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 人々が解散したあと、シェラは、リゼルに頼んでシドレク王のもとを訪ねていた。自身の当初からの目的を果たすためだ。
 「ふーむ。青き星辰の民、ルグルブの民の言い伝え、か…」
リゼルからひと通りの成り行きを聞いたあと、シドレクは、シェラから受け取った詩篇の記されたターコイズを眺めていた。
 「”約束の種を植えなさい。その樹は希望へと繋ぐもの” …謎めいた言葉だ。この石の由来を、聞かせてもらえないかな?」
 「この詩は五百年前、”統一戦争”の時に、当時のルグルブの族長が視て残した詩です。”エリュシオン”という言葉に関係がある、と思うのですが…その言葉が何なのかを探していて、見つけたのが――」
 「ああ、ハザルの遺跡の中だった、というわけだな。」
シドレクは、物思うよなうな目をして虚空を見つめた。
 「アルウィン。王宮の、”王の中庭”にある、建国詩が刻まれた古い石碑の内容を覚えているか」
 「はい。」
 「では、読み上げてくれ」

 「その樹は健やかに育まれ
 抉る雨も射す光も
 広げた枝葉に受け止めるだろう
 百に砕けた大地のかけら
 千に砕けた人の心
 強き根が結びつけ
 混沌の海に沈まぬように
 忘却の空に散らぬように。


 …これでいいですか?」

 「そうだ。その詩の題名が”エリュシオン”という」
 「――え?!」
リゼルとディーは、同時に声を上げた。ルグルブの民によって予言され、ハザル人の遺跡に刻まれた言葉の指し示すものが、リーデンハイゼルの中庭にある…?
 「建国詩の碑は、五百年前に建てられた。由来は私も知らない。詩の、本来意味していたところもだ。ただ、タイトルだけは知っている。そう、確かに”エリュシオン”だ。」
 「思ったんですけど」
弾かれたように、シェラが顔を上げた。「その詩って、この石の詩と繋がっているんじゃないかしら。どちらにも”その樹”っていう言葉が出てくるでしょう。同じものを指してるとしたら? 二つの詩をつなげても、違和感ないわ。」
 「なるほど。」
シェラは、真剣な面持ちでシドレクのほうを向いた。
 「もしかしたら、あたしが未来を告げるべきだったのは”アストゥールの王”、シドレク様だったのかもしれない。聞いて下さいますか?」
 「ああ、私でよければ。」
 「あたしが視たのは、とても不吉な未来。ひどく暗いものが、美しく煌く大樹を呑みこんでいく夢です。今思えば、あれは王国の印である黄金の樹。その夢と重なり合って、この青い石と”エリュシオン”という言葉が見えました。何か大きな災いが降りかかろうとしているんだと思います。」
 「そして、その石に刻まれた詩の謎賭けが、その災いを防ぐ鍵、というわけか…。」
シドレクは、考え込んだ。
 「…ルグルブの視た未来が外れることはない。ありがとう、その言葉は胸に留め置こう。」
 「よかった」
青い髪の美女は、ほっとしたように胸に手を当てて微笑んだ。
 「これで、あたしの使命もようやく終わります。ありがとうございます、国王様。」


 シェラが去っていったあと、リゼルは、その場に残っていた。
 「さて…」
シドレクは、にやりとして少年の方を見た。「またも、五百年前の亡霊だ。どう思う?」
 「アストゥール建国に関わる謎が、一つ増えたというだけです。」
リゼルは、憮然として言った。
 「このセノラの谷にも五百年前の”統一戦争”に絡む因縁があるとご存知だったなら、何故もっと早く仰らなかったんですか。あの、紋章にはめこまれていた石のことも。」
 「確証がなかった。それに、先入観がない方が物事は正しく見えるものだ。そうだろう?」
王は、少年の目を覗き込む。
 「その目はどう見た。王都を出てから我々をつけていた連中… ハザルの民が関与している可能性は、ありそうか。グウェン老人は、信用できるか?」
 「……。」
僅かな沈黙。「ハザルは、アストゥールの敵ではありません。私が保証します」
 「そうか。」
 「ですが…」
彼は、付け加えた。
 「どこかで、ハザルの民が関わっていることは間違いないと思います。でなければ、これほど手際よく襲撃できたとは思えません。長グウェンも知らないことなのだと思います」
今、この場に集まっている多くのハザルの民の、その中の誰かが、襲撃者と通じている可能性は、残されている。だが、それを追求するすべはなく、また、この祝いの雰囲気の中、それをすることは不適切に思われた。
 「何にせよ今は、ハザルの民がアストゥールと敵対することにならずに済んで、ほっとしています。五百年前の亡霊のせいで、何の恨みもない者同士が争いあうのは、もう」
 「アルウィン――」
言いかけて、止めた。それについて、話すことはもう、話し尽くされている。
 「私は知りすぎていて、お前のように公平な目では見られないかもしれない。王という立場上、あまり自由に動けないのも確かだ。本当なら私自身が確かめたいのだが、そうもいくまい。ここから先、心残りはお前に引き継いでもらいたい。」
 「それが、王の命であれば。」
少年は、まっすぐに王を見つめる。
 「オウミという謎の老人と、その郎党の行方を追え。ただし、深追いする必要はない。何者なのかが分かればそれでいい。ウィラーフを連れて行くといい」
 「わかりました」
 「それから、”エリュシオン”という言葉についても、だ。私も調べておく。”書庫”に、何か手がかりがあるかもしれない」
 「はい」
 「――しかし、自分の国だというのに、この国の過去には、あまりに謎が多すぎるな。五百年前、一体何があったのやら…」
シドレクが苦笑したちょうどこの時、テントの外で、物音がした。
 「失礼します」
騎士二人が入ってきた。
 「お話は、終わりましたか。」
 「ああ、今、済んだところだ」
リゼルが後ろへ下がると、代わりに、巌のような男、デイフレヴンが王の傍らに控える。年若いウィラーフはリゼルの隣に。これが彼らのいつもの定位置だった。
 「今、話をしていたところなのだが、ウィラーフはアルウィンと一緒に行ってもらいたい。少し、用事を頼んだのでな」
 「私だけですか」
 「そう。デイフレヴンは―― ああ、まあ、なんだ。王都へ帰るんで、その連れだな。」
 「ついてくるなと言われても、行きますよ。今度はそう簡単に逃げられません。」
浅黒い顔の男は、にこりともせずに言った。シドレクは溜息をつく。
 「…だろうと思った。まったく王というやつは、自由のない職業だな。」
リゼルは、くすっと笑って座を辞した。テントを出ると、既に昼が近い。日差しはまだ灼熱のそれだったが、昼に吹く風が弱まっていた。砂嵐の季節が、過ぎ去ろうとしているのだ。間もなく、オアシスに集まっていた人々も、それぞれの道を辿り始めるだろう。


 季節を変える強い風が吹き、巻き上げられた細かな砂が視界を覆う。
 …そして風が収まると、旅人たちは再び、どこかへと散らばっていく。


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