8



 出発の朝、館の前にはユミナを含む館の全ての人々が集まっていた。雪は止み、冷たく透き通る青空の下、積もったばかりの雪が眩く輝いている。
 アルウィンの乗る馬に近づいて、シドレクは言った。
 「ギノヴェーアによろしくな。”書庫”で調べたことは、彼女が全て知っている。残る手がかりも、きっと見つかるだろう」
 「はい」
 「こちらのことは心配しないで。町の修復代をいただくまでは、お客人のことは責任もって預かりますからね」
ユミナの言葉に、一同は苦笑する。
 「…では、行ってきます」
 「お待ちなさい」
立ち去ろうとするアルウィンを呼び止め、ユミナは厳粛な表情で言った。
 「何か、忘れていることがない?」
 「…え」
 「こちらへ」
呼び寄せた息子の前に腰をかがめると、彼女は、両手で肩を抱きながらその頬に家族の口付けをした。
 「――いってらっしゃい。」
にっこりと微笑むユミナの表情。ずっと忘れていた懐かしさが溢れそうになるのを、アルウィンはぐっと抑えこんだ。軽く母の頬に口づけを返し、その暖かな腕の中を後にする。
 表通りへ続く門を出たとき、アルウィンは驚いて馬を止めた。そこには道の両脇いっぱいに町の人々が待っていた。
 声もなく、ただ食い入るように無言に彼を見つめている視線。その視線は、この町に戻ってきたとき彼を迎えた、好奇心と悪意と疑惑の入り交じったそれとは、違っていた。
 「兄様!」
通りの向こうで、甲冑に身を包み、馬に乗ったブランシェが手を振っている。後ろには同じ出で立ちの元騎士、今の自警団員たちが控えていた。これから北方騎士団の本拠地である少し南の町に向かうのだ。アルウィンは手を振り返し、その後はもう、よそ見をせず、真っ直ぐに町の外を目指した。壊れた城門の外は、一面の銀世界。町を取り囲む湖は白く凍りつき、今はもう、背後に聳え立つ山々を写してはいない。白い息が風に溶けて流れる。
 ここからは、来たのとは別の道、アミリシア街道を伝って南へ向かい、街道が東へ向きを変えるところから首都に続くローデシア街道へと向かう。道と天気さえ良ければ、一週間の距離だ。


 アルウィンは一度だけ振り返って自分の生まれ育った町を見た。
 祖先が選び、別れた二つの家系が再び出逢った場所。

 いつか―― 再び、ここへ戻ってくる。


―第六章へ続く

[BACK]--[INDEX]--[NEXT]