6_王都リーデンハイゼル



 王都リーデンハイゼルは王国のちょうど中心あたりにあり、全ての街道はそこへと通じる。
 北の果てクローナからは馬で一週間ほど。アミリシア街道を南下し、街道が西へ向きを変えるあたりで合流するローデシア街道の方へ進路をとる。アルウィンにとってもウィラーフにとっても、そこへ戻るのは実に数カ月ぶりだ。距離からすれば、王国の東半分をほぼ一周してきたことになる。
 まだずいぶん距離はあるというのに、王都の姿は街道沿いから既に見え始めていた。
 リーデンハイゼルの街自体が、地面から臍のように付きだした巨大な一枚岩の岩盤の上に作られている。遠目に見ると、まるで空中に浮かぶ町のようだ。その周囲は緑豊かで小さな森もあり、王都を取り囲む小さな町が点在している。「神に愛された町」。その名は伊達ではない。
 近づくと、他の地面からは明らかに競りあがった岸壁の上のほうに町の入り口が見えた。そこまでは、つづら折りの道。細い滝が流れ落ち、飛沫に虹がかかる。下からでは、町は入り口の門しか見えない。
 「ここがリーデンハイゼル…」
初めて来たシェラとワンダは、驚嘆の声を漏らす。
 「でっかいなー… 町っていうより、ぜんぶお城みたいだぞ」
 「そうだね。サウディードとはまた違った意味で、ここも要塞都市みたいなものだ」
と、アルウィン。「出入口は、ここ一箇所なんだ。…だけど、変だな」
 その、たった一本しかない道を行き来する人が少ない。僅かな町の住人と、商人だけ―― それ以外に、町に入れないとおぼしき人々が、町の入口あたりで不安げにたむろしている。中にはテントまで張って、もう何日も立ち往生しているらしき人々もいた。
 「状況が変わったのかもしれません」
ウィラーフは、慎重に辺りを見回した。彼はまだ、目立たない旅装束のままだ。宮廷の一部は今でも、裏切った宮廷騎士団によって占拠されているはず。シドレク王の話では、犯行者たちは宮廷が完全に掌握されるまで外部に情報は漏らさないつもりのようだ言っていたが、既に外に知れ渡っている可能性もある。彼がその宮廷騎士団の一員だとは知られないほうがいい。
 アルウィンは、馬を降りて近くにいた商人に話しを聞いている。商人は見たところ、どこか遠くの町から来たようだった。多くの地方言語を話せる彼は、こういう時、心強い。
 「ねえ、それにしてもいろんな人がいるわよね」
シェラは、自分も目立つ外見であることを忘れて周囲をきょろきょろ見回している。町に入れず、道端で野宿しているような人々の中には、滅多に見かけないような部族や少数民族もいた。
 「さすが王都よね。国際的な感じ」
 「いや… 普段は、こんなに縁来の部族が集まることは…」
と、その時だった。
 「お前たち!」
聴き慣れた声が飛んできた。振り返ると、大股に近づいて来る少年が一人。日に焼けた肌、漆黒の髪。
 「ディーじゃない!」
シェラは馬を飛び降り、少年に駆け寄った。以前、ハサル人のもとを訪れた時に出逢った、族長の孫。ハザル語のほかに共通語も解する少年だ。
 「どうしたのよ、こんなところで。何してるの」
 「どうしたも何も。集会が近いから、自治領を預かる部族の代表者として、族長の通訳を兼ねて王都に来たんだが――?」
ウィラーフは、はっとした。
 「王国議会…!」
王国の中で、”自治区”をもつ部族の代表者は、王国議会が数年に一度招集する特別な会議への出席を義務付けられる。議会が開かれ、要人たちが集まる時。多くの部族が集まり、町にも人があふれる。ハザル人の集落で王自らが彼らの独立を認め、次の集会に来るよう発言したのが数ヶ月前。ちょうど、今がその時期なのだ。
 「奴ら… この時期を狙ってコトを起こしたのか…!」
だが、王の暗殺は失敗に終わり、議会の掌握もおそらくまだ終っていない。だからこそ、彼らはこうして、何も知らずに町の外で待っている。
 「…何かあったのか。」
ディーは、ウィラーフとシェラの表情に気づいた。そこへアルウィンが戻ってくる。
 「状況が分かった。町は、会議前の警備強化期間ということで一週間前から半閉鎖されているらしい。町の住人と商売人だけが通行を許されている。いつもなら議会から手配されるはずの各部族の代表者への宿の通達も、まだ無いそうだ」
言ってから、ディーのほうに向き直る。
 「君たちも来ていたなら話は早い。町の異変や噂、何でもいい。気づいたことは?」
 「いや。ただ、何かの手違いで準備が遅れているものだとばかり…」
 「……。」
ウィラーフは、城門を見上げた。
 「王が王都を後にされてから、既に一ヶ月か。そろそろ限界だろうな」
反逆者たちの忍耐も、軟禁されて寝返るよう強要されている議会のメンバーたちの精神も。町の人々や、会議に出席するため集まっている自治領の人々の間でも、疑問や憶測が飛び交い、不信感が高まりつつある。
 「何かが起きているんだな」
と、ディー。
 「ああ。でも、今は説明している時間がない。ウィラーフ、どうする」
 「町の警備は宮廷騎士団直轄だが、騎士団も全てが向こう側についたわけではない。賭けてみるしかないな」
正面から堂々と町に入るということ。もとより、それ以外に方法はない。
 アルウィンは、馬に乗りながらディーに言った。
 「ディー、お願いがある。ここにいる人たちに、町から少し離れているよう言ってくれないか。戦いに巻き込まれる可能性がある」
 「わかった。――だが、あとで説明してくれよ」
 「もちろん。」
少年は、肩をすくめた。「あんたの言うことだ。とりあえずは、従っておく」


 町へ続くつづら折りの道は、その途中に何箇所かの検問があり、有事の際にはそれぞれが門を閉ざせるようになっている。町に出入りする者を監視する意味もある。アルウィンたち四人は、一箇所目で止められた。
 「旅人か? 町は議会の準備のため封鎖――」
 「知っている」
ウィラーフが答える。駆け寄ってきた警備兵は、彼の剣に下がる金の房飾りを見つけた。
 「あなたは…騎士団の!」
 「今、旅から戻った。何が起きている? 会議の準備が進んでいないのか」
 「それが。よく解らないのです」
警備兵に、事情を知っていて隠しているそぶりは全くない。
 「二週間ほど前、急に内院よりお達しが出て、町にいる異国人は退去させるようにと。普段なら各部族への宿の割り当ても始まっている頃のはずなんですが…。」
 「騎士団はどうした」
 「はあ。団長のデイフレヴン殿はしばらく見ていないですね。他の方々は、議会に命じられたと本部に集まっておられますが」
 「そうか。行ってみよう」
ウィラーフは、後ろのアルウィンたちに合図し、そこからは一気に馬を駆けさせた。警備兵たちは不審に思いながらも命じられた任務を遂行しているに過ぎない。ということは、王宮で何が起きているのかは、まだ外部に公表されていない。
 道の最上部。町の入口となる最後の城門の前にたどり着く。
 五百年前、ここが王都と定められた時に作られた「凱旋門」だ。華麗さよりも実質にこだわった造りで、両側は物見の塔として使われ、並大抵の破砕武器では打ち壊せないような大きな岩が貼り合わされている。あくまで利便性にこだわりながら、余裕があれば少しだけ飾りを加える。これが、この町のあらゆる道や建物に見られる傾向だった。その意味で、王都リーデンハイゼルは、まず華美を求めていたノックスとは全く違っている。
 門を入ると、直ぐに広場。旅人が全て外に閉めだされてしまったせいで、いつもの賑やかさはない。普段なら店を開いているはずの多くの屋台も今は数少なく、閑散とした雰囲気だ。それが逆に幻想的な雰囲気を創りだしている。正面には、真っ直ぐに続く広い道。一段と高く、王宮の正面がその先に薄青く霞み、空に溶け込むようにそびえ立っている。
 「騎士団本部はこっちだ」
景色に見惚れていたシェラは、あわてて馬をそちらに向けた。急な動きで、後ろに乗っているワンダが振り落とされそうになって悲鳴を上げている。
 宮廷騎士団の本拠地は、門にほど近い場所にあった。通りから見えるよう鉄柵に囲まれた広場は、訓練所か。厩と武器や防具の製造所が一緒くたになった広い前庭の奥、ぱっと見、どこかの商館かと思うような質素な建物がある。サウディードの王立研究所と同じで、入口に一言だけ、その建物を示す「騎士団本部」という言葉が書かれている。
 「ここなの?」
 「そうだ。」
訓練所も厩も、人の気配がなかった。建物も不気味なほどしんと静まり返っている。こんな静けさは、祭りの日に皆が出払ってしまった時でもあり得ない。何かが起きているのは確かだ。
 ウィラーフが真っ先に々に入っていく。
 血の匂いがした。
 「…レスロンド?」
廊下から声がかかる。振り返ったウィラーフは、そこに、やつれた顔の同僚を見出した。まるで幽霊でも見ているような顔つきだ。
 「生きていたのか…」
 「アーキュリーか。騎士団はどうなっている。王宮は…」
 「話は中でする。こっちへ」
騎士は、ウィラーフたちを奥の応接室へ誘った。そこも血の匂い。包帯の切れ端、薬、はさみなど、怪我人を手当したような跡がそこかしこに残されている。このアーキュリーという男は騎士団づきの腕のいい医者なのだと、ウィラーフは説明した。
 「ここは見張られている。誰にも見つからなかったか」
 「ああ、多分。だが、――このありさまは? まるで戦場ではないか」
 「実際、戦場だった。騎士団のうち半数は城の地下牢。死者も出た。騎士団長は戻らないし、王も行方不明…。王女や大臣たちが人質では、反撃に出ることも出来ない」
アーキュリーは両手で頭を抱えると、ぽつり、ぽつりと、これまでのことを語り始めた。
 シドレク王が暗殺を免れ王都を脱出したあと、騎士団を襲った事態は、想像以上に過酷だった。
 間近に迫った王国議会の開催に合わせた打ち合わせの最中、突然乱入した謎の集団によって騎士団の主だったメンバーが捕らえられたのは、今から三週間ほど前のこと。当日、出席者が少なかったことも災いした。あとで判明したことだが、みな一様に腹痛を訴え起き上がれなかったらしく、毒を盛られていた可能性がある。
 その時はじめて騎士団は、近衛騎士十二人が全て不在であることに気づいたのだという。王までもが居なくなっていた。ふらっといなくなることは以前からあったが、その時は機密事項として王の不在は公にされないものだったから、今回もそうではないかと思われていた。だが、近衛騎士全員を連れて行方不明というのはあり得ない。
 混乱する騎士団に議会は不可解な要求をする。「見習いも含め、全員、本部にて待機処分とする」「町へ出ることは許されない」。事実上の軟禁処分だった。抵抗し説明を求める騎士団員もいたが、そうした人々は片っ端から捕らえられ、牢に放り込まれた。悶着のすえ、騒動が外に知られるのを恐れてか、議会は町の閉鎖を命令する。
 この頃には騎士団も、ギノヴェーア王女と王国議会が何者かの脅しを受けていることを薄々感じ取っていた。それが王の不在と関係することなら、容易に動くことは出来ない。
 ――こうして、騎士団は数週間、この場所に閉じこもらざるを得なくなったのだ。
 「ここは見張られている、と言ったな」
 「ああ。様子を探るため変装して町に出た騎士が何人も、怪我を負わされて帰ってきた。闇に乗じて手だれの暗殺者が暗躍していると見える」
オウミの手下なのか、東方騎士団の雇った者かは解らないが、どちらにしろ騎士を不意打ちに出来るくらいの腕はある相手だ。注意してかからなければ。
 「せめて王の行方が分かれば、我々も安心出来るのだが…」
 「王はご無事だ。ある場所で匿われていて、デイフレヴンが側についている。その王からの指示を承ってきた」
そう言ってウィラーフは、王の印と署名、デイフレヴンの添え書きつきの書簡を差し出した。アーキュリーの目が輝く。
 「おお…。それが分かっただけでも心のつかえが半分とれた」
書簡に目を走らせた彼だったが、すぐさまその表情が暗くなる。
 「…東方騎士団が裏切った? まさか…そんな」
 「事実だ。王の暗殺が失敗し、議会が抵抗を続けていることで辛うじて動きが食い止められている。ただそれも時間稼ぎでしかない。今、動ける騎士はどのくらい居る? 新入りや経験不足の奴は除いて、信頼できる者だけで」
アーキュリーは、しばし考え込んだ。
 「…二十人。それ以上は厳しいだろう」
 「それだけいれば十分だ。すぐに集めてくれ」
かくて、ウィラーフの指示で騎士たちが呼び集められた。王宮奪還のための作戦が開始されるのだ。


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