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 翌朝、賑やかな声でシェラは目を覚ました。窓の外、庭のほうから、子供たちの歓声や大人の囃し声が響いてくる。
 窓をあけると、すぐその下で、シャツ一枚のリゼルが訓練用の木剣を手に汗だくになっている。手合わせの相手は、――短い赤毛の、巨漢。いや、…女性、か。
 「ほらほら! 息が上がってるよ、もっとしっかり頑張んな!」
笑いながら、片手で軽く振り回すそれは、見るからに丸太。ぶん、と空を切る音とともに風が巻き起こる。とても、受け止めるとか、打ち返すとかいう話ではない。リゼルもそれは分かっていて、木剣は手にしていても、逃げまわることに徹している。
 「これは、一体…」
ウィラーフが出てきた。
 「ああ、騎士の人、あんたもやる? 剣術の練習だよ」
 「練習、って…。これが?」
 「主に避け方、かな」
リゼルは、呆れ顔のウィラーフに向かって笑った。「当たれば死ぬ! と思えば、必死で体が覚えるよ。」
 「…そんな苦行をしてたんですか。」
なるほど、リゼルの逃げ方が巧いのは、この大柄な女性の仕込みの賜物だったらしい。シェラは窓を閉め、外に出て行くために服を着替えた。騒ぎのお陰で、今朝はワンダも寝坊せずに済んだようだ。
 朝食の後、四人は揃ってメイザンのもとを訪れていた。朝の早い博士が、この時間ならもう研修室にいることをリゼルは良く知っていた。
 メイザンは、昨日と同じように仕事机の前で椅子にうもれていた。来客に気づくと、手元の書き物から視線を上げ、ソファを指す。
 「ちょっと待っておいで。そこに座って」
何か書き付け、紙を本に挟む。「さて、昨日の話なんだが。まず、お前さんたちの持ってきたレトラ語の書き付けだが」
 「解読出来たんですか?」
 「うむ。これがなかなか面白い書き方で、一行ごとに飛ばし読みするのが正解だそうだ。ここに、解読済みの報告書がある。少し長いが、読み上げよう」
そう言って老博士は、ついさっき届けられたように見える数枚の綴り紙を捲った。


彼らは肥沃な大地に城を建て
美しき河口に都を築いた
白成す頂の山々に見下ろされ
イェルムンレク、偉大なる王は
齢六十の時を迎えた

されど老いて なお
王の御腕はゆるむことなく
打ち寄せる波の頭上に
鉄槌を振り下ろし続けた

右腕に名刀ファンダウルスを掲げ
左の腕に美妃スヴァンヒルドを抱き寄せた
双樹の太陽よ 輝ける王よ
幾多の国々を従えた
力強きその腕よ 赤き戦の星の英雄よ
エリュシオンの主 まことの王よ

王が戦場を駆け抜ける時
行く手を阻むものは無く
幾多の王がその前に屈した
妙なる調べ 栄光の日々よ
かの王は広き王国を統べた

されど
とこしえに続くかと思われし世も
今は過ぎ去り
過ぎゆく風は哀しく歌う

ああ、遠き喜びの日よ 遠き喜びの日よ
今となりては夢物語のごとく



 「イェルムンレクって…」
 「ファンダウルス…」
 「エリュシオン?!」
リゼル、ウィラーフ、シェラは、ほぼ同時に声を上げた。メイザンが片手を上限に動かす。
 「まあまあ落ち着きなさい。驚くべき内容なのは判るが、最初から順を追っていこう。イェルムンレクというのは―― アルウィン、判るかな」
 「アストゥールの建国者ですね。伝説上の」
 「そう、その通り。”統一戦争”を勝ち残り、アストゥール領地を制定したのは年老いてからで、戦争終結後間もなくして死んだと伝えられている。まあ、この王にまつわる伝説や歌は数多いが、これは知られていない新しいバリエーションじゃな。ちなみに、歳若い妃スヴァンヒルドは絶世の美姫だったそうじゃ。ファンダウルスは… まあ、置いとくとして」
シェラは何か違和感を覚えたが、敢えて何も聞かなかった。
 「刀とか妃と一緒に出てくるってことは、エリュシオンって王様の持ち物のことだったのかしら」
 「額に戴く、だからね。王冠みたいなもの?」
 「さてさて。解読しただけでは判らんことばかりだが、何か王の持ち物だったとして、謎の連中の狙いは”それ”そのものなのか、或いは”それ”を示す情報なのか、ということもある。少なくとも、この件には五百年前――”統一戦争”にまつわる何かがある、ということは言えそうだ。」
四人は、メイザンに視線を向けた。
 「建国時の情報は、ほとんど何も残っていない。五百年も前、ということもあるし、戦後の混乱で記録が散逸したというのもあるだろうが、長年研究してきて、わしは常々、故意に記録が消されたような気がしておってな」
 「以前、王も同じことを言っていました――」と、リゼル。「王家にすら、伝説以外はほぼ何も、伝わっていないと。」
 「この”エリシュシオン”っていうものは、隠されなくちゃいけないものなのかしら。これまでの情報からして、悪いものとは思えないけど…」
 「隠したいものは、他にあるのかもしれんがな。」
ウィラーフが呟き、ふいとそっぽを向いた。
 「それと、分かったことがもう一つ」
メイザンは構わず続ける。
 「”サラース”いうのは、ヨルドの言葉で”行くぞ”という意味の合図だそうだ。オウミ、という名も、ヨルドならごく一般的な男性名にあると」
 「……!」
リゼルとウィラーフ、二人の表情が変わった。
 「北方諸民族の一つ…、ヨルドですか。それで北方訛りが…」
 「あなたの言いたいことが分かりましたよ。メイザン博士」
ウィラーフは、膝の上で拳を握りしめている。
 「ヨルドを含む北方諸民族の居住地アスタラは、”元”クローナ領だ。そういうことですよね」
 「え…」
シェラは、思わず口に手を当てた。
 「そんな、だってあの人たち、あなたたちまで殺そうとしたじゃない」
 「オウミは、おれのことを知っていた。クローナの独立も仄めかした」
と、リゼル。
 「クローナが関わっているかどうかはともかく、アスタラの住民なら、クローナの事情に通じていることは、あり得る」
 「でも…」
 「手段を選ばず、五百年前の記録を集めてまわる謎の集団。さてさて。正体が分かっても意図するところが見えんときた。彼らの目的は如何に?」
資料をひらひらと動かし、メイザンはそれを、ぱさりと机の上に落とした。
 「ところで、例の”エリュシオン”と呼ばれている建国詩だが。今までに見つけた断片は、三つだったな」
 「はい。」
 「シェラ嬢の持っていたルグルブの予言詩。王都リーデンハイゼルの中庭。アジェンロゥの島の墓所。 ――他に、詩として繋がるものではないが言及しているのは、ハザル人の故郷セノラの谷、レトラ族の古伝承。共通項が見えるかね」
 「いえ……」
リゼルは、首を振る。
 「ふむ。お前は古伝承は苦手だったな。」
 「…すいません」
 「ま、知っとる奴も少ないが。ルグルブ、アジェンロゥ、ハザル、レトラ。これらは、”統一戦争”時、アストゥールと初期に同盟した部族ばかりなんじゃよ。」
 「ほほう!」
何故かワンダが一番反応している。
 「戦争の初期、小国に過ぎなかったアストゥールが最終的にこの大陸のほぼ全てを掌握するほどの大国になれた一因は、力ある、多くの”国なき”部族が協力したことにある。今ではもう残っていない部族も、幾つか存在するが――」
 「ちょっと待って」
シェラが、話を遮る。
 「協力っていうか…ルグルブは確かにアストゥールの王に協力的だったとは聞いてるけど、別に戦いに参加したりしてないはずよ?」
 「ライラエルが、予言の力をもって協力した。少なくとも、王国の伝説ではそうなっている」
 「……。」
シェラは、首の鎖に手をやった。
 「だとすれば、残りの詩があるとすれば、他の初期からの同盟部族のもとにある可能性が高いということだな。」
 「そう、恐らくな。」
そこまで言って、メイザンは言葉を切った。珍しく、次の言葉に迷っている。リゼルは眉を寄せ、身を乗り出した。
 「先生?」
 「いや、何と言えばいいのか。確信が持てないと思っておったが、こう、説明してみると、どう考えてもやはりその可能性に行き着いてしまう」
 「――何がです?」
 「今挙げた部族と同じように、初期から同盟した部族というと、もう、残りの候補が決まってしまうんじゃよ。現在は十三の小部族に別れておる、その部族の元の名は、アスタラという」
深い、沈黙が落ちた。



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