4_学術都市サウディード



 大陸の東は、雨が多い。
 ワンダの故郷の島々もそうだったが、温暖な気候で、雨のふらない日でも、朝夕には薄い靄がかかることが多く、ために木々はよく育つ。大陸の中央部がほぼ砂漠と荒野、西が草原しかないのに比べ、東の海岸だけは比較的木々が多い。
 目指すサウディードも、そんな緑に囲まれた中にあった。
 西には無い大きな樹々の形作る森を抜けると、目の前に、白い巨大な円柱型の建物が姿を表す。特徴的な丸みを帯びた屋根は、まるで柱の上にたまねぎを載せたよう。
 「あそこが?」
 「そう。王家の直轄地、学術”城塞”都市、サウディード――」
町のある場所は周囲から一段、高くなっていて、丘と森がまるごと、壁の中にマフィンのように包み込まれている。遠くから見ると、町というより一つの塊にしか見えない。
 入り口には、高くそびえる門が幾つも連なっていて、その一つ一つの前に兵士が立っている。
 四人が馬車を降りるとすぐ、一番手前の門から兵が数人、駆け寄ってくる。シェラは、旅で乱れた長い髪を掻き上げながらそれを見ていた。
 「想像してたのと全然違うわね。学術都市っていうから、もっとオープンな感じだと思ってた」
 「王国の機密情報の集積体だからな、ここは。兵器戦略の研究、貴重な遺産や財宝、場合によっては、国策に関わる決定もここで成される」
と、ウィラーフ。「中にいるのは、その道の専門家ばかりだ。外交文書など、議会にかける前にここで叩き台が作成されることもある」
 「さすが。宮廷騎士様は詳しいのね」
 「…本来なら、一般人が立ち入れる場所ではないんだぞ。」
彼は、じろりとシェラを、というよりその向こうにいるワンダを睨んだ。
 「いいか。絶 対 に そのへんのモノに触って壊したりするんじゃないぞ。」
 「はーい」
 「はーい。」
二人はすました顔で言って、思わず吹き出した。ウィラーフは渋い顔。
 入り口の警備と何か話していたリゼルが戻ってきた。
 「話はついたよ。行こう」
左右から、警備兵たちの刺すような視線を感じる。ここでは、あまり騒がないほうが良さそうだ。


 すべての門を潜りぬけると、そこは、色とりどりのタイルが模様を描き出す広場。空中庭園といった雰囲気で、よく手入れされた花が広場の縁を彩り、金色に塗られたベンチが、木陰に上品に並んでいる。
 「すごいわね。ますます、想像してたのと違う。ノックスとも似てないし」
 「この辺りは、旧エスタード領じゃないからね。」と、リゼル。「昔はファルーク王朝の離宮だったのを、そのまま利用してるんだ。」
ワンダは、はじめて見る花に近づいて、香りを楽しんでいる。ウィラーフも、訪れるのは初めてのようだった。広場を取り囲む、青い窓を持つ真っ白な壁を物珍しそうに見回している。
 頭上を、白い鳩の群れが旋回していた。壁の一角に、木枠の窓が取り付けられた、少し色あせた細い塔がある。
 「あれは?」
 「ああ、伝書鳩かな。ここも連絡網の一箇所だし」
王国内の気密団書のやり取りは、空―― 伝書鳩を介して行われる。ことに王と、王直属の”リゼル”のような人々は、連絡網と呼ばれる幾つかの拠点から、定期的に王都に連絡しているらしい。
 「王からの指示が届いているといいんですけどね。」
と、ウィラーフ。
 「そうだな。これまでの報告もあるし、あとで聞きに行ってみよう。まずは、メイザン先生に会わないと」
 「メイザン先生?」
 「ここの、ボスみたいな人さ。」
リゼルが向かっている正面の建物の入り口には、金色の優雅な文字で、一言だけ、こう書かれていた。――「王立研究院」。


 両開きの重たいドアを開くと、静まり返ったホールに軋む音が響き渡る。中は薄暗く、外から見たより古びている。元が離宮というだけあって、いかにも王族の好みそうな造りだ。広い階段の途中には踊り場があり、正面には巨大な肖像画。大理石の手すりには浮き彫りの文様。二階まで貫く太い丸柱。使われていないようだが、シャンデリアもぶら下がっている。受付などはなく、案内板もない。
 「なんもないねー」
ワンダは、鼻をひくひくさせている。「匂いもしないぞ」
 「研究室はこの上だよ。奥は今は会議室になってる。大きな図書館もあって」
話し声を聞きつけて、奥のドアが開いた。濃い藍色の髪を左右で三つ編みにして垂らした、眼鏡をかけた白衣の少女が顔を出す。
 「アル君?」
リゼルの姿を見とめるやいなや、少女はいきなり飛び出してきた。
 「やっぱりそうだっ。きゃーーーーー アル君っ 久しぶりーーー!」
 「?!」
全速力で駆け寄ってきて、いきなり、リゼルに抱きつく。危うくウィラーフが剣を抜き駆けた。
 「クリス…痛い…」
 「あっ、ごめんなさい! でもでも、近々くるって連絡来て、すごい待ってたのよー。ああもう久しぶり! 元気だった? ごはん食べてた?」
 「……。」
気まずい雰囲気が流れた。はっとして、少女はあわててリゼルから離れた。顔が真っ赤だ。シェラは、少女の深い藍色の目に気がついた。自分と同じ。
 「えーと。こちらはクリスティナ。この研究院の研究生の一人」
 「はじめまして! クリスです。あの、…その」
 「あなたルグルブなの?」
 「はい、三代目ですけど。母方の祖父母がイェオルド出身で」
そう言って、少女はシェラににっこりと笑いかけた。
 「アーシェラさん、ですよね。連絡はいただいてます。あたしイェオルド谷って、まだ行ったことないんですよ。あとでお話聞かせてください! あと…」
視線が、順番にたどっていく。「…ウィラーフさんと、ワンダラウさん。お待ちしてたんですよ。どうぞ、こちらへ」
白衣の裾を翻し、少女は先に立って階段をのぼっていく。後にリゼルたちが続いた。今のところ、他の研修員の姿は無い。
 かつては絨毯がひかれていたであろう、色鮮やかなタイルの嵌めこまれた長い廊下の突き当たりに、使い込まれた濃い色の扉があった。
 「博士のお部屋はこちらです。博士、入りますよー」
重たい扉を押し開くと、中から、古びた紙の匂いが押し寄せてくる。
 そこは、かつて高貴な人々の客間だったらしい、だだっ広い空間だった。大きなオークの机の上には、本や書き物がどっさり。壁は窓以外の場所がすべて本棚で埋め尽くされ、圧倒的な雰囲気を醸しだしている。
 部屋の主は、そのただ中にいた。小さな丸めがねを鼻の上にちょこんと乗せた、額の禿げ上がった小柄な老人が一人、小さな袖机の上にメモを起き、椅子に腰掛け、難しい顔で書物に没頭している。
 「先生」
リゼルが呼びかけてようやく、老人は視線を上げた。
 「おお、アルウィンか。よく来た」
立ち上がり、皺の寄った大きな手で握手する。「道中は、なかなか大変だったみたいじゃな。疲れたろ」
 「それほどでは。」
 「まあ、座りなさい。皆さんも。クリス、お茶を」
四人は、勧められるままに部屋の真ん中にしつらえられた大きなソファに腰を下ろした。といっても、そこも、様々な本や書き物などでいっぱいになっていたのだが。
 これが、この研究院の院長であり、かつて王の「教育係」も務めた王国一の学者、メイザン・グランナールとの出会いだった。
 王宮に仕える者で、その名を知らない者はいない。シドレク王が師と仰ぎ、絶対の信頼を寄せる数少ない人物の一人でもある。
 「さて、バレアス経由の連絡でだいたいのことは知っている。古レトラ語の文書があるとか?」
 「これです」
リゼルは、大事に隠し持ってきたハンカチ包みの束を手渡した。「少し解読を試みてみましたが、意味がわかりません。ローレンスが借りるはずだった書物の一部を、レトラの古老が記憶を頼りに再現したもののように見えますが」
 「ふむ。古い歌物語か何かのようだ。しかし暗号じみている」
羊皮紙にびっしりと書かれた文字を拡大鏡でひと通り眺めたメイザンは、元通りそれをくるんで、机の上においた。
 「ま、この学院なら解読にそう時間はかかるまい。それから―― 王国の建国詩の話だったな。”エリュシオン”?」
 「そうです。それは彼女が」
シェラは、いつも首に下げているターコイズを取り出した。
 「神聖文字か。ルグルブの詩… ふむ」
 「お待たせしましたー」
クリスが戻ってきた。手にお茶を載せたお盆を捧げ持っている。
 「クリス。お前、これが何か判るかね」
 「え?」
少女は、お盆をサイドテーブルに置いて石を受け取った。
 「”約束の種を植えなさい、その樹は希望へと繋ぐもの”―― ああ、おばあさんから聞いたことあります。これって、伝説の予言者ライラエルの詩ですよね」
 「ライラエル…?」
 「五百年前、”統一戦争”のとき、その勝敗を予言したっていうルグルブよ」
と、シェラ。「あたしたちルグルブは、ごく稀にしか未来を視ることはないの。それも普通、近い未来なんだけど、その人だけは物凄い力の持ち主で、自由に未来を視て、しかも、何十年も先のことまでぴたりと当てたらしいわ」
 「すごいな、それは」
ウィラーフが相槌を打つ。
 「そのライラエルが残した予言の中でも、まだ実現されていなくて、意味もよく判らないっていうのが、この詩ですね。」
そう言って、クリスは石をシェラに返した。
 「よく知ってるのね、あなた。谷に戻ったことないんでしょ?」
 「祖父母が両方とも、ここの研究員でしたからねー。うちは代々、ルグルブの歴史と言語の研究をやってるんです」
 「おれのルグルブ語の師匠も、彼女だよ」
と、リゼル。
 「それで”アル君”な関係なんだ? ふーん」
 「あ、いや… そういうんじゃ」
 「そうですよ、ただのお友達です!」
顔を真っ赤にしながら、クリスはばたばたと部屋を駈け出していった。メイザンは苦笑しつつ、自分でお茶を注ぎ分ける。
 「いつもあの調子で、騒がしい子なんだ。ま、ここでは貴重な、若くて優秀な研究員だよ。」
 「先生、それから、まだ連絡していないことがあるんです」
リゼルは身を乗り出した。「つい数日前、ワンダの故郷に立ち寄った時に…。」



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