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 夜が明けた。
 旗を見た騎士団と町の警備兵たちが突入した頃には、戦いはほとんど終わっていた。捕らえられた東方騎士団の騎士たちは三十名ほど。その他に死者もいた。ただし、逃げおおせた者もいる。裏切った近衛騎士のうちメルヴェイルとウィンドミルだけは、無傷のままいずこかへ姿を消した。残るフレイス・ローエンは縛られた姿で発見され、レスターは死に、フラーナルは深手を負って動けなくなっているところを捕らえられた。
 閉じ込められていた使用人たちと城の警備兵は無事解放され、町にいる家族たちのもとへ帰されるか、そのまま城での仕事に従事している。全てが正常に戻るまでは、まだ数日はかかるだろう。
 辛うじて勝利したものの、この戦いは双方にとって大きな痛手となった。
 宮廷騎士団の多くが負傷し、議員たちは衰弱が激しい者もいて、とても会議が開ける状態にはない。その日のうちに、王女ギノヴェーアは動ける者だけを集めて緊急議会を開いた。状況を全員に伝えるためだ。彼女はドレスの上から議長の印であるたすきをかけ、論壇の前に立っていた。
 「さて、皆様。既にご存知のことと思いますが、皆様の体験されたことは紛れもなく事実です。この宮廷内で裏切りがあり、王は外に援軍を求めにゆかれました。謀反を企てたのは東方騎士団の団長、アレクシス・ローエン。彼らの要求は、旧エスタード領の独立と王国からの離脱です」
議場はしん、と静まり返っている。それは周知の事実だった。この場にいる者たちはみな、そのために、エスタード独立を承認する誓約書にサインせよと迫られ続けていたのだ。命惜しさにサインした者もいたが、拒み続けて閉じ込められていた者も多い。
 ギノヴェーアは続ける。
 「人質である我々が解放されたこと、王が援軍を求めるのを阻止できなかったことで、東方騎士団は武力を持ってこの王国に要求を突きつけるでしょう。速やかに防衛体制を整えねばなりません」
 「王は、いずこへ?」
と、防衛長官。普段は王に発言権をとられ、公の場では喋る姿をほとんど見かけない人物だ。
 「北方騎士団です。元近衛騎士ロットガルドは、信頼出来る人物です」
 「その近衛騎士が裏切ったのでしょう」
鋭く声を発するのは、総務長官。「東方の反抗的な領主どもの小倅など、王の側につかせるべきではなかったのだ」
 「ことが起きてからでは何とでも言えますよ。問題は、今、誰が残っていて、誰がいないのか、ということだ」
割って入るのは自治領監督官。ウィラーフのほうに目をやる。
 「近衛騎士レスロンド。状況を」
 「は。近衛騎士のうち、デイフレヴンは王とともにこちらへ向かっています。裏切った四名を除き、残りのうち地下牢で発見されたのはオーウェル、アステル、エルダー、メルロンドの四名のみ。うちオーウェルとアステルは重傷です。残る二名は行方がわかりませんが、目撃情報からすると既に殺されている可能性も」
 「…由々しき事態だな。」
防衛長官は、ため息をついた。「宮廷騎士団は半数が負傷または死亡、近衛騎士もほぼ戦闘不能とは。どうしたものか」
 「西方騎士団は」
 「団長ルーミス・ユエンには、既に国境防衛の戦力を残してこちらへ向かうようにとの指示を出しました」
ギノヴェーアが、ゆったりと答える。
 「王もローデシア街道へ入られたそうですわ。東方騎士団と同時に蜂起する可能性があるのは、旧エスタード領内の領主たちですが、その戦力をかんがみても、ほぼ同数には出来るでしょう。ただ――」
彼女は、つ、と席を立つ。
 「この国を二分する戦いなど、本来はあってはならないのです。疲弊すれば、それだけ立ち直るのに時間がかかり、他国につけこまれる隙を作ることになります。治世が乱れれば、民の不満も高まるでしょう。」
高く結った髪に、ちりばめた真珠のネットがきらめく。大臣たちを前にした堂々たる語りぶりは女王然として、人々に「女帝」とあだ名されるのも当然と思わせた。
 「皆様には、その覚悟がおありでしょうか」
ギノヴェーアの声が響き渡る。
 「もしも無い、と言うのであれば、講和の道を。」
 「東方を見捨て、国を分裂させると仰せか?!」
 「それが民の幸せと思われるならば。最も――」彼女はほほえむ。「わたくしは、そうは思っておりませんけれど。」
ざわめきが議場を満たしてゆく。傍らに控えるアルウィンとウィラーフは押し黙ったまま。彼らには、ここでの発言権はない。
 「徹底抗戦を。このままで終われるはずがない」
誰かが声を上げる。
 「そうだ。ここまでされて、講和などあり得ない」
 「これほどの屈辱を味わわされて、黙って引き下がれるか。人も殺されているというのに」
 「交戦を!」
 「正義の鉄槌を!」
声が一つにまとまっていく。ギノヴェーアは手を上げて、場内を鎮めた。
 「では多数決を。東方騎士団との開戦を望まれるか、講和の道を望まれるか。それ以外の意見がある者は今ここで発言してください。もし無ければ、議決に入ります」


 議会が解散されたのち、アルウィンとウィラーフは檀の奥にある議長の控えの間にもどってきていた。そこにはシェラとワンダが待っている。場内の声は、ここまで届いていたはずだ。
 「おかえりなさい」
疲れた顔で戻ってきた二人を、シェラが出迎える。「結局、戦争になっちゃうみたいね。仕方ないことだけど…」
 「あいつらはどうせ、前線では戦わない」
どさっとソファに身を投げ出し、ウィラーフは騎士団の制服の襟元を緩めた。目立つ白いマントに、きらびやかな上着。最初に会ったときと同じ格好のはずなのに、久しぶりすぎて違和感を覚える。
 「自分の命が安全圏になった途端、名誉だ面子が重要事項に戻ったんだろう。もう少し控えめにしてくれるとな」
 「そう言わないの、彼らがこの一ヶ月粘ってくれなかったら、エスタードはあっさり独立を果たしていたのですよ」
 「ギノヴェーア様!」
ウィラーフは慌てて佇まいをただした。ギノヴェーアは構うな、というように笑顔で手を振りながら、議長のたすきを外す。ソファに腰をおろしながら、彼女は、俯いたままのアルウィンに気がついた。
 「…アルウィン? どうしたの、疲れたの」
 「クローナへの侵攻も、ああして決められたんですよね」
ぽつり、と彼は言った。場に影を落とす、重苦しい一言。
 「――そうね。あの時は、わたくしもいたし、王や、弟のランスヴィーンもいた」
言いながら、ギノヴェーアは議長のたすきを丁寧に畳んだ。
 「避けられない戦いだとは、分かっているんです。でも… どうしてだろう、こんなに虚しい」
 「それは、あなたが騎士でも兵士でもないからでしょう。戦争の多くは、外交によって回避出来るもの。外交が失敗すれば友好国との間でも戦争は起きる。外交員でもあるあなたは、この時点で既に敗北しているようなものですものね」
王女の言葉は鋭く、容赦ない。
 「でもね。いたずらに戦いを避けるだけでは生まれないものもあると私は思っているわ。少なくとも、あの戦いがなければ、王やわたくしはあなたと出会うことはなかったし、王国の歴史を調べてみようとも思わなかった。――そうでしょう?」
 「……。」
アルウィンは、答えない。ギノヴェーアは構わず続けた。
 「さて! 面倒ごとも片付いたことだし。そろそろ、あなたたちのほうに移りましょう。」
 「こちらの…?」
 「そうですよ、ウィラーフ。まさか忘れてしまったわけではないでしょうね。”エリュシオン”の件です」
 「あ」
シェラが口元に手を当てた。「そう――、五つ目の詩の意味を、王女様に聞かなちゃ。」
 「でしょう?」
ギノヴェーアは、にっこりと少女のように微笑んだ。
 「内容を見せて頂戴な。それから”書庫”へ行きましょう。」


 王とその家族の住む棟は、四角く小さな庭を取り囲むようにして建っている。
 「王の中庭」と呼ばれるその場所は、普段は警備兵も寄り付かない。こんもりとした樹々に覆われる中に花が咲き、小道の脇には泉がしつらえられ、小川には石の橋がかけられている。
 ギノヴェーアは、泉の側で足を止め、つたに覆われた石碑を指さした。
 「これが”エリュシオン”の詩よ」
それは、岩から削り出したままの岩を水平に割って立てただけのように見える石碑だった。表面には、神聖文字が刻まれている。シェラは、近づいて文字を読んだ。
 「”その樹は健やかに育まれ、抉る雨も射す光も”…本当だわ。」
 「おれは、この内容をギノヴェーア様に教えてもらった。」
と、アルウィン。
 「それで? ”書庫”っていうのは?」
 「入り口は、ここだ。」
足元に、王家の黄金の樹と同じ模様の描かれた敷石がある。
 「冗談でしょ? だって…」
 「呪文はこうよ。”ひらけ、ごま”!」
ギノヴェーアが石の縁に手を当てると、とたんに地面が振動しはじめ、石が引っ込んでいく。ぽかとしているシェラとワンダの目の前で、地面に階段が現れた。
 「ここに何かあるのは知っていたが…そういうことか。」
ウィラーフが呟く。
 「でも呪文ではないでしょう。王家の人間だけが開く鍵を持っているというだけで」
 「ええ。種明かしは、これ」
ギノヴェーアは、いたずらっぽい笑みを浮かべて、指にはめた指輪を見せた。宝玉の部分を内側に回している。
 「なるほど、”黄金の樹”の紋章に嵌められた石と同じ使い方なんですね」
 「同じ職人が作ったのかもしれないわね。」
スカートをたくし上げ、王女が先頭に立つ。
 「本来は王族だけが立ち入れる、ということになっているけれど、わたくしが許可します。さ、ついていらっしゃい。」
 階段は、地面の下へニ階分程度続いたところで途切れた。青白い光が入り口を照らしている。ワンダの故郷の島で見たのと同じ、月光石のようだ。
 ギノヴェーアは壁にかけられていたランプを取り、火を入れた。
 「入り口は書架になっているの。本だけではないわ。石版、銅板、巻物。様々な形で記録がある」
閉ざされていた空間だけに、空気の停滞を感じる。乾いてはいるものの、あまり長居したくない雰囲気だ。
 「王も、ここで手がかりを探して?」
 「そうよ。でも、”エリュシオン”そのものが正確に何を指している言葉なのかは、分かっていない」
地下は思っていた以上に広かった。王宮の中にも謂われのある古い遺物などが展示されている応接用の部屋はあるが、ここはそれ以上だ。わけあって表に出せないものや、存在自体が秘密にされているものもあるかも知れない。
 アルウィンは、壁の前で足を止めた。クローナの地下にあった樹の浮き彫りと良く似た模様が描かれ、その前に金色の何かを載せた台座が置かれている。からまりつつ、ほつれた樹の枝のようだ。
 「これは…」
 「初代王の王冠。そのオリジナルの破片と言われているものよ」
ギノヴェーアが答える。アストゥールの王は、代々、即位の儀式で黄金の樹の枝を模した王冠を被る。その由来については聞いたことがあったが。
 「王家の紋章にもなってる黄金の樹、そういえば、”エリュシオン”の詩には何度も登場していたわね」
 「そうね。でも、どうして王家の紋章がこれなのか、黄金の樹が何に由来するのかは誰も知らないわ」
銀の樹は一度も詩に出てきていない。アルウィンは、それについては何も尋ねなかった。
 見るべき物は、たくさんあった。壁には古いタペストリがかけられ、今はもう失われた民族の物語が綴られている。過去の王たちの名前を刻んだ石像がある。アストゥールの五百年分の歴史の一部が、ここに凝縮されているのだ。
 突き当たりの壁のあたりには、巨大な銅板が埋めこまれているのが見えた。地図のようだ。
 「あれは?」
 「五百年前の、この大陸の地図よ。」
明かりが銅板の上部を映しだす。
 「テア・アウゲリア<黄金の大地>…」
 「黄金の大地?」
 「かつての、この大陸の名前よ。」
王女は辺りをウィラーフに手渡し、自ら地図の前にある小さな踏み台に載って指し示した。
 「ここが今のリーデンハイゼルね。当時は小さな村しかなかった。」
 「街道も無かったんですね」
 「それは第四代から第八代の王たちが創ったものよ。国が広すぎて、端々まで行くの大変だからって。シェラ、あなたの故郷はここね。イェオルドは、当時からずっと変わらずにあるわ」
 「ワンダのまちはー?」
 「残念ながら、当時は獣人についてはほとんど知られていなかったようね。アジェンロゥについての記録は”統一戦争”が終わってから増え始めるの」
 「そっかー…」
ワンダは残念そうだ。アルウィンは、クローナの場所が湖しかない空白地帯であることを一目見たあと、”死の海”…かつてはイルネスと呼ばれた場所に目をやっていた。そこには当時から町や村は無かったようだ。ただし、小さな印がいくつもつけられている。
 「この印は何でしょうね」
 「さあ…。旅人たちの目印があったのか、何かしらね。わたくしも、よく知らないの」
 「それにしても、昔は町の位置が今とはずいぶん違うんですね」
ウィラーフは明かりを手に掲げ持ったまま、地図を眺めて言う。
 「今は荒野しかない場所が町だったり、今は町になっている場所が当時は何もなかったり」
 「それだけ時が流れたということよ。戦争だけではなく、街道が出来たことや、それ以外にも沢山の理由で、人は住む場所を変える。居なくなった場所にまた戻ってくることもある」
五百年前の地図には「セノラ」の地名が記されている。かつてハザル人が住んだ場所。その後、五百年に渡り人の住めない土地と化していたが、今は再びハザル人の子孫がそこに暮らす。
 しかし、どれだけ探しても、ファリエスという地名は見当たらなかった。書庫の中にある手がかりは膨大で、とても全ては調べられない。もとより”エリュシオン”については、シドレク王とギノヴェーアがこれまでに何度も調べているはずなのだ。
 結局、夜が来る前に彼らは諦めた。
 「手がかりなし、か…。」
慣れない書物あさりをしたせいで、疲労が激しい。
 「続きは、また今度にしましょうか。」
ギノヴェーアが言い、夢中になっているアルウィンの肩を叩いた。「また今度、時間があるときに連れてきてあげるから。ね?」
 「…はい」
彼だけは名残惜しそうだ。見ていた巻物を丁寧にたたんで、元の場所に戻す。
 明かりが消され、扉が閉ざされると”書庫”は再び闇に沈む。
 明日には王国議会が開催される。朝から忙しくなるだろう。


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