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 王国議会は、通常一年に二回、春と秋に行われる。
 その中で、全ての自治領から代表者を招いて行われる「大集会」と呼ばれる会議は、数年に一度。すべての「自治領」は、この会議への出席を義務付けられている。もし理由なく欠席が続けば、自治権を取り上げられ、悪くすれば王国への反逆とみなされ軍を送られることになる。通常は、王国に対し自分たちの領地内で起きた問題などの報告、議会からの審問への回答などを行う場で、自治権の剥奪も新たな付与も、すべてこの会議で行われている。
 今回は、まず東方騎士団の離反と、王国に対する陰謀の話から始まった。
 その場にはシドレク王はもちろん、議長であるギノヴェーア、大臣たちも揃っていたが、王とその周辺に近衛騎士はわずか四人しか控えておらず、議員たちも三分の一近くが欠席している。そのことが、異常事態の一端をまざまざと出席者たちに見せつけていた。
 ブランシェも、議場の隅に席を設けられていた。彼女の視線は、少数部族の代表者の間をせわしなく行き来している兄に注がれている。結局人手が足りず、アルウィンは一人で三つの部族の代表者に同時に通訳していた。
 何度かの休憩をはさみ、会議は終盤に近づいていた。各部族への答申が終了し、新たに自治領として加わる地域と部族の承認可否に移る。ハザル人の代表者は族長のグウェン、その通訳としてディーが付き添っている。シドレクとは既知の間柄だ。
 シドレクが前もって議員たちに根回ししておいたのだろう。ハザル人がセノラの谷に部族の自治領を持つことは、特に反対もなく可決された。自治領民としての義務の再確認と、書類への署名。それが終われば、セノラは正式に自治領として承認される。
 議長ギノヴェーアが読み上げる。
 「さて、次に新たに自治領として加える案の上がっている地域、クローナについてですが…」
小さなざわめき。既に主だった議員たちに話は渡っているとはいえ、わずか五年前には王国と敵対し戦争にまでなった地域を、いまだ敵視している者は多い。
 「今回の事件で、彼らは王国への忠誠を示し、王が北方騎士団に援軍を求める手助けをしました。」
構わず、ギノヴェーアは続ける。
 「議会には、その忠誠に免じ、クローナにかつての権利を返す提案が上がっています。代表者として、クローナの前当主の息女、ブランシェ・フォン・クローナに来ていただきました。皆様、どうか――」
ブランシェが緊張した面持ちで立ち上だったときだった。
 「待ってください」
声が響いた。辺境部族の座る席の間から、たった今まで通訳として働いていたアルウィンが立ち上がる。
 「この場においては代表者ではないかもしれませんが…代わりに話をさせてください」
防衛長官が額に手を当てるのが見えた。他の大臣たち、議場にいる議員たちはみな、能く解らないという顔をしている。
 彼が、つい先日、助けに来たとこの場に飛び込んできてくれた少年であることを認識している者もいたが、それ以外には、会議の準備で忙しく走りまわっていた姿を覚えている程度。彼らにとってアルウィンは、まだ、他の誰とも認識されていない。
 「発言を許可します、アルウィン・フォン・クローナ。」
議長ギノヴェーアの言葉で、彼らはようやく気がついた。目の前にいる、その少年が何者であるのかを。
 アルウィンは、真っ直ぐに壇上を見上げて、こう言った。
 「申し出は、お断りいたしします。クローナは自治領には戻りません」
しん、と静まり返る中に、彼の声だけが響き渡る。
 「五年前―― クローナが王国の一部となったとき出された条件を覚えていらっしゃいますね。財務長官」
指名された財務長官は、壇上から答える。彼もまた、アルウィンのことをようやく思い出したらしかった。
 「…納税率を上げる代わりに領主家の財産没収。クローナの騎士団の解散と武力の放棄、それが確認されるまでの領主家当主の身柄拘束。最終的には、この二項だ。」
 「そうです。その条件に従い、クローナは王国の一部となりました。自治権を失う代わりに”納税率は据え置き”となったのです」
アルウィンは、議場を見渡す。
 「自治領になるということは、他と同じく自治領としての納税義務を課せられます。それではクローナを利用する商人たちの生活が成り立ちません。領主家の財産没収と騎士団の解体は、納税義務を持たなかったクローナ領主家が私財を蓄え王国に反逆する可能性を恐れたからだと理解しています。再び騎士団の創設を認められても、いずれまた同じように疑いを持たれないとも限らない。クローナは、王国とともに繁栄する平和な商業都市で在り続けたい。人々の生活を守るために必要なのは、”自治権”でも”独自の武力”でもない。
 ――王国からの”信頼”です」
 「そのために、」
ブランシェが叫ぶ。
 「”銀の王家”の名誉まで失って、あなたは!」
 「五百年も昔の思い出など、クローナの繁栄と引換えにするほど価値があるとは思わない。」
彼は再び壇上に目をやった。
 「再考をお願いします、議長。もしも今回の一件、クローナのために報いてくれるお気持ちがあるのなら、どうぞ別のものを。」
それだけ言って、椅子に座り直す。息を殺した小さなさざめき、俯いて唇を噛むブランシェ。王は額に手を当て、ウィラーフもまた、王の傍らで逡巡していた。
 「分かりました。この件はいずれ再審議と致します。――本日の会議はこれまで。閉会いたします」
席をたってゆく人々の中、一部の人々だけはその場を動かなかった。


 「――これで、良かったのですか?」
がらんとなった議場の中。
 アルウィンは、担当していた部族の代表者を町まで送り届けるために出て行った。残っているのは王と王女、ブランシェ、近衛騎士の中ではウィラーフとデイフレヴン、それに、壇上の幕の影に隠れていたシェラとワンダだけだ。
 「兄様がそう決められたのなら。私は従います」
ブランシェは、ため息をついた。
 「本当、馬鹿正直なんですから。自治領になっても、納税率は低いままにしてくれと交渉すればいいのに」
 「ま、今ならそれで押し通すことも出来ただろうな。大臣どもも、今は命の恩人に頭が上がらんだろう」
 「今は…ね。」
ギノヴェーアは、足を組んでくつろいだ格好になっているシドレクに、にっこり微笑みかける。
 「将来のことを言われると確かに痛いですわね。何年か経てば、また誰かがクローナの特別待遇に文句をつけないとも限らないですもの。ふふふ。思い通りにいかなくって、そんなにふてくされていらっしゃるお父様を見るのは久しぶり」
 「さあて。目論見は外れたが、これはこれで面白い展開になると思うが。」
 「…王、何を企んでいらっしゃるんです?」
ウィラーフがじろりとシドレクのほうを睨む。「あの方に何をさせるおつもりなんです」
 「さて。面白いと言ったのは議会のほうだがな。後でクローナへの褒美を相談する時、代わりにどんな案が飛び出すやら」
 「失礼します。」
議場の入り口が開き、一人の騎士が入ってきた。片手に脱いだ兜を手に、身に鎧を纏っている。腰の剣には白い房飾り。
 「王がこちらにいらっしゃると聞き――」
 「ロットガルドか。構わんよ、入れ」
北方騎士団長、ロットガルド。半年前までは近衛騎士団にいた男だ。短く切りそろえた黒髪に黒い短い髭、一見して熊のような大柄な若い男は、一礼して、きびきびと議場の階段を降りてくる。
 「斥候からの知らせが届きました。東方騎士団は、予想通り”死の海”付近まで軍を推し進めてきているようです。間もなく防衛線を越えるでしょう」
 「お前のところの騎士団は?」
 「ご指示通り、”死の海”向かい側に前線基地を築かせている最中です。協力部族の部隊も間もなく合流予定。西方騎士団からの連絡はまだですが、先発隊のみ早馬で送り出すよう指示していますから、早ければ四、五日中には。」
 「会議も終わった。宮廷騎士団も明日には動かせる。それでも向こうの戦力の八割か。――戦は数ではないとはいえ、難しいところだな」
椅子から身を起こし、シドレクはブランシェのほうに目を向けた。
 「そうだ。ロッドガルドはもう知っているんだったな、そこの凛々しいお嬢さんを」
 「ええ、知らせを持ってきてくれた、クローナの」
 「彼女の部隊はお前が連れていけ、目立つようにな。ただし前線に出さないように」王は笑う。「嫁入り前のお嬢さんに何かあったら、彼女の母上に私が殺される。」
ブランシェは憤慨して叫ぶ。
 「失礼な! これでも私はそこらの男には負けませんよ」
 「腕のほうは心配していないさ。ただ、君たちの一番の役目は、”クローナの忠誠”を猜疑心の強い連中の印象に植えつけること。必ずとも敵を倒す必要はない。」
 「……。」
ブランシェは、黙って議場を出て行く。ロットガルドも一礼してその後に続いた。入れ替わるようにアルウィンが戻ってくる。
 「町に、北方騎士団が来ていました。」
 「ああ、たった今、報告を受けたところだ。明日には私も現地に向かう」
シドレクは、組んでいた足をほどく。
 「アルウィン、ウィラーフ。」
 「はい」
 「お前たちには別の役目がある。明日、朝一番で”死の海”へ向かえ。」
ウィラーフの表情が硬くなる。
 「…”エリュシオン”の件、ですか。」
 「そうだ。」
 「しかし、場所は――」
 「場所は彼女が知っているわ」
と、ギノヴェーア。シェラに手を向ける。「ね?」
 「……ええ」
今朝から、シェラは元気がない。顔色も悪かったが、その理由をウィラーフも聞いていなかった。
 「あとは現地に行って確かめるしかないの。しっかり護衛なさいね? ウィラーフ。」
 「…どういう意味ですか」
 「言ったまんまですよ。しっかり気にかけてあげないと、女の心変わりは早いわよ?」
ギノヴェーアは相変わらず容赦ない。ウィラーフが硬直しているのを見て、面白そうにくすくす笑っている。シドレク王どころか、デイフレヴンまで珍しくにやにやしている。ウィラーフは咳払いして表情を取り繕う。
 「…そういう冗談を言ってる場合じゃないでしょう。”死の海”は最前線になります。これから戦いが行われようというところなんですよ」
 「だからこそ、本格的に交戦が始まる前にお前たちに出発してもらいたい」
と、シドレク。笑いは消え、真面目な顔になっている。
 「”エリュシオン”が何であるかは今もって不明だが――”エサルの導き手”、または東方騎士団に渡すわけにもいかんからな」
そう言いながら、ちらとアルウィンのほうを見る。彼は小さくうなづく。
 もしもそれが、小国に過ぎなかったアストゥールが、”統一戦争”を勝ち残ることの出来た真の理由に関わるものなら。
 ただの飾りではなく、兵器またはそれに準ずるもの、王国の存続にとって危険とみなされるものであったその時は、――破壊しなくてはならない。
 「心配するな。王は私が責任持ってお守りする。」
デイフレヴンは、ウィラーフに向かって言う。
 出発は、明朝と決まった。一日の疲れを癒すため、それぞれは部屋に引き上げていく。
 「ウィラーフ。アルウィン。」
去りかける二人を、シェラが呼び止める。
 「話があるの。来て」


 三人にワンダを加え、四人は、”王の中庭”に来ていた。
 そこが一番静かで、他の誰かに聞かれる心配もないところだったからだ。
 「昨日…、未来を視てみたの」
庭に入るなり、シェラは唐突にそう切り出した。
 狙って未来を視ることなど、ほぼ不可能だろうと思っていた。それが今回は、狙ったままに、鮮やかに視ることが出来たのは、昨夜の、ギノヴェーアとの出会いのせいなのか。それとも、――五百年前にルグルブの族長ライラエルの予言した、定められていた出来事だからなのか。
 「それで疲れてたのか?」
 「うん…。思ったより体力使ったわ。自分でも、全部はまだ理解できていないの。今までにない沢山の光景。過去なのか、未来なのか、よく解らないものもたくさんあった。王女様には、未来を変えてしまうことになるかもしれないから、他人にはあまり言わないほうがいい、って言われたんだけど…」
彼女は、小川にかかる橋の上まで来て足を止め、振り返った。
 「視えた言葉は… ”黄金の大地”…」
 「なんだっけ。それ?」
ワンダが首を傾げる。
 「”刻が満ちるとき 失われし光は蘇り 大地は黄金に輝くだろう”…」
アルウィンが諳んじる。「詩の一部だ」
 「そう。あたしが視たのは、世界が金色に輝くみたいな場所だった。その中に真っ赤な輝きが浮かんでいて、言葉が見えた…。美しい風景のはずなのに、何故だかとてつもなく恐ろしかったわ。あれが”エリュシオン”だとしたら、単なる王の飾りじゃない」
シェラは、両手をぎゅっと握りしめる。「あれは…何か、人が手にしてはいけないもの」
 予想もしなかった言葉。
 アルウィンも、ウィラーフも、言葉が出ない。
 「敵なのかーー?」
ワンダだけは呑気なものだ。
 「解らないわ。でも、何故か生き物みたいだと思ってしまったの。ねえ、”エリュシオン”は本当に――」
 「それが何であろうとも」
アルウィンは、言った。
 「見つけ出し、相応しい処遇をするだけだ。」
 「アルウィン…。」
 「そういうことだ。見つける前から考えていても仕方がない」
ウィラーフは、マントを翻す。
 「せめて、今夜はゆっくり休むことだ。しばらくは戻れなさそうだしな」
 「あ、…」
言いかけて、シェラはやめた。「あの…。おやすみ」
 本当はまだ、視えていたものはあった。だがそれは、たぶん、今は口にしないほうがいいもの。”告げれば未来が変わってしまう”、ギノヴェーアはそう言っていた。シェラもそう思う。ルグルブが、未来を必要な者にだけ告げるよう定めたのは、そのため。
 めいめいの方向へ散っていく四人を、星々の瞬きが見下ろしている。大陸の中心部に近いこの地に雪が降ることは滅多にないが、それでも夜風は冷たく、季節は冬にさしかかろうとしていた。


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