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 集められた騎士たちを前に、ウィラーフはリーデンハイゼルに戻るまでの間に考えていた作戦を説明した。
 目指す場所は二箇所。騎士たちの囚われている地下牢と、ギノヴェーア王女ほか議会のメンバーが囚われているであろう王宮の中心部、審議棟。最終目標は、王女たちの解放にある。まず地下牢を解放し、中の騎士たちと協力しあって敵を引きつける。その間に、第二陣が本命へ向かう。
 成功した時は、町から見える王宮の塔のいずれかに旗を掲げることと決められた。決行は深夜。王宮へは、近衛騎士だけが知る有事用の隠し通路を使う。ただし、近衛騎士全員が知らされている通路のため、裏切ったローエンたちが既に押さえている可能性もある。危険な”賭け”だ。
 「味方、いっぱいになったな。これで大丈夫か?」
ワンダが首を傾げる。
 「…いや。戦力は足りていない。謎の暗殺者の件もあるが、何より、他の近衛騎士全員が不在というのが痛い」
ウィラーフの表情は重かった。地下牢に囚われている騎士たちが無事かどうかも判らない。もし無事だったとして、いま本部にいるけが人を除けば、残る実働戦力は五十人を少し超える程度。二百人を超える数を数える東方騎士団が攻めてきては、まともに太刀打ち出来ない。
 「近衛騎士って、ウィラーフもいれて十二人いるって言ってた人たち?」
 「そう、王と王の家族の護衛が仕事の騎士だな。近衛騎士に選ばれるには、剣技の腕が必要なんだ。並の騎士を三人同時に相手出来ることが条件の一つだ」
アルウィンが説明する。
 「現時点で、それが四人も敵側、ってこと? 厳しいわね」
ここへ来てからのアルウィンは、なるべく目立たないようにしていた。騎士団の人々には簡単に、王に仕える役人の一人で集会のために王都に戻ってきたところ、という紹介のされ方をしていたが、それ以上突っ込まれると話がややこしくなる。
 シェラは、窓の外の暮れてゆく町の風景を眺めていた。空の赤い火は冷えかかり、王宮の姿は闇に包まれている。がらんとした厩や訓練場は不気味だ。
 「見張られてるんでしょう? ここを出たとたん、取り囲まれるなんてないのかしら」
 「一応、周囲は警戒させている。内通者がいた場合には、こちらの動きはもう知られているのかもしれないが…」
暗がりに目を凝らせども、それらしき人物の姿は見つからない。
 ウィラーフは、アルウィンに視線を向けた。何度か逡巡したあと、彼は言う。
 「正直に言います。ここから先は、お守り出来る自信はありません――」
 「心配はいらない」
覚悟はしていたのだろう。アルウィンは答えた。
 「お荷物には、ならない。自分の身くらいは自分で守る」
 「そうだぞ。クローナで戦ったときアルウィン、つよかったぞ」
と、横からワンダがぱたぱたと手を振りながら付け加える。「意外と!」
 「…意外と、ね。」
アルウィンは苦笑している。
 「騎士には敵わないだろうけど、”リゼル”として危険な任務もこなしてきた。場数は踏んでるよ」
 「避けるのは巧いもんね。サウディードで鍛えられたからかしら」
 「分かりました。…あまり無茶はしないで下さい。」
ウィラーフは、ちらとシェラのほうを見る。
 「――あたしは… 連れてってもらえないわよね」
しょんぼりしている。
 「ここで待っていてくれ。夜明けまでにはケリをつける」
 「うん…。必ず、戻ってきてよね?」
 「ああ」
作成開始までは、あと数時間。ここで失敗すれば、より多くの犠牲が生まれることになるだろう。


 宮殿内への隠し通路は、二箇所ある。
 町に近い側と遠い側。遠い側は、門から見て町のほぼ裏手にあり、日当たりの悪い北側ということもあり、住宅は殆ど無い。昼間は宮殿の作る影にすっぽりと呑み込まれるあたりで、鬱蒼とした森の中、段々の斜面は墓所になっている。その墓所の中のあずまやの一つが、秘密の出入口だった。
 めったに使われていない、その通路の存在を知っている者は、宮廷内でも王の家族と近衛騎士の一部だけだ。今回は、そこから侵入しようとしている。
 「道順は教えた通りだ」
あずま屋の床に開けた隠し通路を前に、ウィラーフは言う。「お前たちは地下牢へ向かってくれ。騒ぎが起きたら、こちらは”議会の間”へ向かう」
二十人の騎士たちは、それぞれに目立たぬよう黒いフードをすっぽりとかぶっている。月のない夜。誰かに見とがめられぬよう、ランプも灯さず、ほとんど手探りの状態だ。
 最初の一団が通路の奥へと消えた頃だった。
 ふいに、背後で何かが倒れる音がした。
 「何だ?」
 「ぐぁっ」
ウィラーフの傍らにいた騎士の一人が、腕を押さえてうずくまる。その腕には、矢が一本。騎士たちは色めき立つ。
 「敵襲――…!」
応戦しようとするウィラーフを、アーキュリーが止める。
 「かまわん、ここは食い止める。行け! ここで失敗したら、二度と中へ侵入出来ないんだぞ」
 「…くっ」
ワンダは耳をぴんとそばだて、空気の匂いを嗅ぐ。
 「五人くらい… 島でアルウィンを襲ったのと同じニオイだ!」
 「あいつらか…」
アルウィンにとっても因縁の相手ではある。しかし、借りを返す場所はここではない。
 「すまん、アーキュリー。頼んだ!」
五人ほどの騎士と負傷者を残し、ウィラーフたちも隠し通路に飛び込む。これで入り口に入る前に三分の一が減った。残る戦力だけで足りるのか。隠し通路に入ったことが知られたということは、ぐずぐずしていると出口側が張られる可能性がある。急がなければ。
 曲がりくねった闇の中、何度も登ったり降りたりしつつ一行は進んだ。水滴が壁を伝い、足元にぬかるみを作っている。
 「この先、真っ直ぐに行けば牢の真後ろに出る」
ウィラーフの声が闇の中に響く。
 「我々はここから中央を目指す。武運を、同志」
 「そちらも」
十人ほどの騎士たちの足音が遠ざかっていく。残るは、ウィラーフとアルウィン、ワンダの三人だけ。
 静けさが暗い地下通路に満ちてくる。
 「――さて。」
ウィラーフは、すぐ後ろに続く階段を見上げた。「そうは言ったものの、どうしますか?」
 出口は、何箇所かある。”議会の間”の真下に出るもの、審議棟の中に出るもの。王や王族の部屋に直接繋がる出口もある。
 「王女の部屋だろうな、出るとしたら」
と、アルウィン。
 「一番、張り込みづらい場所だろ?」
 「…確かに。奴らに騎士道精神が残っているかはわかりませんが、少なくとも貴婦人の部屋にむさくるしい男が長時間詰めるのはやりづらいですね。それでいきましょう」
王族の部屋は宮殿の中心部にある。そこから審議棟までは、渡り廊下一本。うまくいけば、王女自身は部屋に軟禁されている可能性もある。
 暗がりの続く通路を抜け、出口までたどり着いた時――
 ワンダが、ぴくっと耳を動かした。
 「なにか、聞こえるぞ」
話し声だ。
 ウィラーフは慎重に、出口の引き戸を少しだけずらす。出入口になっているのは、ベッドの下の床なのだ。絨毯の切れ目をめくると、部屋の光がうっすらと侵入してくる。
 「あなたも意固地な方だ…」
若い男の声。ウィラーフの表情がさっと硬くなる。「…東方騎士団長ローエンの息子、フレイス・ローエンだ」
 コツ、コツと歩きまわる音が、床を通じて響いてくる。
 「待っていても援軍など来ませんよ。王は瀕死の重傷です。今頃はどこかで野垂れ死んでいますよ。」
 「でしたら父の首をお持ちなさいな。出来るわけがないのでしょうけれど」
答える明朗な女性の声。アルウィンが息を飲む。
 「ギノヴェーア様…」
フレイスは、今まさに王女を脅迫している真っ最中なのだ。
 わざとらしい大きなため息が聞こえる。
 「あなたはまだ、ご自分の立場がお分かりにならない。こちらとしても貴婦人に手は上げたくないのですがね」
 「わたくしが、拷問と命惜しさにあなたがたの謀反に協力するとでも思っていらして? お分かりでないのは、そちら。重要な人質には優しくしなくてはだめよ? わたくしを殺せば議会をまとめる者は誰もいなくなりますし、生きているかもしれない父が援軍を率いて戻ってきたとき、切り札がなくなってしまいますものね。」
くすくすと笑う声。
 「もっとも、あなたがたが人質は生きてさえいればいいという野蛮な考えをお持ちなのでしたら、わたくしの腕の一本くらいは見せしめに奪っていくかもしれませんけれど。」
 「ではお言葉に甘えて、そうさせていただきましょうか。このまま手をこまねいている時間も惜しいですからね。」
剣の音。
 「敢えて野蛮人にもなりましょう。父にはせっつかれているのです。そろそろ、答えを出さなくてはなりません。」
おそらく剣を付きつけられているだろうに、ギノヴェーアの口調はいささかも動じない。
 「王女の腕は高くつきましてよ。それで議会を脅して、従う者も出るでしょうが、そうでない者は逆に腹が決まるでしょうね」
 「何とでも強がられるがよい。宮廷騎士団は指揮する者もなく、ただ手をこまねいているだけです。既に議員たちのうち三分の一は、我々の要求を承認しました。過半数が署名すれば、あとは議会をひらいてことを運ぶだけ。その時に、議長は、ただ椅子に座っておられるだけでよい」
 「息をしていさえすればよい、ということですね。ふふふ、本当に野蛮ですこと」
衣擦れの音。王女の位置と、フレイスの位置がはっきりと見えた。
 まだ、地下牢へ向かった騎士たちは騒ぎを起こせていない。だが、それを待っていたら、王女の身が危険だ。
 「出ます」
囁いて、ウィラーフは床板をそろそろとずらした。ベッドの下に這い出し、フレイスの後ろへ廻り込む。そして。
 ベッドの掛布をはねのけ、いきなり飛び出してきた騎士の姿に、王女に意識を集中させていたフレイスの反応が一瞬遅れた。いかに近衛騎士といえども、至近距離から不意打ちで飛びかかられては反撃の隙もない。剣が手から飛び、一瞬のうちに床に組み伏せられる。
 「貴様… レスロンド!」
腕をひねり上げられたまま、フレイスが呻いた。アルウィンは、素早く裏切り者の騎士と王女の間に入り込む。
 「ギノヴェーア様、ご無事ですか」
 「あらあら、ウィラーフにアルウィンじゃない。二人ともどうしたの? その格好は」
土とホコリまみれの姿を見て、王女は朗らかに笑っている。
 「話は、こいつを…」
 「ぐっ」
 「…片付けてからですね。」
首を締め上げられ、フレイスが気を失った。それを確かめてからウィラーフは、マントの切れ端を使って手足を念入りに縛り上げ、武器を奪った。
 「これでいいだろう。王女に対する暴言の数々、あとで厳罰に処されるがいい」
一息ついて、彼はギノヴェーアのほうに向き直った。
 王女ギノヴェーアは、シドレク王に似た輝くような金髪の持ち主で、肌の色は白く、透き通るようだ。淡緑の色の乗ったほぼ真っ白なゆったりとしたドレスを纏っている。見ようによっては十代の少女のようにも、三十を越えた熟齢にも見える。実際のところ、この女性の正確な年齢は、誰も知らなかった。
 「王女、ご無事で何よりです。」
ウィラーフとアルウィンは、揃って膝を付く。ワンダだけは、きょとんとしている。
 「堅苦しいのはよろしくてよ。そこの毛深い素敵なお客様、あなたはどなた?」
 「ワンダだぞ。二人のともだち」
 「わたくしはギノヴェーア。よろしくね、ワンダ。ところであなた方、クローナから戻ってきたなら父とは会えたのかしら」
アルウィンは、弾かれたように顔を上げる。
 「どうして――それを」
 「お父様は、クローナへ行くと仰っていましたもの。そこに”エリュシオン”の手がかりがあったのでしょう? あなた方がサウディードで何か手がかりを掴んだとすれば、同じ目的地に向かうはず。ご無事でしたか?」
 「ええ。怪我はなさっていますが、命に別状はありません。デイフレブンも一緒です」
王女は、にっこりと微笑んだ。
 「そうだと思いましたわ。でなければ、この者たちが焦っている理由がつきませんもの」
フレイスは、無様な格好で床に転がされている。
 「他にも裏切り者がいます。王を襲ったのは、ローエンの他にメルヴェイル、レスター、ウィンドミル」
 「ええ。彼らも近くにいるはずです。どこから連れてきたのか、突然たくさんの騎士たちが現れて彼らの指示でわたくしたちを拘束したのです。議員たちは議場に閉じ込められています。役職者はわたくしと同じように一人ずつ個室に。」
ウィラーフは臍を噛んだ。宮殿に通じる隠し通路を知っている近衛騎士が裏切ったのだ。そこから逆に敵を招き入れることは、わけのない話だ。
 「他の近衛騎士は…」
王女は、目を伏せて首を振った
 「あの日いらい、見かけていません」
 「…そうですか」
生きているのか、死んでいるのか。生きているとしても、戦える状態にあるとは限らない。増援は絶望的だ。
 「王が北方騎士団を援軍に、こちらに向かっているはずです。我々は、その前に人質を解放しなくてはなりません。王女、いましばしご辛抱いただけますか。他の騎士たちが地下牢に捕らえられている者たちのところへ向かっています」
 「あら。この不届き者とふたりきりで待っていなくてはならないのね。町に他の仲間はいないの?」
 「動ける者は、ほとんどここに連れてきました。ですが、作戦が成功したら、町から見える塔に旗を掲げて騎士団に合図することになっています」
 「そう。」
ギノヴェーアが父親に似たいたずらっぽい笑みを浮かべたことに、二人は気づいていない。
 廊下のほうで騒ぎが起きた。待ち望んでいた、地下牢の解放が起きたのだろう。叫び声と、ばたばたと走り回る音。
 「侵入者だ!」
 「地下牢に。騎士団の奴らだ!」
ドアを薄く開け、外を見やる。走りまわっているのは、見た目だけならば宮廷騎士とそう変わらない出で立ちの人々。だがその腰にある剣の房飾りの色は、青だ。
 「東方騎士団――か」
ウィラーフは、ドアから少し離れて腰から剣を抜いた。そのドアを、勢い良く開け放って飛び込んでくる騎士が一人。
 「ローエン様、大変です! 騎士団の奴ら…」
その首の後に、剣の柄で強烈な一撃。騎士は声もたてずに崩れ落ちる。
 「行きましょう」
ここからが正念場。この作戦が巧くいくかどうかは、アルウィン、ウィラーフ。ワンダの三人の手にかかっているのだ。



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