聞かされたことは、全部本当なのだ。
 言葉の意味が脳に染みこみ、理解されるにつれ、胸の奥で心臓が早鐘のように打ち始めた。
 十年前の事件は、国王が直々に、直属の部下に再調査を命じるほど重大なことだったのだ。
 「…つまり、この館や村を焼いた兵器は、とんでもなく危険なもの、ってことなんだよな」
 「うむ。」
オルグが頷いた。
 「でも、どこで作られたのかも、誰が使ったのかも分からない?」
 「そういうことです」
と、シーザ。
 「うちの領地の誰か…例えば親父とかさ、疑われなかったのか?」
 「嫌疑は真っ先にかかりましたね。ですがその件については、十年前に結論が出ています。少なくともサーレ伯については無関係です。でなければ、今回協力を仰いだりしません」
 「良かった」
ほっとして、イヴァンは胸を撫で下ろした。「けど――」
 「けど?」
 「今回も、手がかり、なんも無かったんだよな」
 「……。」
シーザとオルグは、視線を落とした。二人の様子を見るまでもなく、結論は明らかだった。
 小さく溜息をついて、ベオルフは空を仰いだ。
 「――ま、十年も経って、ここで何か見つかるとは最初から期待しちゃいなかったがな。ただ、おおよその地理を実際に目で見て確かめることは出来た。国境からの距離と、クロン鉱石が国外から持ち込まれたという可能性についてな。疑うなら、他国のほうがいい。」
 「ただそうなると、この先の調査は厄介ですね」
オルグが呟く。
 「国外となると、我々サウディードの部隊には手の出しようがない。騎士団のかたがたも、随行の権限は無いでしょ? 特にこの先は、国交のない未開地が殆ど…」
 「そうだなぁ。そこは、陛下の判断を仰ぐしかないなぁ」
のんびりとした口調で言い、男は、足を組み替えた。
 「まぁ、たまにはこういうのもいいさ。辺境でのんびり羽根を伸ばすついでと思えば。何も報告出来ないってワケでもないしな」
 「私はもう一度、屋敷の中を見て回りたいと思います。」シーザは、ちらりとイヴァンのほうを見る。「宜しいでしょうか」
 「ああ、構わないよ。なんかあったら声かけてくれ」
 「某も、破壊の痕跡から爆発規模を推定したいので」
二人はベオルフに一礼して席を立つと、それぞれに館のほうに消えていった。
 「働き者だなぁ、あいつらは。」
残されたベオルフは、果物の残りをつまみながら、のんびりとベンチの上に足を崩している。その様子からは、とても王の側近として仕える精鋭騎士のようには見えない。
 イヴァンは、テーブルの向かい側からベオルフを伺い見た。
 「なあ、あんた本当に近衛騎士なんだよな」
 「うん? なんだ、信じてないのか」
 「そういうわけじゃない。ただの確認だ。近衛騎士は十人くらいしかいなくて、凄く強い騎士しか入れないって聞いてた――」
 「十二人だな」
ベオルフは、即座に訂正する。
 「人数は一定だ。欠員が出たら推薦と試験で補充される。ま、強さも判断基準の一つってのは確かだ。」
そう言って、男はにやりと笑う。
 「だからお前さんがオレに負けたのは当然ってこった。むしろ現役騎士のシーザと互角にやれたんだから、その腕前は誇りに思っていいぞ。ま、あいつは実戦経験ナシのお坊ちゃん騎士ではあるが。」
 「いいよ、そういうの要らない。俺、騎士の名誉とか興味ないし」
 「ほう? ならお前さん、何のために剣の腕を磨いたんだ。その腕前からして生半可な鍛錬じゃなかったろうに」
 「何のため、って…。」
イヴァンは少し口ごもり、視線をそらした。「…強くならないと、…皆を守ってやれないだろ。」
 「皆…?」
 「領主ってのは領民を守る者だ。あの事件の時は…何も出来なかったから…。」
怪訝そうだったベオルフの表情が、意を汲み取って変化していく。口元に微笑が浮かぶのを見て、イヴァンは慌てて身を乗り出した。
 「あ、言いふらすなよ?! 特に親父とか!」
 「言わんよ。はは、そいつは、男が強くなるには十分すぎる理由だな」
微笑みを消すと、ベオルフは居住まいを正した。ふいに真っ直ぐに見つめられて、イヴァンは思わず腰を引いた。
 「――そうだな。お前ならいいだろう。オレの本当の目的は、十年前の事件じゃない。あいつらにも言ってないことなんだが、…クロン鉱石は、今も国内で密かに流通している。その経路を探ること。それともう一つは、同じ十年前に起きた、王族の暗殺未遂事件との関わりを調べている」
 「…暗殺未遂?」
 「そうだ。十年前、何者かが王とその家族の暗殺を目論んだんだ。逃走した犯人を追跡していた同時期に"ユラニア事件"は起きた。二つの事件に共通するのが、クロン鉱石によると思われる爆発による被害。このことは、家臣の中でもごく一部の側近しか知らん。オレも当時は新人でな。ま、何も知らんのは、オレも一緒さ。」
 「……。」
とっさに、返す言葉が出てこなかった。
 さわさわと、風が梢を揺らして通り過ぎていく。
 「どうした?」
 「…俺は、何も知らなかった」
 「まぁ、国家機密だからな。」
 「親父は知ってたのか?」
 「ユラニアの森で起きた事件がクロン鉱石のものだということはな。暗殺未遂のほうは、公にされていないから知らなくてもおかしくはない。ただ噂くらいは聞いたことがあるかもしれん」
 「…そうなのか」
それでも、一度もそんな話題が会話にのぼったことはなかった。膝の上の拳を見つめながら、イヴァンは少し悔しくなった。この土地に住んでいるのに、自分は何も知らなかった。いや、――知ろうとしていなかった。
 イヴァンが口を開いて何か言おうとする前に、館のほうから二人分の足音が聞こえてきた。
 「お、連中も引き上げてきたな。あの顔じゃ、案の定、何も見つけられなかったようだが。」
振り返ると、シーザとオルグが連れ立って帰ってくるところだった。確かに、浮かない表情だ。もっとも、オルグのほうは、いつもそんな表情なのだが。
 「気は済んだか? そろそろ引き上げるぞ。ここでの収穫はこんなもんだろう。明日の朝イチで発って王都に戻る」
 「はい」
 「分かりました」
イヴァンは、残っていた食べ物をかきあつめ、広げていた布を元通り包みなおす。四人はめいめいに馬に乗ると、言葉少なに焼け落ちた森の中の館を後にした。



 館へ戻る道は、自然にいつも通る小道になっていた。途中で墓地を通りかかったとき、イヴァンは、草むらの中に腰を屈めて仕事をしている少年の姿を見つけた。声をかけるより早く、ルナールのほうが蹄の音に気づいて顔を上げる。
 「あ、イヴァン…」
言いかけた彼は、イヴァンの後ろに続く馬に視線をやって、慌ててぺこりとお辞儀をした。石積みに囲まれた墓地の草は、もうほとんど刈り取られ、青臭い匂いのする小山がいくつか積み上げられている。
 「墓、か」
後ろでベオルフが呟いた。振り返って、イヴァンは頷いてみせる。
 「ここにあった村が焼けたんだ。あの事件の時」
 「…そうか」
視線を墓所に戻すと、イヴァンは草刈鎌を手にしたままの少年に向かって言った。
 「ルナール、後でまたな。」
ルナールは無言に頷き、自分の仕事に戻っていく。だが、森の木々の間を抜けるあいだじゅう、背中には、こちらを伺うルナールの視線を感じていた。

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