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 敵側の騎士たちは、みな地下に向かってしまったのか、廊下は不気味な静けさの中にあった。平時ならそこかしこにいるはずの警備兵たちや、使用人たちの姿も見当たらない。廊下を照らす職台の明かりは消えかかり、ちらちらと心細げに揺れている。
 三人は王族の私室から目と鼻の先にある議場を真っ直ぐに目指した。左手には、闇に沈む見事な庭園。行く手には白い渡り廊下。
 その渡り廊下に、二人の騎士の姿があった。
 ウィラーフは、足を止めた。同時に、相手もこちらに気づく。
 「おい、全員地下に行けと…」
言いかけた騎士の言葉が、途中で消えた。表情がさっと険しくなる。
 「…レスロンド! どうして、ここに」
 二人は同時に剣を抜いた。ウィラーフのほうに向かってくる。
 「メルヴェイルとレスターです」
囁いて、彼は一歩下がる。「私がひきつけます。アルウィン様は、議場の解放を」
 渡り廊下の先には、王国議会の開かれる三階建ての議場が見えている。議員百数十名と、数十を数える自治領の代表者たち、さらに通訳や記録係なども含めた全員をゆったりと収容することも出来る建物。入り口は二階。渡り廊下は、王族専用の入り口となっている奥の壇上に繋がっている。
 騎士たちには、ウィラーフしか見えていないようだった。二人同時に打ち掛かられ、さしものウィラーフも防戦一方だ。近衛騎士が相手では、アルウィンでは太刀打ち出来ない。彼は、ワンダを振り返って言った。
 「ワンダ、ウィラーフの援護を頼めるか。おれは奥へ走る」
 「うん、頑張るぞ!」
一瞬の隙をついて、アルウィンは走りだした。気づいてメルヴェイルが剣を向けようとするところにワンダが噛み付き、ウィラーフも必死で阻止のため割り込む。背後の剣戟を聞きながら、アルウィンは扉にとりついた。外からかけられた貫抜を外し、体当たりして扉を押し開く。
 議場の中でうずくまっていた人々が、力なく振り返った。すえた不潔な匂い。汚れた毛布に、食べ散らかされた食べ物のくず。一ヶ月に及ぶ監禁で、議場内はスラムのようになっていた。
 そのありさまにも怯むことなく、アルウィンは、全体に聞こえるように叫んだ。
 「助けに来ました。宮廷騎士団が戦っている今のすきに、皆さんは安全なところへ!」
ざわめきが生まれ、それは次第に大きくなり、大歓声へと変わる。よれよれの議員用のトーガをひきずりながら、彼らは我先にと出口に向かって殺到してくる。だがアルウィンの後ろは、騎士たちが戦っている真っ最中。
 「こちらは危険です―― 地下へ!」
脱出経路は、あらかじめ考えてあった。議場の地下から外へと続く第二の隠し通路。町の中心部に出られる道だ。この道は目立ちすぎるため、見張られている可能性は低く、しかも町中に出るため町の警備兵に助けを求めやすい。
 隠し扉は、すり鉢状になった議場の中心、演壇の真下にある。アルウィンは、そこに通路を開いた。
 既に何人かは渡り廊下からの脱出を試みていたが、戦いの激しさに気圧されて先へ進むことが出来ない。人々は、アルウィンの誘導する隠し通路へ向かって引き返している。今やメルヴェイルとレスターも、何が起きたのかを察した。
 「やりやがったな、レスロンド。余計な邪魔を」
 「…何とでも言え」
人質を全て逃がされては、企みは泡と消えてしまう。
 「議会の連中にエスタードの独立を承認させられさえすれば、無駄な血が流ずに済んだものを」
 「平和的にコトを進めたとでも言うのか? 笑わせる」
 「何をしている、お前たち!」
背後に、駆けつける足音。ウィラーフは舌打ちした。味方の声ではない。
 「フラーナル、手を貸せ。とっととこいつを始末して、人質どもを連れ戻すぞ」
と、メルヴェイル。駆けつけた若い騎士がはっとして、慌てて剣を抜く。 
 「…やはり、お前も裏切っていたか」
これで、相手は三人。ワンダの俊敏さを以てしても、爪や牙だけでは武装した騎士相手に容易には傷を負わせられない。しかし、普段とは異なる獣人という存在相手に、騎士たちが苦戦しているのは明らかだった。
 「ワンダ! 後ろの面倒なのは頼む。そいつのほうが、まだ簡単だ」
 「おうっ」
ウィラーフは、じりじりと間合いを詰める。議員たちはアルウィンが解放した。ただし、他の上級議員や大臣たちは、そこにはいないはずだ。だいたいの場所は見当がつくとして、アルウィン一人で探し出せるだろうか。探し出せたとして、見張りなどが居た場合は。
 だが今は、考えている場合ではない。気を抜けば、やられる。少なくとも時間稼ぎはしなければ――。


 あらかたの議員たちが地下に消えたのを見計らって、アルウィンは次の行動を起こしていた。
 ギノヴェーアは、役職を持つ議員たちは一人ずつ個室に閉じ込められていると言った。だとすれば、その場所は反対側の渡り廊下から続く審議棟の中以外は考えにくい。審議棟には、会議の始まる前の準備のための控え室や、ちょっとした打ち合わせ、遠方から来た議員が寝泊りできる場所もある。”リゼル”として働いていた彼にとっては、馴染みの深い場所だった。
 出入口はすべて外から貫抜をかけられていたために、彼は二階の窓から外に出た。持ち慣れない剣が少しかさばったが、それは仕方がない。月のない夜、敵に見つかりにくいのは幸いだが、逆にこちらからも敵を見つけにくい。黒マントに身を包んだ人々が迫ってきても、気づくことは難しい。
 審議棟も、恐ろしいほど静まり返っていた。入り口の明かりは消えており、見張りもいない。みな、地下牢の騒ぎに駆りだされてしまったのか。だとするとやりやすいのだが、
 だが、二階に上がって廊下を覗いた時、その淡い期待は叶わなかったことを知った。
 廊下には煌々と明かりが灯され、議員たちの打ち合わせのためにある小会議室前の前には見張りが立っている。立っているのは三人。こっそり人質を助けだすことは難しい。
 アルウィンは、やむなく剣を抜いた。これは、避けられない戦い。ここにいるのは自分一人だけ、誰の助けも得られない。
 人を殺したことのなかった昔なら、それでも震えていたかもしれない。
 今は――違う。
 「?! 何だ、貴様…」
振り返る一人に一閃。ファンダウルスの切れ味は容赦なく、小柄なアルウィンの力であってもやすやすと、兵士の体を貫き通す。
 「敵だ!」
残る二人が剣を手に襲いかかってくる。数歩後ろへ、最初の一撃をかわしながら二人目を薙ぐ。血しぶきが頬を冷たく濡らした。自分の勢いによろめきながら、彼は少し先まで走ってから踵を返す。
 一瞬で二人の仲間を殺され、残った一人は動揺している。
 「くそ…宮廷騎士か?! こんな…」
呟くなり、さっと身を翻し、階段に飛び込んだ。ばたばたと足音が遠ざかっていく。敵わないと思って逃げていったのだ。
 ほっとするのもつかの間。援軍を呼ばれてはまずい。アルウィンは、さっきまで兵士たちの立っていた部屋をこじ開けた。中に座っていた男は緊張した顔でさっと立ち上がったが、すぐにぽかんとした表情になる。
 それは、アルウィンも何度か会ったことのある自治領監督官だった。一ヶ月に及ぶ拘束でも、疲れた顔はしていない。
 「君は… 確か、ギノヴェーア様の――議長の秘書だったな?」
議長の秘書、というのは”リゼル”として王の任務に赴いていないときの役目。王宮内で知られている、アルウィンの表の顔だ。
 「はい。議長の命により、助けに伺いました。宮廷騎士団が戦っています。早く外へ。他の方々は? 逃がすのを手伝ってください」
 「あ、ああ。分かった」
すぐ目の前の廊下にも、血が流れている。宮殿内で何が起きているのか、彼は嫌でも理解しただろう。
 助けだされた人々は、口々にアルウィンに尋ねる。
 「ギノヴェーア様は? 王はどうなったのだ」
 「ほかの議員たちは?」
 「みな無事です。王が到着する前に、人質を解放しなくてはならないんです。町へ逃げてください。そうすれば――」
はっとして、アルウィンは振り返った。殺気。
 「そうすれば? どうなるのかな」
口元だけに薄い笑みを浮かべた男が一人。剣には、金色の房飾り。
 シドレク王の言っていた、王の命を狙った四人の騎士のうち最後の一人。ウィンドミルだ。直接顔を合わせたことはなく、向こうはアルウィンのことを知らない。だがアルウィンは、お忍びで王のもとに報告を上げに行ったときなど、何度か姿を見ていた。
 ――旧エスタード領ウィンドミル地方領主家当主の長男。東方騎士団で見習い時代を過ごし、のちに中央へ移籍。宮廷騎士団への入団は六年前。近衛騎士団への抜擢は一年前。近衛騎士たちの情報はすべて記憶している。だからこそ、この男が、油断ならないことはよく知っている。
 財務長官が叫んだ。
 「ウィンドミル! 近衛騎士でありながら、何という裏切り。この報いは高くつくぞ!」
 「何とでも喚かれるがよろしい。どうせ、ここからは逃げられない」
騎士は剣を抜く。戦う前から、腕前の差は明白だ。アルウィンは、剣を構えたまま、じりじりと後ろへ下がる。
 「時間稼ぎくらいにはなるはずです。早く、町へ」
 「これは涙ぐましい…、子供一人で何が出来ると」
 「早く!」
アルウィンの気迫に押され、議員たちは、一人、また一人と反対側の廊下へ向かって走りだす。騎士は笑った。
 「子供にかばわれて逃げるとは…何とみじめな」
 「……。」
ウィンドミルは急ごうともしていない。勝ち目があると踏んでいるのか。もしかしたら、町への脱出路は既に押さえられているのかもしれない。
 だとしても、ここで焦りを見せるわけにはいかなかった。アルウィンは、武器を捨てないまま、じりじりと後ろへ下がっていく。攻撃を避けることも、受け止めることも可能ではある。が、間合いに入られた時点で、攻撃に転ずることが出来なければ終わりだ。
 かつて、サウディードにいた頃にオーサに言われたことだ。相手に比べ体格がはるかに劣る場合は、打ち込んでも致命傷は与えられず、逆に跳ね除けられて不利になる可能性が高い。元々の攻撃威力の勝る敵と戦って勝ち目があるとしたら、相手の打ち込む速度に自分の速度を上乗せして威力を増す戦法しかない。それも不可能なほど技量に差がある場合は、――生き残るための唯一の可能性は、”俊足を活かして逃げる”、それだけだ。
 騎士が何かに気づいた。
 「その剣、構え方…騎士ではないな。見習いでもないらしい。だが…見覚えがある」
アルウィンは、剣を構えたままゆっくり後ずさる。
 「…ふむ、思い出したぞ。確か、王室づきの文官だったな。議長の秘書…だったか? そのわりには、大人相手によく戦う」
ウィンドミルは、足元に転がっている兵士二人の死体にちらと視線をやった。
 「度胸は買うが、こちらも仕事でね。悪く思わないでくれよ」
離したはずの間合いが、一瞬で詰められた。素早い剣閃が襲いかかる。避けるのが精一杯どころか、避けきれない。アルウィンは、よろめきながら壁にぶつかった。額と腕に傷が開き、血が滴り落ちる。受け止めたのがファンダウルスで無かったら、剣が折れていたかもしれない。
 「その剣、変わった造りだが業物だな」
ウィンドミルは、片手に剣を下げながらぶらぶらと近づいてくる。真剣に戦わなくとも、アルウィン程度なら簡単に始末できると思っているからだろう。そして、それは奢りではなく事実だ。さすがに、王を護衛する近衛騎士はそう簡単に相手できるものではない。そして、王が挙げた四人のうち、最も剣技の腕前で評価が高いのが、この男。ウィンドミルだった。
 取った間合いは十分ではないが、次の一撃を受けられる自信がない。最初の一撃だけで、右腕は痺れて動かなくなっている。危険だ。
 アルウィンはいきなり、側にあった花瓶をつかむと目の前の男めがけて投げつけた。ふいのことに思わず足を止めたのを見るや、逆方向に向かって全力でかけ出す。騎士同士の決闘なら、敵前逃亡はあり得ない。だがアルウィンは、騎士ではない。
 暗がりの中、議場前の庭園に駆け出す。
 時間は十分稼いだはずだ。議員たちは、地下通路を使って町へ…自治領監督官をはじめとする人々も、巧くすればもう外へ出られているはず。人質はすべて解放した。あとは、塔に旗を上げるだけ。
 庭は戦場と化していた。そこかしこで、宮廷騎士団と東方騎士団が戦っている。渡り廊下には、ウィラーフたちの姿も見えた。お互いに、引くに行けない戦いなのだ。アルウィンは、庭を突っ切って東の塔へ向かって走った。
 その目の前に、何かが立ちふさがった。黒っぽいマントの下に、同じく黒いナイフがある。
 「”エサルの導き手”――」
誰何に答える声はなく、影はアルウィンに踊りかかってくる。
 「やめろ、こんなことをして何になる。この国を分裂させるなんて、エサルは望んでいなかったはずだ。お前たちの約束は―― 五百年の思いは、こんなことのためにあったのか?!」
塔の入り口までは、あと少し。町に待機している残りの騎士たちに知らせることが出来れば。


 「うわあッ」
ワンダに噛み付かれ、フラーナルが仰け反る。金の房をつけた剣が床に落ち、使い手は右手を押さえながら倒れこむ。指の間からは夥しい量の鮮血が滴り落ちている。
 ワンダは、口元についた血を拭いながら唸り声を上げる。
 「ひっ」
フラーナルは涙目になりながら逃げようともがしている。もはや戦えまい。一人減った。これで二対二。――だが、振り出しに戻っただけで状況が好転したわけではない。
 二人の近衛騎士相手に、ウィラーフはよく防いでいた。議場の扉を背に、そこから一歩も引かない。渡り廊下から見下ろせる庭には地下牢から解放された宮廷騎士団の騎士たちが溢れ出し、東方騎士団の騎士たちと激しく斬り合っている。囚われていた議員たちは逃げおおせた頃だろうか。人質の解放、という目的からすれば、既に目的は達せられた。
 「レスター、そろそろ頃合いだ」
 「…分かっている」
メルヴェイルは、剣を引こうとしている。ウィラーフ一人に時間をとられすぎた。王宮内で何が起きていたのか、騒ぎが町まで知られれば、城門は閉ざされるだろう。このままでは町からの脱出が不可能になる。
 「お前は先に行け。後から行く」
言いながらレスターは、ウィラーフから視線を離さない。片手で剣を構え、もう片方の手に短剣。独特の構えだ。東方騎士団の中でも海に近い地方出身の騎士たちが好む戦法。
 「いいのか? 今を逃せば、もう逃げる機会はないぞ」
 「なに。貴様とは一度、一対一で戦(や)ってみたかった。それだけのことだ。何しろ、あのデイフレヴンの”お墨付き”らしいからな」
赤金の髪の男は、そう言って薄く笑みを浮かべた。見習いとして宮廷騎士団に入隊してから十年。近衛騎士団に入隊してから六年。少し後に入隊してきたこの男と同輩だったのは、一年足らずのはずだ。見習い騎士の人数は多く、ウィラーフは同年代のほとんどを覚えていない。そこから実際に騎士団への入隊を許されるのは、ほんの僅か。さらに狭き門である近衛騎士団への登用は、地方出身者では余程のことがなければ無い、と言われていた。
 だから、北の果て出身でありながら騎士団に入隊し、さらにほとんど日を置かずして近衛騎士まで上り詰めたウィラーフは、同僚たちの間では”有名人”だった。本人の意識しないところで、意識しない”ライバル”たちがやっかみを抱くことも、あり得る話だった。
 この男は、そうしたうちの一人らしい…と、ウィラーフは漠然と認識していた。近衛騎士として新しくやってきたレスターは、最初からウィラーフに敵意を隠さなかった。時にそれは、殺気にも似た。
 レスターは、容赦なく打ち込んでくる。剣を剣を受ければ左手の短剣が脇を狙う。それをウィラーフは左手で捕まえた。盾は持ってきていない。盾のない左手と、短剣を持つ左手ではこちらが不利だ。
 だが、ウィラーフは迷わない。レスターの腹に膝蹴りを入れ、相手が一瞬怯んだ隙に腰の鞘をベルトから引きぬく。殺傷力はないが、盾の代わりにはなる。
 「ワンダ! こっちは大丈夫だ。お前はアルウィン様の援護に行け」
 「お、おうっ。」
ぽかんとして見ていたワンダが、慌てて走りだす。匂いを頼りに、アルウィンの向かったほうへ。間に合えばいいのだが――レスターの攻撃を両手で受け流しながら、彼は思う。剣が擦れ、火花が散る。短剣を鞘で受け止め、右手の剣の柄で払いのける。手から短剣が離れ、高い音を立てて床に転がった。
 レスターは素手でウィラーフに掴みかかろうとする。だが掴めたものは鞘のみ。がら空きになった左の腕の付け根に、ウィラーフの剣が深々と刺さった。
 「くっ…」
レスターは後ろへ飛びすさりながら傷口を抑えた。足元にぼたぼたと大きな血溜まりが落ちる。
 「さすがだな。さすが、”英雄王”の片腕、デイフレヴンが認めることはある」
二対一でも、ほとんど傷を負わせることの出来なかった相手だ。一対一では尚更、勝負にならない。分かっていながら、レスターは向かってきた。仲間を逃がすためではないだろう。あくまで自己満足のため。己の腕を試すため――
 何故、とは聞くまい。
 騎士とはそういうものだ。戦うために生まれてきた人種は、戦いを名誉と考え、戦いに喜びを覚える。ウィラーフ自身、そういうところが少しはある。ここにアルウィンが居なくて良かった、と彼は思った。アルウィンならば、この男の命すら、助けたいと思ったかもしれない。
 ウィラーフは、剣を向けた。
 「…とどめが必要か」
 「手をかけるまでもないさ」
言って、レスターはその場に膝をつくと、床に剣の柄を押し当て、自らの首を押し当てた。鮮血がほとばしり、体は自らの作った血溜まりの中に崩れ落ちる。立派な最期だった。騎士にあるまじき、主人に剣を向けた者の末路にしては。
 声が上がったのは、その時だった。


 「見ろ! あれを」
中庭のほうで、誰かが叫んだ。
 まだ明け方には遠い星空。東の塔に、あかあかと焚き火が灯されるのが見えた。その火に照らし出されるようにして、旗竿に上に上げられる大きな旗。
 アウトゥールの”黄金の樹”の紋章と――
 戦いの時に上げられる、剣の交差した戦旗。一体誰が、と思うまもなく、その傍らに白い人影がすっくと立った。
 「ギノヴェーア様…?」
 「王女だ! 王女があそこに」
ギノヴェーアは両手を広げ、そのよく通る凛とした声を中庭に向かって放った。
 「聞け、我が庭を荒らす不届きなる騎士たちよ! 間もなく王の軍は到着し、汝らの首は撥ねられる。今直ぐに抵抗を止め、我が忠実なる騎士たちの前に武器を捨てるならよし。さもなくば、このギノヴェーアの名において命ずる。――沈黙が支配するまで、敵を討ち果たせ、と!」
その堂々たる声に宮廷騎士たちは勢いを取り戻した。反対に、東方騎士団は気圧されている。アルウィンは、目の前の黒マントの男がナイフを引き、塔のほうへ向かおうとしているのに気がついた。
 「させるか!」
足の速さではアルウィンのほうが上。塔の入り口に立ちふさがり、剣を向ける。
 「ここは通さない。」
 「どけ」
低い声。睨み合ったまま、アルウィンと男はじりじりと相手の隙を狙っている。最初にしびれを切らしたのは、黒マントの男のほうだった。ナイフを水平に構え、アルウィンめがけて突っ込んでくる。アルウィンはしゃがみこんでそれを避けながら、相手の背後に回りこんだ。だが、背後めがけて打ち下ろした剣は、ナイフで弾かれる。
 男はバランスを崩しながら床に倒れ込んだ。その胸に向かって、ファンダウルスを振り下ろす。鈍い衝撃。切っ先が、床まで達したのをアルウィンは感じた。
 「…皮肉なものだ」
致命傷を負いながら、最後の数秒、男は笑いながら呟いた。「アスタラの民が、エサルの子孫に…イェルムンレク王の剣で刺殺されるとはな…。」
 言葉とともに血が溢れ出し、床に広がっていく。瞳から光が消え、手が力なく落ちた。
 変わってゆく関係。変わらざるを得ない関係。言葉で避けられる戦い。言葉ゆえに生まれる戦い。避けられない戦い。
 ――その全てを背負い、全てを受け入れる覚悟がなければ、戦場で先頭に立つことは出来ない。彼はそれを、今さらのように痛感していた。


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