第一章/9


 祭りの始まる日を控えて、神殿のほうからは賑やかな楽器の音が響き、港のほうからは荷担ぎたちの賑やかな声が聞こえてくる。祭りに使う品々を運ぶ荷車がひっきりなしに通りを走り回って、町は、どこか浮き足立って感じられた。
 シセネの通う学校は、明日から休みに入る。同じ学級の子供たちも、いつになくはしゃいだ様子で授業など上の空だ。それはメヌウも同じようで、授業を受けている間じゅう、時間を確かめるように何度も窓の外を眺めていた。



 お休み前の最後の授業が終わり、屋敷に戻ると、台所でキヤが何やらただならぬ様子で待ち構えていた。竈に、火も起こしていない。どうしたのだろうと思いながらただいまを言おうとすると、キヤのほうが先に口を開いた。
 「そろそろだろうと待ってたんだ。今、お客人が来ていてね」
 「お客人?」
 「ネシコンス様。奥様の兄上さ。」
ムトノジュメトの父親だ、と、すぐにシセネは思った。いつだったか、手紙を届けに行った、あのお屋敷の主。
 「あんたが戻ったら連れて来るように言われてるんだ。皆は先に行ってる。おいで」
 「……。」
キヤの表情は、いつになく硬い。何があったのだろう。シセネは、キヤに連れられて、肩からかばんを提げたままで中庭を通り抜けた。歩きながら廊下ごしに玄関のほうを見やると、入り口のあたりで護衛か荷物持ちなのか、付き人らしき男が二人、お屋敷の門番と何やら世間話をしながら、退屈そうにぶらぶらとしているのが見えた。
 二階に上がると、キヤは、奥の女主人の部屋の戸を叩いた。
 「奥様、シセネが戻りました」
 「お入りなさい」
扉を開くと、中にいた全員が振り返った。寝椅子にイシスネフェルト。その脇に、屋敷で働く使用人たちとムトノジュメト。イシスネフェルトのすぐ脇にいる、濃い色の髭を生やした、難しい顔をした男が、きっとムトノジュメトの父親なのだろう。
 「シセネは学校に通わせているの」
 「ふむ」
数秒、じっと少年の顔を見つめたあと、男は、視線をイシスネフェルトのほうに戻す。シセネは、キヤに促されてサプタハの隣に立った。父と叔母の横で、ムトノジュメトは蒼白な顔をしてじっと座っている。
 「では、これで全員なのだな。相変わらず、使用人はほとんど置いていないようだが」
 「過不足なく、ですよ。気心の知れたものしか使いたくはないの」
 「それも良かろう。今回に限れば、それで正解だ。ウガエフも、せいぜい良からぬ噂を立てることしか出来んだろうからな」
ウガエフの名を聞いて、シセネは思わず隣のサプタハのほうを見た。嫌な予感がする。サプタハは渋い顔だ。
 「…あの男、わしらのことを根掘り葉掘り聞き回っとるようでな」
 「この屋敷には前科者と異国人と変人のやもめしかいない、とかなんとか、ロクでもないことを吹聴してるらしいのよ」
 「前科者?」
 「わしのことだろうな、だが債務奴隷だったのはもう随分前のことだし、完済して公的に自由の身になったのだ」
 「異国人なんてのも、とんだ言いがかりですよ」アハトは、珍しく怒りの篭った声だ。「わたしたちがこの国へ来たのはもう四十年も前のことなんですよ。あの人よりずっと長いこと、ここに住んでいるんです。」
 「好きでやもめなわけじゃないのに、よくもまぁ」
キヤもうんざりした様子だ。「それに、あたしらのことが何でお嬢様と関係があるのかね。」
 「あの男としては、自分の求婚を断った我々に恥をかかせたいだけなのだろう。だがな、噂のせいで娘の縁談が纏まらんのは困る。この子を行かず後家にするわけにはいかんのだからな」
 「分かってますよ、そんなこと」
イシスネフェルトは不機嫌な顔で杯に手を伸ばす。
 「姉さんの忘れ形見、わたくしにとっても大事なたった一人の姪なんです。良い縁談を必ず見つけますとも。けれど、あの男だけは絶対に無いわ」
 「ま、器の小さいろくでもない男ということは分かったがな、結果的に正しかったのかもしれん。だが…」
 「この町でだめなら、他所の町でも。縁談など、幾らでもあります。」
きっぱりと言って、イシスネフェルトは杯の中の酒を干した。
 「――根も葉もない噂など、いずれ消えます。けれど、しばらくは人の目もあります。ウガエフに揚げ足を取られないよう、あなたたち全員、気をつけておきなさい」
 「分かりました」
話が済むと、使用人たちは部屋を出された。
 「思ったより長引いてしまったな。さ、急いで夕飯の準備にとりかかろう。」
手を叩いて、サプタハはいつものような陽気な声を出す。「今日はお客人も来ているからな。キヤ、とっておきのを頼むぞ」
 「あいよ。アハト、手伝っておくれ」
 「はいはい。」
 「……。」
女たちは、忙しそうに台所のほうへ向かっていく。シセネは、渡り廊下まで来たところで足を止めた。
 「おれは…?」
 「あんたはいいよ。戻ってきたばかりだろう? 部屋で休んでおいで。」
サプタハもシェバもどこかへ行ってしまった。彼は、中庭から二階の窓を振り返った。窓は開いているが、話し声はここまでは聞こえてこない。一体、どんな話をしているのだろう。
 (…もしかしたら、おれのことも調べてられてるんだろうか)
ウガエフは、この屋敷で働いているのが"前科者と異国人とやもめ"だと知っていた。それはつまり、シセネ以外の使用人全員の出自を調べたということだ。それとも、もしかしたら、シセネのことも"前科者"だと――罪人だと、既に知っているのだろうか?
 心臓のあたりが痛い。消せない過去。忘れようにも忘れられない、"死者の谷"の黴臭い匂いのする暗がりが、目の前に迫ってくるような気がした。
 部屋に戻って、寝台の下に隠してあった小箱を取り出し、そっと蓋を開いてみる。
 以前そこに入れたまま、聖甲虫の護符は、そこにあった。取り出して手の平に置いたまま、シセネは、じっと考え込んでいた。もしもウガエフがシセネの素性を探り当ててしまったら。もしも自分のせいで、この屋敷の人たちに――それからムトノジュメトに――迷惑をかけてしまうことになったら。
 (どうすればいい…?)
答えの出ないまま、ただ、時間だけが過ぎていく。
 戸を叩く音で、シセネは我に返った。いつの間にか日が暮れて、辺りは闇に沈んでいる。
 「シセネ、寝てるのか? 夕飯だぞ」
サプタハの声だ。
 「…今日は、いいよ」
慌てて小箱を寝台の下に隠すのとほぼ同時に、戸が開いてサプタハが入ってくる。
 「どうした、腹でも痛いのか。」
 「そんなんじゃないけど」
 「もしかして、さっきの話を気にしているのか?」
シセネの前までやって来ると、サプタハは、少年の頭を大きな手でわしわしと撫でた。「気に病むことはない。噂なんぞ、そのうち収まる。もうじき大祭だしな。祭りが終われば、その前のことなんか皆忘れてしまう」
 「こんな時なのに、お祭りに行くの?」
 「ああ。お嬢様が楽しみにしてたものを行くなとは奥様も言われんよ。許可も出た。お前は来るんだろう?」
 「…うん」
それは、ムトノジュメトと約束したことだった。本当はそんな気分では無かったが、約束を反故にしてムトノジュメトを悲しませたくはなかった。
 「奥様も、行くの?」
 「奥様は…。」
サプタハは、僅かに口ごもった。「奥様は、大祭がお嫌いでな。旦那様が亡くなったのが丁度今頃で、だから喪に服しておいでなのだろう」
 「それじゃ、子供を亡くしたのも今頃なんだね」
何気ない一言に、男の顔色が僅かに変わった。
 「シセネ、その話、一体誰から」
 「ム、ムトノジュメトからだよ」
シセネは、慌てて付け加えた。「…ムトノジュメトは、お父さんから聞いたって。おれ、誰にも言ってない」
 「そうか」
ほっとした顔になると同時に、サプタハの声の調子も戻った。
 「すまんな。まさか、その話まで噂になっているのかと思ったのだ。」
 「他所の人に知られちゃいけないことなの?」
 「ああ。奥様は、身ごもられたあとずっとお屋敷にいて、誰にもお会いにならなかった。出産も屋敷の中で、アハトの手を借りて――。知っているのは、わしら屋敷の人間と、義理の兄上のネシコンス殿、今日来られていた方だけのはずだ。」
 「ごめん、おれ、知っちゃいけなかった…?」
 「いや。ここで働いているのだから、お前なら構わんよ。だが、誰にも話さないでくれ」
小さく溜息をついて、サプタハはどこか遠い目をした。
 「――思い出させたくないのだ。奥様が泣いているのを見たのは…、あの一度きりだった…。」
 「……。」
それ以上、聞いてはいけないと思った。と同時に、シセネは自分の問題を口にする機会も失ってしまった。誰にも知られてはいけない。誰にも知られなければ、ずっとここに住まわせてもらえるのだと。
 そして、日は過ぎて、祭りの当日がやって来た。



 その日は朝から、町中がいつになく浮き立った雰囲気の中にあった。
 賑やかな音楽とともに行列が町を練り歩き、港には神像を載せた御座船が浮かぶ。神殿に続く大通りにはところ狭しと屋台が並び、近くの町や村からも人が訪れて、ごった返していた。
 「シセネ、はぐれるなよ。」
言いながら、サプタハは慣れた様子で広い肩で人ごみをかきわけてゆく。その後ろにムトノジュメトが続き、最後にシセネだ。ここのところ塞ぎがちだったムトノジュメトも、今日ばかりは晴れやかな顔で、嫌なことは全て忘れたように見えた。
 「見て、あそこで芸をしてるわ」
少女は弾むような声であちら、こちらと視線を彷徨わせ、歓声を上げる。
 「お嬢さん。神様のお祭りですから、先におまいりを済ませましょう。奥様から供物も預かってますし」
 「あら、そうね。でも、すごい人だわ」
神殿の入り口に続く表側の入り口は、参道の外まで人が溢れ出して、奥へは簡単に進めそうも無い。メヌウはどうしているのだろう、とシセネは思った。父や兄を手伝って、神殿の裏側を走り回っているだろうか。それとも、一息ついてどこかとっておきの場所から祭りの様子を眺めているかもしれない。
 神殿の奥に入るために足を洗うため池の傍らでは、供物の花や白い布などを売る店が、参道の脇では飲み物や食べ物を売る屋台が集まって、道行く人々に声を張り上げている。それから、神殿の前では、神官らしき格好をした人々が、参拝客たちに祭りの記念の護符や呪文書を売りつけようとしていた。
 「あ」
神殿の入り口まで来た時、シセネはつんのめって転んだ。見ると片方のサンダルの緒が切れている。慌ててサンダルを脱いで辺りを見回すが、サプタハたちの姿はもう、人ごみの中に紛れて見えなくなってしまっていた。
 はぐれてしまったのだ。
 (でも、出口はここしかないんだ。待ってれば戻ってくる…)
側の石の端に腰掛けて、サンダルの緒を直しながら、シセネは思った。もし会えなかったら、屋敷に戻ればいい。
 「なんだい、緒が切れちまったのかい?」
すぐ側で屋台を出していた若い神官が、やけに人懐っこそうな笑顔でこちらを見下ろしている。
 「直してやろうか?」
 「自分で直せるよ。そっちは、仕事しなくていいの?」
 「してるさ。あんたも一つ、どうだい?」
見れば、台の上には色とりどりの石が並べられている。それらは何かの形に加工されているようだったが、何の形なのかは良く分からない。
 「これは…何?」
 「護符さ、この赤いのはイシス女神様の護符で結び目をあらわしてる、女性の健康の護符。そっちは睡蓮、若さの護符。この黒いのは魔よけの護符…」
眺めていたシセネは、端のほうに見覚えのある形を見つけて思わず息を呑んだ。
 「…その、丸っこいのは?」
 「これかい? 聖甲虫、心臓を守る護符だな」
神官は少年の狼狽に気づいた様子もなく、護符を取り上げ、通りをゆく人にもよく見えるように掲げた。
 「聖甲虫様の護符は心臓のお守り。皆々様ご存知のとおり、人の魂は心臓に宿る。体のうち最も大事な場所――」
神官は、自分の胸のあたりに拳を当てている。
 「ちょうど胸の、このあたり。誰でも一つだけ持っている大事な心臓は、うずくまった聖甲虫の形をしている。ゆえにこれは心臓の守りなり。自らの魂を毀損せぬように、大切な人への贈り物に! お一ついかがですか?」
口上を述べ終わってから、神官は、いたずらっぽくシセネに目配せした。
 「と、まぁこんなふうだ。どうだい? 一つ買ってくかい」
 「…ううん、おれ、もうこれは持ってるから。でも、それは…お墓に…」
 「ああ。"死者の心臓"か」
 「死者の?」
 「死者が冥界の神オシリスと同化して"永遠なるもの"となるためには心臓が無事じゃないといけない。だから本物の心臓が失われてしまわないよう、心臓の形の護符に呪文を刻んで死者の胸に置くんだ。死後の世界で魔物から心臓を守り、審判に耐えるために。」
 「心臓を失くしたら、…どうなるの」
 「心臓を失くすことは、魂の死を意味する。永遠の"無"だ。」
どくん、と胸の奥で心臓が高鳴る。
 「どうした? あんたまだ若いんだから、死ぬのはずっと先だろう?」
若い神官は尚も何か話しかけていたが、シセネの耳には届いていなかった。胸に置いた手の中で、どくどくと鼓動する塊が感じられる。
 墓泥棒の夜、巻き布を解いた弾みでそこから転がり落ちたもの――暴かれた死者の胸にあったもの。あの金色の護符は、死者の心臓だったのだ。
 (おれは、そんなものを盗ってしまったんだ…)
悔やんでも、今更もう遅い。そもそも墓を暴いた時点で、死者の安息は妨げられているのだ。
 (でも、インニには逆らえなかった)
どうして拒否することが出来ただろう? あの時は他に選択肢はなかった。谷の集落で暮らす以上は、自分の食べるぶんは自分で稼がなければならなかった。逃げ出して、どこか別の場所で生きていくなど考えたこともなかった。だが何と言い訳しても、胸のあたりに競りあがってくる気持ちは抑えることができない。
 気がつくと、シセネは足を引きずりながら神殿の出口のほうに向かって歩き出していた。屋敷に戻ろう。あの護符をずっと持っているわけにはいかない。元の持ち主に返すことが無理でも、神殿に納めるとか、何か方法があるかもしれない。
 そう思いながら歩いていた、その時だ。
 行く手で、きゃーっ、と女性の甲高い悲鳴が上がった。
 「泥棒!」
声のしたほうから人ごみを押しのけ、転がるようにして走ってくる、みすぼらしい格好の男がいる。
 「どけ、どけ!」
警備の兵たちがあちこちから駆けつける。巻き込まれないよう、人々は大慌てで道の脇へどいていく。その波に飲み込まれながら、シセネは、ふと振り返った。そして、物凄い形相でこちらに向かって突進してくる男と、一瞬だけ眼が遭った。
 「インニ…」
その直後、参道とは反対側に押しのけられて、彼には捕り物の様子は見えなくなってしまった。
 体中の力が抜けていくような気がした。
 (スリをしに来てたんだ)
こんな大きな祭りなら、それも考えられなくはなかった。思い至らなかったのは、西の谷での暮らしを出来るだけ思い出さないように、考えないようにしていたせいだ。でも後悔しても遅い。インニは自分がここにいることを知ってしまった。掴まったら、仲間たちのことも喋ってしまうかもしれない。自分が、ここにいるということも。



 どこをどう歩いたのか、自分でもはっきり覚えていない。自分の名を呼ぶ声で我に返った時、目の前には、心配そうなサプタハとムトノジュメトの顔があった。
 「シセネ、大丈夫か」
 「随分探したのよ」
 「…ごめん、サンダルの緒が切れちゃって」
シセネはもたれかかっていた柱から体を起こし、辺りを見回した。いつの間にか、日が傾きかけている。神殿前の屋台は一部だけ残して店じまいしはじめ、人の姿もまばらになっていた。
 「もう帰るの?」
 「ええ…。残念だわ、一緒にお祭りを回ろうと思ってたのに」
 「…心配しないで。おれのほうも、それなりに楽しめたよ」
ムトノジュメトがシセネの手を取り、神殿の門を潜っていく。見れば、門の脇にも、回廊の中にも兵士が立っていて、辺りに油断なく目を光らせている。来た時には、こんなに警備は厳重ではなかった。
 「嫌ね、聖域の中なのに」
 「仕方あるまい。少し前にスリが出て、まだ掴まっていないらしいからな。それで警備が厳重なんだろう」
 「掴まってないの?」
シセネは、弾かれるように顔を上げた。
 「ああ。だが心配は要らんよ、警備が厳しくなっているからな、すぐに掴まる。町からは出られんだろうし」
 「…そう、だよね」
シセネは俯く。だが薄暗い夕暮れの道では、彼の表情は誰にも見えていない。
 振り返って、彼は夕陽に照らされた神殿の壁を見上げた。
 沢山の松明が準備され、宵闇の中に浮かび上がろうとしている壁面の神々の姿と呪文には不思議な威圧感があったが、そこに神様がいる、と言われても、彼には良く分からなかった。
 この神殿が何という神様に捧げられたものなのか――たぶん、以前メヌウから聞いていたはずなのだが――今はもう、覚えていない。彼には、一体何を、どう祈ればいいのか、――"祈る"ということ自体を知らない。
 もしも願うことを叶えてくれる何者かがここにいるとしたら、今、一体何を願えばいいのだろう。
 そもそも、自分などが願ったことになど、応えてくれるだろうか。
 風が吹いて、灯が揺れる。音楽に合わせて、真っ白な衣を纏った神官たちが朗々と何か呪文を謳いあげる。
 「神官たちの儀式は、これからだ。」
サプタハが呟く。
 「夜明けの太陽をお迎えするまで、今夜は夜通し祈り続けるんだ。」
 「……。」
シセネは足を止めた。それから、意を決して自分の腕に絡められたムトノジュメトの腕を外した。
 「どうしたの? シセネ」
 「…ごめん、先に戻ってて。」
怪訝そうな顔をする二人に向かって、彼は精一杯の言い訳をした。
 「探したい人がいるんだ」
 「ああ、学校の友達か」
サプタハは、良いほうに取ったようだった。「ま、たまにはいいだろう。だが、夜遊びはほどほどにな。」
 「…うん」
何か言いたげなムトノジュメトの視線に気づかないふりをして、視線をそらしたまま踵を返し、シセネは、薄暗がりの町へと走り出した。
 「早く戻ってきてね――」
後ろから追いかけてくる少女の声。だが、彼は構わずに走り続けた。神殿の灯りが尽きると、すぐに夜の闇が迫ってくる。
 きっとまだ、この町のどこかに、インニはいる。


前へTOP次へ